いよいよ、ストーカーの心理類型の本番ともいえる非精神病系に入ります。
精神病系は、境界性・自己愛性・反社会性と三つに分類してあることでも分かるように、人格障害という精神疾患を持つ人がストーカーとなった場合を指しています。 “最強のストーカー”(福島)、“現代的ストーカー”“ストーカーの内面を理解するためのモデルとして最も適切”(春日)、“ストーカーの中核となりうる人たち”(岩下)、“ストーカーもストーカー的人物も、精神的虐待行為をするような加害者は人格障害であることが圧倒的に多い”(小早川)、“精神病系以外の3グループに関しては、精神医学において人格障害という診断”“ストーカーの心理背景には、人格障害という様相が深く関わっていることを指摘しておきます”(高畠・渡辺) とストーカー関連の書籍でも人格障害について非常に重点を置いてあります。 以前も、述べましたように、殆ど人格障害の解説書になってしまっているものまで見られるほどですし、ストーカーを見破るチェックリストと言ったものには人格障害の診断基準を混ぜて書き直したようなものがあります。 さて、このストーカー問題で重視される人格障害について詳しい話へと入る前に、以下のことを述べておかなくてはなりません。(わけの分からない名称が多く出てきますが、とりあえず述べる趣旨はご理解いただけると思いますし、細かい話は措いて、太字だけ押さえて頂いてれば十分です。) ストーカーの定義(ストーカーとは何か?/騒音オバサンと野口英世)でも述べましたように、熱心な片思いとストーカーを線引くものは、行為者が相手側の出したメッセージによって思考・行動を修正できるか否かだと考えるので、ストーカーとして法律の適用や措置を採ることを勧める場合、ストーカーには重軽の程度の差はあれ妄想があると考える、精神病や人格障害がある可能性が高いと考えるのは妥当でしょう。 しかし、繰り返しますが、原因として精神病や人格障害があることと、精神病や人格障害を持つ人が高い確率でストーカーとなることは同じではありません。 前回ストーカーの心理/解説編 精神病系・パラノイド系 で述べたように、精神病を持つ人の全ストーカーに占める割合は0.6%です。 それでは残りは、非精神病系となり、人格障害だと考えられるのだから、人格障害を持つ人はストーカーとなる可能性が高いのではないかと思うかもしれません。 しかし、人格障害を持つ(持つと考えられる)人の数は膨大です。 正確な数字はありませんが、磯部潮(精神科医・臨床心理士・東京福祉大教授)は日本人の約500万人が何らかの人格障害をもっているのではないかと推定をしています。(※)アメリカでも約1000万人が持っていると推定がありますので、人口比から一致します。 又、DSM-Ⅳ-TR(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第四版改訂版)では、人口における人格障害各分類の有病率について以下の数字を出しています(人格障害は10分類あります)。 妄想性人格障害:0.5~2.4% シゾイド人格障害:不明 失調性人格障害:3% 反社会性人格障害:3~4% 境界性人格障害2% 演技性人格障害:2~3% 自己愛性人格障害:2~16% 回避性人格障害:0.5~1% 依存性人格障害:不明だが多い 強迫性人格障害:1% 一人の人物で重なって診断される場合もありますので、総計でどの程度かは不明ですが、少なくとも日本にも100万人単位で持っている人がいると考えられているのが、人格障害という疾患です。 ストーカーは警察統計でも年間一万数千人です。しかも禁止命令や警告などの強制力を伴う措置を生じさせたのは、一千数百件です。この統計にカウントされていない被害があると考えるのは当然ですが、そうだとしても人格障害を持つ(持つと考えられる)人たちの全体の人数と比較してみれば、人格障害⇒ストーカーと考えることが不当で偏見によるものであるのは理解されると思います。(※1) さらに、人格障害を持つ(と考えられる)人は女性が男性の2~3倍だと言われている(※2)のに対して、ストーカーは男性が8~9割を占めています。このことからも、人格障害を持つことと、ストーカーになることは同じではないと理解できると思います。(但し、男性はストーカーの多数を占めるのに、人格障害では少数派であるのなら、人格障害をもった男性がストーカーとなる可能性は高いのでは?とも考えられます。しかし、人格障害が百万単位の人数であるに対して危険なストーキングを行い強制力のある措置を取られた人が一千数百人なのには圧倒的な差があります。理論上は相対的に高くなりますが、全体を見れば可能性が高いとは決して言えません ※3) 加えて、DSMというマニュアルについての話(「ストーカーの心理を問う前に」)で述べましたように、人格障害自体を診断のマニュアルに入れること、人格障害という診断に根拠を与えるようになったこと自体に大きな疑問を寄せられています。 人格障害は精神分析学という心理学の一分野の影響を強く受け成立した歴史もありますので、精神分析学自体への疑問点も同様に意識されなくてはなりません。 また、何か問題を起こした人、犯罪を犯した人、などに精神病や人格障害というレッテルを貼ること、精神医学(や心理学)という学問によってお墨付きを与えることで、「私達とは別の人間で、私達とは関係ない人たちだ。」との印象を与え、「心の闇」と呼んで、呼ぶ側の安心感を維持しようとする傾向が見られます。 人格障害はその概念自体に疑問を投げかけられ、また、人格障害という診断が妥当なものだとしても当てはまる人の多さから特殊な問題ではない、非常に一般的で日常的な視点を必要とする(わが身に引き寄せて考える、自分もそうかもしれないと考えるべき)ものだと言えると思います。このことについては詳しく、ストーカー問題についての一連の帰結で述べます。 では、ストーカーの心理類型の(3)非精神病系について述べます。 今回も前回同様にDSMの診断基準を引用します。これは、繰り返しますが、ストーカーの分析・理解のため、特に人格障害の診断基準はストーカーを見破るチェックリストとの比較をしていただく際に必要であることから引用を出すのであって、差別や排除の道具ではありません。また、注に提示した資料に基づいた記述ですが、医療情報ですので、参考に止めてください。 さらに、前回も出しました注意書きを再度提示します。 “DSM-Ⅳは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、開設の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要なことは、研修を受けていない人にDSM-Ⅳが機械的に用いられてはならないことである。DSM-Ⅳに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるためのものではない。中略。このマニュアルに含まれる診断基準を有効に適用するためには、各診断基準群に含まれている情報を直接評価できるような面接が必要である”(序・臨床診断の活用より) (3)非精神病系 先程から長々と人格障害と述べてきましたが、どうしてこれが非精神病なのか?と疑問に思うでしょう。 精神病という言葉自体も幾つかの使われ方の違いがあり、それに対して「非」というのですから、非精神病という言葉にも違いが出てきてしまいます。 大雑把になってしまいますが、どうして非精神病と言われるかというと、それが人格の障害だからだと考えられます。つまり、病気というのは、病気になった人には健康な状態、病気ではない状態があり、それがその人の通常の状態ですが、人格障害を持つ人の場合は、そうではなく、人格障害を持った状態こそがその人の通常の状態だと考えられるのです。 したがって、病気とは呼ばないと考えられるのです。 では、人格障害とは何か? DSMは“その人の属する文化から期待されるものから著しく偏り、広範でかつ柔軟性がなく、青年期または成人期早期に始まり、長期にわたり安定しており、苦痛または障害を引き起こす、内的体験および行動の持続的態様”としています。 分かりやすく逐語で説明しますと、人格とは“環境と自己に関する知覚、関係、および思考の永続的な様式”とDSMは定義しています。つまり、成長し・経験をする中で作られてきたその人の性質を「人格」と呼んでいると考えられます。ですので、人格障害は基本的に18歳以下の人には診断されません(※4) そして、その「人格」に「障害」があるとは、その「人格」の持ち主が生活する環境で重大な軋轢を頻繁に起こし、その人自身も苦痛である程の場合を指していると考えられます。 まとめますと、著しく偏った思考や行動の為に生活で軋轢・支障が生じさせ苦痛を持つ人が人格障害を持っている人だと言えると考えます。 但し、二つ注意点があります。 一つは、「人格」という日本語だと、思考や行動の偏りの為に軋轢・支障をきたすという現実的な問題以上に、その人の道徳的・倫理的な側面にまで踏み込んで「障害」があると見做される恐れがあるので、以下、「人格障害」ではなくパーソナリティ障害とします。DSMもこちらを採用しています。 二つ目に、上記の定義を読んで頂いて理解されると思いますが、パーソナリティ障害、つまり、「偏っている」か否かという判断はその人の生きる社会状況・時代に大きく依存します。一つ目の注意点で述べましたことと関係しますが、パーソナリティ障害とは、パーソナリティ障害を持つ人の内面ではなく、その人と周囲との関係の問題に重点があると考えらるのです。但し、いかなる状況・時代であっても軋轢・支障をきたすようなパーソナリティには共通性が見られるとは考えられます。それでも、パーソナリティ障害だとの判断には非常に幅や曖昧さは認めざるを得ないと思います。 パーソナリティ障害の原因は特定されていません。 遺伝との関係も指摘されています。人格障害という概念自体が精神分析学の影響で生み出されていることとも関係して、その人の育成環境に注目する説もありますが、この説をとっても家庭だけを指すことは不可能で、広く社会全体の環境を問題にされます。また、脳内物質のアンバランスさや神経系の障害との関係も考えられています。どれか一つというのではなく、複合的な要素が相俟っていると考えるのが妥当なようです。(※5) パーソナリティ障害は前述したように10分類に分かれます。 この10分類は3群に分けられます。 奇妙で風変わりなことが多いA群:妄想性、シゾイド、失調性 情緒的で移り気に見え、行動予測が困難なB群:反社会性、境界性、演技性、自己愛性 不安や恐怖を感じているように見えることが多いC群:回避性、依存性、強迫性 このようなパーソナリティ障害の全般的(個々の分類ではなく、パーソナリティ障害という大本の分類かの)診断基準を以下に引用します。 A.その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った、内的経験および行動の持続的様式。この様式は以下の領域の2つ(またはそれ以上)の領域に現れる。 (1)認知(すなわち、自己、他者、および出来事を知覚し解釈する仕方) (2)感情性(すなわち、情動反応の範囲、強さ、不安定性、および適切さ) (3)対人関係機能 (4)衝動の制御 B.その持続的様式は柔軟性がなく、個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている。 C.その持続的様式が、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な療育における機能の障害を引き起こしている。 D.その持続的様式は安定し、長期間続いており、その始まりは少なくとも青年期または成人期早期にまでさかのぼることができる。 E.その持続的様式は、他の精神疾患の表れ、またはその結果では上手く説明されない。 F.その持続的様式は、物質(例:薬物乱用、投薬)または一般身体疾患(例:頭部外傷)の直接的な生理学的作用によるものではない。 おそらく、この全般的診断基準で大体のイメージはつかめると思いますが、具体的には難しいでしょう。 この診断基準にもあるように、人格障害との診断は他の精神疾患では説明できないものであるので、その他の精神疾患について知らないと判断できません、また、診断にあたっては長期に渡る評価が必要とされるので、即断できるものでもありません。 次回ストーカーの心理/人格障害編 part2にストーカーの心理分類(3)非精神病系の-1)-2)-3)の個々の解説を出します。 そちらの方がストーカーの心理分類としての具体的イメージが持ちやすいでしょう。 ※)『人格障害かもしれない』(光文社新書)磯部潮著 ※1)警察の統計ということは、ストーカー規正法の定義のように、恋愛・好意感情という限定がかかりますが、ストーカーの加害者の8~9割が男性であることは海外でも同様です(『ストーカーの心理』ミューレンら共著)すので、比較として妥当だと考えます。 ※2)『境界性人格障害のすべて』(ヴォイス)J・J・クライスマン、H・ストラウス著 白川貴子訳 星野仁彦監修 ※3)これはあくまでも統計という数字上の問題を使って、いかに精神病や人格障害とストーカーを同一視することが間違ったものかを示すための記述です。ストーカー被害を甘くみたり、ましてやその一件一件を軽く見ているのではありません。たとえ、ストーカー被害が一件しかなくとも、その一件を受けた人にとってはそれが全てです。ほかがどれ程少なくとも関係はありません。 それでも、精神病や人格障害は偏見を伴いやすく、まして犯罪者がそうだった場合、全体が危険だと見做される恐れがありますので、このように述べているのです。 ※4)18歳以下の場合は一年以上の特徴の持続がないと診断しない。さらに、反社会性パーソナリティ障害は18歳以下では診断を下せない。(『DSM-Ⅳ-TR』) ※5)『境界例と自己愛の障害』(サイエンス社)井上果子 松井豊共著 『パーソナリティ障害』(PHP新書)岡田尊司著
by sleepless_night
| 2005-07-23 23:00
| ストーカー関連
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