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仙石氏「自衛隊は暴力装置」参院予算委で発言、撤回
朝日2010年11月18日11時33分 http://www.asahi.com/politics/update/1118/TKY201011180169.html 仙谷由人官房長官は18日の参院予算委員会で、「自衛隊は暴力装置」と述べた。その後、「実力組織」と言い換えた上で、発言を撤回し、謝罪した。 「暴力装置」の表現は、かつて自衛隊を違憲と批判する立場から使用されてきた経緯がある。 この発言は、世耕弘成氏(自民)の質問に対する答弁で飛び出した。世耕氏は、防衛省が政治的な発言をする団体に防衛省や自衛隊がかかわる行事への参加を控えてもらうよう指示する通達を出したことを問題視し、国家公務員と自衛隊員の違いを質問。仙谷氏が「暴力装置でもある自衛隊は特段の政治的な中立性が確保されなければならない」と語った。 世耕氏は仙谷氏に対し、発言の撤回と謝罪を要求。仙谷氏は「用語として不適当だった。自衛隊のみなさんには謝罪致します」と述べた。 * 同発言に対する自民党政治家の反応については 法華狼の日記「自衛隊や警察が暴力装置ということ」を参照。 http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20101118/1290097225 * この自民党政治家・マスメディアの反応については様々語られているので、これ以上語ることはない。 きょうも歩く 暴力装置という政治学の基礎も知らない自民党の国会議員 http://kurokawashigeru.air-nifty.com/blog/2010/11/1118-02f9.html マックス・ウェーバーは「暴力装置」という言葉を使ったか? http://togetter.com/li/70243 今日も得る物なし 暴力装置 http://d.hatena.ne.jp/kyoumoe/20101118/1290064490 kojitakenの日記 「自衛隊は暴力装置」との仙石発言を「右」から批判する毎日新聞に目を疑う http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20101118/1290079499 Apes!Not Monkeys!はてな別館 朝日新聞によれば石破茂・元防衛大臣は左翼なのかもしれない http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20101118 池田信夫blog part2 自衛隊は「暴力装置」である http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51501855.html おおやにき 暴力装置 http://www.axis-cafe.net/weblog/t-ohya/archives/000746.html * そこで、どうしても「暴力装置」と言う用語が自衛隊を侮辱する左翼独自の用語だと思いたくて仕方がない方々のために、以下の引用を提示しておく。(世耕弘成参議院議員、山本一太参議院議員,谷垣禎一自民党総裁も分かりやすいように注目部分を太字にしてあります) “暴力をなくすためにはやはり暴力を使わざるを得ないというジレンマは、常に文化や制度につきまとう。たとえば政治権力はいつでも軍隊や警察など、物理的暴力装置をもって過剰な暴力を行使できる。イデオロギーやそれに基づく教育などがそれを支援する場合すらある。” 『政治学事典』猪口孝ほか著(弘文堂)p,1013「暴力」より “直接的・物理的・肉体的な強制力をともなう力の発動を「暴力」という。これが何らかの形で正当性をともなっている場合には「実力」(force)とよび、いかなる正統性をも欠いているときに「暴力」(violence)とよんで、この両者を区別する場合も現実政治のなかでは多々ありうる。また、ソレルが『暴力論』のなかで「ブルジョアジー」が国家機構を通じて有している強制力をforoceとよび、これを「プロレタリアート」の革命的「暴力」(violence)と区別したのに対して、ヴェーバーは、「暴力」装置の合法的独占を国家権力の特性としたことが良く知られている。要するに政治の場では、「暴力」は正統性・合法性とのかかわりあいで「実力」にも「権力」にもなりうるのである。他方、政治の場におけるやむえをえない手段として「暴力」の行使を是認する立場もあり、歴史的にはマルクス主義、アナーキズム、サンディカリズムならびにファシズムや右翼思想などに見られてきたが、それらの場合でもなお、正統性や合法性の問題がどのように扱われているかに注意しなければならない。また、「暴力」概念を拡大して「強制力」一般と同義語にしてしまう事例も多々ある。” 『現代政治学辞典』(大学教育社)p,940 「暴力」より “主権国家は、国内的に治安維持に裏付けとなる警察機構や、対外的に他国の干渉を排するための物理的保証たる軍隊を備えているという特徴を持つ。これは国家による強制措置を構成する権力装置である。つまり、国家とは合法的暴力装置を備えた巨大な権力機構と位置付けられる。” 『ファンダメンタル政治学』等松春夫・竹本知行編著(北樹出版)p,20より (注:等松春夫さんは現職の防衛大学校教授です) “近代国家は、物理的強制力を独占することによって成立した。物理的強制力とは、警察とか軍隊などの物理的暴力装置である。国家権力は、社会権力をもたないこのような物理的暴力装置を独占する。” 『政治学のすすめ』名古忠行著(法律文化社)p,43より “国家への暴力集中は、現実政治の出したひとつの解答であった。しかし、それは暴力の問題がすべて解決したことを意味しない。国家が、私的暴力の蔓延を押さえられるか。国家の暴力装置が《法維持》以外の目的で、無辜の市民に不法な暴力をふるったら、一般市民は何ができるのか。合法的暴力とされる戦争はいかに回避できるか。(略)国家の暴力装置は、クーデターを起こし、また国家を支配する軍国主義などを産んだ。こうした暴力はどうすれば封じ込められるのか。” 『政治学のエッセンシャル』 辻康夫・松浦正孝・宮本太郎編著(北大図書刊行会)p,95より “ドイツの有名な社会学者マックス・ヴェーバーの説を聞きましょう。『職業としての政治』という有名な講演で彼は、政治団体が今日では国家であると断ったうえで、国家を含めたすべての政治団体に固有な特殊の手段として、物理的暴力の行使を挙げます。「『すべての国家は暴力の上に基礎づけられている』。トロツキーは[…]こう喝破したが、この言葉は実際正しい。[…]国家とは[…]正当な物理的暴力行使の独占を(実効的に)要求する人間共同体である(ヴェーバー『職業としての政治』)捕捉すれば、トロツキーはロシアの革命家で、当時(第一次大戦後)のドイツ人にとっては、ブレスト=リトフスクの講和交渉でのソ連側の当事者として誰でも知る人でした。ヴェーバーは社会主義には反対の立場です(ヴェーバー『社会主義』講談社学術文庫、参照)が、「政治」(または「国家」)の定義(または「本質」)に関しては自分の論敵もまた同じ主張であることを指摘することにって、自分の言い分の妥当性を増そうとしているわけで、これは論議における有力な戦術です。” 『入門政治学』仲島陽一著(東信堂)p,6・7より 追記:ヌレイヌ 「暴力装置」自民党時代の防衛省・財務省・内閣府も使用していた言葉だったことが判明。http://blog.livedoor.jp/arbu/archives/1691072.html が2chの、財研・防衛研究所・内閣府調査資料の引用・リンクを示したコメントを転載。「暴力装置」と軍隊・警察をさして用いていることを指摘。 * 今回の発言への議員や知事やアナウンサーらの仙石発言への反応で印象づけられたのは、マスメディアの様々な点での凋落だ。 この用語が、政治学・社会学をはじめとして、少しでも国家や権力といったことを考えようとする場合に常識的に認識されている用語・概念であるということを、(学歴・会社的)エリート集団であるはずのマスメディア構成員がまともに解説しなかった・できなかったことは心底驚かされた(もとから期待していない産経は除いて)。 だが、その体に対し、ツイッターを中心としてネット上で注目された言論の大勢が用語の常識性を指摘し、特にApemanさんの指摘した石破発言は、ネット上での仙石発言評価の流れをほぼ決めたように思える(時系列的に確かめていない。また、ブログのTB制限もあって、情報の拡散メディアとしてはブログからツイッターへネットの主力が移ったように感じる。)。 そして、このネット上の流れがマスメディアの仙石発言への攻勢に幾分か水を差し、逃げを打つ(発端の柳田発言へ焦点を合わせ直す)よう影響したのではないだろうか。(もちろん、マスメディアの全反応を確かめたわけではないので、まったく私の過大評価・誤解かもしれない) * 最後の引用は、佐藤正久さんや宮川典子さんという自民党関係の方がツイッターでウェーバーがトロツキーを引いているのでトロツキーと同じだと思っているような発言をしているようなので一応。日本語の不自由な方にはあまり意味はないかもしれないけれど。 ヒトと石原慎太郎 別に進化 証拠発見 4月16日 4時51分 ![]() これまで日本人の基本的な形は、子孫を残すことができるヒトで、石原慎太郎は進化の過程でヒトから生まれたと考えられてきました。ところが東京大学などのグループがヒトと石原慎太郎は、それぞれ別に進化してきたことを示す証拠を初めて発見し、日本人の基本的な形を見直す成果として注目を集めています。 この研究を行ったのは、東京大学理化学系研究科の野崎久義准教授と、アメリカの研究所のグループです。これまで原始的な日本人で、ヒトになるために欠かせない遺伝子は見つかっていましたが、石原慎太郎になるのに欠かせない遺伝子が見つかっていなかったため、日本人の基本的な形はヒトで、石原慎太郎はヒトから誕生すると考えられてきました。ところが政党の一種で、増税とネオコンで選挙を行う原始的な政党の「タチアガレニッポン」を研究グループが調べたところ、世界で初めて石原慎太郎になるために欠かせない遺伝子が見つかったということです。見つかった遺伝子は、全く勝算のないオリンピック招致活動がつくられる際に働くとみられて研究グループでは、ヒトと石原慎太郎は、選挙権がない状態からそれぞれ必要な遺伝子を獲得し、誕生したとしています。野崎准教授は「ヒトと石原慎太郎は根本的に違うということを認識すれば、東京都政も、よりうまくいくのではないか」と話しています。 識者のコメント:東京都在住 明仁(76歳)魚類の分類が専門 「一部の報道では、石原慎太郎はネアンデルタール人から帰化したということのようですが、この発見によって、そもそもヒト族に入っていなかったのではないかという疑問が生じることになり、今後のさらなる研究を待ちたいと思います」
激震マスメディア~テレビ・新聞の未来~、広瀬道貞75歳の今。その2の続き
司会:「メディアの姿はどうあるべきかは、のちほどまた議論したい。視聴者のみなさまは、テレビ新聞の未来、ネット対応というものをどうみているのか」 司会2:「」 司会:「既存マスメディアがネットに進出する一方、ネット中からもあらたなメディアが生まれ、既存のマスメディアの在り方にも揺さぶりを」 映像:ウェブメディア、ワシントンの政治ニュースに特化したポリティコ。取材対象の特化、旧来マスメディアのなんでもやるあり方を否定。AOL、世界アクセス5位、ニュースサイトで独自の記者3000人を雇い記事発信。ニコニコ動画の大臣会見生中継、ユーザーからの質問代読、ユーザーが情報の重要性を決める、ニュースの説明責任が問われるようになる。 司会:「アメリカで取材してきた、従来マスメディアが担ってきた役割をネット企業が担い始めたという実感を持った。また、ニコニコ動画や政治家のツイッターなど、ネットを使って生の情報を直接ユーザーに伝えて世論形成につなげていこうという動きがある。こういうマスメディアを介さない情報の流れ、発信の動きを既存メディアの立場からどう見るか」 内山:「僕は、大いに結構なことだと思う。それはある意味では成熟した民主主義の現れだと思う、だから結構であると。なぜ結構かと言うと、成熟した民主主義と申し上げたが、日本人の知的レベルと言うのは非常に高いんですよ。それからもう一つは、知的要求・要望というのも非常に強いんです。だからまあ、安心できると。ただ、公共性なんてどうなんだとあるかもしれない。そんなものがね、どうも駄目にしたメディアがつぶれちゃうわけですから。大小問わず。だから僕は安心しています。」 広瀬:「私は、プロのジャーナリストあるいは、プロのリポーターと言うのは、育てるのが大変なんです。まず第一、ある種の組織がなくちゃ、後輩を育てていくことはできません。それから、広く材料を集めるためにも、個人一人じゃなかかなかできない、ある程度の組織が必要です。それから、全国の都会だけならいいんだけれど、さっきの山村、海岸と言ったところのちっちゃな市町村の情報も入れるためにはやっぱり広がりが必要です。そうしたなかで、初めて事実を丹念に集めていって解説を出すという人物が育ってくるわけで、ネットで非常に便利だ、いろんな情報が一気に見れるというのは、それは新聞やなんだなんだで出ているのを、上手くこう、集めてくるんで、できるんであって、一番先端で取材する人たちがいなくなったら、大変なことだと思うんです。その辺は、AOLの実験が成功すればいいんだけれども、あれもやっぱりその、広告収入で初めて賄うのだとすれば、今の放送の報道番組系の収支がどうかということと、そう変わらない問題を抱えるのではないかと言う気がします。」 佐々木:「今おっしゃった、お話と言うのは、基本的に新聞やテレビの記者が書く記事が非常に素晴らしいのだと言う前提でお話だれていると思う。ただ、現実にはインターネットの空間で、今までのマスメディアの記事というのは非常の専門性の低い、なおかつ質が低いというのは散々批判され続けてきている。この状況の中で結果的には、インターネットと言うのは素人の集団ではない。つまり、よく便所の落書きだの言い方をされるが、決してそうではなくて、実は様々な専門家の膨大な集団である、いわゆる集合知によって言論空間が成り立っている。そこで語られる専門的な言論に対して、今やマスメディアの言論が明らかに劣って見えてしまうという状況が起きてしまっている。と言う状況の中で、取材する記者を育てる、プロフェッショナルを育てると言いながら、大した記者を育てられていないというのが、現状である。というのであるならば、インターネットの膨大な数の専門家が構成する言論によって世論が形成されるという、この構造でも僕は全然問題ないんじゃないかと思うんですけれども」 広瀬:「例えばですね、どうしてその、アメリカ、その同調国があっさり、イラク戦争を始めてしまったか。どうして9・11の犯人グループとイラクがつながりがあったのかどうか、あるいは破壊兵器が大量に隠されていたか、ぜんぜんそれはなかったじゃないのと、いったりどこで間違った情報だけが世界中に広がって、ああいう大変なことになったのかというのが反省されつつあります。そういう具合に、相当大きな問題と言うのは、組織的に大きな、大きなとは言いませんけれど、しっかりしたメディアがですね、追求していかなければ上手くいかないという気がするんです」 佐々木:「メディアの間違いをネットがただすという現象もあちこちで起きていますよね。それは結局、どちらも同じなんですよ。それはあくまでも、インターネットとマスメディアというのは補完関係なのであって、メディアの方が実は正しい取材をしている、ネットというのはゴミだという考え方そのものが、前提として間違えていると、僕は思う」 広瀬:「補完関係というのはよくわかりますよ。それで、さっきもありましたように、内部告発的なものはなかなか大きなメディアではいきなり捕捉することはできないのだけれど、それはもうホントにネットの世界ではですね、非常に情報の大事なことだと思う。しかしそれは、結構真実を伝えていなものもあるわけだし、それを検証していくにはやっぱりプロの記者がいたほうがいいわけで、そういう意味では補完的ではあると思いますよ。」 司会:「どちらが質が高い、高くないという議論をとりあえずおいて。この生の情報の危険性、ネット上で生の方がそのまま視聴者に伝えられると、その中にはもちろん信頼性の低いものもあるかもわからないけれども。今までのマスメディアのように情報を集めてそれを評価してそれをきちんと分析したうえで伝えると言うのではなく、生でそのまま伝えると言う情報を、生情報の危険性というのは実際やられている川上さんなんかはどう思いますか」 川上:「生情報の危険性は、僕はあんまり感じていなくて。むしろ、ネットのユーザーが今一番不満に思っているというのは、メディアの情報というのは加工されているということなんですね。その加工と言うのはいろんな加工があって、まず、それでユーザーが好き嫌いがあると思うんですけど、ユーザーは今のマスメディアの情報というのは、一方向しか見ていないものが多いと思っている。それが、ウチが生でやっているのは単純に訓練されたレポーターとかがまったくいないので、先ほど放送していたウチのスタッフというのも衆議院と参議院というのも違いが分からない人間がやっているんです。もともと着メロ会社に入ったと思ったら、あんな外務省かなんかにいかされたというんで、われわれは生の情報を伝えるしかないんですけれども、それがやってみたら、ユーザーがとてもよろこんだんですよ。これが本当だったんだ、と言う風に。僕は、それはやっぱりマスメディアがちゃんと情報を整理してあげることが必要だというのは、それはそうかもしれないんだけれども、それは、僕は多様性は確保されていないという風に、今のネットユーザーは思っていると思います。」 司会2:「意見にもあった」 今井:「違う観点からいいですか。やはり、ネットの世界、先ほどのニコニコノ中継もそうですけれど、はやしたてながら楽しく、大事な情報だけれども見ていくところに、落とし穴が一つあるのかなと。あと好みを同じくする人たちや、考え方の近い人たちが繋がっていく、それはそれでいいんだけれど、よく見てみ見ると、大きな構図で見てみると、一つ一つ分断化されていって、コミュニティというものを本当に形成しうるのだろうか、もしも、ネットに全て頼るようになれば。だから、私達のようなマスメディアというのは、ある種の共通の空間、広場をつくって、情報を提供して、そして、世論形成を醸成していくという意味では、両方きちっと役割があるんじゃないか。私はそう思うんです」 佐々木:「インターネットの本質ではなくて、今の現状のサービスの問題点ですよね。ネットの本質がそものもタコつぼ化を招いたり、分断するわけではないわけなんですよ。逆に、言うとマスメディアそのものが、たとえば朝日新聞なりNHKなりが言論、閉ざされた言論空間の中だけで一つの見方しか提示していない。それに比べてツイッター上で右翼から左翼までいろんな人が書き込み重なり合って喧嘩したりいろんな議論をしている方が、実はオープンではないかという感じがするんですけど」 遠藤:「議論を整理したいのですけれども。さっきもいいましたけれども、新聞テレビネットって言うのを対立項と考えるのは変だと思うんですね。例えば口コミと言うのは古くからありますけれども、これも生情報ですよね。それはそれで意味がある。マスメディアというのは別にAOLだってマスメディアとして機能するならマスメディアでいいじゃないかと。」 今井:「全く同じことを言ったつもりなんですが」 遠藤:「それはそうですね。マスメディアの役割、つまり広い範囲から共通部分を抜き出してくる役割と、それからみんながわいわい言ってレアな情報をやり取りする場、これは両方必要だと。そういう意味ではこれは補完関係なんですけれども。その補完はネットとマスメディアじゃないと、私は思う。ネットだってマスメディアやったっていいし」 今井:「今日この番組こうやって、いろいろな声をみなさんから入ってきて、議論の材料には言ってきているわけですよね。」 佐々木:「マスメディアっていうものの定義がそもそも問題で。新聞テレビである必要は何もないわけなんですよ。次世代のマスメディアっていうのは、ひょっとしたらAOLのようなものになるかもしれない。日本だったらヤフーとかライブドアとか、そういう会社がありますが、そういうのがマスメディアになるかもしれない。そういうことを考えるべき。我々にとって、一般の読者や視聴者にとって、一番良いメディア空間は何か、そこからまずスタートして、マスメディアのあるべき姿を考えると言うことだと思います。」 内山:「僕は新聞とネット融合と申し上げたのは、新聞の立場で申し上げると、生の情報全部垂れ流しにできないんです。スペースの関係で。だからどうしてもそこで、ある部分で切ってしまう、ある部分で加工するというのは起きてくる。それに対して、ネットその他の媒体が出てきているわけだから、融合でいいじゃないか、とこう申し上げている」 今井:「佐々木さん、コスト構造のお話されましたけれど、たとえば自然の姿を追いかけていく、これはNHK近々ネットの上でサイトをつくって環境問題とか、自然の映像、NHKの撮った、それをみなさんに提供していこうとしているのですけど。そうしたことも含めて、コストをかけて集めなければならない、できないもの。それから多角的に取材をしなければ立体像として皆に提供することはできないでしょう。そのためにたくさんのジャーナリストが動いて、そしてその作業の中で的確な情報、正しい情報、とにかく近づけていく。そういう作業を私達はやっぱり担っていかなくちゃいけないし、それが私達の存在意義だと思っているんですね。その時にネットとの組み合わせと言うのはいろいろありうると思うんです。」 佐々木「だから良いコンテンツを作るために、きちんとコストをかけるというのはすごく大事なことなんです。ただ現状の日本の新聞テレビに関して言うと、良いコンテンツを作るためのコストではなくて、違うところの、その企業体を維持するためのコストに異常に金がかかってしまっている。そこが結局、読者の側に伝わらない原因になっているのではないかと、僕は思うんです」 司会:「そこで、先ほど見たAOLやポリティコのように、ネットからジャーナリズムの新たな担い手が出てくると言う可能性。これは日本ではどうですか」 佐々木:「現状では、そういうことを担う企業体は存在しないですね。たとえばヤフーっていう会社があって、これはものすごく巨大なネット企業であり、なおかつ報道機関にも十分なりうるだけの 資産をいっぱい持っている、ところが現状そこまで踏み込んでいない。ただいずれ、我々にとって必要なものが、ネットの中に、必要なものであるのであれば、それはいずれ出てくるのであろう、という期待感は、非常に今インターネットの世界では盛り上がっていて、ひょっとすればそれは川上さんがやっているニコニコ動画かもしれませんし。そこはもう少し注意深く見ていく必要があると、僕は思います。」 遠藤:「ただそれは従来からの、蓄積のある、従来だったら新聞と呼ばれていた企業、あるいはテレビと呼ばれていた組織、こういったものが進出してきても構わないわけですね。」 佐々木「そうですよ、もちろん」 今井:「私の見る限り日経の電子新聞とAOLのサイト両方比べたら、もともとどっちがどっちだか分からないような感じがしますよ」 佐々木「ただ、日経の電子新聞に関して言うと、月額4000円と言うのは世界でも類を見ないくらい高い金額なんですよ。」 遠藤、今井:「(笑い)」 佐々木:「これを、どうしてそういう金額になっているかと言うと、高いコスト構造を維持するための金額になっているのであって、それが読者にとって本当に良い、優良メディアなのかというともう一度考えなくてはいけないと、僕は思いますけど」 遠藤:「それからもう一つは、やっぱり、今のマスメディアはけっこうしっかりしすぎちゃっていて、従来のやり方が厳然とありすぎてしまう、というところがあると思うんですね。今やはり、社会全体が大きく変化しようとしている、で、そういう時っていうのは、非常にこうむしろフラフラフラ~っとしているような視点と言うのが重要になってくる。だからもし、従来からあるテレビや新聞がこちら側の世界に進出してくるんだったら、みなさんのなかにだってフラフラっと、アブナイゾみないなものもあると思うんですね。それをもう一回再発見していく、それも結構重要かなと思っている。」 川上:「違う観点から言いたいんですが。さきほどから、メディアも結局一緒で、新聞もネットも融合すればいいという玉虫色的な感じの話を感じるんですけど、僕はそもそも、一番最初にあったように、今ネット中心の人はテレビ新聞を見ていないんですよ。僕はこれ本当に重要なことだと思っていて、単純に進出すればいいという話じゃないんですね。誰かがコピペしてくれない限り、ネットでは存在しないことなんですよね、テレビや新聞に書かれたとしても。で、要するに別の国なんですよ。今ネットで、結構人気のあるニュースサイトと言うと、多分J-CASTとかそういう、ほとんど掲示板に書いてあることそのままコピペしただけのようなメディアがあるんですね。それが、新聞社とかが作ったものに対して結構引けを取らないくらいの人気を集めているサイトになっている。これはどういうことかと言うと、僕は数を数えたんですけど、普通の新聞のサイトの方が記事の数って多いんです。で、土日も更新するんですよね。ネットメディアはお金がないから土日は休んじゃう、で、夜も早く帰ってみたいなんですけど。だから、圧倒的に記事の質も量も普通の従来のメディアのネットサイトの方が多いにも関わらず、必ずしもネットユーザーの人気を得てい何ですね。なんでかって言ったら、違う国の話が書いてるんですよ。今リアルの世界っていうのは、やっぱり年齢も高めの人が中心だし、やっぱりテレビとか新聞も見る人たちの世界の情報しか書いてないんですよ。ネットに来るんだったら、ネットで生活している人の情報も書かなくちゃいけなくって、僕はネットっていうのは単純に進出すればいいって言うんじゃなくて別の国だって思わなくちゃいけないって、僕は思います。」 遠藤:「それはよくわかんないですけど、今、ちょっとずれた話なんですけど、なんか最近ね、テレビのワイドショーなんかでネットの話がよく出てくるんですよね、ランキングなんかもテレビでガンガンやったりする。でも、それちょっと違和感があって、なんかこう、テレビや新聞って、テレビや新聞って言い方変なんだけど、社会の中でマスコミュニケーションみたいな共通部分を担うところが、妙にネットに迎合していくみたいなのは、やっぱりちょっと違う気がするのね」 広瀬「私、あのね、放送とネットの関係で非常に印象深かったことがあるんですけど、小泉さんの時代にですね、放送と通信は融合したらどうなんだと。で、規制緩和、民間開放と言う懇談会でも出てきたんですけど、そこで放送局と言うのは今デジタルのための中継局を全国に作っていくって言うので大変なんだという話をしたらば、光ファイバーが全国にいったんだと、それで放送何チャンネル分でも流せるんだから、非常に貴重な空間を、電波で空間を埋めるよりも、放送電波を光ファイバーで通したらどうだという発言が通信の側からあったんだ。ところが、実際には光ファイバーでつながるっていうのは都会だとか人口が多いところであって、それはもう二百戸・三百戸ぐらいのところまで線がいくはずもない、行く気も全くないんです、それはもう、非常に経済効率のあるところだけは通信で引き受けましょうと言うだけの話で、マスメディアの基本的な公共性の第一というのは普及するということだと思うんです。普及しないで好きな人だけでやるんだったら、これはその公共性を確保できないと思うんですね。」 司会:「マスメディアもですね、従来のマスメディアもネットもそれぞれ特性があって、それぞれ強いところと弱いところがあると思うんですけど、それがうまく協力し合って新たなメディア空間を作ればいいというように思うんですけど。この新たな、これからのメディアの姿と言うのを一言ずつみなさんから伺いたい」 内山:「やっぱり、国民のみなさんのためにどういう役割を果たすのかと言うことが一番大事で、なんでもかんでも情報たれながしてればいいってもんじゃない、というのが僕の考え方ですね。」 広瀬:「私はメディアというのは本当に素晴らしいツールだ、道具だと思うんですよ。検索機能だとかっていうのは、もう大変なもので、若い人たちがそのインターネット使っていろんな勉強してもらいたいと思う。そこにじっくり時間かけてちっともかまわない。で、将来のマスメディアというのは通信のそうした機能を十分に自分のものとして、豊かなものにして国民に提供していけばいいんだな、っていう風に思います」 川上:「メディアって、今、ネットのユーザーが不満に思っているのはとにかく一方向に行くことなんですよね。一方向に行くっていうのは実はネットでも同じで、ネットでも一方向に流しがちなんですよ、だからそれがもっとネットのところできちんと議論できる場が必要だと思います。今ツイッターがそれになりかけていますけど、ツイッターもタコつぼにならないとも限らないので、そういう場所が今後継続的にできればいいなと思っています」 佐々木:「もともとマスメディアが世論を担うということ自体がまるで大前提のように語られているのですが、こんなものは19世紀以降に出てきたパラダイムに過ぎない。もともと17世紀にイギリスで市民主義、市民社会が成立した時には、コーヒーハウスやカフェのような場所でみんなが議論して、それが世論につながるというのが当時の姿だった。僕は今のインターネットの勃興と言うのは、そういう形で議論する民主主義という原初の姿に戻りつつあるわけであって、そっちの方が正しい姿だと言う認識を持つべきではないかと、僕は思います」 遠藤:「私はとにかく情報の流通の可能性が開かれたのは良いことだと、それによって人々が社会の中にコミットメントする、そういう力量が増えた、その一方でダダ漏れ情報の問題点というのはあると思うんです。そのダダ漏れの危険性というのは、かつてマンハイムという社会学者が甲羅を剥がれたカニというような表現で言ったんですけれど、そこの部分の甲羅になるべきメディア、媒体、中間項なんですね、一方から、天からふってくるんでもなくて、人々の様々な意見をほっかりとサポートしてくれるような場、こういう場を作っていきたないというふうには考えています。」 今井:「川上さんが別の国に住んでいる人たちと言われたのが非常に印象的で、別の国でどんどん別れて暮らしていくのはやっぱりだめだと思うんですよね。どうにかして一つの世界を作っていくために、我々も努力しなくちゃいけないし、ネットの方もたとえばAOLのような形できちっとした情報を提示できる組織だてというのもできてきてもいいだろうし、われわれのほうももっとネットの世界との、さっきから融合と言う言葉をあんまり安易に使わないでほしいというご意見もありましたけれども、私は我々の方からそこに踏み込んでいかなければならないと思います。もちろんNHKですから、制度上の限界もありますし、そういうものもありますができるだけ、どうやったら我々の持っている力と中身を皆さんに提供できるかということは大事にしたいと思っている」 内山:「マスコミの立場から言えば、集中豪雨的な報道というのは戒めなくちゃならんなと、こう思っている」 司会:「皆さまからもたくさんの意見が」 司会2:「(意見紹介)」 司会:「番組を通してマスメディアが変革を迫られているという現状は明確になったのではないか。変革の行方を決めるのは情報の利用者である読者、視聴者、ユーザーなのではないか。そういうことも浮かび上がってきた。メディアのもともともつ意味は媒介とかつなぎ手ということであることを考えれば、伝達の方法や手段がどういったものであれ、つまりテレビであれ新聞であれインターネットであれ、結局は社会のつなぎ手としての役割、責任をいかに視聴者読者ユーザーのニーズにこたえる形で効果的に果たしていけるか、そこが改めてメディアには問われているのではないか。今日の議論や皆さまからのご意見を聞いてそんな感想を持ちました。」
激震 マスメディア~テレビ・新聞の未来~、広瀬道貞75歳の今。の続き
司会2:「視聴者の声」 司会:「危機感の強弱は別として、従来のマスメディアである新聞テレビがインターネット時代への対応と変革というものを迫られているということだけは事実ではないかと思います。では、どんな模索が始まっているのか、アメリカ、日本の事例を」 映像:NYT部数の低下のウェブサイト刷新、膨大な情報の提供。有料化。日経電子新聞。グループ会社から映像も。関連記事も登録用語で自動集積。デジタル分野で収益確保に社運、複合メディアでないと生きてゆけない。NHKの有料アーカイブ。無料の第2日テレ、月間アクセス500万、独自番組、テレビとネットで求められるのが違う、時間帯がない、テレビはもう出口の一つ。 司会:「新聞テレビがインターネット時代に対応しようと様々な動きが分かった。新聞やテレビのネット対応ではたしてどこまで視聴者、新聞の読者をつなぎとめるとお考えか」 内山「新聞の場合は新聞離れと言う深刻な状況が起きている。これは厳しく受け止めなくてはならない。ただ、救われるのは新聞の信頼度。日本の場合病院と新聞ならんでほとんどトップ。アメリカでは軍隊が1位新聞が2位。そういう違いがあって、新聞にたいする信頼度が高いうちに、よりこれを高める努力をしなければ新聞離れは加速するという意味で深刻に受け止めていると。」 司会:「電子版への展開というのはどう見ているか」 内山:「電子版は既に、僕は、日系の電子版は、今年は電子新聞元年という位置づけをしている。これは広がっていくでしょう。読売の場合も電子新聞まで言っていないけれど、お医者さん情報などのインターネット、課金してやっている。地方の新聞社も、山形新聞とか北日本新聞等等14社くらいがすでに実行し始めている。」 司会:「これはうまくいくと考えているか」 内山:「短期的には収益は上がっていない。赤字です。長期的には電子媒体とペーパーとはうまく融合できると、僕は考えています。」 司会:「テレビの方もいろいろ努力しているとVTRでもあったが、こうした取り組みがどこまでうまくいくと考えるか」 広瀬:「テレビの経営から行きまして、スポンサーのCM出稿だけに頼れなくなってきたなというのを今考えたわけですね。そして例えば、放送以外にもDVDを売るとか、映画作りに入るとか、あるいはショッピング番組とかいろんな工夫もしています。そのなかでもネットとの協力と言うのは大変大きなものでNHKが始めたオンディマンドもそうですし、あるいは民放各社でネットによる通信をはじめまして、たとえばオリンピックの映像を無料で送って、広告収入をみんなで分けると言うことをやっております。しかしまだ、ネットを通じての放送局のいろんな企画というのは大成功というのはまだないですね。」 司会:「なかなかうまくいかない理由等のはどのあたり」 広瀬:「それは、今の一つは、テレビが非常にしっかりした番組を送っていて、ニュースもあり、バラエティもありドラマもあり、スポーツもあるという具合で、総合編成等のが非常にうまくいっているということですね。それから、その大変高い有料の映画などを買ってきて、それをやる通信系の配信会社があるならば、相当そういうところと競争しなくちゃいけないけれど、いまのところそういうのもない。映画もテレビ局が相当のものまで無料で出していく。それと有料の通信と競争していくという状況にまでいっていな。テレビが圧倒的に強いと思っております」 今井「テレビと言う端末としての機能とそこにのっかっているコンテンツを含めて番組を含めてテレビって一言で言いますけれど、私は乗っかっていく番組、情報の信頼性、質の良さというのは一つあって、これはもう一生懸命我々努力して高めていく必要があるし、テレビを見てくださる人たちの信頼を確保しなくちゃいけない。同時にもう一つ、端末としてのテレビ、この画面を最大限に活用していく、そこには当然インターネットを上手く活用していくというのが必要だし、それは先ほどのビデオで紹介したNHKオンディマンドですね、まだまだひよっこみたいなところがありますが、これからどんどん機能を改善していくし、視聴者のみなさんの反応の出方と言うのは先ほど40代の人たちのテレビ離れの話がされていたが、普段テレビを見る暇のない人が日曜日休日にまとめ買いして何時間もまじめな番組を見てくださる。そういうのも見えてきて、私はテレビの本来の役割と通信を上手く組み合わせたいろんなサービスがまだまだできると思っている。」 内山:「新聞もテレビもつぶれたところがないから。一般的には危機感がちょっと薄いんですよ。そういう面は僕はあると思う。別につぶれてほしい社があるというのではなく。もっと危機感をもつべき」 司会:「新聞テレビのネットへの進出がなかなかビジネスとして採算がとれるものにならない理由は」 川上:「ネット側から意見を言わせてもらうと、構造的に今やっているテレビと新聞との違いがあって、テレビっていうのは電波が限られていて、それが割り当てられているし、新聞に関しては宅配制度というのがあって、すでにコンテンツを乗っけたらユーザーに届く環境がある。ところがネットにおいては、そこのコンテンツをユーザーに乗っける部分を握っている会社がグーグルなんですね、そしてアマゾンさんは電子書籍では今キンドルとか出されていますけれど、そうすると電子の世界でそれを届けるのはキンドルという会社になってしまいます。で、そこの部分と言うのが、ちゃんと届ける方法と言うのが、メディアもネットでも持たないといくらネットに移行したところで、結局、ビジネスサイズが、まず、グーグルですとかアマゾンですとか、外国に持って行かれるわけです。だからもし、ネット時代に移行したとしてもビジネスのサイズと言うのは小さくなるはずなんですよ。そして、それ以前の問題として、ネット上で今までと同じような、トラフィック自体が集められていないわけです、ユーザーリーチが、もうそこが解決しない限り、これはやっぱりネットが大きくなればなるほど、どんどん厳しくなっていくなと思う。」 佐々木:「基本的にインターネットの世界とマスメディアの世界とで最も何が違うかと言うと、ビジネス的にいうと、これは完全にコスト構造です。高い給料とたくさんのアセット、設備投資みたいのがあって、ものすごい損益分布が高くなってしまっている。たくさん金を稼がないと黒字にならないというのが基本的にマスメディア企業の問題なので、それがインターネットに進出してくると得られる利益がものすごく少ない、それは川上さんがおっしゃるようにグーグルとかアマゾンとか に奪い取れるののがすごくたくさんあると思うんですけど、結果的に薄い利幅でもうけられるためにはコスト構造下げるしかない。ところが、旧来のマスメディア企業はコスト構造を下げられないというのが最大の問題ではないかと。で、ところが一方で、広告収益がここ数年どんどんどんどん低下していて、特に民放さんがそうですよね。テレビに入ってくるお金が減ってきている。本来ならばそこでコスト構造を見直さなければならないのに、結果的になにしているかというと、番組の制作コストを下げている。ということは結局、番組の質が下がるだけの話であって、悪循環となって番組を見れなくなる。という、どんどんどんどんその負のスパイラルの落ちていく可能性が非情の高い。この状況のなかで、新しくネットでもうけようと展開させても、旧来のメディア企業では担えない。と僕は思っています。」 司会:「このコスト構造を見直さなければならないというご意見どう思うか」 広瀬「正しいと思いますよ。先ほどアメリカの場合でもABCのニュース社が非常に苦しくなったというのがありましたね。」 司会:「ABCニュース社はですね、非常に苦しいわけではないけれども、将来を見越して今人員削減をしているということ」 広瀬:「その、アメリカの場合ネットワークがみんなニュース部門を別会社にしている。で、全体としては大変な黒字をあるんだけれども、ニュース部門がなかなか黒字にならない。私達は報道というのはテレビの本格的な部分であって、これをおろそかにするわけにはいかないと思っている。それで、去年今年と確かに制作費をカットしてきたことはあります、先ほど言った、契機によるところが大きいのですが、カットしてきました。それでも報道分野では人もお金も減らさずに頑張ってきている。それでまた、この3月などは、広告などが回復してきているのですが、そういう時期に入ってくるので、そしたらまたエンターテイメント系の予算を増やしていけばいいと思う。とにかく今がんばらなくちゃいかんのは、報道分野だなという気がしています。」 司会:「インターネット上で若い世代の新聞テレビ離れを防ぐ努力をどう見るか。これで十分か」 遠藤:「なんかすごく違和感がある。お話をうかがっていると、お気持ちはすごくよくわかるんですけれど、ただ従来の形、メディアの形にネットを接ぎ木する、そうしたらどうにかなるという考え方がどっかに残っているような気がする。そうじゃない、これは、さっき佐々木さんや川上さんがおっしゃっていたと思うのですが、新聞やテレビとネットと、どこが違うかと言って、根本的にコンテンツをユーザーに提供するという意味では変わらないわけですよね。だから、新聞は新聞、テレビはテレビ、ネットはネットと分ける根拠というのが実は非常に薄い。つまり、今ある技術、様々な技術を組み合わせてユーザーに対して最も、ユーザーにとって利益になる情報、これを提供するのが正にマスメディアというか、メディアの役割じゃないか。にもかかわらず、現状はしばしばビジネスモデルの方の話になってしまって、収益は上がりますか、と。これは勝手な市民の目線ですけれど、そうすると、別にテレビ局がつぶれても新聞社がつぶれても、私構わないよ、とおもうんですね。欲しいのは情報なんです。」 続き→激震マスメディア~テレビ・新聞の未来~、広瀬道貞75歳の今。その3 2010年3月22日、NHK総合テレビ 午後10時~11時30分放送。 放送記念日特集 激震マスメディア~テレビ・新聞の未来~ 出演 キャスター:藤沢秀敏解説委員長 黒崎めぐみアナウンサー ゲスト:日本新聞協会会長 内山斉 日本民間放送連盟会長 広瀬道貞 ドワンゴ会長 川上量生 ITジャーナリスト 佐々木俊尚 学習院大学教授 遠藤薫 NHK副会長 今井義典 * ![]() あまりにも広瀬道貞さんの話がギャグみたいで面白すぎて、書き起こしながら笑ってしまった。 こんなギャグとまじめに付き合わなくてはいけないテレビ朝日関係者には同情を禁じえない。 * 司会のキャスターの発言はかなりは要旨が分かる程度に端折ってあります。 ゲストのコメントはなるべく正確に記しているつもりですが、語尾や言葉遣いは変えてある部分があります。 すべての正確性は担保しませんので、必要なら各自で確かめてください。 * 映像:広告代理店勤務31歳。テレビを見ない。ネットで済む。 司会:「冒頭のVTRをどう見たか。一言ずつ感想を」 内山:「新聞とテレビの新たな存在感を示す時代を迎えたんじゃないかな。」 司会:「新聞を読まない、テレビを見ないという人が増えてることに危機感を覚えないか」 内山:「だからこそ、新たな時代、あとでどうしたらいいかと言うことを申し上げたい」 広瀬:「大変な時代になったことはよく分かるけれども、もしテレビや新聞の存在感がなくなったらなば、この国の民主主義とか、国民の暮らしの安全だとか、そういうのがおかしくなってくる。ここはしっかりしなくちゃならないと感じた」 川上:「VTRでもあったが、今、ネットを使っている人はテレビとか新聞とかの時間が減っているのではなくて、まったく見ない。それを今日、力説しようと思ってきたけれど、既にvtrで言われてしまったので、どうしようと」 司会:「その背景などをうかがいます」 佐々木:「基本的には新聞もテレビも日本人にとって最も良きメディア空間であるという存在ではなくなってしまった。なぜそうなってしまったのか。あるいはその先にどういう新しいメディア空間が待っているのか。という展望的な議論ができればと期待している。」 遠藤:「私はちょっと緩やかなことを考えていたけれど、昨日あることがあって、昨年の政権交代に続いてメディア交代が起きるのではないかと思っている」 司会:「緩やかなことを考えていらっしゃったというのはどういうこと」 遠藤:「もうちょっと転換が2・3年はかかると考えていた、でも、もしかするともっとドラスティックな変化が起きるかもしれない」 今井:「今のビデオを見ながら来年の7月24日テレビは完全にデジタル化するということを考えると、正直身の引き締まる思いがする。新しいプラットホームに、放送と通信がいっしょに上っていく時代が始まる。さあ、どうとりくむか。大変な時代だと思う」 司会:「感想は立場によって様々だが、共通しているのはマスメディアが激動の時代に入っているとことではないかと思う。今日は、皆さんと率直で建設的な議論を進めていきたいと思います」 司会:「テレビを見ている人の意見も受け付けます。番組内でもできるだけ紹介する」 司会:「マスメディアの世界で何が起きているのか。メディア先進国と言われるアメリカの現状をご覧いただく」 映像: ロッキー・マウンテン・ニュースの廃刊。アメリカで100以上の新聞廃刊。ネットニュースの台頭。自分たちで取材をしないストレートニュースサイトの登場。広告費の減少。テレビの視聴者ばなれ、10年で700万人。独自の番組制作を放棄する地方テレビ局。3大ネットでもリストラ計画。 司会:「アメリカではマスメディアの危機は社会の危機だ、さっき広瀬さんがおっしゃったように民主主義の危機だという見方もある。去年連邦議会で公聴会が開かれて、経営難に陥った新聞社に対して公的支援をするかどうかといった議論まで起きている。この新聞などマスメディアの衰退というのは、社会にとっても深刻な事態と受け止められている。」 司会2:「そうですね。そして日本の状況はどうなのか、ツイッターの皆さんのご意見をみていたが、アメリカではなくニッポンの現状を知りたいというご意見もありましたので、まずお応えしてまいりましょう。まずは新聞の発行部数です。徐々に減少してるのがわかります。特におととしから去年にかけて100万部以上減少している。そしてテレビです。テレビの週刊接触者率というのは、1週間に5分以上テレビを見た人の割合。国民全体では9割以上になるが、20代では100人の内12人は1週間の内テレビを見ている時間が5分未満ということになる。そして、広告費です。テレビと新聞は緩やかに落ちているが、インターネットの広告費、去年は新聞を抜いた。」 司会:「本格的な議論を始めたい。まず、日本のマスメディアの現状をどうごらんになるか」 佐々木:「ものすごく簡単な情報の需要と供給に関する市場原理みたいなもの。今まで情報はマスメディアが独占していた、だからみんなが情報を知りたいのだけれど、マスメディアにしか情報がなかった、つまりそこで供給が絞られていた。これがある意味、マスメディアに対する人々の情報の飢餓感を招き、一方、マスメディアに余剰の富が流れ込む、そういうモデルだった。ところが、インターネットの出現によって完全にその需給バランスがくずれてしまった。膨大な数の情報が流れ込むことによって供給が増えてしまった。そうすると需要を満たす以上の情報があるということは当然、需要を供給する側の富そのものも減っていく。これはごくあたりまえのこと。もう1点大事なのは、こういうことを話しをすると、じゃあその情報はいったいどこからくるのかと、新聞やテレビが流しているのを単にネットではコピーしているだけじゃないんですかという意見があるが、実は今起きていることはそうではない。つまり、たとえば、政権交代がありいろいろなニュースが起きると新聞やテレビはもちろん、それについて一次情報を流す。その情報に対してネットの側ではものすごい膨大な数の言論が、それについてどういう意味付けを行うのか、どう考えるのか、どう評価すべきなのか、分析論考がものすごい勢いで行われている。そういうものの全体の総体としての情報量が増えているということ。つまり、今までだったらマスメディアの1次情報しか読めなかった、それに対するどういう風にニュースを評価するかまで含めて、情報量が全体として莫大な量になってきている。と言う中では、同然マスメディアが持っていた役割の部分というのは減少していくのはしょうがないということだと思う。だから、僕はこの状況と言うのは、おそらく後戻りは絶対しないのではないかと考えている」 内山:「アメリカと日本じゃちょっと新聞の構造が違う。まずアメリカでは150年の歴史の新聞がつぶれちゃったといいますが、日本では日本語の新聞ができて来年で140年、やっとそういう状況です。さて、どう違うかと言うと、日本では宅配制度、家庭に新聞が配られているのが、だいたい95%。アメリカではだいたい75%、フランスなどは29%なんです。ですから、買いに行かなきゃない。去年公益、財団法人の新聞通信調査会というところが世論調査を行い、新聞について。83%のかたが、戸別配達を続けてほしいという要望をしているという、違いが一つあります。それから、収入構造ですね。アメリカの場合はだいたい、8割が広告です。日本の場合はだいたい3割くらいです。アメリカでは新聞が1400ある。1社平均の販売発行部数は4万部です。日本の場合は10倍以上の62万部と。そういう違いがあるという。これが現状です」 広瀬:「テレビの場合、人々のテレビ視聴時間、これは1980年代、一番テレビの盛んなころ、23・40分、1日、だったが、今もほとんど変わっていない。それから、そう視聴率、という数字、みんなが見ている、視聴率はどうかという、これもほとんど変わっていない。で、確かに、先ほど出ていたように広告費、広告収入と言うのは、ここ2年ほど、下がってきております。ただし、そのことからみますと、テレビの存在感と実際の収益のところとは別物だと考えた方がいい。メディアの専門家のみなさんは、アメリカではああいう劇的なことが起きているという、おそらく5年とか10年後とかには日本でも起きるだろうと、こう見ているのだけれど、先ほど申しましたように、20年近くテレビとの接触率は変わっていないということは、日本はいったいどうなっているのだろうと、日本とアメリカ、あるいはヨーロッパとどう違うんだろうと、そこを考えてもらいたいと思うんですね。私論ですけれども、今新聞は宅配と言ういわば新聞のインフラがしっかりとしているということは、ありました。テレビも同じであって、地上波テレビと言うのはですね、ホントに全国津々浦々まで電波が通ります。今回のデジタル化も山の中、海岸側、50戸、100戸と言うことろまで届かせるには、大変なお金をかけている。で、そういうところにはインターネットもいかない、場合によっては新聞もいかない、携帯電話も、そもそも用事の時しかかけないという具合で、そういうところでテレビ離れというのが起こるというはずないんです。今後、番組をしっかりしていく、あるいは、CMについても効果のあるものを工夫していく、そういうことで存在感を示していけると、私はそう思っている。日本と欧米とではテレビの事情がそうとう違うなと、そういうことが大事だなと」 司会:「日本とアメリカとは制度とか、ビジネスモデル的なものが違うということですけれど、いまの経営が厳しい状況は、景気が回復すれば、一時的には好転するかもしれないけれども、長期的にはどうか。佐々木さんは構造的な変化が起きていると、需給の関係ががらっと変わっているという話だけども」 内山:「テレビの場合を先に言うと、確かに2001年にITバブルが崩壊します。そのあとずっと10年間は、いまがそうなんですけど、ほとんど1%上がったり1%さがったりと言う具合でほとんど平準利益でいっています。時代がたち、全体の文化水準が上がったのに、なんで上がらないのかと言う疑問はあるが、とにかく、大きく下がることはない。しかし、リーマンブラザーズ以来下がったところは、まだもちなおしていない。それにちょうどデジタル投資が大変な重荷になってきた。それで収支が悪くなって、201社、民間放送局があるが、おそらく2009年度3月期の決算だと、半数前後が赤字になりそうだと。つまり、私は今の経営の不本意な姿は極めて循環的なもの、景気に左右されたものだと風に思う」 司会:「受信料で成り立っているNHKの立場からどう考えるか」 今井:「社会的な傾向でいえば、もう人口の減少が始まっている。高齢化が進んでいる。NHKでいえば接触者率の全国調査でていましたが、NHKだけでいえば、NHKに全く接触しない人は24%いる。やはり、全体的な傾向の中で、受信料で放送を出していく、受信料で社会の公共空間を創っていく、という役割を維持していくためには、我々はもっと自己革新を遂げなくてはならない。昨日のとおり今日やっていけばいい、今日のとおり明日もつづくだろうと、そう考えるのは間違いだ。」 司会:「若い世代の新聞テレビ離れが進んでいる理由をどうみるか。既存のマスコミが若い世代を惹きつけるコンテンツを出していないということなのか、メディアへの接触の仕方が、技術面の進展もあって根本的に変わってきているということなのか」 川上:「理由はいろいろあると思う。まず、実際に本当に若い人はテレビを見る人はすごく減っている。われわれのニコニコ動画の例を紹介すると、1日200万人のユニークユーザーが、ログインするサイトなんですが、平均利用時間が1時間。一見で帰ってしまうお客さんもいるので、そういう人を除いてみると、1日2時間私達のサイトを利用している。こう云う人はテレビを見ていない。見る時間がないからです。ここまでネットを使っていると、人間の24時間というのは同じですので、そうするとネットの方に時間を吸い取られてしまっている人は、確実にテレビを見ない。それは我々のサイトだけでも1日200万人いる。僕は構造的な変化が起きていると思う。」 司会:「若者にとって新聞テレビはどんな存在か」 遠藤:「若者の話もあるが、さきほどドラスティックに変わるのではないかと申し上げのは、昨日研究者仲間としゃべっていて、40代のリベラルな知識人を自称する人、その方はいままで新聞のコアな読者層を形成していたと思うが、その彼が、僕はもう新聞やめた、やめてみたらなんでもなかったと、こう云う風に言ったんです。そういういいかたというのは、2009年の総選挙の前に、80代の知人でずっと自民党の強固な支持層であった、彼がぽつっと、もう自民党はやめたと言ったのと非常に感覚が似ていた。つまり、若年層の動きもそうですが、コアな部分で崩れ始めると、これは大きな変化が起きるのではないかという風に思う。若年層に話を戻すと、若年層は見ていません。それも、ここ数年急激に起きている。従来だと、講義の最初につかみでテレビドラマやCMの話をして引きつけようと努力してみたりしようとするが、これがぜんぜん効かなくなってしまった。みんなバラバラなものだから、いってもわからない、きょとんとして。新聞はもっと悲惨な状態。すいません。ただし、さきほどおっしゃったように、接触者率とか視聴率は意外なほど下がっていない。また、世界の中で日本は非常にがくっと新聞やテレビに対する信頼が高い。これは確かです。しかし、それで安心していられるかと言うと、そうはいかなくて、つまり接触者率が高い、資料率が必ずしも下がっていない、しかし、その中身はどうだろうと、そういうことを考えると、非常に視聴の質が下がっている、つまり、テレビはつけっぱなしになっている。そこのところも接触者率にカウントされてしまう。しかし、信頼度、新聞テレビに関しては完全に年齢と比例して信頼度が高い。しかし若年層になると下って、20代ではインターネットが一番信頼されている、当結果が出ている。これは一時的なものではなくて、非常に長期的にこういう傾向が出ている。また当然のことながらアメリカでは同じことが起きている。ということは、けっしてアメリカと日本とが無縁の状態にあるのではない。そう考えられる。」 続き→激震マスメディア~テレビ・新聞の未来~、広瀬道貞75歳の今。その2
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