ストーカーとは何か?/騒音オバサンと野口英世

 ストーカーというと、どんな人間を想像するでしょうか?
 実際に、ストーカー被害に会った人もいるでしょうし、ストーカーの被害者が身近にいた人もいるでしょう。マス・メディアでも殺人にまで至ったストーカーをはじめとして、様々な形でストーカーに関する情報が見られるようになりました。 
 ストーカーという言葉が1995年にリンデン・グロスの本(※)によって紹介されて以来、ストーカーは身近な危険の一つになったことは確かでしょう。
 でも、ストーカーとは正確にはどのような人物を言うのでしょうか?
 もしかしたら、ストーキングとは言えない行為まで含めて呼んだり、ストーカーなのにそうだと認識していないこともあるのではないでしょうか?
 
 正式名称、ストーカー行為等の規制等に関する法律(施行H12・11・24)の2条から、法律上のストーカーの定義を抜き出して見ますと
 “特定の者に対する恋愛感情その他の行為の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で、当該特定の者またはその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定のものと社会生活において親密な関係を有する者に対し”一号から八号に定める行為を“反復してすること”です。
 整理しますと
[目的]恋愛感情・好意やそれが満たされなかった時の怨恨の感情を充足する目的
[対象]当該特定の人、その配偶者や同居の親族、社会生活で親密な関係を有する人
[行為]一号から八号の行為の反復で保護法益を侵害、若しくは侵害される著しい不安を与え ること
[保護法益]被害者の身体の安全、名誉、行動の自由、住居等の平穏
以上、四つの要件を満たす行為がストーキングとなると考えられます。
 http://www.ron.gr.jp/law/law/stalker.htm
これは、今までは個々の行為では軽犯罪や刑法で処罰することが困難な事例へ対処するために“侵害”のみならず“著しい不安”を与えた際にも違法として処罰することで、他の法律とは大きく異なります。

 この法律の定義では、ストーカーの心理面へは踏み込んではいません。法律ですからどういった心理過程でストーカーとなるのか、ストーキングするのかは問題とはなりませんから当然ですが、この点について補足的に他のストーカーについての定義を参照してみます。
福島章(上智大教授・精神科医)、春日武彦(精神科医)、岩下久美子(ジャーナリスト)の三方の著書(※1)からストーカーの定義として共通する要素を抜き出してみますと三点あります。
 ①一方的な好意・恋愛感情
 ②妄想・幻想
 ③繰り返し・執拗に接近・付回すなどして迷惑・攻撃し被害を与える人
 となります。

 つまり、法律にはなかったのは②の幻想・妄想です。三者は精神医学の関連から②を要件としていると考えられます。法律でこの要件を入れると、いちいち精神鑑定をしなくてはならないので、外形から判断できる行為や目的を挙げて済ませたのでしょう。

 ストーカーという言葉を持ち込んだリンデン・グロスの著書では定義がないのですが、概ね、この定義に当てはまっていると考えられます。

 さて、このような二つの定義の関係を考え、ストーカーについての理解を深める最適の人物が新千円札の顔となった野口英世です。
 野口は山内ヨネ子と言う女性を二十歳の時から二十五歳まで追いかけています。野口はヨネ子に一目ぼれしてイニシャルでラブ・レターを山内家へ数回投函し、それに対して山内家はヨネ子の通っていた女学校と協力して差出人を探し出し、野口英世が当時フランス語を習っていた教会の牧師から止めてもらうように説得を依頼したようです。
しかし、それでも野口はあきらめずに、上京して医師開業試験予備校・済生学舎でもヨネ子を見つけて付きまとい、野口が開業試験に合格した後も、ヨネ子の家に上りこみ好意を伝えようとしたようです。(※2)

これはストーカーと言えるのか?単なる強烈な片思いではないのか?
 野口のケースは重大な二つの問題を提起してくれます。
 第一に、ストーカーとそうではない人の線引き問題です。
 第二に、ストーカーと時代状況の問題です。

第一の線引き問題を野口英世のケースで考えて見ます。
  これは非常に微妙で線引きを判定するには最適かもしれません。
 手紙の件があってから数年後、ヨネ子は野口と同じく、医者になるために福島から上京します。そして、上京後に、東京の医師開業試験予備校・済生学舎で一方的な野口のアプローチに含まれていた野口の個人講義の押し付けを受け入れていた部分があったようです。この押し付け講義でヨネ子は野口から頭蓋骨の標本をプレゼントされているようですし、何度も野口がヨネ子の家に訪ねてきた中で数回は家に上げたこと(ヨネ子は当然、当時の若い独身女性と同様に一人暮らしではなかったし、来客を上げるかどうかも年長の監督者が決めたはずです。)もあるようです。
 現在のストーカー防止法が当時あったとすれば、ヨネ子も家族も当然に警察へ申し出ることができ、野口英世は“住居等におしかけること”(二条一号)“面会、交際その他義務のないことを行うことを要求すること”(二条三号)を繰り返しているので、警察はヨネ子や家族からの要請のに基づき、警告(四条)や行為禁止の仮命令(六条)をすることができます。
 でも、法律的にはそうできても、果たして強烈ではあるが片思いであって、ストーカーだと見做すべきなのか否かが判断の難しいところです(ストーカー規正法は被害者の申し出がないと適用できません。また、私達の日常生活には厳密な法の適用をすれば違法である行為が多く含まれています。ですので、法律的には可能でも、実際に適用するかどうかの判断が問題になります)。現在、最も多くのストーカーが生じるのは元配偶者や元交際相手ですので(※3)、法律ではストーカーとして対処することができるが、心情として相手をストーカーとして法律の適用を迷うという問題と同じだと言えます。後に触れますが、ストーカーだった場合には、最初の対応が極めて重要になるので本当に難しい判断となります。

 法律を持ち出すかどうかの判断の鍵は、法律の定義とその他の定義との違いである②幻想・妄想だと、私は考えます。 つまり、相手が自分の側が出したメッセージによって行動を修正できるか否かです。 
 詳しくは次回のストーカーの心理面で出します色情狂・病的心酔、人格障害で述べますが、具体的に法律による対処を考えるかどうかは、この点で判断されるべきだと私は考えます。
 そうしますと、野口は最初に手紙を出した件でフランス語を習っている牧師から、ヨネ子は付き合う気も好意も無いことを伝えられているにもかかわらず、長期にわたって自分の感情や行動を修正することがなかったと言えるので、法律による対処を受けるのが妥当だと考えられます。 すなわち、野口英世は法律的にストーカーだと認定されるべきです

 但し、ここで第二の問題です。それは野口英世のこの行為は明治時代のことです。明治時代に現代の法律や、現代の概念としてのストーカーを持ち込んでいいのかという問題があります
 言い換えると、ストーカーは普遍的にストーカーなのかという問題です。
これも、次回の心理面で詳しく述べますが、結論を述べますと、基本的には違うと考えるべきです。
 しかし、やはり要件②の点は重要だと考えられます。
 どんな時代であれ、相手がいる関係で、自分の信条や感情だけで関係を作ろうとすることは不可能ですし、ましてや相手が受け入れないからといって加害行為や脅迫行為が許されることはあるべきとはいえません。
 時代や社会によって、許容範囲が違うことはあっても、ストーカーだと認定するべき存在の核はあると考えます。
 野口英世は、明治時代の基準から考えても、かなりグレーゾーンだったことは確かでしょう。もし、野口が手紙を出した時に医院の責任者(医院のオーナーである医師が日清戦争へ軍医として出征していたので、医院に書生として住み込んでいた野口が医院の管理責任を任されていた)ではなく、ただの労働者だったら、警察がすぐに介入していたでしょう。また、女性の地位が低く、同郷意識が高かった時代だったことも、野口の行為がグレーゾーンで留まった(行政の介入が要請されなかった)と見做される原因だったはずです。

 野口の例はあくまでも例だとしても、ストーカーは非常に身近であると同時に、やはり難しい判断が必要となる存在だと言えます。
 この難しさは、上述したような判断の難しさもありますが、ストーカーという言葉だけが一人歩きし、正確な理解がないことも多分にあるはずです。
 その最も有名な例が最近マス・メディアで有名になった奈良の騒音オバサンです。
騒音オバサンと近隣住民との十年に渡る苦闘を、オバサンの強烈なキャラクターと共に伝えられ話題となりましたが、住民がどうして十年も信じられないような困難に晒されたかというとストーカー法が生まれた海外の経緯から切り離されて日本ではストーカーが広まって、ストーカー法が制定されてしまったからだと、考えられます。

 ストーカーという言葉が海外で登場したのは、1980年代からで、それ以前は鹿狩りで鹿を追う人という意味が一般的だったようです。(※4) まず、有名人への執拗な付きまとい行為がスター・ストーカーとして注目され、女優がストーカーに殺害された事件によって認知が広まり、それがやがて家庭内暴力に含まれる配偶者からの嫌がらせ・加害へと概念が拡大して、さらにハラスメント(嫌がらせ一般)に含まれるようになったようです。
 つまり、日本ではセクハラとストーカーが結びつけて考えられないのです(何度も指摘しましたように、外来語の受容時の意味の捻じ曲げ問題です)が、ストーカーはハラスメント(嫌がらせ)の一部であって、それまでは違法とは想定されなかった行為に対処する時代の要請の一つだと言えると考えられるのです。
 最初に反ストーカー法を制定したカリフォルニア州法を見てみます明確に現れています。
 http://caselaw.lp.findlaw.com/cacodes/pen/639-653.1.html
 646・9(a)“any person who willfully ,maliciously,and repeatedly follows or willfully and maliciously harasses another person and who makes a credible threat with the intent to place that person in reasonable fear for his or her safty ,or the safety of his or her immediate family is gulty of the crime of staking.”とあります。
 又、イギリスでは嫌がらせ行為防止法で対処します(http://www.opsi.gov.uk/acts/acts1997/1997040.htm)。
 このような例からも、ハラスメント(嫌がらせ)という、それまでは違法性や加害性が社会から認められなかった分野が、人々(主に女性)の権利意識の向上によって、違法行為となっていった一つがストーカーだというのは理解されるでしょう。

 日本は、最初にリンデン・グロスによって紹介されたのが、一方的で妄想的な好意感情やそれが満たされないときの憎悪感情に基づくストーキング行為でしたし、マス・メディアもストーカーをハラスメントと関係するものだとは報道していませんでした(私の知る限り)。
結局、法律もストーカーはストーカーとして“恋愛感情又はその他の好意の感情”という制限をつけてしまい、ストーカーを社会の権利拡大の流れから切り離してしまったと考えられます。

 もともとの、ストーカーの位置づけ、カリフォルニア州法を見ても分かるように、騒音オバサンは明らかに、故意的に近隣住民を脅かし・困らせる行為を繰り返していたようですので、立派にストーカーの概念に当てはまります

 ですが、この日本のストーカー概念の限定(流れからの切り離し)は理由があるとも言えます。
 カリフォルニア州法をはじめとしてアメリカの約20州の反ストーカー法や連邦法、そのほかの国の反ストーカー法には各国憲法から違憲性があるのではないかという疑問があるのです。
当然、それは日本に同様の反ストーカー法が制定されれば、違憲の疑いが相当に出てきます。
 警察をはじめとする行政の恣意的な運用の危険は非常に大きいと言えるでしょう。特に、昨今の微罪での過剰な拘禁や有罪判決を見れば、日本で同様の反ストーカー法を制定するのは危険すぎるかもしれません。
 アメリカ各州の反ストーカー法にも、適用除外対象としてジャーナリストや労働争議などを挙げているものもありますし、適用についても具体的な行為(回数等)を挙げて法の悪用を予防する措置が採られています。
 もし、これらの措置が法律で明確に規定されていない反ストーカー法が制定されれば、議員のメディア規制のまたとない手段となってしまうことは明らかでしょう。

 もっとも、このようなハラスメント等の法意識の変化にストーカー規正法が位置づけられているとの意識は、見られません。それはそれで怖いことです。

 次回は、ストーカーの分類と心理面へと話を進めます。

※)リンデン・グロス『ストーカー』(祥伝社)
※1)福島章『ストーカーの心理』(PHP新書)、春日武彦『屈折愛』(文春文庫)、岩下久美子『人はなぜストーカーになるのか』(文春文庫)
※2)渡辺淳一『遠き落日』(角川文庫)
ロックフェラー大学  http://www.rockefeller.edu/benchmarks/benchmarks_060704_d.php
 野口英世の胸像は今も、ロックフェラー大学図書館にあり、それを目当てに日本人観光客が大学にきているようです。大学のホームページでもあるように、アメリカ、そして所属していたロックフェラー研究所(大学)でも、野口の存在は無視されているに近い状況のようです。新千円の顔になったと聞いたとき、日本人の私でさえ驚き疑問をもったのですから、アメリカ人にしてみたら理解不能に近い出来事だったのでしょう。
※3)警察庁 http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki17/taiou.pdf。ストーカーが元配偶者や元交際相手であることが最も多いのは海外でも同様です。
※4)P・E・ミューレン、R・パーセル、M・パテ 共著『ストーカーの心理』(サイエンス社)
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by sleepless_night | 2005-07-08 23:04 | ストーカー関連
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