ストーカーの心理/人格障害編 part2

 ストーカーの心理類型の(3)非精神病系、つまり、パーソナリティ障害(人格障害)を持った人がストーカーとなった場合の、今回は(3-1)境界性(3-2)自己愛性(3-3)反社会性という(3)の下位分類についてです。
 心理類型の(1)精神病系(2)パラノイド系(3)非精神病系の説明、使用するDSM(『精神疾患の統計・診断のマニュアル』)については、前回(ストーカーの心理/人格障害編 PART1)前々回(ストーカーの心理/解説編 精神病系・パラノイド系 )前々々回(ストーカーとは何か?/ストーカーの心理を問う前に)などをご覧下さい。
 
 以下の文章は注などの書籍に基づいた既述ですが、医療情報を含みますので、参考にとどめてください
 診断基準はDSM-Ⅳ-TR(『精神疾患の統計・診断のマニュアル』第四版新訂版)(医学書院)からの引用です。
 前回同様にDSMからの重要な引用を挙げた上で、文章を進めます。
 “DSM-Ⅳは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるように作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要なことは、研修を受けていない人にDSM-Ⅳが機械的に用いられてはならないことである。DSM-Ⅳに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるためのものではない。中略。このマニュアルに含まれる診断基準を有効に適用するためには、各診断基準群に含まれている情報を直接評価できるような面接が必要である。”
 DSMの診断基準を出すのは、ストーカー問題の理解の道具とするためであって、精神疾患をもつ人を排除・差別するためのものではありません。
 ここまでも、重ね重ね述べてきましたが、ストーカーの原因として精神病やパーソナリティ障害があることと、精神病やパーソナリティ障害を持つ人がストーカーになる可能性が高いことは全く違いますし、示してきたデーターがそれを裏づけています
 それらを念頭に置いた上で、ご覧下さい。

3-1)境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)
 境界性パーソナリティ障害の属するB群はパーソナリティ障害の中核的な存在で、中でも境界性パーソナリティ障害はパーソナリティ障害の特徴を最も現すものだと言われています(※)。
 境界性パーソナリティ障害の「境界」と言う言葉は、パーソナリティ障害全体の歴史と繋がります。
 統合失調症の概念を生み出した十九世紀ドイツの精神科医E・クレペリンは正常と精神病の中間形態として人格異常という概念を生みます。対して、二十世紀ドイツの精神科医K・シュナイダーはパーソナリティの偏りと精神病を別次元で考え、精神病質という概念を生みます。
 それからも、はっきりと枠に捉えきれない患者に対して様々なアプローチや概念が生み出されてきた中で、二十世紀中盤にアメリカの精神科医R・ナイトがクレペリンの考えた中間状態を「境界(ボーダーライン)」と呼んだことが広まり、診断基準を整えようとする動きが出ます。しかし、捉え処のない・治療の効果が上らない患者を投げ入れるための「くずかご」となったような状態が続きます。
 やがて、現代アメリカの精神科医O・F・カーンバーグがナイトの「境界」概念を引き継ぎ、理論化します。但し、ナイトの考えたようなどっちつかずの中間状態と違い、一つのかなり広い範囲を含む人格構造としてです。
 また、現代アメリカの精神科医J・ガンダーソンはカーンバーグの理論的アプローチと違って経験的で観察可能なアプローチで「境界」という概念を明確化し、これがDSM-Ⅲに大きく影響します。
 現在の、境界性パーソナリティ障害の「境界」は、このようにパーソナリティ障害の複雑な歴史の直系的な位置にありますが、現在の境界性パーソナリティ障害の「境界」には、精神病とそうでない状態の中間という意味(クレペリンやナイトのような考え)はなく、名残のようなものです
 イメージを掴むためにも、境界性パーソナリティ障害の特徴を診断基準からみてみましょう。(注意・必ず前回の記事を太線だけでも読んで下さい。パーソナリティ障害の全般的診断基準や、パーソナリティ障害全般の前提知識無く個々の診断基準を読むと、間違った解釈をしてしまう可能性が高いと思います。)
[診断基準]
 対人関係、自己像、感情の不安定及び著しい衝動性の広範な様式で、成人早期までにはじまり、種々の状況で明らかになる。以下のうち5つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)現実に、または想像の上で見捨てられることを避けようとするなりふりかまわない努力。
(2)理想化とこきおろしとの両極端を揺れ動くことによって特徴づけられる、不安定で激しい対人様式。
(3)同一性障害:著名で持続的な不安定な自己像または自己感
(4)自己を傷つける可能性のある衝動性で、少なくとも二つの領域に渡るもの。(例:浪費、性行為、物質乱用、無謀な運転、むちゃ食い)
(5)自殺の行動、そぶり、脅し、または自傷行為の繰り返し。
(6)顕著な気分反応性による感情不安定(例:通常は2~3時間継続し、2~3日以上継続することはまれない、エピソード的に起こる強い不快気分、いらだたしさ、または不安)
(7)慢性的な空虚感。
(8)不適切で激しい怒り、または怒りの制御の困難(例:しばしばかんしゃくを起こす、いつも怒っている、取っ組み合いのけんかを繰り返す)
(9)一過性のストレス関連性の妄想的観念または重篤な解離性症状。

となっています。
この基準を見ても分かりますし、DSM自体にも“自我同一性の問題をかかえた青年や若い成人たちは、一時的に境界性パーソナリティ障害であるかのような誤った印象を与えることがある。”との既述があるように、境界性パーソナリティ障害の症状は紛らわしいものと言えるでしょう。パーソナリティ障害の全般的診断基準にもあるように、パーソナリティ障害との診断を早期に出すことはできません。(※1)
 また、“この障害を持つ人の大部分は、30歳台や40歳台になれば、対人関係も職業面の機能もだいぶ安定してくる”と考えられていることも、このパーソナリティ障害を、そもそも精神医学の対象とするべきかという疑問を持たせる原因の一つであると言えるでしょう。
 
 診断基準で、イメージはつかめたと思いますので、境界性パーソナリティ障害を持つ人がどうしてそのようなパーソナリティの偏りを持つに至ったかについて話を進めます。
 境界性パーソナリティ障害の原因は(パーソナリティ障害全般でのべたように)特定されていませんが、境界例パーソナリティ障害を持つ人の育成環境(家族関係)に注目する専門家が多くいます。(※2)
 つまり、育成環境が与える人間の内面の成長過程への影響に重要な原因を見出しているのです。
 どういうことか簡単に述べますと。 
幼児は自分と他人の区別が付かない、自分=世界という万能感を持っていると考えられ、それが3歳位までの間に徐々に、両親を始めとする保育者が自分の欲求をいつも全て満たしてくれるわけではないこと、すなわち、自分と違う他人がいて、自分も他者から独立して存在していることを認識するようになると考えられています(勿論、こんな言語化して考えている・認識していると言うのではありません。但し、幼児の認識能力については様々な実験である程度の正確性で確認されています。)。
 そのような自分と他人という認識を持つ中で、自分と言う存在を把握する際に、最も身近な存在(保育者)を観て、人には時や状況によって様々な感情や側面があるが、一人の人間であることを学んだり、保護された環境あることの認識による安心感によって、幼児は保育者や世界から切り離された自分という存在を見つめ、自分を作り出そうとする力を発揮できるのだと考えられています。
 境界性パーソナリティ障害を持つ人の特徴として診断基準の(1)(3)(4)(5)(7)は、この環境の中で保育者が保護的な環境を作らなかったことと結びつく(※3)と考えられます。つまり、他者と自分が違うことを認識するという幼児にとって極めて不安定・不安・恐怖な状況で、十分に保護を与えられ無かったことで、人間関係で常にその満たされなかった安心感を求めて、安心を与えてくれる対象を求め・縋り付く、それでも根源的な安心が満たされず不安であるので、相手をコントロールしようとする(自殺の脅しは相手を自分に引きつけ、見捨てることをさせない手段となる)と考えられます。安心して自分を作ることに向かえなく、常に不安を感じ、相手に見捨てられまいとするので、自分が自分としてどう在りたいのかが不明確で、自分が把握できないために空虚感を持たざるを得ないと考えられます。その苦しみを自傷行為の苦しみで紛らわせたり、浪費やむちゃ食いなどを苦痛なまでにすることで人間関係で満たされない感情を代替的に満たして安心感を得たりすると考えられます(これは、自己と他者が違う存在であることの認識が上手くいかなかったことともつながるとも考えられます)。
 また、(2)(6)(8)は、自分と他者が違う存在であることを認識する時期に、上手く自他の分離ができずに、相手が様々な面を持つが一人の存在であることや、そのような他者とでは自分の思う通りには行かないことの認識が上手くいかなかったことと結びつくと考えられます
 つまり、他者は様々な面を持つが一人の人間であるということを受け入れられなかったため、複雑で曖昧な人間像を持つことに耐えられず、相手の良い面と悪い面を切り離してしまい、どちらも極端であるがゆえに、人物評価が激変する。(これは自分にも向けられ、安定した自己像を持てなくなる)また、自分と他者(世界)の切り離しが上手くできてないので、人間関係に自分の幼児期の万能感(自分=世界)を持ち込んでしまい、当然それは満たされないために不適切な激しい怒りを持つことになります。幼児のように何でもできるという状態と、現実には不可能であることから一気に無力感へと代わるので、感情も非常に不安定になると考えられます。

 この様な境界性パーソナリティ障害が、どうしてストーカーの大きな類型を占めるとされるのかは理解されるでしょう。(※4)
 満たされない空虚感、不安感から、出会って直に全面的に依存できる誰かを探してしまい、その人を過剰に美化してとらえ、それでも空虚や不安が消えないために、相手を強くコントロールしようとする。
 相手に拒絶されたり、欲求が満たされないと、逆に過剰に相手の人物評価を貶め、抑制できない怒りをもち、その感情を元に、相手をストーキングによってコントロールしようとすると考えられます。
 このように、境界性パーソナリティ障害の持つ悪い面がストーキングに嵌ってしまう、満たされない空虚感や不安感からの依存行為の結果が、支配というストーカーの特徴に嵌ってしまうと考えられます。そして、境界性パーソナリティ障害を持つ人の母数の多さ故に、その中のごく一部がストーカーであるにも関わらず、ストーカーの中でも大きな位置を占め、目だっててしまっているのでしょう。
 
 長さの都合で、次回アダルト・チルドレンとの関係/ストーカーの心理 人格障害編part2補論へ続きをまわします。

※)境界例パーソナリティ障害の歴史については、以下の書籍をまとめています。
 『人格障害かもしれない』(光文社新書)磯部潮
 『パーソナリティ障害』(PHP新書)岡田尊司
 『境界性人格障害の全て』(ヴォイス)J・J・クライスマン H・ストラウス著
※1)『人格障害かもしれない』と『人格障害』(至文堂)成田善弘編より
※2)繰り返しますが、パーソナリティ障害自体が家族関係を重視した精神分析学から生まれているので、家族関係を重視するのは当然となります。
 家族関係については、クラインやカーンバーグを中心の自他分離を『パーソナリティ障害』から、クラインやカーンバーグが取り入れた対象関係論をつかった解説を『境界性人格障害のすべて』から、『境界例と自己愛の障害』からも全般的な既述のヒントを得ています。ストーカーへの適用は、『屈折愛』や『人はなぜストーカーになるのか』と要旨を同じくしていますが、DSM基準自体から読み取れますので、直接の参照はありません。
※3)保護的な環境を作らなかったことと言うと、ネグレクト(育児放棄)などの虐待を中心に考えるかもしれませんが、過保護というのも虐待に含むとの考えもあります。
 つまり、保育者がいつまでも子供を自分の手元に置いておきたい、自分の思うようにいて欲しいために、幼児が自分自身を持つことを阻害する、いつまでも保育者へ依存するように自立の芽をつむことも含まれます。また、理想の押し付けも同様で、幼児や子供に自分の願望を投影して、その投影した像へ従うことを強制することも含まれます。
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by sleepless_night | 2005-07-26 21:09 | ストーカー関連
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