146条の迷走の迷走の整理

 前回の記事、公選法とブログについての迷走を整理します。
 メモのような形ですので、文体が硬く、断定的な観がありますが、容赦ください。
 
 以下、私見です。(全文を読むのが面倒でしたら、(2)の太線になっている想定問答だけでも、公選法のインターネットへの適用の奇妙さは理解できると思います)

1)世耕議員のブログ(http://blog.goo.ne.jp/newseko/)について

前回述べたとおり、9月3日のブログ記事に示された基準自体について、二つの点で疑問。
 世耕議員の示した基準は、整理すると下記①~③となると考えられる。
 ①公示後
 ②政党公式HPで候補者や政党の選挙運動を告知する行為と候補者でない人間の選挙運動や特定候補への投票の呼びかけにならないブログを区別する。
 ③前者は違法、後者は合法。

 疑問の第一は、②の“候補者でない人間”の範囲が広すぎる点。
 小選挙区・比例代表ともに候補者を擁している政党の国会議員、しかも、幹事長補佐という重要な役職に就いている人物と、何の政党にも属さない一般人とを同じカテゴリーに入れることは基準として妥当ではない。既に見られる批判の一つとして挙げられているように、政党公式HPと国会議員の公式HP・ブログの間に認められる差異と、政党公式HPと一般人のHP・ブログとの間に認められる差異は、政党ともう一方との関係性が両者では、あまりに違い過ぎるために同一視できる範疇にないと考える。
 また、同一視すれば、国会議員に対する要求基準に引きずられて、一般人への基準まで厳しくなる。

 第二に、②で“特定候補への投票の呼びかけにならない”として、政党への投票呼びかけが、なぜ外されているのか疑問。
 この点、たしかに選挙管理委員会の選挙運動の定義には特定政党への投票が含まれていない。
 しかし、政党名で投票される比例代表制に加え、小選挙区制という党の公認が極めて重要な意味を持つ選挙システムを採っている。
 その上、今回の選挙は政党の政策と候補者の政策の一致が、これまでの選挙と比較して非常に注視されている。そのため、特定選挙区が明示されてなくとも、特定政党への投票の呼びかけは、閲読者の在住する小選挙区の当該正統候補者への呼びかけと同一に解釈され得る
 また、公選法146条は政党名を除いていない。
 上記したような選挙システムを採用している以上、特定政党の呼びかけ(と取られる行為)も含めるのが適当と考える。

議員のブログ自体を考えると
 上述したように、政党公式HPでなければ一般人と同じ範疇に属すると言う論には無理がある。幹事長補佐という選挙事務・候補者支援について重要な役割を果たしている人物が、選挙期間中の活動内容をブログに書けば、政党を支持を呼びかける内容の文書図画を掲示していると解釈される相当の可能性があり(直接的に投票を呼びかけなくとも、議員であり、党の要職にあることを考えれば、かなり限られた内容にしなければ、投票の呼びかけに類する行為と解されると考える)、それは同時に、143条の禁止を免れるための行為とも解釈され(党公式HPの代わりになっている)、146条違反と認めれる可能性はあると考える。 
 但し、世耕議員のブログは、広い意味での選挙関連情報を含むと判断されるが、それが特定政党や特定候補者への投票の呼びかけと判断される様相・程度とは認め難く、③の合法との判断は妥当と考える。(一方、山本一太議員のHPは選挙応援や討論についてかなり踏み込んでいるため、違法の可能性が高いと考えられる。本人も承知の上のよう。)

 しかし、世耕議員が違法と指摘する側についても、前々回の記事で述べたとおり、“文章図画”の解釈が分かれ、司法判断が出ていない段階で違法とは断定できないと考える

 尚、基準自体についての疑問第一の“候補者でないもの”の範囲が広すぎる点に関連する、政党公式HPと政党所属国会議員公式ブログとの違いによる、取り扱いの差異の是非について補足する。
 公選法適用の差異という観点から考えて、差異がない(議員の公式ブログと政党公式HPは同じだ)とするのは乱暴に過ぎるが、同時に、当該政党所属であることや政党の役職に就いていることが表記してあれば(党名を明記せずとも、その政党が一般に十分認知されており、文面から所属政党が容易に判別される場合を含むと解する)、当該政党に対して持っている閲覧者の知識・記憶・期待などが想起・投影されると考えられ、政党所属国会議員公式ブログと政党公式HPとは極めて近似したものと認め得ると考える。
 したがって、政党公式HPではないことをもって、政党公式HPに対する公選法の制限を回避できると判断することは妥当ではなく、その記載内容が選挙運動か否かに重点を置き、総合して判断されるべきだと考える。(世耕議員自身もどこに書いたかのみを問題にしていないと解される。又、議員のブログの内容は、前述したように選挙運動といったレヴェルではないと考えられるので、どこに書いたかというのはそれほどの影響をもたないと考えられる。逆に、そうなると政党公式HPでも内容によっては更新可能だということにもなると考えれる。党公式HPを避けることは、党公式HPと議員公式ブログとの間にあると考えられる差異が与える、さほど大きくもない公選法適用の差異を得ることしかできないと考える。)

  
2)ブログと公選法について。

 特定の政党にも、特定の候補者にも関係を持たないブログ開設者が、政党名や候補者名を出してその政策や行動について比較・論評をする行為と公選法について。

 考察を進める上で、二つの前提を確認しておく。
 一つは、政治運動も選挙運動も、その主体についての限定はないこと。政党に属していようがいまいが、“特定の選挙に、特定の候補者の当選を図ること又は当選させないことを目的に投票行為を勧めること”が選挙運動、“政治上の目的を持って行われる一切の行為から、選挙運動に渡る行為を除いたもの”が政治運動。
 もう一つは、(行政の解釈では)インターネットの表示画面は“視覚に訴えるもの”であり、公選法上の“文書図画”に該当すること。

参照:公選法
142条一項:衆議院(比例代表選出)議員の選挙以外の選挙においては、選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号に規定する通常葉書及び第1号から第2号までに規定するビラのほかは、頒布することができない。
143条一項:選挙運動のために使用する文書図画は、次の各号のいずれかに該当するもののほかは、掲示することができない。
146条一項:何人も、選挙運動の期間中は、著述、演芸等の広告その他いかなる名義をもつてするを問わず、第142条(文書図画の頒布)又は第143条(文書図画の掲示)の禁止を免れる行為として、公職の候補者の氏名若しくはシンボル・マーク、政党その他の政治団体の名称又は公職の候補者を推薦し、支持し若しくは反対する者の名を表示する文書図画を頒布し又は掲示することができない

 まず、インターネットが普及する以前の選挙での公選法142条143条と146条の関係を考える。
 選挙運動を含む政治運動をするには、膨大な人的・物的・時間的なコストを必要とする。
 142条143条は、そのような選挙において、指定されている以外のポスターや看板などが頒布・掲示されることを禁じている。具体的に想定されるのは、候補者・政党・選挙事務所・後援組織などが指定外のビラやポスターなどを頒布・掲示した場合や、それ以外の人が特定の政党や候補者を推薦・批判したビラやポスターを頒布・掲示した場合と考えられる。
 そして、146条は、“142条又は143条の禁止を免れるため”とあることから、候補者・政党・選挙事務所・後援組織が142条143条を免れるために、別の人物や組織によって、特定政党や候補を推薦・批判するビラ・ポスターの頒布・掲示をさせることを防ぐためにあると解される。

 つぎに、インターネット普及以後、つまり、現在について考えてみる。
 インターネットの普及によって、普及以前のビラ・ポスターの頒布・掲示と同じ行為が、比較にならないほどの(人的・物的・時間的・動機的)低コストで可能となる。
 政治運動・選挙運動は主体について限定はない。
 したがって、現在、インターネット上には多数の政治運動が展開されていると考えられ、当然、そこには選挙運動と認めれれるものも多数含まれる。
 142条も143条も、“選挙運動のため”としか規定されておらず、“文章図画”を“視覚に訴えるもの”と解釈されるため、それらインターネット上の政治に関する論評は同条の適用対象とすることが可能だと考える。
 しかし、そうすると146条との解釈に齟齬が生じる。
 それは、146条は“何人も”とわざわざ主体の無限定を明記している以上、142条や143条は主体について限定がないと整合しないと考えられること。
 つまり、142条143条を“選挙運動するため”でその主体を無限定とだと解釈すると、146条は“演芸等の広告その他いかなる名義をもってするを問わず”というように文書図画の頒布・掲示の手法・形式を制限する条文だと解される。法定外文書図画の頒布・掲示もそのほかの手段も主体を問わずに禁止するのに、一方だけの条文にどうして“何人も”とつけてあるのか整合しない
 この齟齬を回避するには、やはり、インターネット普及以前と同様に、限定された143条142条の対象となる人物・組織(候補者・政党・事務所・後援組織)からの委託等を受けた人物・組織による法定外文書の頒布・掲示とその他手法・形式による宣伝・批判文書図画を146条は禁止していると考えるしかない。
 しかし、そうすると、インターネット上での特定政党や特定候補についての論評をする場合は、142条143条の対象になる人物・組織からの委託がない限りは146条の対象とならなくなる。
 それでは、総務省の解釈とは整合しなくなる
 総務省は、“各党や候補者の政策を収集して比較するなどのページを作ることは許されるだろうけれども、それに論評を加えるなどすれば、それが選挙運動と見なされるおそれが生じるという”との見解を示したとされている。(この解釈は146条148条に関する南山大院の町村教授からの照会状にたいする総務省の回答によるが146条から出ているのか、はっきりしたことは不明)
 ページの作成について、委託などの有無は問題にしていない。
 142条や143条を適用しようとすれば、146条との解釈に齟齬をきたす。146条を適用しようとすれば、“142条又は143条の禁止を免れる”という文言を無視することになる。 

 ここまでの私の理解が大筋で間違っていなければ、この法律(の総務省解釈)で、法律としての整合性を保ちつつ、一般の人がブログで政党や候補者についての論評をすることについて、規制することは不可能だと考える。
したがって、木村剛さんのブログ(http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/)のように148条を持ち出さなくてもよいはず。

 つまり、最初に出した例で考えると
 委託関係のない一般ブロガーが政党や候補者について選挙期間中にブログで論評をした。
 ある日、警察官がやってきて「あなたのブログは公選法に反します。」と言った。
 そこで、ブロガーが聞く。「公選法のどの条文に反するのですか?」
 警官は答える。「公選法146条にです」
 ブロガーはそれを聞いて「146条は“142条又は143条の禁止を免れるため”と条件がついてますけれども、私は候補者・政党・選挙事務所・後援組織・政治団体などの誰からも委託を受けてブログを開設しているのではないので、“142条又は143条の禁止を免れるため”という要件を満たしていませんよ。」
 警官は答える。「それならば、143条違反です。」
 ブロガーは聞く。「たしかに、選挙運動はだれでもできますし、143条は“選挙運動のため”としか規定されていませんので、政党や候補者の比較・論評をした“文書図画”をインターネットで掲示した私は143条違反かもしれませんね。でも、それならどうして146条はわざわざ“何人も”としてあるのですか?私の様な誰からも頼まれていないブロガーに142条や143条を適用するということは、142条143条と146条の違いは法定外文書の掲示・頒布とその他の手法・形式による文書図画掲示・頒布という行為面の違いでしかないと言うことですよね?それなら146条に142条143条と違って“何人も”とわざわざつけてあるのはなぜでしょうね?やったことの違いだけで、誰がやるのかが違わないなら、どうして条文で一方だけ“何人も”とついたりつかなかったりしているんですか?
 警官は答えられない。「・・・」

 といったことになると考えられる。
 
 本気で逮捕・起訴をするつもりなら、整合性を無視するだろうし、逮捕・起訴も可能となる。さらに言えば、総務省と実際の検挙をする警察・検察は別組織だから、違う解釈を採ることも可能になる。
 おそらく最後の部分で警察官は「そういうのは裁判所で言ってくださいよ。こっちは令状もっていますから。」と言って逮捕するでしょう(実際、逮捕令状は裁判官が判断して発行される)。

 142条143条と146条は、どう考えてもインターネット普及後の選挙には対応できていない。
 インターネットの普及に対処できないというよりも、普及の結果、選挙運動(繰り返しますが、候補者とも政党とも関係のない一般人がブログで特定政党や候補者について論評することは、総務省解釈では法定外文書を配っているのと同じく、選挙運動となる可能性がある)をこれほど多くの人ができるようになった社会に対処できないといったほうが正確だろう。以前なら、選挙期間中に法定外のビラを勝手に作って勝手に配っている(つまり、勝手に選挙運動をしている)人など滅多にいなかったし、その人はまさに“選挙運動のため”にしているので問題がなかった。つまり、“何人も”が選挙運動をするなど現実的でもなかったので、わざわざ“選挙運動について”“何人も”の規定を用意しなくてよかった。選挙運動として通常想定される概念自体が“何人も”ではない、“選挙運動について”という文言が限られた人に主体を絞る機能を果たしえていた(多くの普通の人が選挙運動に該当する・できることを想定していなかった)。
 それは現在の投票が投票日に投票所まで行ってなされるために、有権者全員が投票するとは想定しておらず(現在の投票概念自体に、現実的な投票率の限定が含まれている)、全員分の投票用紙を用意する必要がないと言うのと似ている。投票ですら全員がするとは想定していないのに、選挙運動を“何人も”するとは想定しているはずもない。
 その法律をかえずに、“文書図画”にネットの表示画面を含めたことで、ネット上で特定の政党や候補者の名前を挙げて比較・論評することが、選挙運動と見做されるおそれを生じさせている。
 そのような法律の下で、インターネット上で、普段から、正面からの政治的な評論などできるはずがない。なにせ、(総務省の見解では)法律上は、勝手に法定外文書を撒いていると評価されるというのだから。事前運動だと評価される可能性を考えれば、普段から政治について、真面目に考えていればいるほど書けなくなる。
 
 これは、民主主義に対する犯罪とまで言える法律だと思う。

 
 もちろん、現状から考えて、これほど厳しい解釈がそのまま適用されるとは考えられない(町村教授のご指摘の通り、政策論議ができないなどおかしすぎます)。
 
 しかし、これは法律上は可能な、ありうるものです。
 
  一般のブロガーが、もし逮捕・起訴されたら、きっと日本は凄い言論統制のある国なのだと世界中から思われるでしょう。一瞬、いつの時代のどこの話をしているのかわからなくなるはずです。日本と言うのは経済大国で技術力の高い国だけど、それはきっと、強固な言論統制下でものを言えず、統治権力の命令に従って黙々と国民が働かざるを得なかったからだと思われるでしょう。
 悪名高い記者クラブの比ではないです。
 普通の人間が、政策について真面目に考えて、それをネットで表明したら逮捕される国、その可能性がある国が、自由主義国家だと表明しているなど言語を絶しています。
カナダ大使館あたりに亡命申請すれば受理されるのではないでしょうか。

追記:http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/senkyo/news/20050908k0000m010120000c.html
毎日新聞の記事『インターネット普及、公選法の問題浮き彫りに』では、あいかわらず、議員のネット利用制限について述べられています。 148条で自分達が守られているから、一般の人がネットで政党や候補者について論じると違法とされるおそれがあると気づかないのでしょうか。
それとも、マス・メディア以外の人間は選挙情報を受け取れれば十分だと思っているのか。 この記事を書いた人の想定している有権者は公選法の想定しているレヴェルと同じだと思われます。
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by sleepless_night | 2005-09-07 21:18 | メディア
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