『国家の品格』を超えて/『無名』の確かさ

 “私は父を失った。だがそれと同時に、私は父を見出しもしたのだ。”
          『孤独の発明』ポール・オースター著 柴田元幸訳(新潮文庫)

 “意識の深刻な変化はいつでも、まさにその性格上、特有の記憶喪失を伴うものである。そうした忘却の中から、ある特定の歴史的状況の下で、物語が生まれる。”
        『想像の共同体』ベネディクト・アンダーソン著 白石さや・白石隆訳(NTT出版)



 人生の危機に関する論文執筆をするにあたってシカゴ神学校の4人の神学生たちが精神科医エリザベス・キューブラー・ロス博士に協力を依頼したことで、終末期医療の古典的作品『死ぬ瞬間』が誕生した。(※)
 人生最大の危機である死という出来事について、ロスたちは末期にある患者へのインタヴューという、それまでの常識を裏切る手法をとり、200名以上の記録を残した。
 ロスはそこから、死という過程に、否認→怒り→取引→抑鬱→受容という段階があり、“もし患者に十分の時間があり、そして前に述べたいくつかの段階を通るのに若干の助けが得られれば、かれは自分の「運命」について抑うつもなく怒りも覚えない段階に達する”との考えを得た。

 ロスはその後、臨死体験・体外離脱体験、チャネリングなどの研究と実践に傾倒し、信頼していた霊能者の裏切り(わいせつ事件やタネ本存在の露見)、自身の運営していた施設の火災消失(放火の可能性)などとトラブルに見舞われた。1995年に脳梗塞で倒れ、2004年に死去。
 脳梗塞後のロスを取材したドキュメンタリーでは、自身がかつて描いた死のプロセスの「怒り」にある姿が見られた。
 彼女の研究生活の後半の研究と実践に関する疑義を考慮しても、彼女の終末期医療、思想界への影響・貢献の多大さは語るまでもない。

 
 “脳化=社会で最終的に抑圧されるべきものは、身体である。ゆえに死体である。死体は「身体性そのもの」を指示するからである。脳は自己の身体性を嫌う。”
              『唯脳論』養老孟司著(ちくま学芸文庫)
 
 人が死に逝く姿、死体に直面することは少ない。
 これほどニュースで世界中の死が喧伝されている時代に、私たちの前には死は滅多なことでは現れない。
 職業上死を取り扱うことが多くとも、それを眼前に据えることは難しい。
 なぜなら、それらの職業は死を遠ざけること、若しくは、死をパッケージングすることを目的とするものだから。
 
 “労働とは緩慢なる死のことである。労働は普通は肉体的疲労の意味で理解されているが、それとは別の意味で理解しなくてはならない。労働は、一種の死のようなものとして、「生命の現実」と対立するのではない。そのような考えは観念論である。緩慢な死が暴力的な死と対立するように、労働と死は対立する。これが象徴的現実である。中略。次のように主張しなくてはならない━労働に対する唯一の選択肢は、自由な労働とか非労働といったものではなく、まさに供儀なのだ、と。” 
    『象徴交換と死』ジャン・ボードリヤール著 今村仁司・塚原史訳(筑摩書房)

 “緩慢なる死”が“暴力的な死”を覆い隠している社会において、唯一に近いほどの死とは自らのと自らの親の死。
 病院で死に、業者が処分する“緩慢な死”の浸透は激しい。
 死ぬこと、死ぬ姿を見つめることでさえも現代では難しい。
 しかし、死は与えられる。

 “労働に対する唯一の選択肢”である“供儀”について、ロスは“遺族に話させ、泣かさせ、もし必要なら絶叫させよ、ということである。彼らに感情を分けもたさせ、だが彼らの要求にいつでも答えてやれということである。遺族は、死者の諸問題が片付いた後も、長い哀悼の期間を目の前に控えもっている。”と援助者の視点で語っている。

 死を見つめることには後がある。
 悲しみという“供儀”であり、フロイトの呼ぶところのmourning work(喪の仕事)。
 
 自分へと繋がる歴史の担い手であり、自分の誕生と成長を自分以上に知る立場にある親の死は、親が引き受けてきた自分の歴史に否応なく目を向けさせる。
 「喪の仕事」とは、親の遺体の実在(身体性)を通じて、死と親と自分の生に直面させられる作業だと言える。

 失った当初の慌しさを経て、改めて親の死の悲哀に向かい合う時。(※1)
 回想の中で、美化・理想化、自己同一化によって親の死を否定する心の防御作用が働くことがある。
 美化・理想化は敬慕の情と捉えられるが、その下には、うらみ・くやみ、憎しみ、罪悪感、恐れなどの逆の感情がある。
 また、死の悲哀を避けるために、外的な事務・仕事に熱中したり、別の存在へ耽溺したりすることもある。
 しかし、ロスが述べたように、悲哀の感情を吐きつくすことで「喪の仕事」がなされなければ、親の死と自分の歴史は整理がつかずに安らかなものとして受容することができない。(この過程は、荒魂→和魂→祖霊→祖霊神という古代の死後観を連想させる。) 


  “父が死んだ。頭の中で、自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟いたが、そのことの意味がよく理解できなかった。”
                 『無名』沢木耕太郎著(幻冬舎)

 祖父一代で興した通信機器会社の次男として経済的には恵まれた生活をしてきた沢木さんの父は戦災で財産を全て失う。
  “食事をしながら一合の酒を呑む。そして、食事を済ませてから一冊の本を読む。それが父の最高の贅沢であり、それ以上の贅沢を望まなかった。”
 手に職があるわけでも、特別な才能があるわけでもなく、生活力もなく、中年近くまで定職もない貧しさにあっても、不平や焦りのない穏やかな人物で、“何を訊いても分からないことがないということが不思議でならなかった。父のほうから私に何かを教え込もうとしたことは一度もなかったがた、訊ねた事で答えられなかったことはなかったように思う。中略。どれだけ本を読んだらあのような知識が頭に入るのだろう?私のその疑問には一種の絶望感のようなものが含まれていたかもしれない。自分はいつになったら父と対等に話し合えるのだろう。”と沢木さんの畏敬の対象であった。
 自身が大変な読書家であるのに、子である沢木耕太郎さんに「本を読め」の一言も言うことはない。だからといって、子供を軽く扱ったのではない。“凄みすら感じられる”不干渉でありながら、妻子を想い、小さな工場の溶接作業で養い、溶接の炎の美しさを飽かずに感じることのできる感性の持ち主だった。

 “もしかしたら、こんなに長く父の顔を見るのは生まれてはじめのことかもしれなかった。私は眠っている父の顔を飽かず眺めた。”  
 “「何も・・・しなかった」
 父はさらに重ねるようにして言った。
 「何も…できなかった」
 私は何もいえず、ただ父の顔を見つづけた。”

 沢木さんは、父の人生が無に等しいものではないことを伝えようと、父が作っていた俳句で句集を作ることを思いつく。
 看病中、そして死の期間、句集のための作業を通じて沢木さんは父の人生の時、父と自分の人生の時を見つめ、父への畏れの裏にあった感情を発見する。
 “なぜ父に反抗しなかったのか。もちろん父が恐かったからではない。それどころか私は、幼いころから、父を守らなくてはならない人と感じていたのだ。そう、私にとって父は守るべき対象だった。中略。そう、少年時代の私は健気な男と子という役割を演じ続けていたのだ。中略。たぶん私は父をいつまでも畏怖する対象でありつづけさせておきたかったのだろう。しかし実際は、そう思ったとき、すでに父は畏怖する対象ではなくなっていた。”
 “間違いなくやさしい父親だった。しかし、そのときのその言葉は、やさしさから出た言葉ではなかった。”

 句集が完成し、父の死の報せに添えて句集を贈り終えた後、父が所属してた句会の世話役から小包で届いた会の句集のバックナンバーを読み、父のためにつくった句集でついたと思った自分の中の整理がゆらぐ。
“わからない。そう思ったとき、突然、いまでも父のことは何も分かっていないのだという思いにおそわれた。”
 しかし、そのゆらぎを携え続ける中で、父の死後、昇華できずにあった父の遺体のひげをそったときの感覚を俳句の言葉にのせることが、ある時ふと、できた。
 そして、“それでよし。私は父の代わりにそう呟いた。”


 『無名』に描かれたのは沢木さんの「喪の仕事」です。
 勿論、これで完全に終わりということはないと思いますが、“それでよし”と一つの区切りをつけること、父を「向こう側」へ送る“供儀”が終わったものと解されます。
 
 “私は父を失った。だがそれと同時に、私は父を見出しもしたのだ。”
 オースターが言ったように、人は父を失って、父を見出す。
 そこで、父を「父」へと美化・理想化して膨張させることなく、父の遺体(身体)に根差して父を見出すことができる経験は、“緩慢な死”に捕らえられている私たちの多くにとって幸運なことだと思います。
 それだけの時間を死に逝く者が残してくれること、さらに、修羅場化する程の長期にならないことなど、望んで得られるものではありません。
 
 歴史とは忘却によって生まれる物語であるという、ベネディクトの言は、国家(nation)だけではなく、一人の人生につてでも当てはまります。
   
  “国家は、手にとるこもできず目に見えることもない「想像の共同体」であり、具体的には接触できないからこそ、決して期待をうらぎらない。わけても過去の歴史は、国家の諸要素のなかでも最も具体的接触が不可能であるがゆえに、公共性や共同性を託せる幻想の場として、特権的な地位を確保しえた”
       『“癒し”のナショナリズム』小熊英二・上野陽子著(慶応大学出版会)
       
 触れることのできない国家については「父」として国民へ物語を語ることができ、時に、神話でさえもおしつけることができます。
 しかし、それと同じことを、触れることができた父について行うことは、父の身体性(死)の否定であり、死に至るまでの生の否定です。
 
 圧倒的多数の人間は程度の差こそあれ、無名のまま生きて死んでゆきます。
 無名であること、死によって自分の存在が無へと帰されることに虚しさを感じることは多々あります。
 父が死んでも、世の中は、父の属していた組織や社会は痛痒なく動いていく。
 きっと、私の死もそうでしょう。
 
 しかし、“無名の人の無名の人生”の“無名性の中にどれほど確かなものがあった”のか。
 国家に品格があろうとなかろうと。
 だから、“それでよし”と私も言う。




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好きなだけ検便容器を壊せばいい/藤原正彦と特攻の精神



 かつて藤原正彦さんの愛読者であった私が言いえることは以上です。




“「ここはどこですが」と、かたわらの女に嗄れ声で訊いた。 女は本を手にして、ベッドのそばに腰を下ろしていた。その本の表紙に書かれた名前は、ポール・シェルダンと読めた。それが自分の名前だと気付いたが、べつだん驚きはしなかった。「コロラド州のサイドワンダーよ」彼女はその質問に答えていった。「あたしの名はアニー・ウィルクス。あたしは―」
「知ってます」と彼は言った。「私のナンバーワンの愛読者ですね」
「そうよ」彼女はにっこりした。「そのとおりだわ」”
         『ミザリー』 スティーヴン・キング著 矢野浩三郎訳(文春文庫)

 愛読者とは、実に怖ろしきものかな。





※)『死ぬ瞬間』エリザベス・キューブラー・ロス著 川口正吉訳(読売新聞社)
『人生は廻る輪のように』エリザベス・キューブラー・ロス著 上野圭一訳(角川文庫)を参照。
 NHK BSドキュメンタリー『最後のレッスン~キューブラー・ロスかく死せり』
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=104&date=2006-05-08&ch=11&eid=13066
※1)『対象喪失』小此木啓吾著(中公新書)参照。
 
  
 
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by sleepless_night | 2006-06-02 23:19 | 藤原正彦関連
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