幻想の「故郷」

 『数学者の言葉では』p134「ふるさと笹原」より
 母である藤原ていが、満州から引き上げ後の過労で倒れていたため、三人兄弟のうち藤原正彦さんだけが約一年間母方の祖父の家で暮らす。
 “信州での生活がはじまってしばらくの間は、村の子供たちに「東京人」と呼ばれ差別されたが━中略━私はほぼ完璧に信州弁をはなせるようになり、そして、持ち前の無鉄砲さと喧嘩強さにより、いつのまにかガキ大将にまでなった。”
 その後も、夏休みを笹原で過ごす。
 “彼等は、私の到着する大体の時刻を知っていて、火見櫓から今や遅しと見張っていたのである。うれしくて堪らないのだが、一年ぶりの共にあうのが照れくさかったのだろう。或いは、閉ざされた山村の人なれしていない子供たちにとって、異邦人とも言える私と顔を合わせるのは極まり悪かったのかもしれない”
 寒冷地であったため夏休みが東京より短く
“学校のある間、手持ち無沙汰の私は毎日校庭にいって、校舎の正面にあったブランコに揺られていた。”
 “ひとりだけ坊ちゃん刈りであることも、ひけめの一因だったかもしれない。”

 『父の威厳 数学者の意地』p30「ふるさとのお盆」より
 “茅野市にあるこの地は、厳密には母のふるさとである。ただ私も、終戦後しばらくの間この山里に住んでいた。その後、東京の小学校に入学してからも夏休みごとにここにいた祖父母を訪れ、一ヶ月以上は滞在していたから、満州生まれの東京育ちにもかかわらず、ここをふるさとと思っている。”


 さくさくさん(http://cafe.gekidan-subaru.com/trackback/253133
)のご指摘のとおり、藤原正彦さんは日本人の歴史・伝統・文化を含んだ「故郷」には「精神的密着感」があると幾度か強調しているにもかかわらず、ご自身には「故郷」があるとは思えないのです。
 信州も“ふるさとと思っている”だけで、生まれ育った場所、帰り行く場所ではなく、夏休みに行く場所です。
 「故郷」は藤原さんの脳内にしかない、だからこそ、(幻想的な)歴史と織り交ぜて、現実が不可避にもたらす摩擦・雑音もなく、自在に作り上げられるのです。



 
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by sleepless_night | 2006-06-04 10:07 | 藤原正彦関連
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