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毎日新聞「ネット君臨」/終電逃したら毎日新聞を巻いて寝ると暖かいよ

 現在、毎日新聞で好評連載中の特集「ネット君臨」。
 
はじまりの合図)
 毎日新聞12月28日/発信箱 ネット取材考 花谷寿人
 “私たちはインターネットに依存するあまり、いつの間にか支配されているのではないか。そんな疑問から毎日新聞の「ネット取材班」は動き出した。 取材を始めたのは2カ月前。20代から30代の記者たちが集まった。彼らの問題意識はこうだ。 ネットの匿名性が進む一方で、個人情報がはんらんし、人権を侵害している。子供たちは携帯で友だちとつながりながら、返信に追われる……。 劇的にもたらされたネットの利便性や効率と引き換えに、大切なものを失いつつあるように見える。取材を進めていくうちに、その思いを強くした。 ところがいきなり、ネット社会の怖さを感じることになる。相手が取材された内容を、直後にブログの日記やネットの掲示板に書き込む。新聞記者のかつての取材は1対1の関係だった。記者は名詞を出すことさえ、ためらうこともある。 それでも生身の人に会って話を聞くのが私たちの仕事だ。そうしなければ、本当のことを伝えられないと思う。”
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/hassinbako/archive/news/2006/12/20061230ddm002070124000c.html
 花谷記者の日本語は高度すぎるので、一般社会に通じる日本語に直訳しておきます。
翻訳版)
 “私たちはインターネットに依存するあまり、いつの間にか情報を支配できなくなっているのではないか。そんな疑問から毎日新聞の「ネット取材班」は動き出した。 取材を始めたのは二ヶ月前。20代から30代のゲーム脳に犯された記者たちが集まった。彼らの問題意識は(そんなものあるわけないが、あったとしたら)こうだ。 ネットの匿名性が進む一方で、私たちの知らない情報がはんらんし、私たちが情報のボトルネックを握って高給をもらう権利を侵害している。子供たちは携帯で友だちとつながりながら、好きなHP を読んでいる。劇的にもたらされたネットの利便性や効率と引き換えに、大切な新聞購読者が失われつつあるように見える。取材を進めていくうちに、その思いを強くした。 ところがいきなり、ネット取材の恐怖を感じることになる。相手が取材された内容を、直後にブログの日記やネットの掲示板に書きこむ。新聞記者のかつての取材相手は1対1の関係だったので、好きなように発言を編集して相手をコケにできた。記者たちは自分たちの取材が名刺を出すことさえ、ためらう程度のお粗末さであることを再認識した。 それでも生身の人にあって話しを聞いたことにするのが私たちの仕事だ。そうしなければ、間違ったことを本当のことのように伝えられないと思う。”


第一部 失われてゆくもの/1)
その1 難病児募金あざける「祭り」
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070101ddm001040002000c.html
 この記事が1日一面。
 [記事要約] “インターネット掲示板「2ちゃんねる(2ch)」に家族を中傷する匿名の書き込みが始まる。” 難病の少女と家族が善意の募金を募っているのを攻撃した2ch、夜も眠れない家族。 “「裸で歩いているような恐ろしさ。眠れないときもありました」。和子さんは家の前で携帯電話のカメラを構えた人影を忘れられない。「親ですから娘が救われるのなら構いません。でも支えてくれる人たちが疲れていくのをみるとつらい」。目が潤んでいた。”
 攻撃の中心人物は匿名、2ch利用者は罪悪感無し。
その2 「エサ」総がかりで暴露
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070101ddm002040009000c.html
 [記事要約] “記者が玄関をノックしても出て来ない。「本当に怖くて外も歩けませんでした」。電話越しの声が伝わる。中部地方の主婦は半年前、ネットの掲示板「2ちゃんねる(2ch)」の「祭りの被害にあった」”
 ブログ記事から住所氏名勤務先まで調べ、勤務先に電話までした2ch。裁判で訴え勝訴しても管理人が払わない。掲示板の人権侵害の申し立て制度はあるが、機能しておらず、被害者が増えている。
その3 2ch管理人に聞く
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070101ddm003040021000c.html
 [記事要約] “ネット上の掲示板に匿名で個人への中傷が書き込まれる問題を、管理する側はどう考えているのか。最大の掲示板2ちゃんねる(2ch)の管理人、ひろゆき氏(30)は毎日新聞の取材に「ネットの仕組みだから仕方がない」と答え、規制は難しいとする認識を示した。”

 「失われてゆくもの/1」の特徴は二つ。
 ひとつは「ネット=2ch」の誤った構図をさりげなく記事にできている点。
 その1では「ネット君臨」の後にすぐ“2ちゃんねる上、匿名攻撃”と続き、“ネット掲示板「2ちゃんねる」”とここでのネットの話が全て2chの話に置き換わっている。「がんだるふ」を名乗る男性も“ネット上”とだけで、mixiの名前を上手く避けて、あたかも2chが全てであるかのような錯覚を植えつけることに成功している(嘘はついていないことにできる)。
 その2も同様に、2chの利用者数グラフを冒頭で掲げ「ネット君臨」は「2ch君臨」の話にしたまま続ける。
 その3では2chを“最大の掲示板”と一応ふれるが、そもそも知らない人間なら“掲示板”は一つだと勘違いできる。さらに、匿名の問題でも中傷書き込みの問いへの答えでもない、削除まで時間がかかることに対するひろゆき氏の応答を、氏があたかも匿名も中傷も「ネットの仕組み」であるとの認識をもっているかのように編集して冒頭に使用している。
 もう一つの特徴は、人物描写を「弱々しい可愛そうな女子供vs傍若無人な男」で描き分けられた点。 
 4歳の難病をかかえる少女が人形に喜ぶ姿、目を潤ませて攻撃に耐える母親。
 趣味のブログが「エサ」にされ外も歩けないほど弱っている主婦。
 記事の文章が想像させるのは、日常性と善良性。居丈高になることも、財欲を持つこと無さそうなイノセントさ。
 記事が事実を伝える文章ではなく、かわいそうな人々の物語を伝える文章と化す。
 これは前者の「ネット=2ch」という誤った構造提示を感情(潤んだ目)で見させて気づかなくさせる。
 しかも、「ネット=2ch=害悪⇒規制」という流れが自分にも影響することへの気付きを読者に上手く回避させる。
 なぜなら、「ネット=2ch」であり、2chに巣食う傍若無人な男でない自分には関係のない話だから。記事に涙する読者は、そんな傍若無人な男ではなく、イノセントな彼女たちと供に涙する愛の人だから規制から不利益は受けるはずがない

第一部 失われてゆくもの/2)
その1 膨大なダウンロード
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070103ddm002040016000c.html
 3日一面の記事。
 [記事要約] 見た目では分からない狡猾な小児性愛者たちがネットで集まっている。中心人物はコミック作家で1級のコンピュータープログラマー。世界で出回る児童ポルノは日本製で禁止する法律ができてもネットのせいで効果がない。
その2 レアもの求め、嫌がる女児撮影
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070103ddm001040005000c.html
 [記事要約] ネットのおかげで小児性愛者たちは交流と「狩り」ができ、エスカレート。警察もネットの壁にお手上げ。小児性愛者たちもそれを知ってやっている。子供を持つ親たちは不安。

 「失われてゆくもの/2」の特徴は二つ。一つは、徹底的にネットと小児性愛者を結びつけること。彼らの人格とネットを結びつけ、ネットが手段以上のものだという印象を植え付ける。もう一つは、行政・立法は頑張っているけれど、法律で身動きがとれないという絵を繰り返すこと。

第一面の勝負)
 以上の1と2はいずれも一面をかざる、それぞれ「難病女児あざける祭り」と「認められたくて狩り」と大文字の見出しがつけられている。
 そして、以下でみていく続編に、これほどの「釣り」はない。
 以上二つの共通する特徴が二つ挙げられる。一つは、どちらもそれ自体には反論できないこと。もう一つは、どちらもそれ自体で論争ができること
 どちらもネットの問題ではなく、「少女の命を救う」と「少女を性犯罪から守る」という命題自体には反論できない。
 そして、どちらもネットの問題ではなく、内容それ自体で論争ができる。つまり、臓器移植も性犯罪者の防止策という問題もそれ自体が膨大な専門家の研究と論争(臓器移植について→救う会の救われない救い・児童ポルノ規制に関して渋井哲也さんのブログ→http://shibutetu.jugem.jp/?eid=210#trackback)を生み出しており、いくらでも議論できる。
 反論できないことと、大論争ができることを一緒にすることは、それが実はネットとは別問題であることを読者に忘れさせる。
 読者は純粋にネットのアーキテクチャのもつ問題を考えるのではなく、反論できない「少女の命や安全」からの憤りと、臓器移植と性犯罪防止策という大論争とに引き込まれて、ネットのアーキテクチャをいじるという問題を見事に見忘れる、もしくは、憤りと議論に飲み込まれて、ネット自体で考えるべき問題をそうとは認識させずにおかれる。
 「ネット=害悪→規制必要」という記者の素朴な結論だけが手付かずに残る。

 そして、それを読むのはネットに疎い人々。その人々の中には、治安と情報が金と権力を動かす時代だと分かっている人々が回りにいる、操りやすい立法府の人間が必ずいる。 
 
“バーチャル・リアリティは悪であるということをハッキリと言う”のだ! 
 http://www.kantei.go.jp/jp/kyouiku/1bunkakai/dai4/1-4siryou1.html 

第一部 失われてゆくもの/3)
静かな職場、システムが社員監視
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070104ddm002040015000c.html 
 [記事要約]社内監視システムによって常に行動が監視され、社員同士の交流のない職場。

 いきなりトーンダウン。しかも、企業の情報漏洩で騒ぎ立てるのは自分たちだということは一切無視。

第一部 失われてゆくもの/4)
画面でつながる「仲間」「友だち」
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070104ddm002040015000c.html
 [記事要約] 携帯メールに振り回される少女。ネットの危険性には無自覚。オンライン・ゲーム中毒、ネット、メール中毒の子供たち。携帯・パソコン・ゲーム禁止の寮へ。寮では子供同士の対面交流がつたなくも続いているよう。

 「失われゆくもの/4」では「/2」と同様の人格化のテクニックが使われている。
  子供たちの入っている寮は多くが不登校を経験。
  個別的に触れられている二人のうち一人は“先輩との関係につまづいて不登校”となっている。
 しかし、「携帯・パソコン・ゲームをした不登校の子供が、携帯・パソコン・ゲーム禁止の寮で立ち直る」という記事の構造は、原因だと言明せずとも、それらが生徒の人格をおかしく変え不登校にしたと伝えようとしている。
 それらさえなければ、子供たちは健全な交流を築けるのだと。 

 1月5日の朝刊2面に掲載されたこの記事は、「/3」に続いてトーンダウン。
 目を左側の3面へ移すと「体感治安を回復させよ」「懸賞金 子供被害に導入」と巨大な見出しで犯罪検挙率の低下と警察官増員の記事。
 体感治安って、元旦3日のような新聞記事が原因なのではないかという疑問はもちろん完全に無視

第一部 失われてゆくもの/5)
ケータイ無しで、生きられますか…
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070106ddm002040054000c.html
 [記事要約] 大学生から携帯・パソコンを取り上げて、禁断症状を確認する「実験」。
 禁断症状が薄れるにつれ“時間がいつもより少しだけゆったり流れているように気がした。”“相手の表情の変化を見ながらしゃべっていると話が進み”“イチョウの黄葉に気づく”藤原正彦さん並の情緒力を発揮しはじめる。

 朝刊2面の特集記事から3面へ目を移すと、広告欄が『日本はなぜここまで壊れたのか』マークス寿子(草思社 定価1470円)の広告。 「すべての心ある日本人に読んでいただきたい」そうです。
 
 14面では柳田邦男(「開かれた新聞」委員会 委員)が“負の側面を見る重要性”を力説
  “最大の問題は、子供の人格形成への影響だ。自我や社会性が未成熟であるだけに、前述のバーチャルと現実の混同、暴力・残虐・性の映像へのアクセス、匿名発信の会館の習慣化とモラル意識欠如の人格形成、言語力・思考力の発達遅滞などの影響が出やすい。”
 柳田邦男さんと言えば、“「科学的知識による自己コントロール」という生活信条”(『犠牲』文芸春秋)をもち、日本を代表する科学・技術関係のノンフィクションの書き手。
 最近では『壊れる日本』(新潮社)でも卓越した科学的知見で日本が壊れる原因を情報技術の浸透だと解明し、「ノーゲーム・ノーケータイ・ノーテレビ・ノーネットデー」を提唱している。
 http://kgotoworks.cocolog-nifty.com/youthjournalism/2005/06/post_13f7.html
 毎日新聞特集班の記事には柳田邦男脳からのインスパイアを感じます。
 加えて、ノーシンブンデーは必要ではないのかという疑問も無視。
 朝は紙の毎日新聞を読まないと落ち着かないという私はどうしたらいいのか教えてほしい。


とりあえずの感想)
 毎日新聞の特集班は本気のよう。
 個々の記者たちがいかなる程度の広さと深さでネットの問題を認識しているか、そして、いかなる意図で上述してきたような有様の記事を出してきたのか分からない。
 しかし、どうも、ネットを規制する、少なくとも実名化と捜索の簡便化の法整備を促して、自分たち以外の言論の可能性を大幅に殺そうとすることは本気のように思えます。
 最初は、わざと不備な記事を挙げて、コメント欄を開放し、ネットの情報補強能力をネットに理解の無い上層部へ見せ付けるようとしているのではないかと様子を見てみました。
 しかし、柳田邦男さんの発想・問題意識とかなり重なる記事、さらにコメントで取材班が取り上げるコメントの無いようを見てみると、記者たちは内心や認識はどうあれ、今あるネットの力を殺ぐことに本気である可能性が高いと見えます。

記者の心配?) 
 “確かに「君臨」といわれたって意味がわからない若者もいるだろうし、「ネット君(くん)」と読まれないだろうか、といった笑うに笑えない心配もあるのだが、私はこれでいいと思った”
   まいまいクラブ 竹橋発 by磯野彰彦  
 https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/isono8/index.php?p=205#comments

 「君臨」が読めない若者がどうやって新聞を読むのだろう。

第一部 失われてゆくもの/6)
オークションとアフィリエイト
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070107ddm003040020000c.html 
[記事要約]夫婦関係の悪い中年女性がストレス解消でのめり込んだネットオークションで借金800万、でも止められない。一部の主婦の成功に惑わされた主婦が労多く益無いアフィリエイトを止めらず、逆に業者の術中にはまって商品購入。

 コメントすることも無いほどの記事。どちらもストレスから依存と言う主婦に少なく無い現象を紹介しただけ。バージョンとして「パチンコ→借金」「テレクラ→不倫」「飲酒→入院」「教育→虐待」といくらでもある。「ネット君臨」はどこに言ったのか?

第一回 失われてゆくもの/7)
アクセス200万「ひきこもり村」

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070108ddm002040055000c.html
[記事要約]ひきこもりの当事者が主催するネットラジオ。それを中心とした当事者たちと、疲弊した当事者以外の人々の交流。

 ネットがマイノリティの居場所となる一例を紹介した記事。“「閉じた社会」の誘惑”と副題をつけれたようにネガティブな側面を指摘している点で、典型的な取り上げ方とは違い、これまでの記事からすればまともなものと思える。
 しかし、ネット自体の問題ではない。すでにコメント欄ではネットの問題ではなく、記事でとりあげられた個々の問題(募金、移植、児童ポルノ、企業の情報管理、オークション、ひきこもり)の是非が議論の対象となってしまい、特集の意味が分からなくなっている。これに記者の謎の日記内容が拍車をかけている。
 https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/itsociety7/

第一部 失われていくもの/8)
コピー‐‐ペースト

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070109ddm002040041000c.html
[記事要約]仕事上ネットを多用する物忘れがひどい会社員、脳に障害は無い。20代から40代で同様の症状が増えてると言う山王クリニック。自由筆記試験が成立しない大学。コピペ解答が中学でも。

 “「シャッターチャンスしかなかったよ!岩なのか君なのか!」”(映画『恋の門』より 田辺一誠が恋人役の片桐はいりに向かって言う台詞)
 この場面が浮かんだの私だけだと思いますが、「ツッコむところしかなかったよ!ネタなのか記事なのか!」と衝撃を受ける内容です。
 まず、物忘れと考える力はイコールではない。
 記憶力・想起と情報処理能力や論理展開能力は別にありえる。
 この会社員の場合は一つ一つを正確に記憶することよりも、多量の情報に触れる必要のある仕事に適した情報処理能力を身に着けたともいえる。そして、その適応が発想や論理展開能力を奪っているとは言えない。逆に、あまりに正確な記憶は発想を奪うこともある。
 
 “「秀才がなかなかいいサイエンティストになれないのは、あれは絶対記憶力が邪魔しとるというわけ。われわれは幸いなことに記憶力があまりよくないから、頭のどこかにポカッと穴が開いている。だからときどく変なことを考える。それがサイエンティストには重要なんだといっとったな。話がとんじゃったけど、何の話だっけ。」”
   1987年ノーベル 医学・生理学賞受賞 利根川進(『精神と物質』文春文庫 立花隆)

 “奪われた「考える力」”と題しているにもかかわらず、“「考えるよりも前にインターネットで検索するのが習慣になった」という。一日8時間はネットを使う。次第に物忘れがひどくなり”と実質的には記憶の問題にしか触れていない。執筆した記者が、クラブの発表モノを扱うように、取材相手の発言内容をまったく考えずに、取材相手が“「考えるより」”と言ったのにのっかったのだと言うことがよく分かる。明らかなミスリード。
 次に、自由筆記試験で百字に満たない解答を出した学生を取り上げている。
 この部分は、もはや文章として成立していない。
 自由筆記ができない学生の存在から、この学生が大学生として求められる最低限の能力を満たしてい(訓練されていない)ないのに、大学が入学許可してしまったことの問題や、学生の所属する大学が入試で筆記を求めないことの問題は言えるが、ネット利用と思考力の有無に関係があるという見解を導くことはできない
 国語力低下が“ゆとり教育と並行してネットが普及した時期と重なる”と無理にネットにつなげている。
 しかし、そもそも“ゆとり教育”は暗記偏重の教育を脱することが一つの目標だったのだから、“ゆとり教育”を自由解答ができないことの原因であるかのような書き方は妥当ではない。“ゆとり教育”の趣旨が実現できていなかった(暗記の代わりのものが育ってなかった)ことはいえるかもしれないが、もとの暗記偏重であっても自由解答ができるとは考えられない。(加えて、記事で述べているのは90年代後半からの弓山達也さんが教える大学での国語力低下なので、90年代後半から現在までの大学進学率上昇‐30%台中盤から現在の40%台前半へ‐も考慮しなければならない。)
 また、“ネットが普及した”とあるにもかかわらず、学生がネットの特徴である公開性に耐えられずにSNSへ移行したとある。“ネットが普及した”中で成長したのならば、ネットの公開性に耐えられるように適応するのが「ネットの影響」であるはずなのに、逆に公開性に耐える能力が育っていないことをネットのせいにするのは矛盾している。
 そして、中学生がコピペ答案を出したことを持ち出しているが、これも何からコピペしたのかが変わっただけでネットの問題とするのは無理がある。
 中学生がネットで調べた内容が高度すぎて結局、図書館で入門書を調べたら理解できたとあるが、これは中学生のネット検索のしかたが未熟だったことしか意味しない。ネット・リテラシー教育の必要性は導けるが、ネットがダメだという意見を導くことには無理がある。これを書いている記者が結論ありきだったということが、よく分かる。
 最後に、これこそ元旦スクープにふさわしい記事。

 続き→毎日新聞「ネット君臨」/毎日新聞を世界遺産に
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by sleepless_night | 2007-01-06 09:31 | メディア
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