人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『働かない』/すべての父と息子と労働に。

 
(1)勝手に紹介文/『働かない』トム・ルッツ著 小沢英実+篠儀直子訳(青土社)
 カウチから動こうとしない息子、コーディ18歳を見て、オヤジであるトム・ルッツは“本能的な全身反応”の怒りに悶えた。
 何故、俺は怒っているんだ!
 高校を卒業後、自分のオヤジに時間の無駄だと言われながらも、コミューンで暮らし、ドラックを嗜み、肉体労働を転々として必要なだけ稼ぐ生活を経て、午前中に起きなくてもいい生活と楽な仕事を励みに博士号を取り、夢見たお気楽生活は実現しなくとも、毎日通勤しなくてもいい研究者生活に密かな喜びを感じている自分。その自分が、どうして18の息子に怒り狂っているんだ!理解できる大人がいるとしたら、自分ほど相応しい経歴の持ち主はいないだろうに。
 その疑問に答えるべく、オヤジは怒りの力で走り出す。
 教えている大学で学生を観察し、「怠惰理論」をウェブで公開している現代の怠け者(?)にインタヴューしたかと思うと、独立国アメリカの始まりで「時は金なり」と唱えたフランクリンと対照的に「すべての人間は怠け者か、怠け者志願者だ」と言ったサミュエル・ジョンソン、19世紀初頭に怠け者向け雑誌を発行して人気を得たジョセフ・デニーやフランスのボヘミアンのアメリカ版の作家や詩人たち、そしてチャップリンが演じたさすらいの酒飲み労働者トランプや大戦後のピッピー、サーファーといったアメリカ文化に現れた怠け者たちを膨大な学術論文・文学作品・映画・ドラマ・音楽などとともに調べ尽くした。
 そこに見えたのは、変化し続ける産業と労働環境の中で、働くことと働かないことの意味を語り、問い、そして生きたユーモラスでアイロニカルな父と子の物語たち―そう、怒る自分とカウチの息子へと続く歴史だった。
 全ての働いてきた父親たちと働いている・いない・こうとする息子たち、必読の作品。
 税込み3360円。

 


(2)『働かない』に登場する怠けものたち。
 ①愚痴と意図
 『働かない』は、いくつかの論文にできる幅と量のある資料を基にしているにもかかわらず、一つの読み物として成立させた、労作と呼ぶに相応しい作品だと思います。
 間違いなく、買って損はしない本だと思います。
しかし、傑作とまでは言い切れない部分もあると思います。
 多量の情報を浴びせられ、誰が何世紀でどのようだったかなどを見ようとしても、人名索引は充実しているのに「怠け者」の名前を索引できない(つまり、記憶力の悪い私。目次に各章のページ番号がありますが、章内の小題のページ番号がない)などを防ぐため、もう少し素直に物語を楽しめるような工夫があれば(物語性を優先して情報量を削るか、物語性を犠牲にして資料を整理するか決める)と愚痴をいいつつ、まずは自分の整理のためと、これから読む人への一助になればと記しました。

  以下、第1刷のページ番号で本書に登場する主な怠けものを整理しておきます。
 (②については、私見です。申し訳ありませんが、訂正する可能性があります。)

 ②スラッカー
 スラッカー(slacker)は、英語の名詞で「怠け者」の意味。
 本書p25にあるように、「怠け者」という意味のスラッカーという単語は1898年にOEDに掲載された新しい言葉。
 それが第一次大戦で徴兵逃れを指す言葉として普及し、1920年ごろには、怠惰や無気力な人を指す言葉として、それまで使われていたローファーやラウンジャーに代わって使われるようになる。(p274参照)
 第二次後、ビート派やピッピーなどと呼ばれる人々が怠けものとして前面に現れたあと、1980年代頃から、スラッカーを称する・呼ばれる人々が現れる。
 つまり、スラッカーという一つの言葉には、その歴史にともなった異る意味合いがある。
 
 順に整理してみると、まずスラッカーという語が1898年にOEDに登場した時は「怠け者」を意味する普通名詞であった。悪口としての用法であって、働かないことを主張するアイデンティティといった意味合いは含まない。
 次に、スラッカーという語は第一次大戦時に徴兵逃れを指す名詞として普及する。それが拡張して(再び)「怠け者」を指す普通名詞となった。これも積極的な労働の忌避というのではなく、怠惰や無気力といった消極的な意味合い。
 対して、1980年代から用いられたスラッカーという語も「怠け者」を指す普通名詞でもあるが、1940~1960年代の反産業的・労働的な意味合いを経て、積極的に労働を忌避する姿勢、自己規定的な要素が含まれる。ヒッピーなどと同様に労働の価値を認めないが、消費欲は認め、諦めに近い物分りのよさから激しい反社会性というよりシニカルな姿勢を持つ「怠け者」を意味する名詞としてスラッカーは用いられる。
 このように、第一次大戦の時と1980年代以降では、どちらも「怠け者」を指す語ではありながら、中心となる意味が異なる(時代によって怠けることの意味が違うので当たり前のこととも言える)。 
 また本書では、一貫してスラッカーが「怠け者」を指す普通名詞として用いられている(例:スラッカーの歴史、スラッカー気質、古典的なスラッカーetc)。
 それは、上記で述べてきたような時代ごとにある固有の意味の核を抜いた用法で、単純に「怠け者・働かない人」といった(それ以上の意味を含まない)単語としてに用いられていると考えられる。
 この点が整理できずに、混乱する箇所があると思われる(私が勝手に混乱しているので、この整理自体が間違いかも)。

 ③ランブラー、アイドラー>:p106参照。
 18世紀半ばサミュエル・ジョンソンが最初に自称したのがランブラー(ぶらぶら歩く人)。
 後に雑誌『アイドラー』を発行。
 「18世紀はアイドラーやラウンジャー」と読んでいると時たまランブラーが表れる。

 ④ラウンジャー:p118参照。
 18世紀後半にイギリスで発行され、アメリカでも広く読まれた、ヘンリー・マッケンジーが編集者を勤めた雑誌『ラウンジャー』。

 ⑤ローファー:p204参照。
 19世紀半ばから、フランスのボヘミアンのアメリカ版。

 ⑥ソーンタラー:p231参照。
 19世紀半ばのフランスのフラヌールのアメリカ版。
 なお、このページには“アイドラーの十九世紀版であるラウンジャーやローファー”とあるが、 ④で述べたようにラウンジャーは18世紀後半からで、19世紀初頭も入る。

 ③~⑥までは貴族主義的な感覚があり、自称することに誇る雰囲気がある。

 ⑦トランプ:p243参照。
 ソーンタラーの労働者階級版。
 性質によって、ボーボーやバムという呼び名もあるが時代を下ると区別が曖昧に。



訳者さんのブログ⇒http://d.hatena.ne.jp/kica/20070209/1170997029
by sleepless_night | 2007-03-02 23:51 | その他
<< 降臨 日本人が世界で一番受けたい授業... >>