総理・ばんざい!

 “あなたが賃貸マンションに住んでいて部屋で自殺したとしよう。その場合、当たり前だがあなたが死んでも部屋は残る。家主は次の入居者に部屋を貸さなくてはならない。だが、ここで問題がおきる。誰も自殺のあった部屋などかりたくないからだ。”
                  『自殺のコスト』雨宮処凛著(大田出版)
 
 “永田町はとにかく縁起をかつぐ世界だ。 たとえば、議員会館の部屋番号である。国会議員というのは、選挙後ごとにだいたい三分の一が入れ替わる。つまり議員会館の部屋の主もその分だけ交代するわけであるが、新たに当選してきた議員は、その部屋割りだけで一喜一憂する。”
                 『代議士秘書』飯島勲著(講談社文庫)

 “合理的な自殺などといった行為はない。しかし、おそらく急性の精神病状態にある人の自殺以外は、すべての自殺は合目的的な行為である。”
『シュナイドマンの自殺学』エドウィン・S・シュナイドマン著 高橋祥友訳(金剛出版)

                        *

(1)報道による事実
 5月28日の松岡利勝大臣の自殺について。
 
・朝日新聞28日14時21分
http://72.14.235.104/search?q=cache:Oh1xU_lDAxIJ:www.asahi.com/national/update/0528/TKY200705280175.html+%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E5%88%A9%E5%8B%9D%E3%80%80%E8%87%AA%E6%AE%BA&hl=ja&ct=clnk&cd=11&gl=jp →“28日正午ごろ”に“秘書が、警護に当たっていた警察官と一緒に室内に入ったところ”“布状のひもで”首吊り状態の松岡大臣を発見し119番通報、慶応大に運搬され“午後2時、死亡が確認”。

・読売新聞28日14時31分    
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070528it06.htm  
 →“28日正午すぎ”に“布状のひも”で首吊り状態の大臣を“秘書が見つけ”て“待機していた警視庁の警護官(SP)に連絡”。“同日午後0時29分に119番通報を受けた救急隊が、現場で蘇生(そせい)措置を行って慶応大病院(新宿区)に運搬”、“午後2時、死亡が確認”
 
・時事通信28日14時31分
http://72.14.235.104/search?q=cache:J6c5zcu7Yy8J:www.jiji.co.jp/jc/c%3Fg%3Dpol_date1%26k%3D2007052800358+%E6%9D%BE%E5%B2%A1%E8%BE%B2%E6%B0%B4%E7%9B%B8%E3%81%AE%E9%83%A8%E5%B1%8B%E3%81%AB%E9%81%BA%E6%9B%B8%E3%80%80&hl=ja&ct=clnk&cd=4&gl=jp →“調べによると、秘書が同日正午すぎ、警護員とともに、部屋に入ったところ、リビングのドアのちょうつがいに、布でできたい布散歩用のひものようなものを掛け、立った状態で首を吊っていた。”

 ・毎日新聞28日16時59分
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070528-00000015-maip-soci →“28日午後0時18分ごろ”“リビングのドアのちょうつがいに犬の散歩用のひもをひっかけて首をつって”いた大臣を“秘書官らが見つけ、警察に通報”。“午後1時に東京・慶応大病院に運んだが同2時死亡が確認”。

 ・東京新聞夕刊
 http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2007052802019742.html
 →“二十八日午後零時半ごろ”“松岡農相が自殺を図ったと、一一九番があった。”
 “警視庁赤坂署によると、同部屋のリビングのドア上部についたちょうつがい部分に布製のひもをかけ、首をつった状態でいるのを男性秘書と大臣の警護員が見つけた。”

・徳島新聞28日18時10分速報
http://www.topics.or.jp/contents.html?m1=1&m2=1&NB=FLASHNEWS&GI=&G=FLASHNEWS&ns=news_118034597463&v=&vm=1 →“警視庁は検視の結果などから、松岡利勝農相は自殺と断定した。”

 ・毎日新聞28日23時17分
 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070528k0000e040069000c.html →“松岡利勝農相(62)が首をつっているのを秘書らが見つけ119番した。”“パジャマ姿で首をつっていた。同署署員が到着した際にはひもが切られ、松岡農相は床におろされていた。”“同病院によると午後0時42分に救急隊が到着した際には既に心肺停止だった。心臓マッサージをしながら救急車で搬送、同病院救急部で蘇生術を継続したが、午後2時に死亡が確認”。地元で29日通夜、30日密葬。
  
 ・読売新聞29日3時4分
 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070529it01.htm →赤坂署によると“農相秘書官が、駐車場に待機していた公設秘書や同庁の警護官(SP)とともに合鍵で室内に入ったところ、パジャマ姿の農相が高さ約2メートルのドアのちょうつがいにひもを引っ掛け、首をつっているのを発見。そばに高さ30センチの脚立があった。赤坂署は、室内の状況などから自殺と判断、司法解剖を行わずに遺体を家族に引き渡した。”

 ・西日本新聞29日11時31分
 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/local/kumamoto/20070529/20070529_007.shtml
 →“警視庁は死因を窒息死と発表”

 ・時事通信29日12時28分
http://72.14.235.104/search?q=cache:uh7h2kEIQw4J:www.jiji.com/jc/c%3Fg%3Dsoc_30%26k%3D2007052900342+%E7%99%BA%E8%A6%8B%E7%9B%B4%E5%89%8D%E3%81%AB%E9%A6%96%E3%81%A4%E3%82%8A%E3%81%8B&hl=ja&ct=clnk&cd=1&gl=jp →赤坂署の“調べなどによると、秘書と警護の警察官(SP)が28日午後零時20分ごろ、施錠された部屋に鍵を開けて入り、松岡前農水相がひもで首をつっているのを見つけた。体は死後硬直がほとんど進んでいなかった。”

(2)合目的的な行為
 ①可能性の問題
 
上記報道によると、秘書官とSPが松岡大臣を発見・救急通報から救急到着まで、0時20分から42分までの約20分間あったことになる。

 上記報道で、朝日は“119番通報”とあるが、毎日は28日16時の記事で“警察に通報”としているが23時には“119番した”と変えている。
 また、読売は28日の記事で“秘書が見つけ”て“待機していた警視庁の警護官(SP)に連絡”とあるが、29日には“農相秘書官が、駐車場に待機していた公設秘書や同庁の警護官(SP)とともに合鍵で室内に入った”と変えている。朝日と時事は28日から秘書とSPが一緒に入ったとと伝えている。
 毎日が28日に言う“秘書官らが見つけ、警察に通報した”は(時事や読売が書いているように)SPに連絡したということを指すのか?しかし、それでは29日に赤坂署の発表を引いて“秘書と警視庁の警護官(SP)が室内に入ろうとしたが、玄関が施錠されていた。別の秘書が取りに行った合鍵を使って午後0時20分ごろ室内に入り、首をつっている松岡農相を発見した”という記事とは整合しない。もちろん、これは単純な誤報と考えるのが最も素直。
 しかし上記記事から可能性として、見つけたのが秘書だけなのか秘書とSPがいっしょなのか?と最初に通報したのは秘書とSPのどちらで、それは119なのか110なのか?という疑問はある。

 毎日の28日23時の記事では赤坂署員が到着時にはおろされていたと言う。
 他の記事では触れていない。
 ここでも可能性としてだが、松岡大臣は発見から救急到着までの20分間吊られたままだったのか秘書とSPによって下ろされたのか?という疑問がある。

 だが仮に、松岡大臣を発見してすぐに床に下ろさず、救急隊到着までの20分間吊ったままだったとすると、発見時に生きていても到着時には心停止を起こしていたことになる。
 そしてこの場合、発見時に救命行為をとらなかったSPは職務上の失態のみならず間違いなく保護責任者遺棄致死罪に問われる。 
 だが、現時点でそのようなことは発表・報道されていない。
 したがって、発見して即時下ろして救命行為をおこなったと推測するのが妥当。
 しかし、下ろさなかったのかもしれない。
 
 ②11分の意味 
 まず、首吊り状態の松岡大臣を発見した秘書官やSPが見たのはうっ血し開いた口から涎を垂らした顔面でだったと考えられる。
 なぜなら、死因が窒息死と発表されているので、松岡大臣は非定的縊死だったと理解されるから。
 つまり、松岡大臣は完全に足が地面から離れることで全体重を掛けて血管閉塞・神経圧迫で心停止により即死する定型的縊死ではなく、不完全に体重が掛かかったことで血管閉塞・神経圧迫も不完全で死因が気道閉塞による窒息死となる非定型的縊死だった。非定型の場合、血管閉塞が不完全であるため、頭部に血液が流れる隙があり、うっ血が生じる。
 これは、病院に運ばれていた松岡大臣の顔に布が掛けられていたこととも関係するかもしれない。心肺停止の患者であれば、挿管して呼吸をバッグしなければならないのに、それを妨げる布を顔面に掛けなければならなかったのは、プライヴァシーの問題と同時に、それ以上にうっ血し尋常ではない顔面を隠す必要があったからだと考えられる。

 松岡大臣を見た秘書官とSPはすぐに駆けつけただろうが、ここでSPは脈をとって停止していることを確認し、秘書官に告げる。見つけたのが秘書官だけならば、SPほど的確に脈拍の確認はできず、下ろそうとして松岡大臣に触れたか、そうせずに異常事態をSPに連絡したか。 
 いずれにせよ、救急に即時に連絡していなかったことは全ての記事が同様に示している(全ての記事が誤報なのかもしれないが、それはここでは措く)。
 11分間。
 秘書官(たち)は首を吊っている松岡大臣を前にしたのに、救急連絡まで11分の時間をすごしている。
 
 SPは直ぐに警察・救急のいずれかに連絡しようとしたと考えられる。
 だが、11分そうしなかったことを示す。しかし、その状況でSPが自発的になにもしないというのは考えられない。
 すると考えられるのは、SPが秘書官に連絡を制止されたか警察に連絡したが先で止められたかということになる。 
 死亡していると聞いた秘書官は警察でも救急でもなく、まず他の松岡大臣の秘書や総理大臣秘書官(若しくは私設秘書)に連絡して対応を相談することが考えられる。そして結果として、死んでいるのだから救急到着まで動かさないことを決める。
 また、死亡しているのでSPが救急ではなく警察に連絡した場合でも、その先から現場保存のために到着まで動かさないよう指示され(警備課から総理大臣秘書官などに連絡し、その後に救急が手配された)たと考えられる。
 どちらにせよ、その場で死亡されると解剖の可能性が現れるので、病院で死んでもらうったほうが好都合だと判断されたと考えられる。
 
 ③20分の意味
 20分放置しておいて蘇生処置をすること、その20分間の放置だけでも死亡することは分かるはずなのに救急車を呼んで蘇生処置させることは意図として矛盾する。
 しかし、松岡大臣の自殺を可能な限りスムーズに速やかに片付ける(風化させる)という政治的目標のためには病院まで大臣には生きていてもらわなければらない(その場で死亡されてはならない)こと。そこから後に、解剖など絶対にされてはならない(解剖され話題が引きずられるのを絶対に回避する)こと。そのために現場を発見者たちがいじって疑いを書面上に残すことはできないことが導かれる。そして、20分後に到着した救急隊に松岡大臣を下ろしてもらって蘇生処置までしてもらわなければならない。
 これは現場にいたSPにとっても、そしてその後ろにある警察組織の政治的立場からしてもポイントには絶対にならない事件で出来ることはミスを犯さないことと言う保身の理屈に適う。 
 だから、20分間下ろさなかったことはありうる。 
 
(3)そこは首だよ
 松岡大臣の自殺を「サムライらしい行為だ」といった趣旨の発言が見られた。 
 武士がなぜ腹を切るのかについては、新渡戸稲造は「腹」が魂や心のありかとして認知されてきたからと考えを示したが、他にも切っても辛い上になかなか死ねない腹を選ぶことで自らの苦痛への耐性を誇示し・勇気を示すから、腸などの臓器が現れる派手さがあるからと言った説もある。
 少なくとも“首縊や投身自殺など女子供のすることで武士にとっては最も恥じとすべき方法であった。”(『切腹』山本博文著 光文社新書)
 だから、サムライというのは無理があるだろう。
 
(4)絞められた首が閉ざした声、紐の先を握った安倍
 武士は腹を切ることで自分の魂や本心を見せる(とする解釈がある)が、松岡大臣は首を吊って自分の本心や真相を体の中に閉じ込めた。松岡大臣の首吊りは形態の意味として切腹とは真逆の行為だった。
  布施豊正(NYU教授・比較自殺学)さんはコミュニケーションの視点から自殺をこう述べている。
 “「死をもってお詫びする」という自殺が日本人には意外に多いが、言葉によるコミュニケーションが下手で、そいういう訓練をほとんど受けていない日本人は往々にして、「死」という極端な形でコミュニケーションをしようとする。言葉によるお詫びのできない人間は、自殺によって「死んでお詫び」をしようとする。”(『自殺と文化』新潮社)
 “今は黙っていたほうがいいと国体からの、上からの指示なのです。”との鈴木宗男議員の松岡大臣との会話の紹介からもわかるように、まさに松岡大臣は“言葉によるお詫びのできない人間”だった。
 そして、最期の言葉である八通の遺書のうちで公表されている国民向けのもは、具体的に全く何も言っていないに等しい。
 シュナイドマンは遺書について多くが“驚くほど、平凡で、陳腐であり、時にはひどく単調で、退屈ですらある”と述べ、それは“自殺するためには、意味ある遺書を書くことができない。逆に、意味のある遺書を書けるくらいなら、その人は自殺しなかっただろう。”という自殺の心理的側面(激しい疲労・苦痛・切迫感による視野狭窄)によるとしている。ただし、“詳しい生活史という状況に照らし合わせて”遺書を検討すれば“遺書に書かれている特別な意味を明らかにする多くのキーワードを提供してくれるだろう”と、遺書の重要性も指摘する。
 “特別な意味”、松岡大臣の場合は明らかに複数の国政上の問題に関係すると思われる背景を安倍首相は松岡大臣の“名誉のため”とのたまって潰して見せた。

(5)虎は死して皮を残し 
 疑惑段階での自殺は長い目で見れば、汚名としてそれほど効果を持たないと思う。
 それより長く明確に影響を残すのは、新しい議員宿舎の部屋。
 通常の自殺物件なら、契約時の告知事項となり、賃料をいくらか下げるか保証人などに賠償を請求するかされる。
 ただでさえ格安と批判される議員宿舎をこれ以上下げるのか。
 さらに、下げたとしても縁起を担ぐことに執着する議員に入居する人はいるのか。
 当選六回、大臣経験者という経歴を重視するのか、疑惑と自殺を重視するのか。
 とにかく、松岡大臣は死して部屋を残し、それは名よりも実質的な影響を長く残すだろう。
 
 

おまけ)
・反戦な家づくり http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-374.html
 では、“首つりでは、通常窒息死はしない”とあるが、上述したように非定型的縊死の死因は窒息。
 また、山崎進一元理事の自殺で、パジャマ姿で素足で靴を履き、靴をそろえて投身と言う点に疑問を呈している。しかし、上述したように自殺時には自責・苦痛・切迫などによって思考が硬直し認知が狭窄されることが多いので、ラフな格好なのに靴そろえるという律儀さを見せる不統合はおかしくないと考える。
 ⇒http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-377.html
 の“一見精緻な論理で、松岡他殺説を否定するTB”が当ブログのことなのかわからないが、追記。
 当エントリの(2)②で定型的と非定型的縊死の記述が不親切なものだったためと思われるが、“かのTBブログが正しければ、足が着いていなければ、定型縊死=心停止による即死のはずだ。ざっと検索してみても、そのような見解の法医学解説が多い。”というのは誤解。
 当エントリでは、定型的の場合に“足が離れる”と述べたが非定型では“不完全に体重が掛かった”としか書いていない。
 定型的縊死は
 ・足などが地面・壁面から完全に離れ、索条が全体重を支えていること
 ・索条が前頸部にかかり、左右対称に前下方から後上方に向かい、懸垂点が項部正中にあること
 の二つの要件がある場合で、それ以外が非定型的。
 (岩手医科大医学部法医学教室 
 http://forensic.iwate-med.ac.jp/lectures/newest/node11.html#SECTION001130000000000000000
 したがって、体が地面や壁に接地していたり、紐が左右対称ではなかったり、しっかりと斜め上に角度がついてなかった場合には非定型的となる。
 また、http://blogs.yahoo.co.jp/momohan_1/32850847.htmlでも、非定型的だと推測した上で、解剖を省いたことを批判している。 

 当エントリは、(1)を置いたことからも分かるように、自殺か他殺かという前段階での問題は意図的に触れず、自殺であったとしても疑問点が多いことを考えると意図したもの。
 それは、現在事実として公式に発表されていること・私たちの最も手前に置かれていることからはじめなければ、他殺といった現在公式に発表されていない見解を発しても説得力に欠け、単なる陰謀論として流されてしまうと考えるから。
 他殺を積極的に否定するものではなく、自殺だと考えても通るが、だとしても疑問があると言うのがスタンス。

 上述したように、松岡大臣が自殺であって、見つけた秘書官なりSPなりが「死んでいる」と判断したなら救急を要請することはおかしいし、司法解剖でなくとも行政解剖がされなければならない。「生きているかも・助かるかも」と判断したならば、20分間放置したSPや秘書官は保護責任者遺棄致死罪に問われなければならない。後者は、時事通信が“死後硬直はほとんど進んでなかった”とする記事から考えても真剣に究明されなければならないと考える。 
 
・カルトvsオタクのハルマゲドン http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20070601
 でも同様の指摘を引用しているが、上同。
 また、飯島秘書官がいたのは、(2)②のようなことを考えればおかしくない。
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by sleepless_night | 2007-06-06 23:51 | メディア
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