戦後的な。



“2006年12月に教育基本法が改正される根拠となったのは、GHQ(連合国軍総司令部)の干渉を受けて制定されたために「個人の尊厳」を強調しすぎた結果、個人と国家や伝統との結びつきがあいまいになり、戦後教育の荒廃を招いたという歴史観であった。だが果たして、教育基本法のもとで「個人の尊厳」は強調されてきたのか。問い直されるべきなのは、旧教育基本法の中身よりも、むしろこのような歴史観そのものではなかったか。”

 東久留米市立第七小学校(七小)に1968年に入学した原武史(明治学院大教授・日本政治思想史)さんは、4年から6年にかけて同じ学年で一人の担任によって運営されたクラスを拠点に作られた“国家権力からの自立と、児童を主権者とする民主的な学園の確立を目指したその地域共同体”を「滝山コミューン」と呼ぶ。

 政治の季節が過ぎたといわれる70年代は、原さんが過ごした東京郊外の団地では、画一的な団地に合わせる形で家族が集まり、主にその専業主婦たちが革新的な政治勢力・政治運動の担い手となった。
 七小では、自民党や学校の御用組織だったPTAが団地住人の保護者たちの運動によって親たちの手に戻り、それが学校のクラス運営での革新的な動きを試みる教員を支えた。
 
 原さんが小学生で直面したそれは、日本教職員組合教研第第八次大阪集会で生まれた民間教育研究団体・全国生活指導研究協議会(全生研)が唱えた集団主義的教育「学級集団づくり」だった。
 旧ソ連の教育学者マカレンコの教育法を引いた「学級集団づくり」は、ひとつの“「物理的なちからとしての存在」”である集団が民主集中制を原理として単一の目的に向かい統一的行動をし、非民主的な力に対抗するために、目的自覚的な教師の指導によって集団の担い手としての子どもたちを変えていくこと、そして、そのように発展した集団は自集団のみではなく、絶えず外部を民主的集団へと形成することで反動勢力から憲法や教育基本法に基づく公教育を守ることを目指した。
 「学級づくり」では、クラスが班に分けられ、活動において班の数より一つ少ない係りを用意することで班を消去法で競わせ(一斑ずつ落としていく)、目標点を定めて係りの実行を評価する、集団発展へ向けられた(課外活動のみならず給食や掃除にいたるまでの)恒常的な競争状態をクラスに作り、集団に従わないものを「追求」というつるし上げへと追いやった。
 一人の教師が担任するクラスよって実施された、この教育法が押し付ける「みんな」「なかま」が、やがて、学校の児童委員会を通じて学校全体へと侵食していく様に、原さんは強い違和感を感じながら、中学受験のための塾を避難場所としつつ、集団行動のもたらす「快楽」へ抵抗していた。 

             *
 
 中山成彬前国交・元文科大臣にも、この本は読んでみてもらいたいが、彼の小学校入学以前に完成させられたであろう自我は、日教組であろうとなかろうと教育の権力は暴力へ容易に転化することを理解できないだろう。

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はてブ 痛いニュース 中山国交相「日本の教育のガンは日教組だと思ってる」
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1178267.html

dj19の日記 中山成彬、飛ばしてるね
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20080926/p1
 “近所のオッさんじゃなんだぜ、大臣なんだぜ!”

元検 弁護士のつぶやき 中山国交相の発言問題
http://www.yabelab.net/blog/2008/09/27-102321.php
 “勉強もしない、経緯も確認しない、根拠事実の調査もしない、センシティブな問題に無神経。それで自分の信念(というか重い込み)だけでぺらぺらと薄っぺらな発言を繰り返されたんじゃたまらんですよ”

アケガタ 中山国交大臣の発言について
http://d.hatena.ne.jp/Tez/20080928/p1
 満蒙開拓団と故郷喪失の沖縄出身者が国策によって開拓した場所を空港建設で取り上げられる反発が闘争だった。成田空港問題への中山の「ゴネ得」発言がいかに国策に翻弄された人々の苦しみに関心がないか。

非国民通信 すくいようがない
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/dddde91f4c6708fb4570f188cdf664e2
 担当外のことを差し置いて自分の好きなことをやる発想。
 安倍と並んで麻生も軽く見られた。

過ぎ去ろうとしない過去 そろそろ中山国交相の失言について語っておくか
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080927/p1
 日教組と学力の因果関係など示せるはずがない。明らかな虚偽で誹謗中傷するのは問題。

Munchener Brucke 中山大臣辞任 何が問題だったのか?
http://d.hatena.ne.jp/kechack/20080927/p1
 “右派に一定の支持がある妄言は、問題にならない場合があるというのが最近に傾向”
 日教組発言への違和感。教育問題への貧困な単因論、所管外、カラ手形。

vanacoralの日記
http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20080928
 中山妄言を支持する「有識者」たち。

ですぺら 戦後教育の垂れ流す害毒について
http://black.ap.teacup.com/despera/339.html
 昭和18年生まれの中山って戦後教育第一世代だよね。

kojitakenの日記 中山成彬の妄言は、争点そらしというより単なるKYだ
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20080928/1222605868
 中山発言は麻生の集団的自衛権発言と合わせて、経済問題から目をそらせる狙いがあるようだが、安部の前例からもそれは失敗するだろう。

伊藤乾の常識の源流探訪 中山前国交相の「情報自爆テロ」?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080929/171976/
 潜在的ネット右翼の数100万票を引っ張れたならたいしたもの。
 中山自身がテレビで持論を主張できると共に、麻生内閣にもマイナス要因ばかりではないだろう。国民に見られたくない争点を隠せれば勲章モノ。

EU労働法政策雑記帳 日本教職員組合の憲法的基礎
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-4ed1.html
 日教組の憲法的基礎って28条じゃなかったの?

切込隊長blog 中山成彬国交相が華麗に見せた逆炎上パターン
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2008/10/post-c79c.html
 “日教組批判の一部だけ切り取って中山支持に回ってあおりまくるという現状というのも、何かすさまじい勢いのネットによる衆愚政治の帰着点なのかしら”

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 様々に批評がなされているが、次の選挙も彼は勝つ。
 http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_03_13.pdf

 「中山GJ」などと言ってみた人々は、『滝山コミューン1974』を読んでみてほしい。
 日教組の生み出した一つの教育が、いかに「戦後的」だったのか分かるだろう。



追記)
 次期衆院選に中山前大臣が出馬しないとの報道。
 一連の発言について、麻生総理が“閣僚になられたら、されない発言だ”と述べて、中山前大臣が想定外のバカだったと評価したが、あれだけ「子どもたちのため」だの「火の玉になる」だのぶち上げて“次の選挙は本当に危ないが、政治生命を懸けてでも国民に訴える責任がある”と言っておいて、出馬しないとは、どこまで責任感の無いヘタレなのだろう。(官僚一家だから行革担当はできないと断った時点で十分だが)
 仮に党が出馬に難色を示したのなら、私財をなげうってでも無所属で出馬するのが、自身の発言を引き受ける人間のやることだろうに。
 これで、地盤を引き継ぐのがそのまんま東だったら笑うしかない。
 
 
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by sleepless_night | 2008-10-03 00:08 | その他
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