2005年 09月 25日 ( 1 )

ストーカーになったら・ならないために。

 ストーカーを通して見る現代の男女関係(同性愛の場合は同性関係)の補論として、前回は被害者になった・ならないための具体的な対処法について述べましたが、今回は、加害者になった・ならないためについて述べます。
 幾度も述べてきましたが、ストーカーは本来は好意感情に基づくものに限定されません。ですが、ここでも一応、日本のストーカー規正法の対象範囲となる拒絶型、親密性要求型、求愛型を前提に話を進めます。(分類についてはこちらストーカーとは何か?/心理類型と行為・関係類型のクロスを参照してください。)

(1)線引き。
 まず、これもストーカーとは何か?/騒音オバサンと野口英世で既述した問題ですが、ストーカーになっているか否か確認してみましょう。

 ストーカーとは規正法の定義では(ストーカー規正法2条3条要約)
http://www.ron.gr.jp/law/law/stalker.htm
[目的]恋愛感情・好意、又はそれが満たされなかった時の感情を充足する目的で
[対象]当該特定の人、その配偶者や同居の親族、社会生活で親密な関係を有する人へ
[行為]以下の行為の反復で保護法益を侵害、若しくは侵害される著しい不安を与える行為
・付きまとい・待ち伏せ・進路に立ちふさがり、住居・勤務先・学校その他の通常所在する場所(住所等)の付近においての見張り、住所等への押しかけ。
・その行動を監視していると思わせるような事項を告げる、または、その知りうる状態に置くこと。
・面会・交際その他の義務のないことを行うことの要求
・著しく粗野または乱暴な言動
・無言電話、拒まれてるのに連続して電話・ファックス送信
・汚物・動物の死体その他著しく不快または嫌悪感を感じさせる物を送る、又は、知りうる状況に置くこと。
・名誉を害することを告げる、又は、知りうる状況に置く。
・性的羞恥心を害することを告げる、又は、それを知りうる状況に置く。性的羞恥心を害する物を送る、又は、それを知りうる状況に置く。
[保護法益]被害者の身体の安全、名誉、行動の自由、住居・生活の平穏 

この4つの要件に当てはまれば、ストーカー規正法の対象となるストーカーです。
但し、この4つの要件を考えた時、[目的][行為]の二つは認定が難しい、特に後者はどこからが法的対象になるストーカーなのかは判断が難しいところです。(※)
具体的に、・・を~回するとストーカーだとは言えません。

そこで、私見ではストーカーとして法的な対応をするべきだと考えるライン(線引き)を「被行為者(ストーカーの被害者・その可能性のある人)が発したメッセージによって、行為者(ストーカー・その可能性のある人)が思考・行動を修正・改善できるか否か」だとしました。
 つまり、前回の被害者としての対応①②の段階で変化がないなら法的対象となるストーカーと考えるべきということです。
  したがって、もし相手が(直接・間接を問わず)拒否の意思表示をしているにもかかわらず自分の感情・思考に基づく行動を変えることができないなら、自分はストーキングをしているのだと考えるべきです。

  既述しているように、概念としてのストーカーの定義は確定していません。
 しかし、“ストーキングと言う考えの中心にあるのは、望まれざる感心を持たれた誰か、そのため不快感を覚え恐怖するその当人の受け止め方なのだ。中略。ストーキングとは被害にあった者の目に映る光景である。”(※1)と言った視点、つまり、相手がどう感じているかに重点が置かれた概念であるということは一致していると言えます。


(2)ストーカーになったら。

 “ストーキングが被害者ばかりか、行為者の生活まで破壊することは分かってはいても関心の対象になってはこなかった。”(※1)

 ここで重要なのは、“行為者の生活まで破壊すること”だと思います。
 つまり、ストーキングをしても何も実りはないし、自らを害する行為だと言うことです。
 
① 心理類型で考えると、精神病系・パラノイド系の場合は、治療が必要ですので、ストーキングをしても何の改善になることもない(むしろ症状を放置されてマイナス)ので当然だと言えます。
 それ以外のパーソナリティ障害系の場合も同様にストーキングは何の改善にもならないはずです。
 もしかしたら、ストーキングをすることで一時的に精神的な安定感・充足感を得られるかもしれません。
 しかし、それは悪い位置での安定や充足です。ストーキングを続ければ、相手と自分の両方を傷つけ、生活を破壊してしまいます。必ず、その安定は崩れますし、絶えず、その現実の不安を感じているはずです。
 自分がどんなに努力をしても、どんなに思いを強くしても、関係とは相手と自分の二者間で成立するものですから、相手が拒めば、そこまでです。
 情熱も努力も、それを受ける意思のないところには絶対に通じません。
 ましてや、相手の心を支配することなどできません。

 自分のために、直ぐに止めることです。
 自分のために、その相手が必要だと思ったとしても、自分の現実の行いを見てみれば、単に自分と相手を傷つけているだけではないでしょうか。
 現に、相手は不安感や恐怖感を持っています。そんな相手と一緒にて、自分が幸せになれる・関係が継続できると思うでしょうか。
 もし、相手がとても素晴らしい人で、その人が自分にはどうしても必要だと感じているなら、自分の行為がその素晴らしい人を傷つけていることはどう考えるでしょう。
 もし、空虚感や不全感で相手が必要だと思っているなら、相手で空虚感や不全感は解決したか、解決して自分が満たされた安心感を得られているかを考えてみて欲しいと思います。
 もし、相手が自分の良さを分かってないだけ、時間をかければ必ず伝わると思っているなら、相手がどう感じ・判断するかは相手自身の権利であること、未来にどうなるかは不明でも、不安や恐怖を今与えてよい理由にはならないことを認識して欲しいと思います。

②ストーキングを止めて、他の何があるのか。
 即効性・有効性のあるものはありません。しかし、ストーキングが自分を害していること、何の解決も、実りももたらさないことは言えます。
 自分を変えるというのは、とても難しいことだと思います。(※2)
 決意と、長い時間、試行錯誤を必要とするはずです。
 一人では難しかったら、カウンセリングの技術を持つ医師や臨床心理士などの専門家に相談・助力を頼むべきでしょう。
 まずは、今の自分のどんな感情や思考がストーキングをする原因となるのかを確認してみること。
 ・対人関係で、見捨てられる不安を持っていないか?
 ・一時的な孤独を永続的な孤独と同じように感じていないか?
 ・他人の人物評価が激しく変化していないか?実際以上に素晴らしく思えたり、けなしてみていないか?
 ・実際的に見て、自分を過剰に評価したり、過剰に卑下していないか?
 ・自分という存在を自分で受け入れられているか?失敗したり、恥をかいたり、惨めだったり、成功したり、褒められたりと言った多面的な自分の経験を一つの自分の人生だと受け入れているか?一部を無視したり、一部だけを見つめていないか?
 
 そして、今の自分から新しく自分がどうありたいのかを考え、そのために一歩一歩、即効性を求めずに、今いる自分から徐々に変化を積み重ねる。
 試行錯誤の中でつらくても、他人で自分を紛らわそうとしないで、孤独に耐えてみる。
 対人関係では、自分と相手の距離を大事にする。それは、自分を大事にすることでもある。
 長い目で、自分も他人も見る。
 
③被害者に対して謝罪や賠償をどうするべきか。
 これは、被害の程度によると考えられます。
 つまり、刑事手続きに入れば責任を問われることは避けられませんが、基本的には相手が要求しているのかで考えるべきです。
 一方的に、自分が謝罪したい、賠償したいと思っても、相手は既に接触することを拒絶し、不安や恐怖を感じているなら、それ自体がストーキングの継続だと見做されかねません
 謝罪や賠償などにあたっても、少なくとも、双方の代理人を挟む程度の配慮はするべきだと考えられます。

(2)ストーカーにならないために。
 ストーカーは社会病理であるという側面は強く指摘されています。(※3)
 現代社会では、誰しもがストーカーの加害者、被害者になりかねません
 特に、既述してきたように、“体感的”なストーカー概念の使われ方はこの傾向を強めているように思えます。
 (1)で述べましたように、ストーカーとは被害者の視点に重点を置いた概念です。それはストーカー概念の歴史から必然的に要請されるので適切なものだと考えます。
 しかし、その歴史的・理論的な前提を欠くと、恣意的・暴走的用法の招く混乱を生じさせます。社会、少なくとも、マス・メディアの状況はその混乱を如実に表していますし、一般的に受け入れられている言論の中にも助長しながら非難するという矛盾した態度は見られます。
世界の中心で愛を叫ぶもてない男とストーカーをめぐって「純愛」の絶望/ストーカーから見えるものpart3で述べたとおりです。

 したがって、二つの方向でストーカーにならないためにどうするかを考えなくてはなりません。
 一つは、(1)で述べたように、自分自身の対人関係のありかた(自分自身のありかた)を見直すと言う方向です。
 もし、ストーカーになりかねない(感情による行動が意思で止めきれない)と意識するなら、ストーカーの心理/人格障害編 PART1ストーカーの心理/人格障害編 part2ストーカーの心理/人格障害編part3 自己愛性・反社会性などの特徴・傾向を自分で確認するなど、自分を引いた視線で見ることが役に立つと考えます(但し、パーソナリティ障害自体の問題点も同時に抑えておくべきだと思いますし、加えて、断定的な自己診断は避けるべきです。あくまでも、自分の中の偏りを認識する道具程度で考えるべき)。
 誰か一人との関係に熱中しやすいなら、その相手以外との関係も大切にして、視野狭窄に陥らないようする。自分の思考・言動に不安を感じたら、非難を含めた意見を言ってもらえるような関係の友人・知人がいれば暴走するまではいかないはずです。
 又、人間関係以外でも熱中できる趣味を持つなど、自分で充実感を感じられるものを見つけておけば、自分も他人も傷つけるストーキングをする必要がなくなるでしょう。(※4)
 もう一つの方向は、ストーカーとは何かを知ることだと思います。
 特に、~をしたらストーカーだというのではなく、何がストーカーという概念を必要としたのか、ストーカー概念は何を裏づけとして持っているのかを知れば、短絡的なハウ・ツーではないので、理論的にストーカーか否かを判断できると考えられます。さらには、“体感的”なストーカーの用法にも冷静に対処できるようになるでしょう。

(3)周囲の人間がストーカーになったら。
 これも、被害者の場合と同様に、その人と自分がどの程度の関係にあるのかによると考えられます。
 積極的に介入する際には、相応の責任が問われることが考えられます。自分のとれるリスクの範囲内で行動するべきです。
 自分の労力・時間をその人の為に使いたいと思わなければ、積極的に介入することは避けるべきだと考えます。
 もし、ストーカーが親しい友人や親族であってたら、だいたいの行動や加害状況を把握して、ストーカーのカウンセリング実績のある精神科医やカウンセラーに相談する、その上で、場合によっては、警察の力も借りるべきです。可哀相だからと放置すれば、被害が拡大し、結果としてストーカー本人をも害します。
 徒に、騒いだり、怒鳴りつけるよりも、専門的知識のある第三者を挟んだ方が安全ですし、有効なはずです。
 特に、家族や親族内という閉鎖状況で解決をしようとすると、そこはストーカー本人が育った状況ですので、ストーキングの根本的な原因の解決に必要な視点を見つけ難いと考えられます。

 以上で、ストーカーを通じての考察を終わり、本論へ入ります。
 

※)『ストーカーの心理』共著(サイエンス社)、『人はなぜストーカーになるのか』岩下久美子著(文春文庫)によると、海外では基準を定めているところもあるようですが、日本では警察の現場でも定まっていないようです。 
※1)『ストーカーの心理』P・E・ミューレン、M・パテ、R・パーセル共著(サイエンス社)より
※2)『境界性人格障害のすべて』J・J・クライスマン、H・ストラウス共著(ヴォイス)   の助言を軸に、『人格障害かもしれない』磯部潮著(光文社)や『パーソナリティ障害』(PHP新書)の記述を参照しています。
※3)社会病理といのは二つの点から言えます。
 一つは、ストーカーとは何か?/ストーカーって一つじゃないの?でのべたように、社会の権利意識が変化したことで、今までも存在していた現象の捉え方が変わったと言う点です。
 もう一つは、都市の匿名性、伝統的なコミュニティーから切り離された不安感、情報技術の発達、過剰な欲求充足、混乱した価値意識といった現代の社会状況が寄与したと言う点です。
※4)『人はなぜストーカーになるのか』岩下久美子著(文春文庫)より
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by sleepless_night | 2005-09-25 14:13 | ストーカー関連