2005年 12月 02日 ( 1 )

「報道」の「真相」

 Hiroshi Yamaguchiさんのブログhttp://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/4065735
で日本テレビの「真相報道バンキシャ!」に疑問が呈されています。

 すでにhkkkdさんが『北海道に住む国家公務員日記』の「取材の自由」の限界で必要十分な解説をなさっているので、何も法律的には言うことがないのですが、一つ繰言を加えさせていただきます。

 番組HP(http://www.ntv.co.jp/bankisha/index.html)によると、福沢朗さんと菊川怜さんが同番組のメインキャスターを勤めていらっしゃいます。
 そして、番組のタイトル通りに同番組は報道番組に分類されています。
 http://www.ntv.co.jp/news-info/index.html

 福沢朗さんは、88年から日本テレビのアナウンサー、そして、05年6月30日に退社して、現在はフリーアナウンサー。
 http://66.102.7.104/search?q=cache:CU4sFza2Xv4J:www.asahi.com/culture/update/0513/013.html+%E7%A6%8F%E6%B2%A2%E6%9C%97&hl=ja
 菊川怜さんは、オスカープロダクション所属の女優(タレント?)。
 http://www.oscarpro.co.jp/profile/kikukawa/

 女子アナものAVではなく、女子アナがAVに出る日で述べたことがここでも言えます。

 福沢さんもアサヒビールのCMに出演なさっています。
 http://www.asahibeer.co.jp/shinnama/

 女優に報道番組のキャスターをやらせる時点で、すでにこの「真相報道」とやらの底が見えていたのです。
 それに追いうちと言うか、裏書というか、お墨付きというか、を福沢さんがしたのですね。

 最初から、「報道」とは認識するべきではない、と言うのが「真相」ではないでしょうか。


追記)H Yamaguchi(山口浩)さんのコメントを受けて。
コメント:“「バンキシャ!」のキャスターの人々の本職に関する点は、正直よくわかりません。利害関係がまずいというのであれば、「参加型ジャーナリズム」なんて存在自体おかしいですよね。誰が番組に出てるかより、何をやってるかのほうが大事なように思えるのですが、どうでしょうか。”

 利害関係がまずいというのであれば、「参加型ジャーナリズム」なんて存在自体おかしいというご指摘について
 これは、“利害関係がまずい”即ち「報道に携わるものがCMに出てはいけない」と言うこと自体を「参加型ジャーナリズム」の存在を理由に否定できるということでしょうか?
 そうであるなら、順序が逆だと私は考えます。
 つまり、ジャーナリズム・報道において「参加型ジャーナリズム」以前にマス・メディア(新聞、テレビ、雑誌、ラジオ)にジャーナリズム(職業ジャーナリズム)があり、そこで報道、ジャーナリズムとは何かという理念や概念が生まれたはずです。
 確かに、既存のマス・メディアの報道・ジャーナリズムに限界や欠点が目立ってきたことから「参加型ジャーナリズム」が考案されたのだと思います。
しかし、既存のマス・メディアの報道やジャーナリズムによって生み出されてきた報道やジャーナリズムという理念・概念自体を否定するものではないのではないでしょう。
 「報道に携わるものがCMに出てはいけない」ということ、より広範に言えば、「ジャーナリストは当事者になってはないけない」「ジャーナリストは読者・視聴者に対する義務を最上に置かなくてはならない」という倫理規範は「参加型ジャーナリズム」に要請されるべきこそすれ、それをもって従来の報道やジャーナリズムを否定する理由にはならないと考えます。
 (海外のニュースについてはネットを主に情報源にしているので分からないのですが、海外でも報道番組のキャスターがCMに出ているのでしょうか? 金融問題に関するニュースを伝えて「CMです」と言った直ぐ後に、同じ人物が「~の保険はよい」と伝えるという事態は海外でも起きているのでしょうか?)

 では、“利害関係がまずい”によって「参加型ジャーナリズム」は成立しないのか?と言う点について。
 まず、「参加型ジャーナリズム」をどのような位置で考えるのか、「参加型ジャーナリズム」に対してどのような期待を持つのかという前提によって、この点についての見解は分かれると思います。
 「参加型ジャーナリズム」が既存のマス・メディアによるジャーナリズム(便宜的に「従来ジャーナリズム」と呼びます)に代替するもの、競合するものに位置する、として期待するのならば、“利害関係がまずい”は「参加型ジャーナリズム」にとって大きな問題となるでしょう。
 特に、現在のネットの大部分の言説が匿名によって成っている、匿名情報が大きな力になっていることを考えると、“利害関係がまずい”を回避する、「従来型ジャーナリズム」と同様の利害関係に関する倫理規範を保持することは「参加型ジャーナリズム」に対する期待の実現を大きく阻害するはずです。
 これは、現に「参加型ジャーナリズム」を標榜しているJANJANの記事を見ると理解されるのではないかと思います。(記憶違いです。JANJANはペンネームも可でした。http://www.janjan.jp/journalist/journalist.html)
 「参加型ジャーナリズム」を「従来型ジャーナリズム」の代替や競合するものではなく、補足的なもの、さらには「従来型ジャーナリズム」にはない機能(議論や視点の多角性)と言う点からみれば“利害関係がまずい”は「参加型ジャーナリズム」にとって致命的なものとは言えないと考えます。
 確かに、“利害関係がまずい”という認識、報道やジャーナリズムの実践に関わる倫理規範の認識があることは必要だと思います。
 しかし、「従来型ジャーナリズム」の担い手と違って、それを生業にしていない以上は“利害関係”の明示、それも主に発信者の倫理観に頼っての、があることでよしとしなければ現実的ではないでしょう。
 その脆さを補うことは、「従来型ジャーナリズム」なら不可能だと思いますが、「参加型ジャーナリズム」ならば「参加型」故に可能だと考えます。
 つまり、「参加型ジャーナリズム」の機能によって“利害関係”から生じる偏りが是正される可能性、若しくは、偏ったものであると他の参加者によって示される可能性があると言うことです(報道ということではありませんが、ソニーが宣伝目的でブログを利用した件でこのような機能が発揮されています)。⇒追記:ユートピア論を唱えるつもりはありませんが、“許された危険”とネットの匿名性で述べたような善意に期待する部分はあります。もちろん、善意に依存するというのではなく、基本的には善意であろうという期待に立つという意味でです。現状でも厳しさは感じますが、これを放棄するとネットを利用した「参加型」の力は相当に落ちると思います。

 この二つのタイプがハッキリと分明されて存在せずに、幾つもの「参加型ジャーナリズム」の場や組織がそれぞれの色合いで存在することができれば、“利害関係がまずい”ということを何とかクリアできるのではないかと、私は考えます。
 これが「参加型ジャーナリズム」の最終的な形としてどうかという疑問があり、ネット出現以降のジャーナリズム全体の形としても最善とは思えませんが、ひとまずの形(一つの段階)としては適当なのではないかと思っています。

 誰が番組に出演しているかよりも、何をやっているかの方が大事というご指摘について
 これは全くその通りだと思います。
 上記の記事の書き方が悪かったために、本業が何かということを指摘しているように読めてしまったと思います。
 しかし、基本的には上記記事でもリンクした女子アナものAVではなく、女子アナがAVに出る日と同様のことを述べたかったのです。
 
 何をやっているか、報道をしているのか、ジャーナリズムを実践しているのか、ということが、報道番組としては言うまでもなく核心だと思います。
 それができていないことと、誰がやっているか、その人物が報道やジャーナリズムをどう考えているのかは結びつくはずです。
 今回で言えば、福沢さんはアナウンサーとして報道やジャーナリズムに関わっていたものの、CMに出ること、人物に対する視聴者の信頼を一企業の宣伝に用いたという行為によって、どの程度の考えでやってきたのかが表されているのではないでしょうか。
 菊川さんの報道やジャーナリストとしての実績を私は知りません。
 本業が何かと言うことではなく、なぜ報道とは言えない、ジャーナリズムの実践とは言えないと認識される行為を報道の名の下でできたのか。
 それが、メインキャスターを務める二人が何をしている人なのか(本業が何かということを決めるのではなく)を見ることでも理解されるのではないかと思います。

 一企業の商品を宣伝すること、つまり、視聴者への義務よりもスポンサーへの義務を優越したものと認識される行為を行えた人物と演技することを実績としてきた人物だから、できたのではないか。
 そう私は思います。


 
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by sleepless_night | 2005-12-02 22:46 | メディア