2006年 04月 03日 ( 1 )

ソープへ行け!


 前回新田次郎によろしくで、藤原正彦さんの著作群から、その思考を私なりに抽出してみました。
 結果、簡単に言えば、欧米に対する劣等感と父親への激しい敬慕が藤原さんの近年の思考を形作っているのではないか、と言うのが私見です。

 さて、この根深い問題へ対処するための提言をカリスマから頂きたいと思います。

          「ソープへ行け!」
                    北方謙三

 
 “女の子はいつまでもかわいく、やさしく、また話し相手にもなってくれそうだ。それに、いつまでも一緒に風呂に入ってくれるかもしれない。”(『休憩時間』151p)

“私は麗しい娘たちに自分がほめられた如くうれしくなった。「いや、三人の息子は大変です。毎日、風呂で四本もオチンチンを洗わねばならない、僕の悲劇を考えてください。」歩道の三しまいは、どっと声を上げて笑った。意気揚々と家に戻り報告したら、女房がまなじりを上げて下品をとがめた。”(『ケンブリッジ』179~180p)
 
 ソープランドへ行けば、一緒にお風呂へ入ってくれる娘くらいの女性に会えるでしょうし、オチンチンも洗ってもらえるかもしれません。奥様には、武士の甲斐性だとでもおっしゃっておきましょう。なお、ソープではなく、ゲイバーならば、さらに説得力があるかと思います。衆道は武士の嗜みですから。

さらに

 “学生のころ、夏休みにビクトリア王朝時代のポルノグラフィーを読んだことがあったが、肝心の場面で肝腎な単語がスラング辞典にも載っておらず、おおいに焦った思い出がある。”(『アメリカ』233p)
 ⇒(『休憩時間』22p)にも同じ話。

 その成果を若い人に伝えてあげても良いでしょう。

しかし、ソープに行くことの重要点は別にあります。
 藤原さんは、3歳のとき、お母様に連れられて満州から引き揚げを経験しています。
 幼少だったために、一つの恐怖を除いては記憶が残っていないようです。
 その唯一の記憶が、川に対する恐怖です。流されてしまいそうになりながらお母様に抱かれて渡った時に心の深層に刻まれた恐怖です。(※)
 そこで、強引に拡大してしまいますが、水と女性の組み合わせから、ソープランドでこの引き揚げ経験を思い出して頂きたいと思います。

 つまらないことでお父様(新田次郎)を土下座させた同僚、お父様が連行されたときに、年齢制限で助かって笑った同僚がいたことを。
 藤原さん一家が凍えて飢えている横で、少しでも富める者達は良い場所を得、白米に、缶詰や卵を食べていたことを。
 引き揚げの道中に、お母様たちが安全のために集団に付いていくことをだまして妨げ、さらに、お兄様を負ぶっていくように命じられた中年男性が、途中でお兄さんを捨てていったことを。
 発狂した振りをして連行を逃れ、そうしなかった人を馬鹿と呼んだ人がいたことを。
 三人の幼子を抱えて、ぼろぼろに疲労しているお母様に向かって、子供を泣かすなと怒鳴った人、公衆道徳を賢しらに説いた人、挙句の果てに戦争に負けたのは「お前みたいな女がいたからだ」とまで言った人がいたことを。
 入国時の金銭持ち込み制限から少しでも自分の財産を守ろうと、藤原さん一家の持ち込み枠を礼金付の約束で借りて、約束を破った人がいたことを。

 その人たちは、藤原さんのおっしゃるところの情緒に満ち満ちているはずの明治・大正の教育を受けてきた人たちであったことを。
 子供のころから武士道の香りを吹き込まれていたはずの藤原さん自身は、わずかな配給で足らず、お母様の分をねだって貰っていたことを。


“誰の子であろうと、見るに見かねる場合には、公衆の面前でもどしどし体罰を与えることにしている。言葉で諭す方法は滅多にとらない。中略。私が言葉を用いないのは、子供の心を傷つけたくないからである。子供を叱る時はつい感情的になってしまう。そんなときの言葉は相手を傷つけやすい。自らを振り返っても、いたずらをして張り飛ばされたことや、校庭を何週も走らされたことが楽しい思い出になっているのに反し、興奮した大人の感情的な言葉は今でも心に刺さっている。”(『言葉では』42p)

“真に憂うべきは、情緒力不足がめにつくことである。中略。私の育った戦後は、だれもが貧乏だった。中略。また、自然の中で終日遊んだことや読書に胸をおどらせたことも情緒育成に役立ったと思う。”(『休憩時間』162~163p)

“読むべきときに読まねばならぬ本がある。そのときを逸すると後ではもう無意味になるような本がある。小学校のころ私はデ・アミーチス作の『クオレ』を読んで強く心を打たれた。中略。ところが先日必要に迫られ再読したのだが何の感動も得られずがっかりした。中略。読書のほかにも、経験すべき時期に経験せねばならぬことがいくつもある。泥んこになって遊ぶこと、自然に親しむこと、友達との喧嘩、あるいは片思い、初恋、失恋なども、ある時期に何らかの形で経験することが必要である。二十歳まで喧嘩を一度もしないのは不自然だし、三十歳で初恋というのも気味が悪い。それぞれの時期に特有の感受性でとらえられたそれぞれの経験を通して、深い情緒がはぐくまれ”(『威厳意地』172p)
⇒(『威厳意地』180p)“一生のある時期に世まねがならぬ本というものがある。その時期に読めば、情緒力向上に大きな力を発揮するが、それを逸すると、ほとんど無意味な本である。”

“昭和三十年生まれの女房には、生まれる前の時代を懐かしむだけの情緒がそだってない”(『威厳意地』22p)

 根拠は藤原さんの体験であり、基準は藤原さんの育った時代。
 結局、藤原さんの言いたいことは、自分のように育てということに尽きるのでしょうか。
 藤原さんと同じように、本を読み、自然にふれ、恋をする。
 素晴らしい品格にあふれた国になることは必定ですね。
 
ついでに 
 ソープにいらっしゃれば、藤原さんが『遥かなるケンブリッジ』で絶賛なさっていた隣人、パブリックスクールからケンブリッジを出たブライアンの初恋が三十歳だったこと(42p)も思い出されるでしょう。


 さらに続けて⇒藤原正彦の喪失と成熟への渇望

 
 ソープへいらした後にはこちらのブログをごらんいただけると効果的かと思います。
          http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/
          http://tod-blog.com/category/patriotism/


※)『流れる星は生きている』(中公文庫)藤原てい著 300p
  『数学者の言葉では』(新潮文庫)藤原正彦著 141p 

 北方謙三さんの言葉は
http://media.excite.co.jp/book/news/topics/059/p01.htmlより

おまけのおまけ)
“武士道は、もともと武士階級に限定された倫理体系であった。しかし平和の長く続いた江戸時代には、戦いのおきてとしての面が薄れ、小説、芝居、講談などの民衆娯楽が、しきりに武士から題材をとったこともあり、次第に大衆の間に浸透した。”(『意地威厳』231p)
 これがいえるなら、年中、勧善懲悪の時代劇がテレビで流され、時代物の小説が売れている現代は、武士道に満ち溢れているでしょう。だから、藤原さんの著書がミリオンセラーになったのかもしれませんが。

“ナショナリズムによって行われる基本的な欺瞞と自己自慢とは次のようなものである。ナショナリズムは、その本質において、以前には複数の低文化が人口の大多数の、ある場合にはそのすべての人々の生活を支配していた社会に、一つの高文化をあまねくいきわたらせるのである。それは、かなりの程度精密で官僚的かつ科学技術的なコミュニケーションの必要に応じて成文化され、学校で伝授され、学士院の指導の下に置かれた慣用句が広く普及することを意味している。”
       『民族とナショナリズム』アーネスト・ゲルナー著(岩波書店)

武士道に関してまとめ⇒とりあえず、武士道

 話題の本を読んで、元気になってしまった・スッキリしてしまった方々にもソープへ行っていただきたいと思います。


参考に:変わらない行動)29歳の『アメリカ』と44歳の『ケンブリッジ』

“数学事務室に入ると、二人の若い秘書嬢がタイプを打っていた。可愛いほうへ歩み寄り”
(『アメリカ』124p)

“早速に数学事務室へ行くと、中が左右二つの小部屋に分かれていた。どちらに行くべきか分からず右をのぞくと、眼鏡をかけた五十代と思われる女性が書類に目を通していた。左をのぞくと、イギリス人にしては派手なかっこうをした30歳位の女性がタイプを叩いていた。しがらく中間に立っていたが、どちらも気づかないので三十の方をとった。”(『ケンブリッジ』47p)

 “デッキに出てみると潮風が実に心地良い。中略。私は舷側にもたれかかったままほとんどまどろみそうだった。すると、スピーカーが突然、「右に見えますのが筆禍無飛行場所属の将兵宿舎であります。この宿舎は1941年12月7日早朝、敵の急降下爆撃機に襲われ、ここだけで多くの犠牲者が…」とやり始めた。中略。たっていて目立つのも彼らを挑発し、ひいては自らを危険におとしいれることにさえなりかねないと考え、そばのベンチにあたふたと腰を下ろした。中略。ところが、このころになってどうしたことか、今までのめいった申し訳ないといった感情が私の中からすっかり消えてしまった。あまりに次から次へと日本軍の蛮行を聞かされているうちに、自分が乗客全員から責められているいるような気分になり、何を、と反発したらしい。一方的に何かを言われると、内容が何であろうと、反発するのが私の習性なのだ。中略。私は再びデッキの、しかももっとも人目につきやすい場所に立っていた。そして毅然と胸をはり、数百人の船客を思い切り怖い目で睨み付けていた。中略。こうなると、大空を埋め尽くした日本海軍の艦上爆撃機が向こうの丘陵に沿って、超低空飛行で果敢に突っ込むところを想像しては、“美しい、途方も無く美しい”と感激に涙を流さんばかりであった。”(『アメリカ』22~23p)

“自然科学が社交の場になっている、と感動した。このような場が百数十年も続いているイギリスの、底力と風格に圧倒される思いだった。中略。極東の島国の、そのまた田舎の信州の山奥からやってきたことに、はっきり引け目を感じた。自分だけがこの場の華麗さを乱す異分子となっている。中略。ものの三分もたたぬうちにゆり戻しが着た。中略。私はにわかに台頭した自信と誇りを胸に、「文句あるか」と居丈高につぶやくと、再び女房の腕をむんずと掴み、ホールの中央に歩み出た。”(『ケンブリッジ』87~88p)

 約十五年もの歳月がたっても、変わらない行動傾向。
 変わったのは、アメリカかイギリスかという点。 
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by sleepless_night | 2006-04-03 20:01 | 藤原正彦関連