2009年 09月 16日 ( 1 )

あきらめないよ、みずほ。




“流動層を取り込もとする過程で、「世論と政策の政治」よりは、政党と候補者への「認識を操作する政治」が盛り上がったのである。”
       『代議士のつくられ方』バク・チョルヒー著(文春新書)

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 中選挙区制が自民党の派閥存続を支え政党や政策中心の選挙とならないことなどの批判を受け、1994年の政治改革4法案成立により96年衆院選の衆議院選において小選挙区制が導入された。
 
 しかし、“握手とういう選挙技術は、少なくとも大都市以外、日本では流行しているとは言えない。”と1971年に佐藤文生の衆議院選を調査した時にジェラルド・カーティスが描写し、さらに“神奈川県(第三区)選出の若い衆議院議員、河野洋平に、彼の後援会のことを尋ねた時、彼は、後援会にあまり関心を払わない、自分の選挙区は東京のベッド・タウンとして首都東京へ通勤する人々の住宅地が主体であり、「浮動票」が多すぎるから、と答えた。組織化の努力に値するだけの有権者数を、後援会に勧誘することは不可能だと河野は信じているのだ。”とのインタビューを得た(『代議士の誕生』サイマル出版会)時から40年近い時間が過ぎて小選挙区制が導入され圧倒的多数で政権交代がなされた今。

 選挙はどぶ板が当たり前のこととなり、後援会は一層重要度を増していることを、カーティスの弟子であるバク・チョルヒーが1996年の平沢勝栄の衆院選を調査したことで描き出した。
 カーティスが調査した71年の佐藤は票まとめをする人物らの存在で一度も足を踏み入れない地域・演説する必要もない場所があったが、小さくなった選挙区では対面によって対立候補に支持者を奪われなくする必要が生まれ、取りこぼすことを前提とした地域を持つ贅沢は失われた。
 中選挙区では当選に必要な支持者を集めればいいミニマリスト戦略だったのが、小選挙区では競争相手に勝つために可能な限り多くを集めるマクシマリスト戦略を採らなければならないからだ。

 だから、政党の掲げる政策は小選挙区導入の意図とは逆に似通ったものにならざるを得なかった。
 (幸いなことに現在までは)目立った社会的分裂もイデオロギー的対立も存在しない日本では政党が利用できる流動層を取り込む戦略は、波風を立てずに、いかに信頼できるイメージを有権者間に醸成するかに重点を置かれる。
 
 特に、有力な地方メディアが存在せず、対面よりもマス・メディアからの情報を重視する都市部の有権者を獲得するには、マス・メディアという「認識を操作する」集団・機構との関係を議員となろうとする者は重視せざるを得ない。

 マス・メディアが情報の受け手の「認識を操作する」ことは、マス・メディアが情報のゲートキーパーである、と言い換えられる。
 社会心理学者クルト・レヴィンが家庭食習慣の主婦の決定・影響の研究において提唱したこの概念は、D・M・ホワイトによって新聞のニュース選択へ応用され、それはA・Z・バズによって取材と編集の役割の違いに着目した「二段階行為モデル」へ発展し、さらにP・J・シューメーカーによってより広くニュースの制作に関わる諸力の相互関係を分析する概念へと展開されていった。


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今日、民主党・社民党・国民新党の連立による鳩山内閣が発足し、記者会見が官邸で行われた。
昨日までの自民党・公明党連立政権と同じく、これまでの自民党政権と同じく、記者クラブが主催し、“特例”として、記者クラブのお情けと新政権への顔立てで、数社の外国メディアと雑誌記者を入れて、会見が行われた。
 再三の問いかけと再三の明言は見事に破棄された。 
そして、問いかけられたことも明言されてきたことも、マス・メディアは知らせていない。


 もはや古典的な概念となっているゲートキーパーの研究が恥ずかしくなるほど、古典的な情報統制が今日もまた維持されたわけだ。
 一日二回の、ポーター(お使い段階の人)やリポーター(ストレートニュースの記事を書ける段階の人)たちの愚にもつかない下らない質問(なのかイチャモンなのか懇願なのか雑談なのか分からない会話)に付き合う「ぶら下がり」が1回に減らされることに“首相への取材機会を減らすのは認められない」と、再考を求めている”のに、実績のあるフリーランスの出席を認めないという。
 情報が欲しいのか、欲しくないのか、はっきりしてくれ。
 これじゃあ、そそり立つ巨大なクソが官邸の入り口をふさいでいるも同然だ。
 

 さて、その巨大なそそりたつクソの皆さんが集った今日の会見で鳩山総理はこう述べた。
 “今までのように、国民の皆さんもただ1票を投じればいいんだという発想ではなく、ぜひ政権に様々ものを言っていただきたい。政権の中に参画していただきたい。私たちが皆様方のお気持ちを、いかにしっかりと政策の中に打ち出していけるか否かは、国民の皆さまの参加次第にかかっているとも申し上げていいと思います。”

 なので、さっそく私は声を上げる。
 

 私たちの目の前を塞いでいるゴミをどけてください。
 さもないと、次の参院選では民主党に入れません。


 このメッセージを民主党、その衆議院議員・参議院議員へあらゆる手段で届けよう。




 この民主党の対応について、「すぐにはできない」「仕方がない」といった反応がネットに散見されるが、池田信夫さんが述べているように、記者クラブは国民共有の財産である官邸を不法に占拠している。記者クラブが会見を主催することや会場を利用することが問題なのではない、彼らが独占する権利も占拠する根拠もないのに、している不法集団となっていることが、問題なのだ。
 今日、それを正さなくて、いつできるのだろう。
 もちろん、この不法状態を晒し、正そうとすればマス・メディアは抵抗する。
 しかし、それなら会見を別の場所で開けばいいのだし、海外メディアや記者クラブに加盟していないで排除されている雑誌メディアら地方メディアへ案内を回せばよいのだし、会見は成立する。
 このような事態になれば、国民でも今までいかに異常なのかくらい理解するだろう。
 「自由に来てください」と官邸が言っているに、行かないのはマス・メディアの側なのだから、彼らが出席しないならそう会見で言えばいいのだ。
 もし会見を別の場所でやるのが無理なら、現在の官邸記者クラブ主催でさせても、彼らから相応の会場使用料などを徴収すべきだ。
 これは、石原東京都知事が記者をコントロールする手段にしたものだ。
 「メディアを敵に回すな」とメディアが言ってみたところで、味方になるわけじゃない。自民党の復権とそれを通じた自分たちの権益維持(なにせ、今のマス・メディア体制は自民党がつくったのだし)を目指すのは目に見えている。長年自民党に張り付いてきた人たちがマス・メディア内部での力を失ったわけではないのだから、民主シンパがいいようにしてくれるというのは幻想だ。
 だったら、さっさとやってしまった方がいい。まさか自分たちの権益を奪うことはできないと思っていた相手が、あっさりと権益を奪われた時、政権を失った自民党議員と同様に呆然とするだけだろう。
 
 
 





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参照)
新首相就任会見、雑誌記者の参加認める 朝日、自時… と報じられているが、実際は少し違うらしい。
J‐CAST 首相会見の出席枠拡大 民主党が記者クラブに申し入れ
PJニュース 民主党と記者クラブが「密約」、首相会見出席は徳麗華津限定的にと
ビデオジャーナリスト 神保哲生 なぜ記者会見がオープンでなければならないのか
新聞が書かない民主党の「公約破り」(山口一臣の「だめ編集長日記」)
鳩山政権 神保さん上杉さんそのほか雑誌記者さんへきつくお灸をすえる
Gatekeeping international news:an attitudinal profile of U.S.television journalists.
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by sleepless_night | 2009-09-16 22:53 | メディア