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「エビちゃん」の陰謀/エビの数だけ「幸せ」に

 “私たち日本人がただ単純に「好き」、「もっと食べたい」と思っていたから輸入がどんどん増えてきたのだろうか。前述したように、戦前まで、日本人の食べるエビの量はきわめて限られたものだった。歴史的に「エビ好き」といえるほどエビを食べていたとは思えない。私たちは、ひょっとすると「エビ好き」になるように仕向けられているのかもしれない。”
             『エビと日本人』村井吉敬著(岩波新書)


(1)エビに憑かれて
① 日本マクドナルドが今年一月から発売をしている「えびフィレオ」に使用されているエビは、ホワイト系のバナメイ。
 日本人が口にするエビの多くはクルマエビ科クルマエビ属のエビで、生物学的な分類とは別に色によって、ホワイト系、ブラウン(ブラック)系、ピンク系に分類されている。
 スーパーなどで見かけるエビの代表だったブラック・タイガーはその名の通りブラック系。勿論、ホワイトでも、ブラックでも、輸入養殖エビ。

② 日本でも海外でも、養殖技術が開発されるまで、エビは帆舟や手漕ぎ舟で網を曳いたり、定置網によって漁をしていた。
 エンジン付の船が出現することで、網曳きが動力化され、トロール漁によって多量の収獲が可能になった。
 トロール漁は、収奪的であることに加え、一緒にかかった魚が捨てられる海洋資源の浪費が指摘されている。
 
③ 日本では明治時代から、東南アジアでは十二世紀から稚エビを池で育てる簡単な養殖が行われてきたが、二十世紀に輸出産業として稚エビを養殖池で育てることが始まる。
 海外資本の資金と技術がエビ養殖を促進し、冷凍保存・運搬技術の発展と一緒になり、1961年の日本のエビ輸入自由化に応えることになった。養殖地ではエビ・ブームが起こり、稚エビ採取や養殖池所有者などの一部にエビ成金が現れた。
 エビ(ブラック・タイガー)の完全養殖技術は1960年台中盤から、繁殖・眼柄処理技術・人工飼料開発などが台湾の廖一久博士(東京大学)によって開発され、エビ革命が起り、1980年台日本のブラック・タイガー輸入が急増し、エビは日本で大衆食化した。

④ 養殖輸入という現在の日本のエビを支えるのは、日本を含む商社や水産業者の資本力。単価が高いのに扱いやすい「おいしい商品」であるエビ争奪に、自分たちの食を満たす程度の漁で済ませている場所、エビに食料として興味の無い場所、開発が進んでいない地域へ進出し、契約(借金)の下に資金・資材を提供し、加工工場、冷凍施設、運搬経路を押さえ、国内では大量のエビを消費させるために流通・食品加工・外食・スーパーなどの小売業者を通じてエビを家庭に、人々の食生活に浸透させる。 
 養殖池を作るためにマングローブ林が無くなり、養殖池の土地が塩漬けにされ、エビを作る土地ではエビが食べられなくなる。
 アグリ・ビジネスでお馴染みの構造があるというだけの話。
 
⑤ そして、バナメイ。
 ブラック・タイガーより病気に強く、養殖効率もよく、同じくらいに味も加熱後の色合いもよく、価格が二割ほど安いバナメイに養殖エビの首座が移りつつある。(世界生産はすでにバナメイがトップ)
 だが、既に大衆食材として認知され、日本のエビ消費には飽和感がある。


(2)かわいい系の正統「エビちゃん」
① まず、私は『CanCam』をおそらく一度も読んだことがありません。
 また、蛯原友里さん、通称エビちゃんに関して書かれた書籍等を読んだこともありません。
 この文章を書くにあたって、はてなキーワードの「エビちゃん」を参照しています。
 画像については『CanCam』のHPとグーグルの画像検索を見ましたが、主にはマクドナルドの「えびフィレオ」のポスター・CMを参照しています。
 よって、以下の文章は蛯原友里さんに関すると言うよりも、マクドナルドの「エビちゃん」という極めて限定されたイメージから受けた私の印象を述べたものと解していただく事が適当だと考え、そのような意図の下で読んでいただくことをお願いします。
 尚、蛯原友里さんのファンの方々には不快と採られる表現内容を含むこともご了承願います。
  
② 無関係な人と物が無秩序に活動する何の変哲も無い日常に現れた、対称と反復するイメージが作り出す奇跡の瞬間。全てが調和する完璧な構図の美しさ。煌びやかさ・豪華さとは切り離され時に残酷さや悲しみをも含んだ世界の豊かさ。映し出されたのが「瞬間」でしかない愛おしさ。
 アンリ・カルティエ=ブレッソンの「決定的瞬間」。

③ 「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」

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 眼輪と眉と唇と顎、顔を囲む緩やかにウェーブした髪、手でつくられたハート形、によって曲線の対象と反復を徹底的が作られている。
 特に、手のハート型と両顎骨のラインと下唇と鼻と下まぶたと眉やまが作り出す反復性、小鼻から口元にかけてのラインと唇が作り出す対称性。
 軽さ軟らかさを感じさせながら、透明感が下品さや軽薄さを抑える髪色。
 広い額と顎を引くことで正面を見上げるようになる眼差し。
 眉やまの頂上角が髪で微妙に隠され、高すぎない鼻梁と柔らかな鼻尖。

④ 商業写真としては当然の計算だとしても、「エビちゃん」の完成度には感心するほかありません。
 しかし、「エビちゃん」の美しさを作り出している完璧な線・曲線の対象と反復からは、統合感を感じられません。もっと申せば、いらだちとも表現できる不調和を「エビちゃん」から感じられます。

⑤ (「瞬間」では全く無い。日常とはかけ離れている。消費、浪費の虚しさと貧しさを映し出していることを除いても)カルティエ=ブレッソンの写真が持つ統合性が「エビちゃん」にはない。
 それは、線・曲線の対称と反復の完璧さを作り出している身体・表情が表す意味に統合性がないから、むしろ外観が完璧であるが故に意味の統合性のなさを表れているからだと、私は解します。
 そして、その統合性の無さ、不調和こそが、かわいい系の正統な後継者として「エビちゃん」を「エビちゃん」たらしめているのだと。

⑥ 「エビちゃん」の不調和には二つの対立する意味が存在します。
 一つは、眼差す主体と眼差される客体。
 「エビちゃん」はこちら側に向かってしっかり・揺るぎの無い視線を向けています。つまり、「エビちゃん」は眼差す主体としての存在を示しています。
 しかし同時に、顎を引くことでこちら側を見上げている、つまり、「エビちゃん」に対する眼差しの主導権(優越性)をこちら側に渡しているのです。
 もう一つは、幼稚さと成熟。
 大きな(大きく見せられた)前頭部、大きな黒目、大きな笑顔、そして見上げる(いたずらっぽい)眼差し。
 これらは全て幼児性(幼さ・子供らしさ)の特徴です。
 しかし同時に、露出した肌と肉体(手のハート形により指示される胸部、所謂「谷間」)は成熟を現します。

 眼差す主体と同時に眼差される客体、成熟した大人であると同時に幼稚性を態度で訴えかける、存在の不調和が「エビちゃん」の身体・表情・態度が作り出す完璧さに明確に現れていると解釈されます。

⑦ では、これのどこに、かわいい系の正統な後継者であるという根拠があるのか。
 初婚年齢低く、初潮を迎えると労働と性において大人の扱いを受けていた近世から、労働が男性のものになり、義務教育というモラトリアム期間が生まれた近代になると、子供でもなく大人でもない時代が生まれる。つまり、(身体的には)大人であると同時に(社会的には)子供という、少女時代の誕生です。
 「良妻賢母」という教育規範と小説・絵や服飾文化(消費文化)に、少女たちの持て余された思春期のエネルギーが向けられて済まされます(リビドーの昇華)。
 その傾向、規範の実践(夫に仕え、健康な子供を生める体を養う)と消費文化が少女たちの場所であることは戦後も続きます。
 しかし、60年代からの学生運動を境に徐々に変化が生じます。
 革命、反抗というカルチャー、主に学校教育が与えてきた規範の綻びに乗じて、性的身体の解放の試みが現れます(不純異性交遊)。
 身体的には大人であること、性的身体を社会的には子供であることで隠蔽してきた(されてきた)ことを止める傾向は70年代には明確になり現代へ至っています。
 そこで、「かわいい」という形容詞が、消費文化と商品を身に付ける少女たちが自らを形容する用いられる言葉として覇権を握りました。
 「かわいい」と性的身体の自覚とは矛盾するようにも思えます。
 だが、「かわいい」と言う形容詞の持つ二つの機能と時代状況が、矛盾をそのままにしながらも利用可能にしたと考えられます。
 「かわいい」とは、保護したい欲求を含み引き付けられる弱い存在を形容する言葉。これは、自分の中の子供っぽい無邪気で魅力的な部分を保護するための自己形容として用いることができると共に、そのような性質を含んだ物(やキャラクター)を通じて他者と意思疎通を可能にします。 
 つまり、「かわいい」とは自分(他者には理解できない自分、踏み込まれたくない自分の領域)を守りながら、他者とも(衝突や対立なしに)繋がることがでる。「かわいい」という言葉によって成熟(性的身体)を包み、内面(自意識や主体意識)を保護し、同時に他者との衝突や対立を無化する。さらに、“私探し”に代表されるような、経済的繁栄がもたらした余裕と戸惑いの部分と消費を謳歌する部分を個人―特に経済(生産)から阻害されてきた女性―に受け入れさせるのに勝手のよい言葉としてもちいられたと解されるのです。
 
 眼差す主体と同時に眼差される客体、成熟した大人であると同時に幼稚性を態度で訴えかける不調和な存在「エビちゃん」こそが、「かわいい」が備えた自己保護機能とコミュニケーション機能の成果であり、正統であると評価できるのです。


(4)「エビちゃん」のいらだち、奈良美智の嘲る眼差し
① 私は「エビちゃん」を見た際、奈良美智さんの絵を思い起こしました。
 
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 「エビちゃん」のような計算されつくした線・曲線の対称と反復が奈良さんの描く子供にあると言うわけではなく、不調和さ(心地悪さ)を思ったのです。
 
 “「フェミニズムって、何ですか?」”
     内田樹の研究室:エビちゃん的クライシス
     http://blog.tatsuru.com/archives/001731.php 
 
 「かわいい」顔をした子供(過去)が「フェミニズムって、何ですか?」と眼差した社会に生きる私(たち)に問いかける。
 勿論、答えを知ってです。
  カッコいい系最後の象徴でさえ、男だらけの専門家集団が支配するF1中継でカッコわるい役割を与えられていること。

 “そんなこといくら言っても、何も変わりはしないということを彼女たちは実感的に熟知しているのである”

② フェミニズムと呼ばれる運動が歴史的に勝ち得てきた成果を享受していない日本人女性はいません。
 フェミニズムによって自覚され、確保されてきた眼差す主体、性的身体を「かわいい」という言葉で温存しながら、見られる欲望・好かれる欲望と消費物で過食嘔吐の快楽から動くことができない。 
 「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」のまま。
 かわいい系こそが現代社会でアクチュアルに想像できる未来において、最も合戦略的な選択だと認識されるからです。

 “「男ウケだけじゃなく、会社の上司ウケ、女性の同僚ウケもよい」と彼女たちは口を揃えて言う。中略。「誰からも嫌われないほうが得」という20代女性たちの処世術はこんなファッションの選択にも現れている。”
  少子化を救えるか?「バランス美人」経沢社長と「エビちゃんOL」人気の秘密
  http://arena.nikkeibp.co.jp/col/20060112/114986/  

(5)エビの数だけ幸せに
 ブラック・タイガーからバナメイへ、ブラック系(日焼け)からホワイト系(美白)へ。
 エビの世界と同じく人間の世界も変化しました。
 しかし、病気に強く養殖効率が高い、人間社会に適合したバナメイが登場しても、エビ自体の消費がかつてのようにはいかなそうです。
 
 つくり続けるために消費されなくてはならないエビの数だけの幸せ。
 つくり続けるための消費から抜け出せないエビと同じように、「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」の不調和から抜け出すことのできない「エビちゃん」が呼びかける幸せ。
 
  もしかしたら、「エビちゃん」はそんな構図をとっくに理解したうえで、エビと一緒になって、消費のために作り出された波に乗っていっているのかもしれない。
 
 「幸せになろっ」と。
 呼びかける自分と呼びかけられる側の両方ともに与えられている「幸せ」を嘲るように。 




追記) カッコいい系とかわいい系の対立で、勝利したかわいい系。
 しかし、中期的な視点から見れば、かわいい系という戦略は相当に限られた女性たちによる熾烈な消耗戦へと突入するでしょう。
 最近耳にする「エロかわいい」というのは、かわいい系よりも「エロ」という性的身体の自覚と主張を表しており、新しい段階へ入る予兆を感じさせます。





 
主参照)
調査研究『日本のエビ輸入』 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/r0605in2.pdf
『エビ輸入の歴史』  http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkaba703/soyokaze/ebia.htm
日経商品情報『ファーストフードとエビ市場』
        http://www.nikkei.co.jp/rim/shokuhin/shn1new-old/shn1479.htm
読売新聞『養殖エビ“ホワイト系”が急増』
        http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/20050621gr08.htm
はてなキーワード:「エビちゃん」
        http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%D3%A4%C1%A4%E3%A4%F3 
「かわいいコミュニケーション」分析編 
 『サブカルチャー神話解体』宮台真司・石原英樹・大塚明子著(パルコ出版)より
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by sleepless_night | 2006-06-14 23:56 |

国旗に向かって

 出生率の低下が止まらず、実効性のある解決策が見出されない中、アメリカ合衆国の出生率維持に着目し、愛国心こそが鍵となっていること分かった。
 そこで、政府は次のような政策を実行する。 
 
【教育】
 文部科学省は、以下の項目の指導徹底する。
 ・国旗掲揚国歌斉唱時の起立。
 →起立は、教員の掛け声対して、全生徒・学生が即時・一斉になされること。
  起立時の視線は国旗(中央部の赤地)に向けられること。
 ・国歌斉唱時の声量指導。
 →健康診断時に、通常声量を測定し、斉唱時は当該数値の1・3倍以上であること。
 ・小学校高学年以上の男子生徒、学生は国旗掲揚と同時に、男性器を勃起させること。
 ・小学校高学年以上の女子生徒、学生は国歌斉唱時に、陰核を勃起させること。
 →国家のことを想起してなされることを確認する。
  性教育において、性交は生殖を主目的とし、生殖は国家繁栄を願ってなされるものとすることを徹底する。
  山崎拓氏、中川秀直氏監修の元で、愛国心に基づく性交の指導用ビデオを作製し、これを性教育時に使用する。
 
【厚生労働・年金事業】
 国民年金事業で国営ラブホテル(通称名:クリーン・ペア)を運営する。
 →室内は純和風。
  床の間には国旗、ご真影。
  ホテル室内に入ると同時に、君が代が流れ、両人の愛国欲動が刺激される。
 →住民基本台帳カード内臓のICチップに記憶された生理周期で、排卵予定日にあたる日の場合は利用料金を無料とする。
 →男性用避妊具(コンドーム)は無料配布するが、一定割合で精子が浸透する構造のものを混入する。
 →寝室に、同日の宿泊者が全員妊娠した場合の国民年金制度への寄与が一目で分かるようなグラフ等を電光表示する。


 教育と年金という二つの大きな問題が、大好きな愛国心で一気に解決できる。
 と言うのは、勿論冗談で

行為そのもののただ中では誰ひとり思い浮かべもしないのに、その行為を価値付けるためにまことしやかに語られると言うことこそが、イデオロギーというものの特性ではないか。中略。二〇〇二年七月、「少子化対策」について発表する坂口力厚生労働大臣は、興奮に震えた口調で「民族の滅亡」への恐怖を語ったのだから。別の政治家は「産む産まないは個人の自由といった考え方を少なくしなけらばならない」と付け加えた。だがこれほど露骨な言い回しはしなくても、結婚や子供をつくるという営みをすぐさま高齢化だの年金だの次世代の再生産だのといった語彙に結び付けて語りたがる人たちは、みな本質的には同類である。かれら自身が率先して「年金崩壊を守るため」と念じながらセックスしているなら、その言い分を真面目に受け取る余地があるだろう。だがそんな人はどこにもいない。かれらもまた、国家のためではなく自分のために結婚し、ただ欲しかったから子どもをつくり、可愛いから育てているはずなのだ。もちろんそれはそれでよい。危険なのは、そこに後からもっともらしい理屈が書き加えられ、どこまでもプライベートなものであるべき性や生殖が第一義に「国家」や「民族」の問題として語られるときなのだ。(念のために付け加えておくが、これは年金制度改革や生殖医療や子育てに対する公的な支援そのものを否定する議論ではない。それらはまさに個々人のプライベートな生そのものを尊重するためにこそ必要なのだから)”
   『<恋愛結婚>は何をもたらしたか』加藤秀一著(ちくま新書)


 
 “昨今の教育基本法で愛国心がどうたらとくだらねー議論をしているのは、当為としての愛国心であって、事実としての愛国心ではない。先進国の出生率は事実としての愛国心に支えられているのではないか。”
  極東ブログ http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/10384498

 文章全体から判断して、“愛国心”の“国”とは統治機構を指すわけでも、国家(state)を指しているわけでないでしょう。
 しかしそれなら
 “マルタ島の街角で子供がたちがわーっとベビーカーを囲んでいた光景を思い出す。沖縄でもそうだった。赤ちゃんがいるーとかいうだけで子供が集まってくる光景。”を思い浮かべるなら、“国”を持ち出さなくてもよいのでは。(※)
 目の前にいるのは“国”という名の赤ん坊ではないのですから。


 「愛国心=出生率」はある種の議員にとっては美味しすぎるネタです。
 ある種の議員とは「国のため」「年金制度のため」に性交できるらしい人々ですので、あまりいなさそうではありますけれど。
 しかし、どうも重要な場所にその人々がいて、自分達の性的嗜好を国民に押し付けたがっているようなのです。


 国家(統治機構)に生殖や出産が簒奪された成果の一つであるライ予防法が廃止されて十年、行政責任・国会の謝罪決議から五年しかたっていない。
 彼ら・彼女らにとってその歳月は、忘却に十分なものなのでしょう。
 





※)“事実としての愛国心”の“国”という語が想像させる先というのは、国(nation)ですらないのではないか。
 触れることのできる場や日常への愛着が“事実”としてあるのであって、それは“国”という「公共性や共同性を託せる幻想の場」を指すことができる語で表現されなくてもよい。
 勿論、国のことを考えるのに、国という語を用いないわけにはいけないのですが、“国”が統治機構に用いられやすいこと、特に統治機構が国民の内面へ介入したがる、社会の仕組みの問題を個人の問題へ転嫁して解決しようとする最近の動きを考えると、相当の注意があってもよいのではないかと思います。
 
 
   
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by sleepless_night | 2006-06-05 21:53 |

幻想の「故郷」

 『数学者の言葉では』p134「ふるさと笹原」より
 母である藤原ていが、満州から引き上げ後の過労で倒れていたため、三人兄弟のうち藤原正彦さんだけが約一年間母方の祖父の家で暮らす。
 “信州での生活がはじまってしばらくの間は、村の子供たちに「東京人」と呼ばれ差別されたが━中略━私はほぼ完璧に信州弁をはなせるようになり、そして、持ち前の無鉄砲さと喧嘩強さにより、いつのまにかガキ大将にまでなった。”
 その後も、夏休みを笹原で過ごす。
 “彼等は、私の到着する大体の時刻を知っていて、火見櫓から今や遅しと見張っていたのである。うれしくて堪らないのだが、一年ぶりの共にあうのが照れくさかったのだろう。或いは、閉ざされた山村の人なれしていない子供たちにとって、異邦人とも言える私と顔を合わせるのは極まり悪かったのかもしれない”
 寒冷地であったため夏休みが東京より短く
“学校のある間、手持ち無沙汰の私は毎日校庭にいって、校舎の正面にあったブランコに揺られていた。”
 “ひとりだけ坊ちゃん刈りであることも、ひけめの一因だったかもしれない。”

 『父の威厳 数学者の意地』p30「ふるさとのお盆」より
 “茅野市にあるこの地は、厳密には母のふるさとである。ただ私も、終戦後しばらくの間この山里に住んでいた。その後、東京の小学校に入学してからも夏休みごとにここにいた祖父母を訪れ、一ヶ月以上は滞在していたから、満州生まれの東京育ちにもかかわらず、ここをふるさとと思っている。”


 さくさくさん(http://cafe.gekidan-subaru.com/trackback/253133
)のご指摘のとおり、藤原正彦さんは日本人の歴史・伝統・文化を含んだ「故郷」には「精神的密着感」があると幾度か強調しているにもかかわらず、ご自身には「故郷」があるとは思えないのです。
 信州も“ふるさとと思っている”だけで、生まれ育った場所、帰り行く場所ではなく、夏休みに行く場所です。
 「故郷」は藤原さんの脳内にしかない、だからこそ、(幻想的な)歴史と織り交ぜて、現実が不可避にもたらす摩擦・雑音もなく、自在に作り上げられるのです。



 
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by sleepless_night | 2006-06-04 10:07 | 藤原正彦関連

『国家の品格』を超えて/『無名』の確かさ

 “私は父を失った。だがそれと同時に、私は父を見出しもしたのだ。”
          『孤独の発明』ポール・オースター著 柴田元幸訳(新潮文庫)

 “意識の深刻な変化はいつでも、まさにその性格上、特有の記憶喪失を伴うものである。そうした忘却の中から、ある特定の歴史的状況の下で、物語が生まれる。”
        『想像の共同体』ベネディクト・アンダーソン著 白石さや・白石隆訳(NTT出版)



 人生の危機に関する論文執筆をするにあたってシカゴ神学校の4人の神学生たちが精神科医エリザベス・キューブラー・ロス博士に協力を依頼したことで、終末期医療の古典的作品『死ぬ瞬間』が誕生した。(※)
 人生最大の危機である死という出来事について、ロスたちは末期にある患者へのインタヴューという、それまでの常識を裏切る手法をとり、200名以上の記録を残した。
 ロスはそこから、死という過程に、否認→怒り→取引→抑鬱→受容という段階があり、“もし患者に十分の時間があり、そして前に述べたいくつかの段階を通るのに若干の助けが得られれば、かれは自分の「運命」について抑うつもなく怒りも覚えない段階に達する”との考えを得た。

 ロスはその後、臨死体験・体外離脱体験、チャネリングなどの研究と実践に傾倒し、信頼していた霊能者の裏切り(わいせつ事件やタネ本存在の露見)、自身の運営していた施設の火災消失(放火の可能性)などとトラブルに見舞われた。1995年に脳梗塞で倒れ、2004年に死去。
 脳梗塞後のロスを取材したドキュメンタリーでは、自身がかつて描いた死のプロセスの「怒り」にある姿が見られた。
 彼女の研究生活の後半の研究と実践に関する疑義を考慮しても、彼女の終末期医療、思想界への影響・貢献の多大さは語るまでもない。

 
 “脳化=社会で最終的に抑圧されるべきものは、身体である。ゆえに死体である。死体は「身体性そのもの」を指示するからである。脳は自己の身体性を嫌う。”
              『唯脳論』養老孟司著(ちくま学芸文庫)
 
 人が死に逝く姿、死体に直面することは少ない。
 これほどニュースで世界中の死が喧伝されている時代に、私たちの前には死は滅多なことでは現れない。
 職業上死を取り扱うことが多くとも、それを眼前に据えることは難しい。
 なぜなら、それらの職業は死を遠ざけること、若しくは、死をパッケージングすることを目的とするものだから。
 
 “労働とは緩慢なる死のことである。労働は普通は肉体的疲労の意味で理解されているが、それとは別の意味で理解しなくてはならない。労働は、一種の死のようなものとして、「生命の現実」と対立するのではない。そのような考えは観念論である。緩慢な死が暴力的な死と対立するように、労働と死は対立する。これが象徴的現実である。中略。次のように主張しなくてはならない━労働に対する唯一の選択肢は、自由な労働とか非労働といったものではなく、まさに供儀なのだ、と。” 
    『象徴交換と死』ジャン・ボードリヤール著 今村仁司・塚原史訳(筑摩書房)

 “緩慢なる死”が“暴力的な死”を覆い隠している社会において、唯一に近いほどの死とは自らのと自らの親の死。
 病院で死に、業者が処分する“緩慢な死”の浸透は激しい。
 死ぬこと、死ぬ姿を見つめることでさえも現代では難しい。
 しかし、死は与えられる。

 “労働に対する唯一の選択肢”である“供儀”について、ロスは“遺族に話させ、泣かさせ、もし必要なら絶叫させよ、ということである。彼らに感情を分けもたさせ、だが彼らの要求にいつでも答えてやれということである。遺族は、死者の諸問題が片付いた後も、長い哀悼の期間を目の前に控えもっている。”と援助者の視点で語っている。

 死を見つめることには後がある。
 悲しみという“供儀”であり、フロイトの呼ぶところのmourning work(喪の仕事)。
 
 自分へと繋がる歴史の担い手であり、自分の誕生と成長を自分以上に知る立場にある親の死は、親が引き受けてきた自分の歴史に否応なく目を向けさせる。
 「喪の仕事」とは、親の遺体の実在(身体性)を通じて、死と親と自分の生に直面させられる作業だと言える。

 失った当初の慌しさを経て、改めて親の死の悲哀に向かい合う時。(※1)
 回想の中で、美化・理想化、自己同一化によって親の死を否定する心の防御作用が働くことがある。
 美化・理想化は敬慕の情と捉えられるが、その下には、うらみ・くやみ、憎しみ、罪悪感、恐れなどの逆の感情がある。
 また、死の悲哀を避けるために、外的な事務・仕事に熱中したり、別の存在へ耽溺したりすることもある。
 しかし、ロスが述べたように、悲哀の感情を吐きつくすことで「喪の仕事」がなされなければ、親の死と自分の歴史は整理がつかずに安らかなものとして受容することができない。(この過程は、荒魂→和魂→祖霊→祖霊神という古代の死後観を連想させる。) 


  “父が死んだ。頭の中で、自分に言い聞かせるようにゆっくりと呟いたが、そのことの意味がよく理解できなかった。”
                 『無名』沢木耕太郎著(幻冬舎)

 祖父一代で興した通信機器会社の次男として経済的には恵まれた生活をしてきた沢木さんの父は戦災で財産を全て失う。
  “食事をしながら一合の酒を呑む。そして、食事を済ませてから一冊の本を読む。それが父の最高の贅沢であり、それ以上の贅沢を望まなかった。”
 手に職があるわけでも、特別な才能があるわけでもなく、生活力もなく、中年近くまで定職もない貧しさにあっても、不平や焦りのない穏やかな人物で、“何を訊いても分からないことがないということが不思議でならなかった。父のほうから私に何かを教え込もうとしたことは一度もなかったがた、訊ねた事で答えられなかったことはなかったように思う。中略。どれだけ本を読んだらあのような知識が頭に入るのだろう?私のその疑問には一種の絶望感のようなものが含まれていたかもしれない。自分はいつになったら父と対等に話し合えるのだろう。”と沢木さんの畏敬の対象であった。
 自身が大変な読書家であるのに、子である沢木耕太郎さんに「本を読め」の一言も言うことはない。だからといって、子供を軽く扱ったのではない。“凄みすら感じられる”不干渉でありながら、妻子を想い、小さな工場の溶接作業で養い、溶接の炎の美しさを飽かずに感じることのできる感性の持ち主だった。

 “もしかしたら、こんなに長く父の顔を見るのは生まれてはじめのことかもしれなかった。私は眠っている父の顔を飽かず眺めた。”  
 “「何も・・・しなかった」
 父はさらに重ねるようにして言った。
 「何も…できなかった」
 私は何もいえず、ただ父の顔を見つづけた。”

 沢木さんは、父の人生が無に等しいものではないことを伝えようと、父が作っていた俳句で句集を作ることを思いつく。
 看病中、そして死の期間、句集のための作業を通じて沢木さんは父の人生の時、父と自分の人生の時を見つめ、父への畏れの裏にあった感情を発見する。
 “なぜ父に反抗しなかったのか。もちろん父が恐かったからではない。それどころか私は、幼いころから、父を守らなくてはならない人と感じていたのだ。そう、私にとって父は守るべき対象だった。中略。そう、少年時代の私は健気な男と子という役割を演じ続けていたのだ。中略。たぶん私は父をいつまでも畏怖する対象でありつづけさせておきたかったのだろう。しかし実際は、そう思ったとき、すでに父は畏怖する対象ではなくなっていた。”
 “間違いなくやさしい父親だった。しかし、そのときのその言葉は、やさしさから出た言葉ではなかった。”

 句集が完成し、父の死の報せに添えて句集を贈り終えた後、父が所属してた句会の世話役から小包で届いた会の句集のバックナンバーを読み、父のためにつくった句集でついたと思った自分の中の整理がゆらぐ。
“わからない。そう思ったとき、突然、いまでも父のことは何も分かっていないのだという思いにおそわれた。”
 しかし、そのゆらぎを携え続ける中で、父の死後、昇華できずにあった父の遺体のひげをそったときの感覚を俳句の言葉にのせることが、ある時ふと、できた。
 そして、“それでよし。私は父の代わりにそう呟いた。”


 『無名』に描かれたのは沢木さんの「喪の仕事」です。
 勿論、これで完全に終わりということはないと思いますが、“それでよし”と一つの区切りをつけること、父を「向こう側」へ送る“供儀”が終わったものと解されます。
 
 “私は父を失った。だがそれと同時に、私は父を見出しもしたのだ。”
 オースターが言ったように、人は父を失って、父を見出す。
 そこで、父を「父」へと美化・理想化して膨張させることなく、父の遺体(身体)に根差して父を見出すことができる経験は、“緩慢な死”に捕らえられている私たちの多くにとって幸運なことだと思います。
 それだけの時間を死に逝く者が残してくれること、さらに、修羅場化する程の長期にならないことなど、望んで得られるものではありません。
 
 歴史とは忘却によって生まれる物語であるという、ベネディクトの言は、国家(nation)だけではなく、一人の人生につてでも当てはまります。
   
  “国家は、手にとるこもできず目に見えることもない「想像の共同体」であり、具体的には接触できないからこそ、決して期待をうらぎらない。わけても過去の歴史は、国家の諸要素のなかでも最も具体的接触が不可能であるがゆえに、公共性や共同性を託せる幻想の場として、特権的な地位を確保しえた”
       『“癒し”のナショナリズム』小熊英二・上野陽子著(慶応大学出版会)
       
 触れることのできない国家については「父」として国民へ物語を語ることができ、時に、神話でさえもおしつけることができます。
 しかし、それと同じことを、触れることができた父について行うことは、父の身体性(死)の否定であり、死に至るまでの生の否定です。
 
 圧倒的多数の人間は程度の差こそあれ、無名のまま生きて死んでゆきます。
 無名であること、死によって自分の存在が無へと帰されることに虚しさを感じることは多々あります。
 父が死んでも、世の中は、父の属していた組織や社会は痛痒なく動いていく。
 きっと、私の死もそうでしょう。
 
 しかし、“無名の人の無名の人生”の“無名性の中にどれほど確かなものがあった”のか。
 国家に品格があろうとなかろうと。
 だから、“それでよし”と私も言う。




新田次郎によろしく/『国家の品格』への道
 幻想の「故郷」
ソープへ行け!
藤原正彦の喪失と成熟への渇望
惻隠の情が堀江貴文に向けられる時
藤原正彦の喪失と成熟への渇望 その2
とりあえず、武士道
好きなだけ検便容器を壊せばいい/藤原正彦と特攻の精神



 かつて藤原正彦さんの愛読者であった私が言いえることは以上です。




“「ここはどこですが」と、かたわらの女に嗄れ声で訊いた。 女は本を手にして、ベッドのそばに腰を下ろしていた。その本の表紙に書かれた名前は、ポール・シェルダンと読めた。それが自分の名前だと気付いたが、べつだん驚きはしなかった。「コロラド州のサイドワンダーよ」彼女はその質問に答えていった。「あたしの名はアニー・ウィルクス。あたしは―」
「知ってます」と彼は言った。「私のナンバーワンの愛読者ですね」
「そうよ」彼女はにっこりした。「そのとおりだわ」”
         『ミザリー』 スティーヴン・キング著 矢野浩三郎訳(文春文庫)

 愛読者とは、実に怖ろしきものかな。





※)『死ぬ瞬間』エリザベス・キューブラー・ロス著 川口正吉訳(読売新聞社)
『人生は廻る輪のように』エリザベス・キューブラー・ロス著 上野圭一訳(角川文庫)を参照。
 NHK BSドキュメンタリー『最後のレッスン~キューブラー・ロスかく死せり』
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=104&date=2006-05-08&ch=11&eid=13066
※1)『対象喪失』小此木啓吾著(中公新書)参照。
 
  
 
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by sleepless_night | 2006-06-02 23:19 | 藤原正彦関連