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死を選ぶ権利/自殺という過酷な自由を考えるために



 “一体死を望んでいる者を、脅かして思いとどまらせるに足るような刑罰などありうるであろうか。”
     『自殺について』(岩波書店)ショウペンハウエル著 斉藤信治訳



     ***********************

 話を進める前に、自殺という過酷な自由を考えるために/自殺の定義 続編の(3)で述べたE・S・シュナイドマンによる自殺の定義は以下の(4)~(5)③では適用できません。
 シュナイドマンの定義を繰り返しますと
 “今日の西洋社会において、自殺は、自ら手を下した意識的行為によってもたらされた死とされる。その行為は、死ぬことが最良の解決法と認識された出来事に直面し、窮地を脱することを願った人物の、多くの次元をもった苦痛によってもたらされる、と考えるともっとも理解しやすい”です。
 したがって、歴史的な問題を扱う以下の文章(4)②~(5)③までは、この定義を用いることができません。 
 そこで、社会的視点からなされた(3)④で述べたE・ディルケムの定義
“死が、当人自身によってなされた積極的、消極的な行為から直接、間接に生じる結果であり、しかも、当人がその結果の生じうることを予知していた場合を、すべて自殺と名付ける。”
 を用います。

 シュナイドマンの定義を用いることの有効性は、(5)④や自殺の倫理性を扱う項目で理解されると思います。

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(4)自殺と犯罪
①自殺と他殺の理不尽/「殺」とう言葉

 “199条 人を殺したものは、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。”
 人を殺す故意と行為、死と言う結果、その間に因果関係がある場合、それは殺人罪と言う犯罪であるとみなされて、裁判を受け、刑を科される。
 ただし、その殺害行為が“法令または正当な業務による”(35条)場合、“急迫不正の侵害に対して、自己または権利を防衛するため、やむをえず”した場合(36条)は違法性が無く、行為者が“心神喪失”(39条)の場合は責任を問えないために、犯罪として処罰しない。 
 この殺人に関する法律(を支える評価)のありかたは、規模を大きくしても当てはまる。
 つまり、侵略戦争は許されないが、自衛戦争は許される。
 侵略戦争に加担して人を殺せば、(敗戦後)犯罪者として裁かれるが、自衛戦争に参加して人を殺せば英雄となる。
 
 自殺という過酷な自由を考えるために/自殺の定義編で同じ行為なのに評価が極端に分かれる、宗教のために死ぬのは聖人で会社のために死ぬのは自殺者である、とするのは理不尽であると言う点から自殺の定義について話を進めました。
 しかし、他者の命を奪う行為であっても、それが為された状況によって極端な評価を与えられます。
 「殺」という行為は、自らであれ、他者であれ、理不尽さを含んでいます。

②犯罪としての自殺
 自殺もかつては単に貶められただけではなく犯罪として処罰されていました。

 ローマ法は自殺を禁じた上で、自殺者の財産相続を認めませんでした。
 そしてなんと言っても、迫害された宗教から保護された宗教へと転換した4世紀以降のキリスト教による自殺の禁止(犯罪化)がありました。
 これは聖アウグスチヌスの主張に主導されて5世紀から幾たびかの公会議を経て確立し、当然、この自殺禁止(犯罪化)は聖のみならず俗界をも支配する(刑法による処罰)ことになります。
 さらに、カトリックの司祭に認められた七つの秘蹟の一つ“病者の秘蹟”が8世紀ごろから現れたことも自殺禁止(犯罪化)に影響したと考えられます。
 死を迎えるまで生きていることが義務であると同時に、勝手に死ぬことが許されなくなったのです。
 
 ところで、自殺が犯罪だとしても、どのように罰するのか。
 自殺未遂を罰することはできても、自殺既遂をどうやって処罰したのか、という疑問があります。
 自殺既遂ということは死んでいるので、何とも仕様がないと思えますが、とりあえず二つの手段が存在しました。
 一つは、ローマ法と同様の財産没収。もう一つは、自殺死体の毀損です。
 具体的に幾つか挙げますと。
 (革命前の)フランス刑法では、財産没収の上で、死体を顔を下にして市中を引きずり回し、絞首刑台にさらした上で、下水かゴミ投棄所に捨てる侮辱刑が科されていました。
 ドイツの一部では自殺死体はたるに詰めて川に流され、イギリスでは自殺死体を杭に突き刺したり、馬で引きずり回すといった侮辱刑が科されていました(イギリスでは自殺未遂者を死刑にした時代もあります)。
 
 このような犯罪としての自殺は、革命後にフランスで刑法から削除されたのを初めとして、1813年のドイツ(バイエルン)、1931年のイタリアと非犯罪化が進み、1961年のイングランドとウェールズ、1993年のアイルランドを最後になくなりました。
 
(5)自殺する権利
①生きる義務への疑問/生の質への問い

 都市部(思想を生産する上流階級)での栄養状態の改善、寿命の上昇が影響してただ生きることへの疑問が16世紀ヨーロッパで生じ始めます(古代ギリシアでは状況や思想によっては自殺が選ばれるべき死とされていたので、まさにルネサンスであると言ってもよいでしょう)。
 『ユートピア』の著者トマス・モアやイギリスの哲学者フランシス・ベーコンなどは、医者の無力が苦痛を長引かせることから、積極的安楽死(不治の病で死期を早める医療行為)の発想を述べるようになります。
 イギリスの詩人ジョン・ダンは自殺の非犯罪化、自由化を訴える論文を著しました。
 ただし、プロテスタントの出現(プロテスタントの源流の一人マルティン・ルターも自殺を悪魔の所業と非難しています)によってカトリックの威信がゆらぎだした時代とはいえ、自殺を聖俗ともに犯罪とみなすことがオーソドックスであったために、ジョン・ダンの論文は彼の死後刊行されました。 
 さらに18世紀には、フランスの思想家モンテスキュー、ヴォルテール、イタリアの法学者ベッカリーアなどから、自殺死体への侮辱刑への批判、自殺自由化の主張も(匿名で。イギリスの哲学者ヒュームも“人間の生命は、大宇宙からみれば牡蠣ほどの価値しかない”と自殺を擁護した論文を死後発表したが、即時発禁にあった)なされるようになります。
 この背景には種痘などの予防医学の発展や衛生思想の普及による全般的な寿命の上昇、マルサスの『人口論』のような生きる人の過剰への不安まで出現するようにな時代変化があると考えられます。
 しかし、これら「お勉強のできる人」たちの批判や自殺自由化主張は「自殺=犯罪」という大勢の価値観を変えるにはそれほど力を持ちませんでした。

②変えたのは一つの恋だった
 “さあ、ロッテ、ぼくはためらうことなく冷たい死の杯をとって、死の陶酔を飲み干しましょう。あなたが差し出してくださったのだ、どうしてためらうことがるでしょう。僕の生涯の念願や期待はひとつ残らずすべて満たされたのです。ぼくがこんなに冷然と、こんなに頑固に死の鉄の扉をたたこうとしています。あなたのために死ぬという幸福に、あなたの生活の平穏と歓喜が再び帰ってくるというのならぼくはよろこび勇んで死んでゆくのです”

 ゲーテの代表作の一つ『若きウェルテルの悩み』は1774年に刊行されるとすぐさまヨーロッパ中を席巻し、主人公と同じ格好をして死ぬ「ウェルテル病」の罹患者が続出した。
 この大ブームが、犯罪とされていた自殺のタブー視へ大きな一撃を与え(カッコいい自殺が人々に受け入れられるようになった)、時代変化と相俟って1791年のフランス刑法から自殺を無くすることに繋がった。
 それからは、(4)②で述べたとおり、各国で徐々に自殺への刑事罰が廃止されるようになる。
 ちなみに、最後まで残ったイギリスは処罰根拠となる法が20年ほど前まで存続していたが、18・19世紀ごろから心神喪失であるとして大半の自殺を有罪にしなくなります。

③死を選ぶ権利の芽生え
 当初、モアやベーコンが想定したのは、自殺というよりも、安楽死の問題です。
 安楽死には、積極的安楽死(苦痛や本人にとって無意味な生を避けるために、死期を早める措置をとること)と消極的安楽死(積極的な延命措置を採らないこと)があります。(ちなみに、尊厳死とは文字通り尊厳を持った人間として死を迎えることで、価値中立的な安楽死と違って目指されるべき死のありかたを指す。)
 都市の富裕層の寿命長期化に伴って慢性病を患うこと(医学の未発達から治療も苦痛の緩和もできない)が増え、その苦痛に注目が集り、「生きる義務」に基づく「生のひきのばし」への疑問と怖れが積極的安楽死という発想を生み出したと考えられます。
 安楽死の問題は「ウェルテル病」による自殺非犯罪化の最後の一押しに先をこされます。
 安楽死の問題が一般にクローズアップされるようになったのは、医学(人体構造の解明や細菌学)の発展に伴って効果的な衛生措置や病院施設・手術技術、栄養状態の改善によってヨーロッパの寿命が急上昇を始めた19世紀~20世紀です。
 直ることが無いのに死に至るまで苦痛にさらされることが一般的な問題となったため、安楽死の問題は切実な問題として1930年ころから盛んに議論されるようになります。
 同時に、この苦痛を和らげるアヘンやモルヒネによる廃人化も、人間の尊厳と関係した問題となりました。
 1950年台には生体管理技術が発達して、いわゆる植物状態の人間の問題、1960年台には脳死の問題も加わるようになります。
 
④積極的安楽死/権利としての死 
 言うまでも無く、積極的安楽死は自殺概念に入ります。

 積極的安楽死、その最も極端な例、極端故に特徴と問題を抽出し易いとして例を二つ。
 ・ジャック・キヴォーキアン博士によるジュディス・カレンの例。
 病的肥満、うつ病、夫からの家庭内暴力、慢性疲労、免疫疾患、など長年にわたる苦痛から42歳のジュディス・カレンは「死の医師」と呼ばれるジャック・キヴォーキアン博士に自殺幇助を求め、処方された薬物の服飲によって死んだ。
 ・バウドワイン・シャボット医師によるネティ・ボームスマ(仮名)の例。
 アルコール中毒の夫からの家庭内暴力、長男の失恋による自殺、次男の交通事故死から自殺未遂。
 長男の死以降、自身も強い自殺念慮を持つが次男のために生きることにしたが次男も事故死したことで、自殺を決意。一度目は発見されてしまったために、確実性を期すためにオランダの安楽死法を利用して医師の幇助の下での死を選んだ。
  
 上記二つのうち、キヴォーキアンの例はシャボットの例と比べて不備な点が多い(事前の調査不足、ほかの専門家の不介入、制度的な保障がない)ので、シャボットの例をもう少し詳しく述べてから、自殺する権利の核心だと考える点について述べます。

 まず、シャボットの例で安楽死法と述べましたが、これは正確ではなくオランダでも安楽死と自殺幇助(前者が医者が薬物注入などの行為によって患者の自殺を実現すること、後者は医者の処方した薬を患者自らが服飲することで自殺すること)は共に刑法上の犯罪であって、事実として(先例として)為され続けてきた安楽死・自殺幇助の法的リスクから医者とそのような医者を必要とする患者を救うために、法律上犯罪に該当するが一定要件を満たせば告発されない仕組みがある程度整備され、安楽死・自殺幇助が実質上非犯罪化されているということです。
 オランダのこのような法整備のきっかけになったのは、1973年にトルース・ポストマ医師が脳溢血で半身不随になった母親の(ベットから頭から落ちて自殺を図った程)強い希望で薬物注入によって安楽死を実施した件。
 この件で、ポストマ医師がホームドクターをしていた人々が支持運動をし、これが現在、安楽死に関して中心的な組織であるオランダ自発的安楽死協会となる。同協会は安楽死・自殺幇助に関する情報提供、専門化の派遣、法整備運動、希望者に「安楽死パス」を発行し延命治療や意思疎通不能時の安楽死処置の有無の事前指示などについての情報表示とその旨の保存・関係者との共有を支援している(同協会だけが、このような活動・権限を持っているわけではない)。
 ポストマ医師の裁判は、懲役一週間・執行猶予一年という実質無罪となり、同時に判決で安楽死の許容条件が出されて。以降同様の裁判で法理と要件が整備され、同時にこの司法の判断を受けて医師会からも安楽死・自殺幇助の要件が整理され、後の裁判でこの要件が確立した。
 要件は5つ:
 「自由意志による自発的要請であること」
 「熟慮された要請であること」
 「持続性をもつ要請であること」
 「受容できない苦痛を伴うこと」
 「医師が同僚と相談した結果であること」
 要件に、不知の病であることは入っていない。また、「苦痛」は肉体的のみならず精神的なものも含む。医師が相談する「同僚」は医師だけでなく他の医療関係者や宗教者なども含む。
 安楽死・自殺幇助の実質非犯罪化を支える法理は、法を守らなくてはならない市民としての義務と患者にとって最善のケアをしなくてはならない医師の義務が非両立な場合に、一定要件を満たせば不可抗力であったとして犯罪には該当するが有罪とはならないとしたもの。
 これは、法的な言葉を使えば、構成要件には該当するが違法性がない(構成要件とは法律の条文が示す要件のこと。仮にこの要件を満たしても違法性がない場合がある。例えば、ちり紙を一枚盗めば、窃盗罪の構成要件に該当するが、法定刑から考えて想定されていたような違法性=利益の侵害がない。)ものとして処理した、いわば正当防衛と同じ(日本だと刑法35条職務行為による違法性阻却)です。

 1991年のシャボットの例で問題となったのは、ネティが肉体的にも精神的にも医学的には病気ではなかった、いわば健常者の安楽死実施の始めてのケースだったため、告発され(安楽死実施の後に医師は検視官を呼び、その報告が検察に行くことになっている。検察で安楽死・自殺幇助の違法性を審査する)裁判を受けることになった。
 結果、一審、二審ともに無罪、最高裁で有罪だが刑罰免除の判決。
 バウンドワイン医師は安楽死を実施するにあたって、ネティの医療記録をホームドクターから入手、本人との計二十四時間の面接、ネティの妹や親友、四人の精神科医と一人の心理療法士、一人の一般医師との相談の結果、ネティの意思の「持続性」を確認し、仮に安楽死を実施しなくとも早晩自殺をしてしまうと判断した。しかし、最高裁はバウンドワイン医師が相談した医師がネティに面接しなかったことを理由に要件(「同僚と相談」)を満たさないとし名目上の有罪判決を出し、精神的な苦痛の場合の判断をより慎重であるべきとの判断を表した。
 ただし、この最高裁判決(自殺幇助に関する初の最高裁判決)によって、精神的苦痛だけであっても、終末期でなくとも、安楽死・自殺幇助が認められることが確認された。
 鍵となるのは病気かどうかでもなく、本人の苦痛であることもはっきりした。

 2001年に上下両院を通過して成立したのは安楽死法(安楽死・自殺幇助の合法化)ではなく、1990年から医師会と検察との間で合意された安楽死・自殺幇助の報告制度を埋葬法に適用付記として追加立法したもの。
 したがって、実質的に変化は無い(刑法上は犯罪)。

⑤安楽死に関する日本の司法判断
 日本での安楽死に関するリーディング・ケースは1962年(昭和37年)の名古屋高裁判決。
 同判決は
 「現代医学で不治の病で、死期が目前に迫っていること」
 「被害者の苦痛が甚だしいこと」
 「安楽死行為が、死苦の緩和目的で為されたこと」
 「本人の真摯な嘱託または承諾があること」
 「原則として医師の手によること」
 「方法が社会通念上妥当であること」
 の6つを挙げて、一般論としての積極的安楽死を許容する(違法性阻却される)要件を表明している。
 以降この要件を基礎として、75年鹿児島地裁、神戸地裁、77年大阪地裁、90年高知地裁、95年横浜地裁(東海大安楽死事件)のいずれも、安楽死による違法性阻却を認めていない。
 
(6)自殺する権利で問われる底
 (4)①で殺人においても、自殺という過酷な自由を考えるために/自殺の定義編の(2)⑥で述べた自殺の理不尽と同じく、行為の同一性にもかかわらず両極端の評価が存在する理不尽さがあると述べました。
 しかし、他の人を殺すことの理不尽と自らを殺すことの理不尽には、一つの大きな違いがあります。
 殺すのが自分であるのが自殺であること。つまり、殺す(処分する)対象は他人の「もの」ではなく、自分の「もの」であることです。
 その理不尽さは(5)④で挙げた積極的安楽死の是非において用いられ、今日の理療倫理・生命倫理において最も力のある言葉“自己決定”を介して考えると明確になると思います。
 積極的安楽死全般、特にシャボットの例のような肉体的・精神的な病気ではない者が苦痛を逃れるために医師の力を借りる(当然、国の保険制度も利用することになります。オランダではホームドクターを利用すれば安楽死に保険適用されます)場合を支えるのは、“自己決定”であり、その基礎は「自分の体・命は、自分のもの」であるという考えです。
 自殺が非難される・否定される・貶められる場合に殺人とは異なる次元での理不尽さを感じるのは、この点にあると私は考えます。
 
 「自分の体・命は自分のものなのに、どうして、自由に殺す(処分する・扱う)ことが他人にどうこう言われなければならないのか?」
 「自分のものを自分の思い通りにして、どうして(倫理的な)悪とまで言われる理由があるのか?」

 ここで反射的に返ってくると予想されるのは
 「親兄弟・友人が悲しむ」「一人で生きていると思うな」「あなたの体・命は、あなたのものではない」などです。
 
 しかし、親兄弟・友人の感情を自分の苦しみに優越させる必要・義務があるのでしょうか?
 一人で生きているのではないからこその苦しみがある、一人で生きることができたら苦しまなくともよいことは少なくないのではないか?
 もっと言えば、親兄弟・家族・友人のために自殺するのならば良いのか?
 そもそも、体や命が「自分のもの」ではなかったら、だれの「もの」なのでしょうか?
 自分以外の誰かの「もの」だとしたら、髪を切る・整体を受ける・献血・手術をする、など自分の体・命の自己所有を前提とする自己決定に関してはどうのように考えるのでしょう?
 加えて、もし自分の体・命が「自分のもの」ではないとしたら、いったい何を「自分のもの」だと言うことができるのでしょう? 何かの物や権利を所有する自分は自分の体・命を離れることはできないのに、当の自分の体・命が「自分のもの」ではないとすると、どうやって他の物や権利を「自分のもの」と言うことができるでしょう?

 このようなことを述べると、“行き過ぎた個人主義”という台詞が反射的に飛び出すかもしれません。
 しかし、他人の「自分のもの」ではない体・命を「もの」扱いするのは、このような台詞を口にする人々です。
 自分の命・体(や財産)を守るために、他人の体・命を「もの」のように扱う(える)人々です。
 (例:強制的ヴォランティアの導入を唱え、自分が加わる行政への奉仕を「愛国」の名で口にして恥じないジバン・カンバン・カバンという「もの」を引き継いだ日本の超世襲議員。私有財産を禁じておいて自らは世襲権力の上に賄賂や別荘を持った共産主義国家指導者層。など)

 続けて、体・命の所有に関する問題について、議論と結論、それを踏まえた上での自殺の倫理的評価について述べます。→自分の命/自殺という過酷な自由を考えるために


参照)
(4)② 『早すぎる夜の訪れ』(新潮社)ケイ・ジャミソン著 亀井よし子訳
   ②③『生きる権利・死ぬ権利』(新潮選書)鯖田豊之著
   ④ 『自ら死を選ぶ権利』(徳間書店)ジャネット・あかね・シャボット著
     『生命の尊厳とは何か』(青土社)アーサー・カプラン著
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by sleepless_night | 2006-08-19 20:07 | 自殺

自殺という過酷な自由を考えるために/自殺の定義 続編

自殺という過酷な自由を考えるために/自殺の定義編の続き

⑥病気としての自殺というアプローチ(※12)
“自ら意思で死を選ぶというよりも、心の病によっておのずから命を絶つ意外にないところまで追い込まれてしまうのだ、と考えられるようになりました。したがって、私たちは、自分の意思で命を絶つという考えに基づく「自殺」という言葉ではなく、本人は生きたかったのだけれど、病魔に犯されたがために、やむをえず、つまり、おのずから死なざるを得なかったおおくの人々を思い、「自死」という言葉を使うことにしました。” 

⑦本能としての自殺
 “本能とは生命ある有機体に内在する衝動であって、以前のある状態を回復しようとするものであろう。”
 “生物が、かつて捨て去った状態であり、しかも発展のあらゆる迂路を経てそれに復帰しようと努めるふるい出発点の状態であるに相違ない。もし例外なしの経験として、あらゆる生物は内的な理由から死んで無機物に還るという過程が許されるなら、われわれはただ、あらゆる生物の目標は死であるとしかえいない。また、ひるがえってみれば、無生物は生物以前に存在したとしかいえないのである。”
 精神分析学の創始者ジームクント・フロイトは、“不快を避け、快を生むような結論に進む”という快楽原理を中心と、心の性質を説明しました。
 しかし、反復強迫(過去の苦痛や悲しみを再現するような行動を繰り返し行うこと)という現象にあたり、快楽原則では説明がつかず、“快楽原則以上に根源的で、また独立しているような諸傾向”があるのではないかと考えました。
 生命において絶えず生じる不均衡を不快から快へとむかわせる“生の本能”である性本能の働きは、究極的な均衡状態である死に、結局は向かわせる過程でしかない、“快楽原則は、まさに死の本能に奉仕するもののように思われる”と述べています。(※13)

 アメリカ合衆国で精神分析学発展に力を尽くしたカール・A・メニンジャー(メニンガー)は、“生きたいという本能と死にたいと言う本能‐われわれはこれを人間personalityの建設的傾向と破壊的傾向と呼ぶことにしよう‐とは間断なく相争”うなかで“もって生まれた破壊性および建設性を完全に外部へ向けること”ができずに、“敵と戦わずに自分を破滅させる”行為としての自殺を分析し、その三つの内面的要素を“死ぬこと、殺すこと、および殺されること”であると述べています。
 “死ぬこと”という死の本能そのもの以外の、“殺すこと“という要素は、成長に伴って生(性)と死の本能(破壊性)の中和がなんらかの事情で崩れ、“以前に結びついていた愛と憎悪は、いまやその対象を失い、バラバラになり、その双方ともが元来の出発点、すなわち自己へ復帰”することから生じる。そして、自己を対象としているようで実は“摂取行為”という幼児的(口唇的)な他者の自己同一視であり、自殺の“殺すこと”とは自己に取り込んだ他者の殺害であると述べている。
 “殺されること”という要素は“元来、攻撃本能の一部であるが、それが外にでて、環境に対して威力を発揮しないで、内部にのこり、そこで裁判官、または王様みたいなものに変容された”ものである良心(超自我)が他者への加害を欲した自己を罰したいこと、もしくは、“自分で自分を殺すのは、自分が万能であると思う錯覚を持続しようという”幼児的幻想によるよ述べている。
 そして、通常想像される自殺(急進的自殺)のほかにも、過剰な禁欲や殉教、アルコール中毒(それ自体が病気ではないが、病気から逃れるための自殺的“逃避”・内面的な軋轢を自分で救済しようとする不幸な努力)、反社会的行為(理性と判断を無視するの自己破壊の技法の一部)、精神病(現実性原理の放棄)の一部を“慢性的自殺”と呼び、それらが“死を無限延期する”かわりに“受難や機能障害などの犠牲”を支払っている行動、“生願望と、破壊したい(死にたい)という願望との間に行われる持久戦”であると解釈します。
 さらに、自己毀損(自殺、を回避するための妥協)、仮病(他者を操作・攻撃した欲望とそのような自己を罰したい行為の結果)、故意の事故、性的不能(正常な快楽を失うことでり、“破壊”することである)として、これらを“焦点的自殺”として、生と死の本能の相克として解釈しています。(※14)

⑧社会と病気の視点への問い
 “避けがたい不完全性は病ではない”(※15)
 確かに、デュルケムのような視点、社会現象としての自殺という視点と、それを基礎付ける定義の科学性は必要であり、一般的に用いられる言葉の恣意性を排除することは必要です。
 自殺とは病気(躁鬱・統合失調・気分障害)によってもたらされる死であるとすることは、たしかに、「勝手に死んだ」という突き放しの思考を防ぐことができます。
 しかし、社会現象としての科学的な定義も、病気による死という認識も、自殺によって死ぬこと、自殺というものが何なのか(自殺で死ぬというのはどういうことなのか)を見据えられていないのではないか。
 結局、自殺とは何かという単純な問いを満足させることができないのではないか。
 社会学的なアプローチの定義では、まるで、人型にくりぬかれた画用紙から自殺だと判断するようで、肝心の自殺そのものが見えず、心理学的アプローチではくりぬかれた場所から見えない動きを想像しているだけで、目の前に自殺そのものがあってもかえって分からなくなるような感想を持ちます。

⑨他殺と自殺
 自殺がほかのあらゆる行為と異なるのは、それが、他ならぬ自らを殺すということにあります。
 自らの他のあらゆる行為を為す一人しかない自らを、自らによって殺す。
 殺すということについて、他の存在を対象とした殺しと比較してみると、他殺が自己を保存する行為(たとえ、死刑になることが目的の他殺であっても、死刑になりたい自分は保存される)であるのに対して、自殺は自己を放棄・消滅させる行為です。
 自殺という場面に他者や他者と関係した事情が現れても、その全てを支える自分という基盤で自殺は行われるます。
 つまり、問題は、意思によるか・結果予見していたか・直接的か・積極的か、あるいは病気なのかではなく、その一人の人間の中でなにが死に結び付けられたかという具体的な本質を見ること(個人の自殺の本質。ただの個人的出来事ではなく、そこに自殺と呼ぶべき全てに通じる本質)であり、それによる定義・基準でなければ、自殺への科学的取り組みが生み出した様々な「成果」が死の位置づけを巡る不毛な争いに(一般社会の中で)堕してしまうと考えます。
 一人の人間の中で、一人しかない自分の放棄・消滅へと結びつけたのは何かという視点からの定義を必要とするということです。

(3)一人でも、社会でもなく(※16) 
“その本質において自殺はいつも個人の出来事である。”
 
 E・S・シュナイドマン(UCLA名誉教授)は、以上の定義群とはことなり、個人という自殺の行われる舞台に注目して自殺を分析しています。
 “しかし(あるいは、そして)自殺は好むと好まざるとにかかわらず、ひとつまたはいくつかの文化に市民権を得ている個人に起こる出来事であり、その個人はどこにも逃げ出すことのできない個人なのである。”
 
 社会学的か、心理学的か、そのどちらかに還元するのではなく、社会の中の個人に起こるものとしての自殺です。 
 
 シュナイドマンは“自殺の心理学的要素はいわばその幹である。生物学的な状態がその根である。自殺の手段、遺書の内容、遺された人にどのような影響が及ぶかといった計算などは、いわば、枝や傷ついた実や葉である。”と心理学を中心にすえた多元的な分析し、以下のように定義を表しています。 
 
 “今日の西洋社会において、自殺は、自ら手を下した意識的行為によってもたらされた死とされる。その行為は、死ぬことが最良の解決法と認識された出来事に直面し、窮地を脱することを願った人物の、多くの次元をもった苦痛によってもたらされる、と考えるともっとも理解しやすい。”

 自分であること(に伴う)の苦痛という感覚と、それ(自分=苦痛)から逃亡し・解決しうと願い、それが社会の中で生きる一人の人間の中で死という結果を選択に結びつける。

 この定義は、一般的に言われる自殺の事例の全てに当てはめることができ、しかも、動くことの無い本質を突いているように思えます。
 自殺とは何かという単純な問いかけに対して、具体的で直接的な基準による答えを提供できます。

 シュナイドマンの定義でも、(1)①の四つの実例を全て自殺と判断します。
 しかし、(多次元の)苦痛の解決という、具体的で、自殺そのもの(自殺という行為に再接近して観察された)の本質によって判別されるので、デュルケムのような社会的(行為の態様や意思の有無)といった枠によるものやフロイトなどのような心理構造と動きに着目したものでもないので、ぶれることがありません。
 いわば、自殺の標本に加えるかどうかを、苦痛の解決というピンで刺し留めることができるかどうかという判別法です。

 そこで、以上の定義を前提に、自殺の倫理的側面、権利と義務という問題を述べます。
 自殺の「殺」という言葉に対するある種の理不尽さを出発点煮した考察です。
 ⇒死を選ぶ権利/自殺という過酷な自由を考えるために


※・※12)『自ら逝ったあなた、遺された私』(朝日新聞社)グリーフケア・サポートプラザ編 平山正実監修
※1)『自殺って言えなかった』(サンマーク出版)自殺遺児編集委員会
※2)厚生労働省 自殺志望統計の概要 より
   http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/
※3・6)『自殺の思想』(太田出版)朝倉喬司著 より
※4)『われ万死に値す』(新潮文庫)岩瀬達哉著
※5)『コルチャック先生』(朝日文庫)近藤二郎著
※6)『日本人の自殺』(サイマル出版)スチュアート・ピッケン著 より
※7)http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50568133.html
小飼さんのエントリは議論としては、特殊でもふざけたものでもないと思います。
 特に、“根源的かつ根本的解決ばかり期待するから、自殺に飛びつく”という指摘はシュナイドマンが“誤った三段論法”と呼ぶ認知の誤りの結果を的確に表していると考えられます。
 しかし、寿命を待つということを自殺に含めてしまえば、自殺の特殊性(言葉として自殺を成立させる性質)をなくしてしまいます。
 ※8・15)『自殺論』(中央公論新社)エミール・デュルケーム著 宮島喬訳
※9・16)『自殺とは何か』(誠信書房)E・S・シュナイドマン著 白井徳満 白井幸子訳
   『早すぎる夜の訪れ』(新潮社)ケイ・ジャミソン著 亀井よし子役
※10)『日本人の自殺』(サイマル出版会)スチュアート・ピッケン著
※11)『自殺と文化』(新潮社)布施豊正著
  “日本の自殺の特徴は、政治的、社会的スキャンダルや汚職事件があるたびに、自殺がみられる事実である。”
※13)『フロイト著作集6 自我論・不安本能論』(人文書院)S・フロイト著 井村恒郎 小此木啓吾訳
※14)『おのれに背くもの』(日本教文社)カール・A・メニンジャー著 草野栄三良訳
 “科学者が研究のために一身をささげ、死の危険を冒したり、愛国者が自由のために一命をささげたり、教会の聖人その他の人々が社会のため、またかれらが愛する人のためにわが身を犠牲にしても、それは通常自殺とは考えられない、なぜならば、それらの人の建設的要素が破壊的要素に対して勝利を占めたことが、かれらが選んだ手段の社会的効用、すなわち、創造性の要素によって明らかであるからである。”
 メニンジャーは、自殺と自殺ではないものを、生と死の本能の相克と言う精神分析学が想定する心理構造と社会性から判断している。
 しかし、これも日本の自殺の特色として布施が指摘した会社のためのものが、自殺か否か不明となる。
 
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by sleepless_night | 2006-08-08 23:16 | 自殺