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ナントカ還元嫁


はじめに)
 女性農業実習生の「告白」 、その基礎にある農山村の結婚難について。
 →もと記事が消されているようなので魚拓のページ
 光岡浩二(名城大教授・農学博士)の著書『農村家族の結婚難と高齢者問題』(ミネルヴァ書房)参照による、事実の整理と考察。

 同様の問題として、外国人農業研修生への性暴力事件・裁判がある。


(1)問題の歴史
 ここ1世紀に起きた農家・農山村の結婚難問題は、三つに分類される。
①両大戦間期
 特に東京で、大震災前後に生じた農家の結婚難。
 都市部へ人口が移動し、農地面積の減少が国勢調査などの統計から確認される。
 宅地化は、土地価格の暴騰、野菜価格上昇を招き、農家収入は激増した。
 それによって、零細農家の離農と資産家化した農家が出現、それまで不可能だった中等・高等教育を娘に受けさせる家が出現、高額な嫁入道具の負担可能化。従来からあった娘たちの農業労働への忌避観と都会生活への憧憬も伴い、農家の娘たちは農業青年との婚姻を避けるようになる。農家の嫁の供給源は農家の娘だったために、結婚難が生じた。
 ただし、この現象は大都市近郊の限られた地域のもの。
 
②第二次大戦後
 “婿一人に嫁はトラック一台”
 戦争で婚姻適齢期の青年が大量に喪失されたために生じた結婚難。
 終戦直後の経済状態で女性の勤め口は極めて限定されていたために結婚して農業に就く以外の選択肢もなく、当時の社会観・結婚観も相まって結婚難(したいのにできない)を強めた。
 現在もそうであるが、日本人の結婚は女性を(家格などで)より低い方から採る習慣があった。しかし当時、女性の結婚難を背景に、高等教育を受けた女性が農業青年と結婚することも起きた。そのため、農村で教育を受けられなかった女性たちは一層困難な立場に立たされた。
 ただしこの現象は、各地の集団見合いなどにより数年で解消された。

③高度成長期以降
 都市での第2・3次産業の雇用増大。農地から地すべり的に人口が移動。
 1950年頃から山村地では問題化してきた農家長男の嫁探しが、1960年代には全国各地で問題として語られ始め、花嫁銀行の設立など対策が採られる。
 しかし、近年の各種調査でも都市→平地→中間→山村の順に困難度は深刻なまま。
 特に山村地域は深刻な状態が50年代から継続している。
 男性未婚者の割合は増大したままで、女性の場合も農家の跡取り娘であるために、残された長男長女同士で結婚できずにいる。
 近年、全体的な非婚化が言われているが、これは大都市圏と過疎地で、後者は山間農業地域と重なる。

(2)問題の原因
①結婚難の理由
 
結婚難の原因について1991年に5県で実施した調査で、主な原因として現れたのは以下。
 ・若年女性の農村青年との結婚忌避
 ・結婚観、女性の地位変化
 ・適齢期女性の僅少化
 ・男女交流の機会や場の僅少化
 ・青年本人の消極性
 ・娘の母親の干渉
 この中で男女ともに最も挙げた原因が、若年女性の結婚忌避。

②農業忌避の理由
 では、当の女性たちはなぜ農業青年との結婚を忌避するのか。
 同様に5県で実施した調査の結果は、大きくは労働問題と人間・環境問題に纏められる。
 労働問題は、収入が低額で不安定、長時間の厳しい労働、休日がない、など。
 人間・環境問題は、舅姑問題、地方の因習、煩わしい人間関係、不利な生活環境、など。
 この中で男女ともにに最も挙げたのは収入問題だったが、男性が他と比べて大きく原因としてこれを挙げたのに対して、女性は舅姑問題をそれほどの差を付けず(しかも長時間労働を原因として挙げた女性より多く)原因として挙げている。
 その他、各地の協議会・委員会や研究機関の農家既婚女性への調査でも、農家の収入不安定・長時間労働と人間関係の問題は上位に挙げられている。

③構造 
 この他に構造的な問題として二つがある。
 一つは、男女の適齢期人口のアンバランス。ベビーブームなど出生数急増に伴う現象。
 もう一つは、女性の高学歴化と社会進出。
 前者については、経企庁の国民生活白書を参照。
 
(3)対策
 “抜本対策が必要となる。その必要性について筆者はこれを早くから機会あるごとに繰り返し強調してきた。しかし、完全に無視された。それどころか、結婚難の要因(と同時に母親たちの意識の規定因)として農業、農家、農山村の問題点を次々と剔抉し明示するために(中略)非難さえされた。”
 光岡浩二さんは対策として、農産村民の意識改革、因習改善、労働問題の改善(けじめ・休息休暇・女性に収入)、農政への取り組み、青年の社会性寛容、農民蔑視の解消などを挙げている。

(4)今までも今回も
 ①つながるもの

 今回の農業実習生の「告白」で連想されるのは、同じく農業研修で来日した外国人女性への暴行問題。
 二つの背景にあるのは、全く同じ、そしてそれは(3)で紹介した光岡浩二さんの調査結果が示した労働問題と人間・環境問題にあるものと同じだと考えられる。
 さらに、結婚難対策として導入されている一つの対策とも大きく関り、それには問題が集約されたかたちで示されていると思える。
 
 ②トド?
 1980年代後半から過疎化、結婚難が深刻化し解決のめどが立たない地域で、行政主導で大規模に国際結婚への取り組みがなされた。
 相手国は韓国・中国・スリランカ・フィリピン・タイ・ブラジルなどの(当時)途上国。
 婿ではなく、嫁のみ。
 問題点として相手の弱みを利用する、外国人差別などもある。
 しかし今回の「告白」や暴行事件につながり、結婚難の労働・人間・環境問題とつながると考えるのは、相手の扱い方とそれを支える意識や価値観。
 問題化したケースなので極端・例外だと思われるが、日本に来るとパスポートを取り上げられて男性にのみ選択権があるとされたケース、教会に通わせない・信仰を無視するケース、結婚後に行動を監視・外出禁止され収入もなく閉じ込められたケース、そして、子供が生まれたけれど日本語が話せない・読めないケース。
 相手を、人間と性交でき・出産ができる家畜くらいにしか思っていない。
 相手が途上国出身で経済的に優位なのを利用するというのは、他の条件がない限りは問題化しない。つまり、相手が絶対的な貧困状態にあったり、距離を利用して虚偽情報を述べたり、脅迫がなされたりしない限り、程度問題として処理できる。
 結婚、男女関係という観点から見れば、どこの国の出身者を相手にしても関係はない。
 国際結婚か否かを問わず、双方が望みのために「利用し合う」というのは、経済・生殖・生活の複合する結婚という関係において避けられない部分がある。
 しかし、「告白」や暴行事件と同様に、これらのケースには人間と暮らすという意識がない。
 自分の農地に入ってきた女性に性交して構わないという意識は、繁殖期のトドがハレムに入ってきたメスに圧し掛かって交尾するのと変わらない。
 
 ③変わらなかっただろう事実
 「告白」では男所帯だったことに触れられているが、ここに女性(母親)がいても変わらなかった可能性が相当にある。
 (2)②で舅姑問題、(3)で光岡さんの嘆きを紹介したように、農村における女性の地位・権利意識自体が極めて低いゆえに、女性の地位・権利が問題だと認識されていないと言う。
 “女性の敵はほかならぬ女性”との日本農業新聞によせられた女性の意見が示すように、結婚して当たり前で、舅姑と夫の言うことに黙って従い、休日休息なく所得も(自分名義に)なく、経営参与できず、行事と家事と育児をこなしてと普通だ考えている(それが女性の幸せだと考えている世代の)女性なら、家にいても女性実習生にとって何の助けにならなかったのは容易に想像される。
 農家の女性(姑)たちは自分の娘は農家にやりたくないと思っている場合が決して少数ではないといわれる。
 つまり、自分の子供が苦しまなければ、他人(嫁)の苦しみは問題ないと思っている場合がある。

④解決した結果だけ
 (2)で述べた労働問題、低収入で不安定、長時間労働というのは他の分野での労働問題とも共通点があるので、農業について特徴的だといえない。
 特徴的なのは、それが人間・環境問題と一体化している点だと考えられる。
 つまり、結婚という最も親密な人間関係と労働問題が一体化している点。
 労働がつらいというのみならず、それが生活や人生と一体化している。
 しかもその一体化には、舅姑や地域も加わってくる。
 それが通用しなくなっているのに、新規参入が少ない環境によって、新しい世代の中にまでも気づかない・気づこうとしない人がいるというのが、農村における結婚難の要点だと考えられる。
 かつては逃げ場のなかった女性たちがいたので、通用できた。
 しかし、社会が変わった今、その時代の人間たちがその時代の思考のままでいる限り、解決はしない、それは(1)①②で述べた農村自体の歴史から証明されている。
 問題を放置したまま解決した結果を求めようとして無理が出る。
 かかるはずの無い水道代計上という現実には有り得ない結果を求めたために、ナントカ還元水という無理が現れたように。
 それが端的に国際結婚の一部に、そして、「告白」の問題につながっている。

(5)なぜ結婚難なのか?
①不可視の前提

 既に結婚難の理由と結果だけ求める弊害について述べてたが、そもそも、どうして結婚難なのかが疑問として残る。
 「告白」に登場したり、国際結婚で紹介したケースの農村男性はどうして結婚をしたいと思ったのか?
 結婚をしたいと思わなければ、問題はないのだから、その点を考えなくてはならない。

②考えられること
 当然、(2)②や(4)④で述べたように、今まで・現在の農業において働き手として嫁があったのだろう。
 しかし、働き手というならば、雇えば済む(金は掛かるが)話で、結婚する必要はない。
 働き手が必要だからと結婚していたら、会社経営者は重婚しなければならない。
 働き手ではない、だけではないとすると、次に考えられるのは性欲の問題がある。
 しかし、これも性欲があるなら、解消のための風俗なりを利用(金は掛かるが)すればよい話で、結婚する必要はない。たしかに、常時というのは困難だろうが、24時間性交を求める男性もそう多くはないと推測されるので問題はないはず。
 では、家に常時いて助かる家事のためになのか。
 だがこれも、家政婦なりを雇えば済む(金は掛かるが)話で、結婚する必要はない。
 だとすると最後に、子供、跡取り息子を得るためか。
 しかし、これも結婚する必要はない。自分の遺伝上の子供が欲しいなら結婚せずに子供を作ればいいし、相手にも割り切って依頼すればよい(もちろん金は掛かるし、契約自体で無効になる虞)。排卵日を計算してもいいし、もっと効率的には人工授精すればよい。子育てについても、舅姑がいれば「英才教育」ができるだろうし、いなければ必要な人間を雇うこともできる。 

 近代以降、そして多くが「恋愛結婚」である現在、結婚には他の関係ではない親密さが要求されるが、今回の「告白」や国際結婚の一部問題化した人達には、これを求めた様子がない。
 それがないということ自体には責めるべきものはない(「恋愛」感がなくても、生活を共にするというのは各々の価値観の問題なので)が、だとしたら逆にどうして結婚なのだろうか?
 結婚すれば簡単には離れ(逃げ)られないと思ったのか。
 世間体として結婚という体裁が必要だと思ったのか。

③曖昧で単純な
 なんとなく体裁が悪いし、料理も洗濯も面倒だし、農作業に人手は必要だし、親の介護だって自分がするのは考えられないし、セックスはしたいし、子供だって一応いた方がいいだろう。
 そんな曖昧で単純な身勝手が原因だったのかもしれない。

 もしそうならば、言えるのは、結婚なんかしなくても、身勝手にやりたいという欲求は叶えられる。料理も洗濯も掃除も農作業も介護もセックスも子供も結婚しなくても得られる、金さえ掛ければね。ということ。
 いっそ農地を売ってしまえば、身勝手できる金にもなるし、農村の結婚難の解決にも助けになる。
 農村が無くなれば、農村の結婚難もなくなるのだから。

(6)少し真面目に、でも新味無く 
 例外で特異だからニュースになったので、農村・農家全般をこれで考えるのは間違いになる。しかし(2)に挙げた問題は問題として確かにあり、それがこの例外を導いたことも確かだと考えられる。
 国家ごと離農するという選択肢も、徴農という選択肢もない(と思いたい)ので、あるのは現在指摘されている問題をまともに解決しようとすることと、その先に新しい農業を創ることしかない。
 端的には、家業としての農業、世襲が主流というあり方を変えるための法整備、資源の移植(農地・農業設備とノウハウ)を可能にする措置。一代で農業をした後、それを他の人が引き継げるようにする、若しくは集団で引き継げるようにするという、とても新鮮味のない、法人の参入という現在言われていることの延長。
 それには、農業に携わっている・資源を持っている人がどれだけ手放すことを受け入れられるか、何を優先して次の社会に残したいのかということに腹を決めなければならないだろう。
 そして、消費する側も何を守るためにどれだけのコストをかける覚悟があるのかを決めて、ナントカ還元水を飲んでいる人ではない人へ農政を委ねるように選択する行動を示すこと。

その一歩に、これを変えること。
でなければ、結婚難どころか、水道水を飲めなくなる地方が出てくるかもしれない。


追記:ひどいけど、済まない事) 
 今回、女性が「告白」した内容や上記した問題化した国際結婚の一部の事例などについて、確かに酷いとしかいいようがない。
 そして、今回の「告白」のような出来事のきっかけになった「農業体験」という名の女性募集も酷い。
 酷いというのは、手段として不当だということと効果が低そうだとうことの二つの意味で。
 「農業体験実習」という企画を考えた人には「結婚相手となる独身女性がどうしても必要だ」という切迫した本心と「あからさまに、花嫁募集では女性は来ないだろう」という認識とがあったのだと思う。
 確かに「農業体験実習」という企画発想自体は、二つを両立できたものだと思える。
 ところが、その実施にあたって、というよりも企画を募集要項などの外に出す形にした段階で「あからさまに、花嫁募集では女性はこないだろう」という認識は吹き飛んでいる。
 残ったのは隠そうとした分、「いやらしさ」まで出してしまった募集ページ。
 そして、今回の「告白」という「いやらしい」実態の露呈。
 
 相手も人間・こちらも人間という関係で生活する相手を探すことを考えれば、できるだけ多くの人に来てもらい・会うことができるというのが目指されるべきで、「農業体験実習」という企画の発想もそこにあったと考えられる。そうでなければ、最初から「花嫁候補募集」と掲げているはず。
 ところが、募集ページに表した段階で「農業体験」という緩さ(間口の広さ)を潰してしまっている。
 
 それには、きっと、緩さ(間口の広さ)や余裕を失わせるような現場の切迫したものがあったのだと思う。実際、上記紹介した光岡浩二さんの著作からもずっと事態は深刻だと分かる。
 だから、女性の「告白」を読んで、酷さを罵り、同じような募集をしているところを叩いても、済まない話。
 叩かれて企画を引っ込めるところがでても、「知りもしない奴らが」と鬱積するだけだろう。「オレが欲しいのは嫁の人権じゃなくて、嫁だ」と「選べるだけ女がいる所の話を、いない所にもちこむな」と言われるかもしれない。

 結婚相手を配給することはできないし、するのが良いことだとも思わない。
 農山村の長男に結婚相手を見つける画期的な企画は、私にも分からない。

 しかし、「農業体験募集」のページを幾つか見て、引っかかっていたことがあった。
 どうして、独身女性を募集するのだろうと。
 もちろん、嫁が欲しいのだから独身女性でなければならかったのだろう。
 しかし、(5)で述べたことと同じだけれど、どうして結婚しなければならないのか、そこまで結婚にこだわるのかが分からなかった。
 正確に言うと、どうして結婚してまで農業をしなければならないのか、農業を続けることにこだわるのか。どうして、結婚してまでその人達、農家の長男たちがしなければならないと考えるのだろう。
 
 その引っかかりを探った時、今の農家がやるという拘り「自分たちが」という意識が(4)④で述べたような、分かっていること・解決しなければならないことをできなくさせているのではないか、と思い浮かんだ。
 「自分たち(の家族)」がやるために、必要なのは新しい仲間ではなく、あくまでも「自分たち」を助ける女(だけ)、「自分たち」を維持するための女(だけ)が必要だという意識があって、それが仲間になろうとする人や女性から忌避されるような雰囲気を作り、間口を狭くするような流れを作り出しているのではないだろうか。

 (6)で述べたことの繰り返しになるが、残したいのは「自分たち」なのか農業なのかということに対して、「自分たち」を残そうという意識が逆に「自分たち」の首をしめてしまってはいないだろうか。
 農業を残すために、新しい仲間を増やす、男だって、夫婦だって、加わわれる間口の広い新しい農業にしようとする。今まで「自分たち」が蓄えてきたものを共有するように変えたほうが、新しい「自分たち」は生き残れるのではないだろうか。
 農業が無くなる、無くなってよいと思う国民は(多くは)いないだろうし、無くなっては困るものなのだから。 

 と、無責任に思う。
 
 

 
 
 
 
 





 
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by sleepless_night | 2007-03-25 10:26 |

パンがないなら、死ねばいいのに 後編


パンがないなら、死ねばいいのに/自殺という過酷な自由を考えるためにの続き。

⑤労働の「日本人論」
 石澤靖治(学習院女子大教授・メディア関係論)さんは、終戦後から80年代まで、一説には千冊といわれるほど大量に出版された日本人や日本に関する代表的な本を「日本人論」と「日本論」に整理した。
 「日本人論」とはルース・ベネディクト『菊と刀』や土屋健郎『「甘え」の構造』といった文化によって日本を説明するタイプ、「日本論」はエズラ・ヴォーゲル『ジャパンアズナンバーワン』、チャーマーズ・ジョンソン『通産省と日本の奇跡』などの官僚制や終身雇用・年功序列といった制度によって日本を説明するタイプ。
 前者は書かれた時期も影響して、どちらかといえば日本の特異性をネガティブに、後者は日本の特異性をポジティブに(そして後に、米国の脅威や参照対象として)描く傾向があると言える。(さらに「日本人論」から制度を正当化し、日本文化が欧米の行き詰まりを救うという「文明の超克」的な話も出現する)
 石澤靖治さんの整理から言えば「日本人論」のはしり1955年に、ロバート・ベラー(UCバークレー教授・宗教社会学)は、日本が“自国を「近代産業国家」に変えた唯一の非西洋国家”だったのは何故か、ヴェーバーの言う「資本主義のエートス」たるプロテスタントの倫理の機能的代替物は何かという疑問にこのように答えている。
 近代後発国が西欧近代産業社会へ参入するためには、既に形になっている西欧の工業・産業を輸入して移植する他なかった。国内の原始的な段階にとどまっている貧弱な民間組織が膨大な資本を必要とするそれを担うことはできず、唯一国家だけが可能だった。国家が主導して国内の資源を集中させることが有効な唯一の道だった。
 そこで“政治体系および政治価値の強さが、決定的な変数”となる。
 徳川時代は、所属する身分階級において・を通じて集合体への忠誠を重視する社会。藩における君主への忠誠、商業では株仲間、農業では村落といた集合体への忠誠が重視され、家族はそれ自体内部で政治的であると同時に幕府組織の最末端として政治体系に組み込まれていた。そこでは、静的な統合という価値より、集合体への積極的な献身が評価され、動機付けられていた。
 この集合体への忠誠という特殊主義、積極的献身という遂行、政治価値・体系の合理化に対して日本の宗教は寄与した。
 歴史を通じて政治と密接にかかわってきた神儒仏の諸宗教は相互に借用しあい融合され、「日本宗教」と呼べる要素を持つ。日本宗教には二つの神的な観念、“与えてくれる至高存在の観念”と“実在の内的本質”があり、それに対応して二つの宗教行為の型、“報恩”と“合一”がある。つまり、至高存在者の恵みへの返報と存在の本質との一体化を目指す行為の二つで、後者は“個人的な宗教的実修”といった隠遁形式と“倫理的行為、あるいは「愛の作業」”といった世俗義務の没我的な遂行という世俗内神秘主義的形式あがある。後者の世俗内神秘主義的形式が日本では主流になったが、両者とも“利己心は、外的な義務の正当な返済を妨げ、また、人間の内的な本性の真の調和をやぶる。”と利己心を最大の罪とみなすことで共通している。
 この宗教行為の型は“仕事に従事するならば、それは、仏法に奉仕するもの”と“自利-他利の教義”により労働と利益を正当化した蓮如後の浄土真宗を信奉した近江商人や、“天、地、人から受けた恩に報いる”と報恩により労働正当化し貯蓄と投資による経済回復を宗教的救済と融合させた二宮尊徳の報徳運動、“自己を捨て、道を行う”と禁欲主義と世俗的義務の没我的遂行を教えて江戸後期の都市を中心に広まった石田心学に現れる。
 これらは、身分社会の義務・上位者への服従を積極的に肯定し、宗教的に意味・動機付けを与えた。
 この日本宗教による政治合理化(特殊主義的遂行、集合体のための遂行を宗教化により合理化して強化)は、西欧でプロテスタントの倫理が経済合理化に果たした役割に類似し、機能的等価物として明治日本の政治主導の近代化の基礎となったとベラーは考えた。

⑥死に至る労働
 “自殺者が発生した場合、ほとんどの企業は、労働条件や労務管理の問題点を棚に上げ、自殺を労働者個人の責任ととらえる。そして遺族に対して、「会社に迷惑をかけた」として高圧的な態度をとり、遺族は「申し訳ない」とおわびする立場に立たされる。自殺の基本的な原因を作った加害者側が、自殺=被害者側を叱り付けるという、誠に本末転倒なことが繰り返されている。”

 過労死問題に取り組む川人博(東京弁護士会)さんは、「過労死110番」への相談事例に基づいて過労自殺の5つの特徴を挙げる。
 過労自殺は職種地位を問わず“幅広い範囲の労働者に広がっており”その多くは“長時間労働・休日出勤・深夜労働・劣悪な職場環境などの過重な労働よる肉体的負担、および重い責任・過重なノルマ・達成困難な目標設定などによる精神的負担”にされされ“うつ病などの精神障害に陥っていたと推定される”が精神科を受診しないまま死を選び、“実態がなかなか組織の外部に伝わら”ずに遺族は社会的偏見に晒されて孤立する。
 中高年は比較的長い遺書を残すが、その内容は家族と会社へのお詫びと自責。
 それが会社の保身に使われる。

 “業務命令とあらばどんな過重な労働でも受け入れて”死に至る中高年労働者。
 “就職前の予想をはるかに上回る仕事量、責任の重さに遭遇し、心身のバランスを崩して”拘禁反応のような自死に至る若年労働者。
 
⑦宿命としての死、回教徒の死
 “リスク社会においては、リスクを人為的な努力で完全に抑圧し、否認することはできるというかつての幻想は捨てねばならない”。
 “リスク計算を冷静におこなう一見合理的な態度と、宿命論とは実は紙一重ではないだろうか”、“リスクの回避に最善を尽くす”態度と“最初から起こりうる事態を運命として受け止め、腹をくくる態度”は、どちらもリスク社会の“日常性を生き延びるための合理性を有している”。
 “現在、「自己責任」―「リスクを受け入れよ」―のスローガンとともに若者に向けられるメッセージは、明らかに矛盾したダブルバインドのメッセージである。それは一方で「自分の将来や老後を自分で備えよ」(=国や企業に頼るな)である。しかし同時に発せられるのは「あらゆる長期計画(=長期的安定性)を放棄せよ」である。”

 「自己責任」で競争セクターから脱落し、住居を失えば「住所がない→保護が受けられない+就職できない」のループに嵌り“永続的な待機状態”へ。
 <人間としての権利>を実質的に保障するのが法的な市民権というより企業社会の地位である日本で、「国内難民」化し、「人間の生き方でないような」生を生きることになる。
 そこでも“適応できる前に打ち負かされてし”まえば、ナチス強制収容所で「回教徒」と呼ばれた人々―生きる意思、感情を喪失し死ぬに任せる―に類似する末路をたどる。
 
 “市場競争や収益性といった新たな要求に答えて生きることができない者たちは、死に廃棄されることを通じて社会的に内包されるのだ”。
 静かに、深夜の車道に横たわって。

⑧ゴミはゴミ捨て場に、美しい国へ。
 労働は大成功を収めた。
 ④で述べたように、労働はただ必要なものを賄うためではなく、「快」「喜び」の源や「自己実現」になった。たしかに、その反作用(面白くないからやらない)もあったが、成功には変わりない。労働と非労働の区別は曖昧になり、「遊び」こそが理想的な労働観となった。
“仕事が遊びになるとき、仕事は実質的に労働者の自由な時間を消滅するところまで侵食してくる。さらに、人間的な職場とは、ただの職場とは違う―つまり、そこには多くの創造的自由や、規律かされない労働時間や、娯楽ゲームはあるかもしれないが、雇用保険や賃金平等、経営管理といったものがなかったのだ。”(※)
 しかし、“この「苦境」は<コスト>としてではなく、むしろ仕事に付随する<特典>と解釈され、低賃金を正当化する口実となる”
 同時に、③で述べたように価値を決める中心が労働から消費へ変化し、価値と労働の結びつき―価値尺度は不確かになった。
 それは単なる労働の生産物の価値尺度の問題に止まらないものとなる。労働と非労働(遊び)、生産と生活の区別が曖昧化した社会では、人格の価値尺度の問題(人間力?)につながっている。
 “要求されているのは、個人の<実存>や<生>そのものの次元とでも呼ぶべきものを生産に投入することであろう。”
 この事態は二つのことを通じて新しい社会を回す。
 一つは、カルヴィニズムの予定説よろしく、不安を通じて「自己実現」というな名の労働と消費へと人々(私達)を駆り立てて社会を回す。消費社会では価値尺度が曖昧化し(しかも上述したように労働者との結びつきは人格にまで深化)ているため、生産社会だったカルヴィニズムの時代より天国(「救いの確証」)を得るのは困難。しかし、地獄への道はハッキリしている。
 この「やってることの価値は分からないけど、頑張ってね」というメッセージが引き起こす“永続する不安と消耗”に耐えるためにもう一つのことが必要となる。
 それが地獄、つまり競争セクターからの脱落、若しくは底辺に対する恐怖。
 自分が落ちるのが怖い、「ああはなりたくない」という意味のみならず、そこを犯罪予備軍の場所とすることで向けられる恐怖。
 その恐怖は対価に「自分のやっていることはあれよりはマシだ」という安心感も与えてくれる。
 さらに恐怖は、脱落や底辺を搾取対象することも正当化する。犯罪予備軍として貶めておけば、刑務作業中の囚人のように、いかようにでも扱っても良心が痛むことはない。
 ここで、経済学がたどってきた「分配の正義から交換の効率へ」という流れが逆転し、人格価値に基づく交換正義が復活する。人格価値(人間力?)の違いが、同じことをやっても違う報酬を正当化する。
 社会を競争セクター(「分からないけど、頑張ってね」)とゴミ捨て場(「死ねばいいのに」)に分けることは、政治(立法・行政)にとっても大変に都合がいい。
 競争セクターは人々がいつゴミ捨て場へ落ちるか分からないために内部で団結や抵抗ができない(競争相手と団結、立法活動の監視などする余裕がない)状態になり、ゴミ捨て場には競争セクターと隔離したの上で「生き残りの生産」に必要な程度の援助をして、勝手に荒廃してもらい外部へたまに噴出し恐怖を見せ付けて、援助支出に対して競争セクターが道徳的な怒りを感じるようにしてくれればいい。
 そのために、無関心では足りない、“確信犯的に「敗者」や「余計者」を敵視”するようにメディアを使って情報解釈の道筋を植えつけること。貧困問題を治安・犯罪問題に、政治問題を人格問題に、想像力は恐怖と怒りを感じるために、情報選択・操作をして無感動と忘却を生み出すこと。
 そうすれば、「公共=国家」として、“政治的なもの―敵対性―は存在し得ない”社会で“<対話>の可能性は前もって完全に封殺”し、“よき統治に従順な者となるか、あるいは統治されることを拒む犯罪者”となるかを迫って、“住民は政府にとって潜在的に危険な要因として位置づけなおされ、逆に政府が住民にとって脅威になったり、暴走するという可能性は前提の上で消されている”という美しい国が創れる。

⑨敗北を抱きしめて
 “勝ったのは誰か?ニューライトと呼ばれるリニューアルされた右翼である。”
 “より正確に言えば、家族的価値の回帰を唱える新保守主義、市場原理による福祉国家解体をねらう新自由主義、権威主義的ポピュリズム、これらの接合によって出現した新たな権力である。”  
 渋谷望(千葉大助教授・社会学)さんは、リニューアルされた右翼、ネオリベ・ネオコンが勝利した新しい権力ゲームで労働と産業という要素の果たした役割を⑧のように分析し、左派の敗北を記述する。
 (5)(6)で述べたような自己決定権による積極的安楽死の歴史、自己所有という発想をめぐる伝統的なリバタリアンとリベラルとの共闘の成果(言葉)は、ネオリベ・ネオコンに流用されている。
 もちろん、自己所有・自己決定を放棄してもなんら変わらない。
 「間柄主義」「間人主義」によって個が否定され、非人称・単数の「われわれ」に生が所有されるだけで結果は同じ。「われわれ」以外の生を敵視・恐怖する点でも新しい権力ゲームと変わらない。これは⑤で述べた特殊主義的遂行と同様に、組織犯罪を防衛行為という特殊(内部)倫理により正当化することにつながる。(※)
 この価値観は、新しい権力ゲームの要請するフレキシブルな主体に邪魔なように見えるが、新しい権力ゲームで要請される忠誠の抽象化・一般化は政治合理化(特殊主義の一般化)の結果とも言え、むしろ親和性が強い。リニューアルされた保守にとって日本的「伝統」は有効なアイテムとなる(なっている)。
 それは、⑥で述べたように、過労自殺が特殊主義(業務)の遂行に失敗したこととして捉えられている現状や、アメリカのアンダークラスが『葉隠れ』を生存の美学として流用していることからも分かる。

⑩戦争は希望に過ぎない
 『論座』の赤木論文は、“狂気と紙一重のいわば一発勝負”の表出。
 現実に、戦争は必要なゴミ捨て場にされている。
 ただ、量産される名誉負傷賞や青銅賞では慰撫されなくなってはいる。
 1ドルの報酬でこの不協和を解消するには無理があるし、ウェーバーも言うように、合理化の強力源泉である宗教(的な不合理)は合理化が達成・完成されると忘れられ、力を失い、心理的報酬を与えられない。 

 それでも、アルバイト・コンプレックスはいっそう刺激される。
 それはベラーが述べたように、社会が大きく変化し人々に緊張や挫折をもたらした時、旧来の宗教体系(社会道徳の基礎となる価値観への意味付与)では対処できず(緊張や挫折に納得するような意味を与えられない)、新しい宗教体系も生まれない場合、旧来の宗教体系が逆に“パターンを維持し、緊張に対処しようとする宗教の努力は、激しく、しかも組織的なもの”となる現象かもしれない。
 心底から信じているわけではない。“やりがいのない、しかも低賃金の労働を若者が率先して行うなど、いったい誰が本気で信じるだろうか。”
 労働倫理は、“内面化された自己理解の形態にあるのではなく、隣人の労働に投げかける私たちのまなざしにある。”(※)
 そして、まなざしは不安と恐怖に染められる。
 “<マジメ>なマジョリティに安心を与え、この格差を最終的に正当化するものこそ、勤勉を美徳とする労働倫理ではないだろうか。勤勉な主体としての自己肯定感は、<怠惰>への道徳攻撃によってはじめて可能となる。”
 
  自殺は苦痛からの逃避と解決の選択であり、苦痛の最たる要素は「苦痛がいつ終わるか分からない」という意識状態と焦燥にある。
 戦争は希望でしかないかもしれないが、希望は必要だ。生きる限りは。

⑪行き止まりとしての円環
 “生産を欲しているのは社会であり、負の生産を欲していないのは社会なのだが、社会とは私たちのことだ。”


続き→誰も私の名前を呼ぶことがなくなることが/自殺という過酷な自由を考えるために




引用・参照)
①③『労働と正義』有江大介著(創風社)
④※以上『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』マックス・ヴェーバー著
                                   大塚久雄訳
 ※以下『働かない』トム・ルッツ著 小沢英実+篠儀直子訳(青土社)+⑧⑩の※
⑤『日本人論・日本論の系譜』石澤靖治著(丸善ライブラリー)
 『徳川時代の宗教』R・N・ベラー著 池田昭訳
⑥『過労自殺』川人博著(岩波新書)
⑦⑧⑨⑩『魂の労働』渋谷望(青土社)
⑨※「集団と所有」斉藤純一著(ナカニシヤ出版『所有のエチカ』)
⑩http://blog.yomone.jp/kayano/
⑪『私的所有論』立岩真也著(勁草書房)
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by sleepless_night | 2007-03-17 13:03 | 自殺

パンがないなら、死ねばいいのに/自殺という過酷な自由を考えるために


“神はアダムに向かって言われた。
 「お前は女の声にしたがい、とって食べるなと命じた木から食べた。
  お前のゆえに、土は呪われるものとなった。お前は、生涯食べ物を得ようと苦しむ。
  お前に対して、土は茨とあざみを生え出でさせる、野の草を食べようとするお前に。
  お前は顔に汗を流してパンを得る、土に返るまで。
  お前がそこから取られた土に。塵にすぎないお前は塵に返る。」”
                     創世記3章17節

 “常時滴水さんは京都の林丘寺に居たのだが、林丘寺は門跡で、寺格がよいので政府からお手当てが下ってゐた。話のまに河村が滴水さんに、
 「政府が若し林丘寺のお手当てを取り上げたら、あなた、どうなさいますか。」
 と尋ねた。
 「さうなりや、托鉢でもしよう。」
 と滴水さんの答。河村が、
 「若し政府が托鉢も封じたら、どうなさるつもりですか。」
 「そうなりや、死ぬだけじやがな。―おまへは何とか云う大学校を出たとかいう話だが、ものの道理の分からん男だな。食へなけりや死ぬだけぢやないか。」”
            『おれの師匠』(島津書房)小倉鉄樹著

 “プラトンが奴隷を軽蔑したのは、彼らが自殺もせずに、むしろ主人に服従する方を好んでいたからであった”
     『人間の条件』(ちくま学芸文庫)ハナ・アレント著 志水速雄訳

                *

 自分が決める命/自殺という過酷な自由を考えるためにの続き。
 「自分の命・身体は自分のもの」という自己所有に関する議論に続き、若干的を絞って、自殺と生産(労働)、過労自殺に関しての議論。

(13)パンがなければ
①アルバイト・コンプレックス

 “人は誰でも苦労より安楽を求めていると思う。身体を働かせることをできるだけ少なくしたいと思っている。私もそうであり、身体をつかって汗水たらして働くことはもちろんのこと、どんなに洗練されたきれいな仕事でもそれが仕事である限り、できるだけご免蒙りたいと思っている。”
 “ところで、こうした考えは、二宮金次郎に典型的に示されるように日本的労働観が浸透している社会では、ともすると口にするのがはばかれることになる。「労働は人生だ」、「働くことは素晴らしい」、「働くことこそ立派なのだ」、「仕事が人生だ」等々の大合唱の前では、勤勉に立ち働くことを忌避する概念は倫理にもとるものとして社会的に指弾される。しかし、勤勉であることは本当に人間とししての立派なことなのだろうか、なぜ働くのがいやであってはいけないのであるか。本当は、いやなこと‐労働‐を仕事として無理やりやるからこそ、それを償う報酬があるだけなのではないだろうか。
 視点を変えれば、人は誰でもおおむね、何についても自分の労力を費やしたことを無駄であるとは思いたくないものであろう、とうことである。労力を費やす過程に喜びを感じようが単に苦しみと思おうが、費やし終わったあとに残るものについては、自分の労力の故に目の前の結果があると考えるものではないのか。つまり、人は労力を費やしたことを、その結果生ずる事態の根拠や原因とみなしたいのである。”
 “そうであるとすれば、働くこと自体に何か労苦であること以上の積極的な意味を持たせるのは、人間労働に対して特殊な価値判断を加えているからなのではないか。”

 “〈労働は人間の本質であり、勤勉に立ち働くことは無前提に善いことである〉というドグマ”、“このドグマ-仮に〈アルバイト・コンプレックス〉と呼んでおこう”

②認知的不協和
 レオン・フェスティンガー(スタンフォード大・社会心理学)の実験。
 大学生たちに機械的な単純作業をさせた後に、この実験は期待に関する調査目的で他の被験者たちは予め「私もやったが、楽しい作業だったよ」と(フェスティンガーが用意した実験協力者である)偽の経験者から言われてやった、との情報を告げる。
 後に大学生たちの一部には、フェスティンガーの同僚が大学当局による外部調査を装って「実験は楽しかったか。非常に楽しかった、から非常に詰まらなかったまで十段階評価で回答して欲しい」と質問調査を行った。
 残りの大学生たちには、実験の続きの被験者たちに「楽しい作業だった」と告げる実験協力者が足りないから協力してほしいと要請した。
 協力した大学生たちには報酬として1ドルか20ドルの報酬が与えられた。実験協力者になった大学生たちにも、その後に外部調査を装った質問調査を行った。
 結果、実験協力を要請されなかった大学生たちは1以下つまり「非常につまらかった」、実験協力者をして20ドル貰った大学生たちは4~5「楽しくも退屈でもない」、そして1ドル貰った大学生たちは6~7「やや楽しい」と回答した。

 機械的単純作業をしただけの人は当然「つまらない」という認知をそのまま持つ。
 しかし、作業後に「つまらない」と思いながら「楽しかった」と言わなければならなかった人の場合には、認知的不協和が生じ、それを解決しようとする。
 20ドルを貰った場合、「つまらない」作業を「楽しかった」と言うことの不協和を20ドルが解消してくれる(不快感を補う金をもらった)。
 対して1ドルしかもらえない場合、不快感を補う金がないので、「本当は楽しかったのだ」と認知を修正することで不協和を解消した。

③分配と交換/働くこと(労働)と価値
 労働はそれが生み出すものの価値とどのように関係づけられてきたか。言い換えると、労働と生産物との関係はどのように正当化されてきたのか。
 古代、初めて倫理学を独立に立てたアリストテレスにとって経済は倫理の一分野であり、人間の理想的な生を可能とする場所であるポリス共同体を秩序付ける倫理思想だった。
 そこで、共有財産や地位などは幾何学的比例(人の価値とものの比例)に分配する分配的正義、私的取引契約などを算術的比例(等価交換)により公正にする是正的正義、両者をつないで交易関係を維持する応報的正義の三つが考案された。
 人格価値の比例関係(幾何学的比例)の上で等価交換(算術的比例)を指示する応報的正義は、奴隷制度が支えるために市民において所産と労働とが結びつかない社会維持の倫理であり、生産コストといった観点もなく、市場の需給関係は正義の秩序撹乱要因とされた。
 中世、局所的商業と遠距離商業が栄えヨーロッパに国際貿易圏が成立した時代、都市に活動した托鉢修道会士にしてスコラ学の大成者トマス・アクウィナスは静的な階層社会と勃興する商業社会との間で究極的な幸福を導くための経済思想をアリストテレスの上に考察した。
 トマスはアリストテレスと同様に共同体全体の利益や共通善を重視した目的指向の経済思想を持ったが、アリストテレスが人格的価値による比例関係を前提とした交易社会を描いたのとは異なり、生産されたもの・労力による比例を前提とした交換的正義による社会―労力と材料費は通貨によって公正価格に表されて正しい交換が可能になる社会―を考えた。
 ただし、商業社会の要請から節度ある利益まで認めることで、当事者の合意があれば正当な価格としたローマ法的伝統と教会法との妥協を見出し、キリスト教会の教義と托鉢修道会が対象とした都市民の対立する要請に応えた。
 つまりトマスは、身分階層社会の人間から均質な労働力としての人間、労働と財貨を正義による結びつけ、分配的正義から交換的正義などの商業社会が必要とした倫理、を結果として教会社会から表した。
 トマスの公正価格はヴェーバーの『プロ倫』でお馴染みのルターにも引き継がれ、需給関係による価格付けを否定しながらも、商業社会を消極的に肯定し(フッガー家が鉱山所有と高利貸しでヨーロッパの各王家をしのぐ財力をもった状況からそうする他なく)、さらに神との直接対峙を打ち出したプロテスタンティズムが産業社会に適応的な個人概念の成立に寄与した。
 近代、目的論的な倫理・宗教思想の経済思想から離れた経済社会の分析的で実用的な経済学が誕生し、共通善が退き交換的正義の理論が前面化することで、物的・人的資源の効率的運用による労働と生産物の関係正当化が表れる。
 アダム・スミスは利己的な経済的主体が商業社会を自立的に成立させるための自然なメカニズムとして交換的正義の原理を記述し、分配的正義は政治の分野の問題として経済分析とは切り離した。そして、交換的正義原理の分析において、労働(投下労働量)はそれ自身ではなんらの価値的性格を持たないが、物的な富の源泉であるとの分析から生産物の価値をはかる尺度として用いられた。スミスは、トマスの公正価格に類似した自然価格という概念も持つが、分析としてではなく社会政策的な判断として規範性が弱いものだった。
 スミスの投下労働による生産物の価値(価格)の説明を定式化したデヴィット・リカードは、スミスが生産段階の投下労働量に無関心であったのと異なり、土地所有者・資本所有者・労働者の間の地代・利潤・賃金という異なる生産物の分配法則決定の不変の統一的価値尺度として労働量を用いるために生産段階で「生産の難易」と呼ばれる労働量の多寡に着目した。
 つまり、生産物それ自体に、価格変動に影響されない、交換価値とは区別された(交換や価格とは関係なく)、投下労働量によって生産された不変の絶対価値があると考えた。
 リカードの絶対価値という考えは、当然にベイリーなどの経験主義から批判される。
 労働量による生産物の価値という思想を引き継いだマルクスは、社会的な必要労働時間と抽象化することで批判を免れて労働価値論を継承しようとした。
 しかし、労働量による価値が交換過程によって表されるという批判は解決されずに、マルクスにおいて労働と価値との結びつきは定義(抽象化された労働が抽象化された商品と根拠無く同一視される)として表されただけで、労働量と商品価値との定量的な関係は説明されなかった。
 こうして、分配を考える倫理としての経済から交換の効率と正当性を考える科学としての経済へと経済思想は変化し、同時に、個人が働くこと(労働)とその生産物との結びつきは正当化・強化されていったが、生み出したものの価値と労働(量)の関連は交換によって分かたれていった。
 
④労働の意義/働くこと(労働)の正義
 冒頭に掲げたアレントと創世記の記述からも分かるように、労働はギリシア的価値、ユダヤ・キリスト教的価値観からすれば苦痛であり、可能ならば免れたい行いだった。
 そこに、生きていくための必要という以上の意義は見出せない。
 そのような単なる労苦としての労働に対して、働くこと(労働)に意義を与え、近代の労働者の思想的に一貫した基盤を与えた(出発点)のがルターやカルヴァンなどのプロテスタンティズムなのではないかとしたのがマックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』。
 ヴェーバーは顕著な経済発展発達のある地域で豊かな市民的中産階級がカトリックよりも徹底した支配を行おうとするプロテスタントに従おうとしたこと、その特有の経済合理性に着目し、経済発展と信仰の間に親和性があるのではないかと考えた。
 単に貪欲というならば歴史的に珍しくはないし、合理的な私法制であるローマ法の発展地域や合理主義哲学の発展地域、個人の自由な利益の重視した地域とも経済発展は有意な結びきを見せない。
 かつて経済発展していた組織や経営形態を見てみても、企業家たちが労働者から最大限の労働を引き出そうと賃金を上げれば労働者は生活に十分なだけ労働して休んでしまい、逆に下げれば、やる気をなくし習熟せずに生産が落ちてしまうという伝統主義的合理主義の悠長さを脱せていなかった。
 なにより、経済発展や蓄財はお目こぼし的に承認されていたのであって、“自分の資本を増加させることを自己目的と考えるのが各人の義務”であり“これに違反することは愚鈍というだけではなく、一種の義務忘却”だとする倫理(エートス)に支えられていなかった。この倫理―ベンジャミン・フランクリンの「時は金なり」に象徴される倫理―禁欲的で自己目的な労働と資本増殖の積極的正当化こそが近代資本主義に特徴的であって、伝統的な産業にはなかったものだとヴェーバー考え、これを「資本主義の精神」と名づける。
 ヴェーバーはこのような労働と利潤を正当化し近代資本主義を可能にした最初の思想が聖書をドイツ語に訳したときにルターの用いた「天職(Beruf)」だとする。
 そして、カトリックのように聖俗に高低をつけずに、むしろカトリック修道院のような世俗から利己的逃避せずに各人が生活する地位から生じる世俗的義務を遂行することこそが神から与えられた「召命(Beruf)」に他ならないとしたルターの思想を、カルヴィニズムなどのプロテスタント諸信団が定式化し一層の正当化を可能にしたと述べた。
 特にカルヴィニズムと洗礼派が重要な役割を果たしたと考えた。
 予め救われる人間とない人間は神により決められており、人間の活動はもちろん牧師の典礼によっても変えることができないというカルヴィニズムの予定説は、信徒に深い孤立化・個人的内面化を求めることになる。カルヴァンにとって職業労働はただ神の栄光を増すための行いではあり、それによって予定に影響することも、隣人愛のような人格的要素を認めることもなかったが、信徒とそれを束ねる牧会の必要から労働・労働の成果による「救いの確かさ」「救いの確証」をカルヴィニズムは認めるようになった。これは世俗生活へ積極的な刺激を与えた。自己の救いを賭けた生活では相応しい規範を必要とし、旧約がこれに重要な役割を果たし、その合理主義的性格が生活態度の組織化を促した。
 洗礼派とその流れをくむクエーカーなどの諸派は、教会などの集団制度や典礼を排し、個人化と脱呪術化を進めた。個人の理性と良心の重視は非政治的な職業生活での世俗的禁欲へと信徒を結びつかせた。
 こうして、積極的義務としての労働と生活の合理化・組織化を自発的におこなう個人達がプロテスタンティズムによって作り出されると、合理的で組織化された労働者となり、富を生み、しかも目的は富ではなく労働でありので、富は必然的に蓄積され、現世的享楽に費やすことは戒められ、さらなる労働のために投資されるという循環が起こった。
 これがヴェーバーの考えたルターに始まる宗教改革の資本主義への影響であり、労働の正当化過程。
 ヴェーバーも指摘しているように、ルターの思想自体は積極的な世俗的職業と利潤の肯定ではない。腐敗したカトリックの評価切り下げの反面として聖職と同等化された世俗的地位への順応と適応を述べたに止まり、むしろ所与の地位を「召命」とする点で中世の神秘主義的な思想に近く、独創的は薄い。また、「職業=召命=天職(Beruf)」という言葉もすでにフランス語訳聖書において同様の意味を持つ言葉が存在していたことが指摘されている。
 また、カルヴィニズムについてもヴェーバーが述べているように当のカルヴァン自身の思想から変化され継承されている。
 したがって、ヴェーバーの『プロ倫』が説いた「資本主義の精神」とは、同書が引用した『ウエストミンスター信仰告白』やリチャード・バックスターの17世紀イギリスやベンジャミン・フランクリンの18世紀アメリカにおけるプロテスタントが背景とした経済倫理だと考えるのが妥当。
 では、イギリスやイギリスにルーツを持つフランクリンの活躍したニューイングランド、そこから発展していったアメリカにおいて、「資本主義の精神」は労働を祝福し正当化することに成功していたのか。(※)
 結果を見れば、それは成功したとも言えるし失敗したとも言える。
 ヴェーバーが資本主義の精神として引いたフランクリンは確かに「時は金なり」と言い、修道院のようなスケージュールを自分に課したような記録を残している。しかし、実際の生活でのフランクリンは規則正しく勤勉であるよりも、そうみせかけることに情熱を注ぎ、「空気浴」と称する健康法を好み、ジョン・アダムスを呆れさせた。つまり、本人すら自分の表現したようなエートスに対してアイロニカルな姿勢を保っていた。
 フランクリンの生きた18世紀は農業・産業革命によって社会における労働のあり方が激変した時代だった。
 植民地アメリカへは17世紀からイギリスの若年失業者や孤児たちが農業労働者として送り込まれ、年季奉公の過酷な労働を強制されていた。そこは、旧来の農作業のような牧歌的な労働から、機械化され効率を追求する労働への変化の舞台。職務怠慢を罰するための法律も各地で制定された。
 当然労働者たちは組合を結成し、ストや暴動や怠業によって工場経営者に反抗した。
 19世紀を通じて、警官隊による鎮圧でストや暴動側に多くの死者が出、同時に経営者側は労働報奨制度と規律訓練によって、徐々に労働者の労働管理権を失わせていった。
 20世紀にはいると、産業社会の生産した商品を購入する、消費社会も始まり、労働の主体がブルーカラーからホワイトカラー・サーヴィス業へと移行し、中産階級と言われる人々も現れる。
 20世紀初頭の経済の乱高下によって、アメリカ中を失業者が仕事を求めて移動する(仕事があるだけありがたい)時代を経て、大戦による雇用の安定化、そして戦後の虚脱感。
 この激動の時代を経て、アメリカで労働はフランクリン流の労働の意義(正当化)から、労働の喜び(正しいか否かより、遊びのような喜びを感じるか)というフランクリンも思いつかなかった場所へと行き着く。
 象徴的なのが「ティーンエイジャー」の出現。思春期を迎える年齢には労働者となっていた子供たちが、かつてないほど長期に渡り労働から離され、消費する主体として労働(生産)側へ影響を与えるようになった(無産者が生産に影響力)こと。
 喜びとしての労働はフランクリンも予想外の労働の大成功とも言えるが、労働と遊びの区別が曖昧化し、労働・生産という側面を腐敗させる(面白くないからやらない)という側面を不可避に伴う点で失敗だともいえる。
 20世紀後半のリースマン(『孤独な群集』)やミルズ(『ホワイトカラー』)といった組織人や会社人間への批判は、労働を喜びの源泉として意義を認めるがゆえに労働(の機械化、窮屈な現状)を批判した、失敗と成功の両方を示したものと言える。
 この捩れは深化して続き、20世紀末から現在、その捩れは新しい段階へと進もうとしている。


続き→パンがないなら、死ねばいいのに 後編
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by sleepless_night | 2007-03-17 13:01 | 自殺

降臨








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                                猫猫先生、降臨。
                           
                         
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by sleepless_night | 2007-03-16 22:36 | その他

『働かない』/すべての父と息子と労働に。

 
(1)勝手に紹介文/『働かない』トム・ルッツ著 小沢英実+篠儀直子訳(青土社)
 カウチから動こうとしない息子、コーディ18歳を見て、オヤジであるトム・ルッツは“本能的な全身反応”の怒りに悶えた。
 何故、俺は怒っているんだ!
 高校を卒業後、自分のオヤジに時間の無駄だと言われながらも、コミューンで暮らし、ドラックを嗜み、肉体労働を転々として必要なだけ稼ぐ生活を経て、午前中に起きなくてもいい生活と楽な仕事を励みに博士号を取り、夢見たお気楽生活は実現しなくとも、毎日通勤しなくてもいい研究者生活に密かな喜びを感じている自分。その自分が、どうして18の息子に怒り狂っているんだ!理解できる大人がいるとしたら、自分ほど相応しい経歴の持ち主はいないだろうに。
 その疑問に答えるべく、オヤジは怒りの力で走り出す。
 教えている大学で学生を観察し、「怠惰理論」をウェブで公開している現代の怠け者(?)にインタヴューしたかと思うと、独立国アメリカの始まりで「時は金なり」と唱えたフランクリンと対照的に「すべての人間は怠け者か、怠け者志願者だ」と言ったサミュエル・ジョンソン、19世紀初頭に怠け者向け雑誌を発行して人気を得たジョセフ・デニーやフランスのボヘミアンのアメリカ版の作家や詩人たち、そしてチャップリンが演じたさすらいの酒飲み労働者トランプや大戦後のピッピー、サーファーといったアメリカ文化に現れた怠け者たちを膨大な学術論文・文学作品・映画・ドラマ・音楽などとともに調べ尽くした。
 そこに見えたのは、変化し続ける産業と労働環境の中で、働くことと働かないことの意味を語り、問い、そして生きたユーモラスでアイロニカルな父と子の物語たち―そう、怒る自分とカウチの息子へと続く歴史だった。
 全ての働いてきた父親たちと働いている・いない・こうとする息子たち、必読の作品。
 税込み3360円。

 


(2)『働かない』に登場する怠けものたち。
 ①愚痴と意図
 『働かない』は、いくつかの論文にできる幅と量のある資料を基にしているにもかかわらず、一つの読み物として成立させた、労作と呼ぶに相応しい作品だと思います。
 間違いなく、買って損はしない本だと思います。
しかし、傑作とまでは言い切れない部分もあると思います。
 多量の情報を浴びせられ、誰が何世紀でどのようだったかなどを見ようとしても、人名索引は充実しているのに「怠け者」の名前を索引できない(つまり、記憶力の悪い私。目次に各章のページ番号がありますが、章内の小題のページ番号がない)などを防ぐため、もう少し素直に物語を楽しめるような工夫があれば(物語性を優先して情報量を削るか、物語性を犠牲にして資料を整理するか決める)と愚痴をいいつつ、まずは自分の整理のためと、これから読む人への一助になればと記しました。

  以下、第1刷のページ番号で本書に登場する主な怠けものを整理しておきます。
 (②については、私見です。申し訳ありませんが、訂正する可能性があります。)

 ②スラッカー
 スラッカー(slacker)は、英語の名詞で「怠け者」の意味。
 本書p25にあるように、「怠け者」という意味のスラッカーという単語は1898年にOEDに掲載された新しい言葉。
 それが第一次大戦で徴兵逃れを指す言葉として普及し、1920年ごろには、怠惰や無気力な人を指す言葉として、それまで使われていたローファーやラウンジャーに代わって使われるようになる。(p274参照)
 第二次後、ビート派やピッピーなどと呼ばれる人々が怠けものとして前面に現れたあと、1980年代頃から、スラッカーを称する・呼ばれる人々が現れる。
 つまり、スラッカーという一つの言葉には、その歴史にともなった異る意味合いがある。
 
 順に整理してみると、まずスラッカーという語が1898年にOEDに登場した時は「怠け者」を意味する普通名詞であった。悪口としての用法であって、働かないことを主張するアイデンティティといった意味合いは含まない。
 次に、スラッカーという語は第一次大戦時に徴兵逃れを指す名詞として普及する。それが拡張して(再び)「怠け者」を指す普通名詞となった。これも積極的な労働の忌避というのではなく、怠惰や無気力といった消極的な意味合い。
 対して、1980年代から用いられたスラッカーという語も「怠け者」を指す普通名詞でもあるが、1940~1960年代の反産業的・労働的な意味合いを経て、積極的に労働を忌避する姿勢、自己規定的な要素が含まれる。ヒッピーなどと同様に労働の価値を認めないが、消費欲は認め、諦めに近い物分りのよさから激しい反社会性というよりシニカルな姿勢を持つ「怠け者」を意味する名詞としてスラッカーは用いられる。
 このように、第一次大戦の時と1980年代以降では、どちらも「怠け者」を指す語ではありながら、中心となる意味が異なる(時代によって怠けることの意味が違うので当たり前のこととも言える)。 
 また本書では、一貫してスラッカーが「怠け者」を指す普通名詞として用いられている(例:スラッカーの歴史、スラッカー気質、古典的なスラッカーetc)。
 それは、上記で述べてきたような時代ごとにある固有の意味の核を抜いた用法で、単純に「怠け者・働かない人」といった(それ以上の意味を含まない)単語としてに用いられていると考えられる。
 この点が整理できずに、混乱する箇所があると思われる(私が勝手に混乱しているので、この整理自体が間違いかも)。

 ③ランブラー、アイドラー>:p106参照。
 18世紀半ばサミュエル・ジョンソンが最初に自称したのがランブラー(ぶらぶら歩く人)。
 後に雑誌『アイドラー』を発行。
 「18世紀はアイドラーやラウンジャー」と読んでいると時たまランブラーが表れる。

 ④ラウンジャー:p118参照。
 18世紀後半にイギリスで発行され、アメリカでも広く読まれた、ヘンリー・マッケンジーが編集者を勤めた雑誌『ラウンジャー』。

 ⑤ローファー:p204参照。
 19世紀半ばから、フランスのボヘミアンのアメリカ版。

 ⑥ソーンタラー:p231参照。
 19世紀半ばのフランスのフラヌールのアメリカ版。
 なお、このページには“アイドラーの十九世紀版であるラウンジャーやローファー”とあるが、 ④で述べたようにラウンジャーは18世紀後半からで、19世紀初頭も入る。

 ③~⑥までは貴族主義的な感覚があり、自称することに誇る雰囲気がある。

 ⑦トランプ:p243参照。
 ソーンタラーの労働者階級版。
 性質によって、ボーボーやバムという呼び名もあるが時代を下ると区別が曖昧に。



訳者さんのブログ⇒http://d.hatena.ne.jp/kica/20070209/1170997029
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by sleepless_night | 2007-03-02 23:51 | その他