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やる夫で考える麻生「ナチス」発言 part3

 やる夫で考える麻生「ナチス」発言 part2の続き


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          | |,,_   _,{| 「私が教えよう。」
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           ト.i   ,__''_  !
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        .ノ  \,_. .\  やる夫はわたさない !
やらない夫… (ー)(ー )  |  
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 「大丈夫、僕は人の愛を裂くような醜いことはしないよ。
 さっきまでのやらない夫君の説明は、重要な二つの要素を抜かしているね。
 一つは憲法48条の問題、もう一つは賠償問題だよ。
 ワイマール憲法は当時最も民主的で先進的な憲法だったと言及されることが多いね。
 確かに、この憲法はそういわれるに相応しい優れたものだったと思う。
だけど、やらない夫君が説明してくれたようにワイマール共和国の誕生は敗戦によるものだったから、知識人はともかく、一般国民は生活の困窮から平和の渇望などはあっても共和制や民主主義といった国家の仕組みや思想にはそれほど付いて行けていなかったんだ。だから、憲法はそのズレを補うために内閣の任命から軍の統帥などと大統領に大きな権限を与えることで共和国憲法の意図を理解する大統領の能力によって解決しようしたんだ。
それが憲法48条にあって、憲法に従わない州が現れたり、公共の秩序が著しく損なわれたときに大統領は超議会的な緊急令発布の権利を認められたんだよ。ただし、この緊急令には副署として内閣の閣僚の署名が必要だったし、議会に事後承認される必要があったし、大統領も国民の直接選挙で選ばれるから、独裁的な存在とはならないようには設計されていたんだ。
 このような大統領制は、共和制を維持しようとする政治能力のある人間が大統領にいる場合に想定された機能を果たすだろうし、実際に共和国建設に関わり首相から大統領へと就任したエーベルトは不安定な内政外交に直面しながらも役割を全うしようとした。
 そのエーベルトが1925年に死去したことによって大統領選が行われ、左派は元首相のマルクスを右派はヒンデンブルクを候補者とし、約30万票差でヒンデンブルクが勝利した。このとき、共産党の候補は190万票を採っていたから、共産が左派の統一候補に乗っかればヒンデンブルクの勝利は無くなかっただろうね。
 ヒンデンブルクは名前から分かるように貴族出身だったし、第一次大戦の参謀総長という最高司令官だったから帝政派だというのは分かるよね。
 ワイマール共和国は成立5年で帝政派の貴族軍人を大統領に選出してしまったということだね。
 ヒンデンブルクは第一次大戦のはじめにあったタンネンベルク会戦の勝利で国民的英雄になって、敗戦によっても周囲が責任を被ったことで名声に傷か付いていなかったんだ。
 だけど、実際には軍事的にも参謀次長だったルーデンドルフが実権を握っていたし、少なくとも国民からの絶大な信頼や名声にふさわしいだけの能力や思想を持っていたわけではない、保守的な人物だったみたいだね。
 でも幸い、ヒンデンブルクは大統領に就任して当初は憲法に忠実で、担いだ右派保守派の期待を裏切ったんだ。
 ところがやっぱり時間の経過とともに彼の馬脚が現れ、さらに年齢的も大統領就任時に76歳と高齢だったし脳卒中にまでなってしまったことから不安定な議会や困難な外交に対処できなくなって、議会から独立した右派保守派の内閣による統治を目指すようになって議会の政府選出能力の劣化に拍車を掛けてしまったんだ。
 そこに、やらない夫くんが説明してくれたシュライヒャーやオスカールといった人間が付け込んで憲法48条を利用した政権操作やクーデターまがいのことを実行を可能にしてしまったんだ。
 こういった憲法の問題やそれによって深まった議会の混乱と無能化を生み出したのに深く関わったのが最初にいった二つの問題の後者の賠償問題なんだ。
 ドイツ帝国の後を引くワイマール共和国は第一次大戦の敗戦後の平和条約であるヴェルサイユ条約で賠償を求められることになったのだけど、この条約は従来の平和条約にあった交渉の側面が殆ど無くって勝者の押しつけに近いものだったんだ。だから、右派や保守派は受け入れられるものではなかったのは簡単に想像できるよね。
 そこで、実はまだ戦えるのに国内で左派が革命を起こしたから負けたんだっていう「匕首伝説」って言われる話が広く流布してしまったんだ。これは戦後の政府の調査委員会で後に大統領となるヒンデンブルク自信が証言したことで広まったんだけど、実際はやらない夫君が説明したようにヒンデンブルクは戦況が悪化して戦線が持たなくなった時点で政府に休戦できるように交渉を求めていたからおかしいよね。なんでこんなことを国民が広く信じてしまったのかっていうと、メディアがドイツの敗戦を伝えていなかったからだったんだね。
 ヴェルサイユ条約によって膨大な賠償を課されて領土を奪われ、軍隊保持を制限された。その中でワイマール共和国は復興への歩みを進めなければならなかったんだよ。
 そんな無謀な試みはすぐに行き詰まったから賠償の猶予などを求めたし、見かねてイギリスも手を差し伸べたんだけどフランスが突っぱねてしまったりして工業地帯ルール地方を占領されてしまって、よけい共和国経済が破綻してしまったりしたんだ。そこでマルクの価値が落ちたことによって輸出産業の大資本は余計儲かってしまったのに、中産階級が壊滅的な困窮へと陥られるという社会の破壊までもが生じてしまったんだ。
 その後、シュトレーゼマンが外相として交渉したりして賠償条件が徐々に軽減されたり、中央銀行の通貨政策でマルクが持ち直し、アメリカ資本が投入されたりして経済は徐々に回復していったのだけど、地力を回復できなかったし、マルクが安定したことで輸出産業が打撃を受けたり、対戦中に遅れ劣った各産業で合理化が進んで失業が増えたりしたんだ。
 そして1929年にウォール街で大暴落が起きて、ドイツ経済も大打撃を受けて失業者は200万にも及んだんだ。
 ワイマール共和国は社民的な色彩の国だったから労働者の権利保護があって失業保険も備わっていたんだ。でも、これは数十万といった通常の失業へ対処するものだから、大恐慌の失業には対処できなくって、政府は失業保険の各拠出金を上げようとしたんだけど、これにブルジョア層を支持基盤とする党派と労働者層を支持基盤とする党派が対立して政権がクルクルと変わる錐揉み飛行状態へと議会は陥ってしまったんだ。
1930年には失業者が400万、1932年には600万へと増大して、ますます社会が破壊されていって、この状況を政治的に利用したのが左右の過激派であった共産党やナチスだったんだよ。特にナチスは「匕首伝説」なんかを利用してすべてを左派とヴェルサイユ条約のせいにして国民の支持をどんどん増やしていって地方議会で勢力を伸ばしていったんだ。
そして、この極右ナチスの成長は帝政派の資本家や国軍に受けて、特に国軍のシュライヒャーはナチスを取り込んで条約に縛られていた軍隊を解放されたより強大なものにするために利用しようと、影でナチスを保護する働きをしたんだ。
 でも結局、利用しようと思っていたナチスに逆にシュライヒャーたちが飲み込まれてしまったのは、やらない夫君が最初に説明してくれたとおりだよ」

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「左右の対立に党内抗争、保守的な官僚や司法の残存に軍の独立、逆作用した憲法とさせた無能な大統領、戦災と賠償での経済破綻で社会が破壊されて左右の過激派が増大…。なんてキビシイ歴史だお。
 これじゃあ、やっぱりねじれ国会で議会が停滞しただけで民主党をナチス云々っていったタロウの歴史認識は無茶だと言わざるをえないお。」

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「そうだな。ナチスは1932年1月にゲーリングが議長として解散命令を持ってきたパーペン首相を無視して共産党の不信任案を取り上げたり、1930年10月には議会周囲でデモを行いユダヤ人を襲い、議事堂内で禁止されていた突撃隊の制服を着用し一斉入場し、不信任を連発して議事妨害を連発し罵詈雑言で発言を封じたりした。でもとちらも次の選挙で負けているんだ。」

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「なるほど。それに、ナチス政権下で奇跡的な経済回復を遂げたのに、民主党にはそんなことは期待できそうも無いお。」

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「そのことだけど、ナチス政権下で経済回復したのは確かだ。でも、それはヒトラー自身に経済政策があったからではない。ヒトラーは1920年に党の綱領25項目を発表した。それは急進的な社会主義的な内容で、不労所得の廃止やトラストの国有化、大企業利益の国家分配、土地投機の廃止や高利貸しの死刑などを盛り込まれていたんだ。しかし、これはヒトラー自身が構想したものではなくて無関心だったんだ、さらに後でヒトラーは権力を得るためには軍と大資本を敵に回してはならないことに気づいて、資本家へ近づいていったために党内の社会主義勢力が離反してしまったりした。それでもヒトラーは嗅覚としてそうしたのであって、明確な経済政策などはもっていなかったんだ。
 ではどうして奇跡の回復がなされたのかといえば、1924年にマルクを安定させ「財政の魔術師」といわれたライヒスバンク総裁のヒャルマール・シャハトがライヒスバンク総裁・経済相として活躍したからだろう。
 彼は民主党結党に立ち会うなど民主主義者だったが、後にライヒスバンク総裁でありながら、ウォール街の影響を受けて恐慌に陥った共和国を救うべく外債を発行しようとしたのに反対し、政府の政策を痛烈に批判し、さらに1931年にナチスなどの極右の合同集会ハルツブルク戦線でも政府の弾劾演説を行った。ナチスと財界を結びつけた人物の一人がシャハトだった。 
 それと経済財政的な手腕は別かもしれないが、それだけを採ってみてもシャハトに匹敵できる人物が民主はおろか自民にもいるのか疑問だな」

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「でも、今の日本にとってワイマール共和国でのナチス政権誕生過程が参考にならないかっていうと、そうではないよね。
 日本も敗戦によって自由主義的民主主義国家へと変えられたんだし、やる夫君もいっていたように左派はまとまりがないよね。そして、ワイマール共和国でヴェルサイユ条約と左派を目の敵にしていたナチスを始めとする人たちのように、日本にも敗戦によってもたらられた自由主義的憲法や特定の組織や国籍の人やを目の敵にし、それこそが諸問題の原因だとして、新しい憲法・国家をつくりたがっている人たちがいて、その人たちは結構重要なポストについていたりするよね。その人たちを支持する人たちには、ワイマール共和国で帝政をなつかしんでいた右派保守派のように大日本帝国・帝国憲法・教育勅語を懐かしむ復古的な人々がいるよね。さらに、日本もワイマール共和国のように敗戦の復興のために戦前からの官僚組織が維持されたし、自衛隊も旧軍の人間を採用したし、教師や新聞といったものまで維持されているよね。ヒンデンブルクほどではないけど、日本も敗戦からさほど時間が立たないうちに戦争指導者だった人物が首相になったし、他にも戦争を支える側の政治家が戦後もい続けたし、その子や孫まで政治家になっているよね。」


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「阿部さん、こんなところにいたんですか。」


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「そっちの安倍じゃないよ。
 長門さん、ごめんつい話し込んじゃってね。じゃあ、いこうか…」

      ____
     /ノ   ヽ、_\
   /( ○)}liil{(○)\ えぇーーーーーー!!
  /    (__人__)   \ 
|   ヽ |!!il|!|!l| /   |
  \    |ェェェェ|     /

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 /   _ノ  \   
 |    ( ー)(ー) やる夫、男と女の間にはなぁ・・・・いろいろあるんだよ。
. | u.   (__人__)
  |     ` ⌒´ノ
.  |         }
.  ヽ        }      / ̄ ̄ ̄\
   ヽ     ノ        /  ⌒  ⌒ \   
    i⌒\ ,__(‐- 、   / u (ー) ::::(ー)ヽ ・・・
    l \ 巛ー─;\  |   :::⌒(__人_)⌒:l   ・・・
    | `ヽ-‐ーく_)  \    `  ̄´  / 
.    |      l      i⌒\、___ ィヽ
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     リー──‐‐t____.    |   ヽ-‐≠ー '′
    l   " ~ ̄ ̄⌒ヽ`ヽ. |゙ ̄ ̄⌒ヽ ̄ヽ
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゚           °  。 ゜ `   。  '、从;_゚ノ'~~  ~´⌒    ´~



        the end
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by sleepless_night | 2008-08-27 01:09 | メディア

やる夫で考える麻生「ナチス」発言 part2

 やる夫で考える麻生「ナチス」発言。の続き。 

    ____
     /\  /\
   /( ●)  (●)  \ キリッ    
  /::⌒(__人__)⌒:: \   「その通りだお!」
  |     |r┬-|     |    
  \      `ー'´     /

   / ̄ ̄\
 /   _ノ  \
 |    ( ●)(●)  適当だな・・・
. |     (__人__) 
  |     ` ⌒´ノ      
.  |         }
.  ヽ        }
   ヽ     ノ     
   /    く  \     
   |     \   \     
    |    |ヽ、二⌒)、   
「じゃあ、とりあえず、どうして議会が政権を生み出す力を失ってしまったかについてだが、これはワイマール共和国の成立時の事情から考えるのが簡単かな。
 ワイマール帝国の前身であるドイツ帝国には政党も議会も存在したけど、皇帝が官僚からなる内閣を任命して統治する議会制と君主制の折衷のような形態だった。1914年からの第一次大戦は予想外に長引き、ドイツ帝国は経済封鎖で窮乏し、1917年にはベルリンでストが起き、社会民主党からは反戦を表明したグループが独立社会民主党を結成するなど議会でも反戦への動きが高まり、1918年のベルリンでの大ストはパンと平和と軍部支配排除を訴えた。同年の7月18日は「ドイツ軍の黒い日」と言われる敗北を喫し、参謀総長ヒンデンブルクと参謀次長ルーでンドルフは政府に即時休戦の交渉を求めた。実権を握っていたルーデンドルフは議会多数派の政府にアメリカとの交渉をさせるために、バーデン公マックス内閣を組閣させた。憲法が改正され、それまで皇帝にしか責任を負わなかった内閣が議会に責任を負うように変えられた。バーデン内閣はアメリカと交渉し、そこでアメリカは戦争主導者の処分を要求、つまり皇帝ウィルヘルム2世退位を求めた。皇帝がこれをなかなか受け入れずにいるあいだ、ついに無謀な戦争継続命令に不服従の姿勢をとったキール港の水兵が逮捕された。逮捕に抗議した水兵たちは反乱を起こし、労働者も加わり、市民革命的な軍部・君主制打倒の動きへと発展し、帝国内で最も伝統的なバイエルン王の退位へと繋がった。ベルリンでもゼネストが行われ、軍も任務を放棄した。事態の激化を前にバーデン公マックス首相は独断で皇帝退位を発表し、軍も皇帝を見捨てたことで皇帝は退位してオランダへ亡命した。」

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「市民革命によってワイマール帝国が生まれたっていうことは、すごく民主的なんだお。」

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「そうとも言えるな。だが、ワイマール共和国の成立はそれほど単純には終わらなかったんだ。
 革命のきっかけとなったキール軍港での暴動の主役となった水兵と労働者は労兵評議会(レーテ)と言われる組織を結成して統治に当たった。この評議会による統治の形式は全国へと広がった。
 つまり、議会や政府とは別に、一部の人々からなる組織が革命のイニシアチブをとり統治の実権を握る状況が生まれてしまった。
 これは政府に加わって新しい国家の建設を担おうとしていた議会多数派の社会民主党・民主党・人民党にとっては障害となるものだったけれど、戦争中に社会民主党から分離した独立社会民主党にとっては好機となった。独立社民は反議会的な暴力革命による国家建設を目指して、戦争中から社民の支持基盤だった労働組合への浸透を図ってきたから、レーテ支配による国家は理想に沿うものだった。
 独断で皇帝退位を発表したマックス首相は辞任して、社民党のエーベルトへと首相を引き継いだが、社民は一党で議会多数がなかったので連立の交渉を独立社民ともすることになった。
 その社民と独立社民の連立交渉の間に、独立社民が社民より先に勝手に社会主義共和国成立の宣言をする動きが出たため、社民のシャイデマンがこれまたエーベルトに勝手に共和国成立の宣言をしてしまった。
 でもまだ決着はつかなかった。
 さっきも言ったように、革命を主導したのは議会ではなく、兵労評議会だった。だから、政府がつくられても、それを評議会が承認しないといけなかった。
 そこで共和国宣言成立宣言を先行された独立社民は、政府の主導権を奪うべく、兵労評議会に手を回して政府の方針を自分たちの構想に沿うようにしようとした。
 だが、社民も評議会に手を回してあり、多数派を抑えることでベルリン評議会の支持を得て暫定的な承認を得た。
 独立社民は再度の巻き返しを図って全国評議会に向けて運動をしたが、これも成らなかった。
 結果、社民の主張である選挙を経た議会制による国家の運営が、独立社民の主張した評議会制に勝ったのだが、独立社民も連立に参加している以上、すんなりと対立が解決するはずはない。
 両者の対立は議会制と評議会制という違いにも現れるように、同じ左派であるが、左の程度・スタンスの違いによる。独立社民は暴力革命によって社会主義国家を建設し、企業の社会化や反軍的な構想を実現しようとしていたのに対し、社民は左派であるが、現実的に見て戦後の荒廃から復興するためには資本家の協力が必要であり、軍部の力も必要であるという穏健な姿勢を採っていた。
 この不揃いな政府の状態下で、革命の余波でベルリンに残留して宮殿に駐屯していた水兵団が政府に恐喝的な要求をし、それが容れられないと官邸占拠し人質をとった。
 革命後の政府は武力鎮圧を決定したが、しっかりと支配できる軍がなかったため、旧軍で残存していた部隊に援助を求め進撃させたが、逆に市街戦の中で市民に武装解除され、結局、交渉によって王宮からの撤退を承諾させた。
 この事件の対処、旧軍への姿勢が合わないとして独立社民は政府から抜けてしまった。
 その後も独立社民も関わる大ストや暴動などが起き、これに対処するために政府は旧軍の将校団を引っ張り出すために具スターフ・ノスケを司令官にし軍隊編成を早急に行い、本格的に武力による鎮圧に乗り出した。
 そしてやっと、選挙が行われて、国民に選ばれた議会による政府が生まれた。
 もちろん国民は左派だけではないので、右派・保守派で帝政を支持している政党もワイマール共和国の選挙に参加した。」

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「革命はやはり大変だお。志位はわかっているのか。でも、結局は選挙が実施されて議会と政府が作られたんだから、いいのではないかお?」

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「いや、議会と政府が選挙によってできたのはいいんだ。
 だが、今言ったことから二つのことがワイマール共和国成立時の問題として見出せる。
 一つは、政府は革命の残存勢力を鎮圧するために軍を作ったんだが、それは政府が一から作り上げたものではない。旧軍の将兵や軍統帥部を利用してしまった。ドイツ帝国の軍はもともと皇帝の軍隊で、将校は貴族出身でバリバリの帝国軍人で思想は保守的な人間が多い。当然、共和制に対して忠誠や思い入れなどはない。そんな軍を共和国は内臓してしまった。
 それを象徴する事件が後に起きる。カップ一揆だ。
 カップ一揆は1920年に極右政治家カップがベルリン郊外の2個旅団を率いてベルリンへ進撃して首相と称したが、市民が抗議のゼネストを行い、何もできずに4日で首相辞任を発表して逃亡したというショボイ事件だ。カップの軍隊がベルリンへ進撃したとき、当然、政府は軍で応戦しようとした。ところが、カップが率いていたのが国防軍の旅団だったことを持ち出し、当時軍務局長だったゼークトが「国防軍は国防軍を撃つことはできぬ」と命令を拒否してしまったんだ。このように、信頼できる軍を持たなかった政府は、余計に軍の独立を許し、軍は国の中の国のような存在を気づき挙げてしまった。
 軍とはちょっと違うけど、同じくドイツ帝国を支えていた官僚組織もワイマール共和国は引き継いでしまったんだ。
 軍と官僚という近代国家に必要な二つの組織を、どちらもドイツ帝国のものに頼ってしまったのはワイマール共和国の根本的で、しかし避けられなかったミスだな。
 官僚の中でも、三権の一つである司法も保守勢力が残存した。
おかげで、1923年にヒトラーがバイエルン州政府をクーデターでのっとろうとして失敗し逮捕されたとき、裁判で反共和国的な右翼の裁判官によって叛逆罪として極めて軽い5年の刑を下され、監獄でも優遇されて『わが闘争』を執筆して、わずか9ヶ月で仮釈放されたんだ。
余談だけど、憲法学者でもあるベルハルト・シュリンクが書いた『朗読者』では、第二次大戦後も戦前からの裁判官がい続けたことへの若者たちからの非難の運動にいまいち乗れない主人公が描かれていたね。
 もう一つは、選挙までの過程で分かるように、新しい国を作ろうとする左派の集団がお互いに批判しあってバラバラだ。独立社民は社民の穏健なやり方に我慢できず、何かとデモや暴動にかこつけて再度の革命を目指してし、かえって自分たちが嫌う軍の再生を加速させてしまったし、独立社民も一枚岩ではなく知識人主体のスパルタクスは後に独立社民から離脱して共産党になって、後々に左派の統一を妨げることになった。それによって利益を得たのは右派の政党だった。もちろん、ナチスもその一つだ。」

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「いつの時代も、サヨは内ゲバが好きなんだお」

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「左派一般の話は別として、ワイマール共和国での党同士や党内でのまとまりのなさを象徴するのがミュラー内閣とシュトレーゼマン内閣での出来事だ。
       関・係・ないから       γ⌒))⌒) ))  関係ないから
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                 / ̄ ̄ ̄ \ ←社民連立内閣の首相
                /   :::::\:::/\  
               /    。<一>:::::<ー>。    
              |    .:::。゚~(__人__)~゚j   
               \、   ゜ ` ⌒´,;/゜     
               /  ⌒ヽ゚  '"'"´(;゚ 。  
               / ,_ \ \/\ \       
                と___)_ヽ_つ_;_ヾ_つ.;._
 1928年の選挙で共和国擁護派の優勢状況がつくりだされた国会で、第一党となった社民のヘルマン・ミュラーが組閣を命じられた。これで安定した議会勢力を持つ内閣ができたのかというと、連立を組む社民・中央・民主・人民・バイエルン人民は内閣に参画しようという気を見せず、閣僚は出しても「個人資格」「連絡員」という名目で、さらに首相を出している社民内部では中央や人民といったブルジョアを支持基盤に持つ正統との連立を嫌がり、内閣への協力姿勢を見せなかった。
 そして、内閣が最初に取り組んだポケット戦艦建造問題で、内閣が承認の閣議決定をしたことへ、社民は大反発し、建造案否決の動議を出して、閣僚に賛同させた。つまり、内閣は自分が閣議で決めたことを議会で否決するという馬鹿げたことを演じてしまった。
 もっとも、社民は選挙で「戦艦よりも給食を」をスローガンに戦って勝ってしまった以上、仕方のなかったことかもしれないが。
 1923年の社民・中央・民主・人民党の連立シュトレーゼマン内閣では、ザクセン州とチューリンゲン州で社民共産政権がソ連のコミンテルンの指示で革命へと進もうとしたのを、内閣が非常事態を宣言し国防軍を出動させて州政府を潰した。ところが、バイエルンでは右派が中央政府の法律適用を拒否して禁止されていた右翼団体が公認されて右派独裁状態で明確な憲法違反状態にあった。これにたいしては中央政府が対処しなかったのに、ザクセン・チューリゲンでは軍を出動してまで鎮圧したことに抗議して社民が連立から離脱、しかも、シュトレーゼマン内閣に内相として入閣していたウィルヘルム・ゾルマンに内閣不信任案を提出させ、内閣はこれを受けて辞任した。実は、この倒閣の背景であった左右への対処の違いには、バイエルンの右派は国防軍と通じていて、内閣は軍を出動させようにもできなかったという事情があったんだ。」

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 「そんなんじゃ、誰も議会や政府を信頼できなくなってしまうお!」


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「だろ。このように自党の閣僚を犠牲にするケースは珍しくなかった。ワイマール共和国での内閣の平均寿命は約253日。これは選挙が比例代表制だったために少数政党が生き残りやすかったことを考えても、政党同士の連立がいかに脆かったか、政党がいかに政権を粗末にしたかがわかる数字だ。
でも、それだけではないんだ。
最後のダメを押したのは共産党と他の左派が反ナチスで結束できなかったのは間違いないのだけれども、それだけではヒトラーの首相就任はならなかった。
きっと、これだけなら、まだヒトラーは首相にはなれなかっただろう。」

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「そ、それを教えてほしいお・・・」


 続き→やる夫で考える麻生「ナチス」発言  part3
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by sleepless_night | 2008-08-27 01:06 | メディア

やる夫で考える麻生「ナチス」発言。

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 製作者からのお知らせ。
 以下を製作したのはドイツ近代史の専門家ではありません。
 麻生太郎自民党幹事長の発言を聞いたとき、さすがにそれは歴史的に当たっていないだろうと私は思いました。そして私が接した限りマス・メディアでは発言の内実が正当なものか否かよりも、表現の問題として捉えているように思え、非常に物足りなさを感じました。(尚、私はナチスに似ている内実があるなら、似ていると言うのは問題がないと考えます。民主も社民も小泉・安倍元首相らをヒトラーに喩えてきたのだし。)
 東京新聞ではドイツ史の専門家(熊野直樹九州大院教授と望田幸男同志社大教授)のコメントを載せて内実面で発言を否定しています。これも、紙面の制約で若干物足りない加え、ネットでの麻生発言への反応としてもう少し内実的な面のものがあってもよいのではないかと思い、以下を記しました。
 だた既に、ワイマール共和国史やヒトラーの総統への道については優れた詳しい解説がネット上にも存在し、後者はやる夫形式でまとめられています。ですので、専門家でもない私が一般書を持ち出して、しかもやる夫を持ち出してまでネットに出してよいものか躊躇いを感じています。
 ですから、かなりの部分、自己満足の作品です。それをいっては、ブログ自体がそうなのですが、もし役に立つ部分がある、興味を持つきっかけにでもして下さる人がいらしたら幸いと思い、これを提します。
 主にこれら数点の本を参照して製作者なりにまとめてみたものです。
 ・『第三帝国の興亡』ウィリアム・シャイラー著 井上勇訳(創元社)
  ・『ドイツの独裁』K・D・ブラッハー著 山口定 高橋進訳(岩波書店)
 ・『ワイマール共和国物語』有澤廣巳著(東京大学出版会)
 ・『ヒトラー 独裁への道』ハインツ・ヘーネ著 五十嵐智友訳(朝日選書)
 ・『ワイマル共和国』林健太郎著(中公新書)
 ・『ヒトラーとは何か』セバスチャン・ハフナー著 赤羽龍夫訳(草思社)
 AAについては以下から利用させていただきました。AAを製作・育ててきた人々へ感謝。
やる夫・やらない夫AA 
 ・やる夫見聞録 
 
 
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      、z=ニ三三ニヽ、
      ,,{{彡ニ三ニ三ニミヽ
     }仆ソ'`´''ーー'''""`ヾミi
     lミ{   ニ == 二   lミ|     
.      {ミ| , =、、 ,.=-、 ljハ
     {t! ィ・=  r・=,  !3l      
      `!、 , イ_ _ヘ    l‐'
       Y { r=、__ ` j ハ─
.  r‐、 /)へ、`ニニ´ .イ /ヽ
  } i/ //) `ー‐´‐rく  |ヽ      
  l / / /〉、_\_ト、」ヽ!
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「審議をしないとどうなるか。ドイツでは昔(国政が停滞し)、ナチスに一度(政権を)やらせてみようという話になった」

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さすが、ローゼン閣下、ドイツの歴史にも詳しいお! ねじれ国家や不信任案や審議拒否で議会が粛々と進まないからって、民主党に政権を取らせたらナチスのようなことになるかもしれないお。やっぱり、自民麻生政権以外に日本は任せられるのはいないお。

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      / rー'ゝ       〆ヽ  
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    | ヽ〆        |´ |
 あれは長門ちゃんだお。いつも本を読んで話しかけにくいけど、今日は頑張って話しかけてみるお。

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「長門ちゃん、今日は何を読んでいるんだお?」


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       /  ! / / ,  ,   } ヽ  ヽ    
       ,'  │ {, 'i ィレ'レ|  ハ ハ !  ハ   
      ,イ   |   |‐‐‐-、 レ' _ム__!_i/ ! }   
     ~ レ、 i  ,ィ≠、     ___ }ノノ}ノ   
        N,ヘ  V:rソ    {!::jテ//
        ` レヽ ! ̄   ' └' //
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            ,∨- ≧ー≦´W   
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        {::::::::::/::|_____|_|_, ---':ソ
       `ー‐フ:::::::::::::::|/廾、ヽ:::|`ー‐ ´
「『第三帝国の興亡』。ヒトラーのナチスの発生から壊滅までを描いたノンフィクション」

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     / \  / \   ローゼン閣下のおかげで、カッコいいところを見せ付けられるお!
   /  ( ●)  (●)  \ キリッ    
  /:::⌒(__人__)⌒:: \    
  |     |r┬-|      |    
  \      `ー'´     /
 「ヒトラーのナチスドイツが審議拒否をして議会が停滞したから、一度やらせて見せようってなった結果、ナチスは政権を取れたんだお。」

         ,.. --- ..
       ,..-.:. ̄.:..:..:.. : : : : `丶、      
      /:..:..:. ..: : : : : : : : : : : : :\     
    /:ヘ=、、:._: : : : __:ヽ:_: -^,.ト、    
   ノ:..:..:./:..  ̄: :7´:―― : :|‐: :´、: ヽヽ   
  ー-/:..:.i:../:. : : ,/:..:.:イ:.ハ:.. : j:.. :}:.、ヽ:. トヽ  
    !:..:..:|:.{/:..ィ_jz≦ノ ' }:./_}_イ:. } |:.|||  
    Vl:.:.|:. Vl´「_ 、` ノ′ _ノ:ソ:イ: リ ノ    
      }:ハ: : l f7「::`ハ   /:::7}7イ:/}/     
     ノヘーl、: :!VZツ     ヒ:ノ/:.//      
        `ィヘ:ト、 _   _   ノ:イ/     
      rく、\` ヽ二コ:千:|K、′     
      |:..:ヽヽ\: :Yニ|: :!:/j!:.l
      ト:..:..:.\ヽ\!r|┴=ミ!r ァ7
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      j::.l::..:..:.⌒ーァ⌒}   / / /^}
      |::.:.\::..::.::.::>ー'―-L∠_¨´
「やる夫くん、詳しいのね。私はこの本に書いてあることしか分からない。いま、ヒトラーが政権を取る場面だけど、シュライヒャーに追い出されたパーペンが権力奪還のためにヒトラーを担いで、オスカールやマイスナーの協力で反ヒトラーだったヒンデンブルクを脅したりして説得したという風に描かれている・・・。」

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     /ノ   ヽ、_\
   /( ○)}liil{(○)\  ぱ、ぱーぺん?
  /    (__人__)   \  おすかる?
|   ヽ |!!il|!|!l| /   |
  \    |ェェェェ|     /
                    _____  
           r⌒ヽ、   .  / ー  ー\    オスカル!
          / \  \. / ( ●) ( ●)   ベルバラか!
         _/ / ヽ   /     (__人__) \   
        〈__/  . |  |       ` ⌒´ | 
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       ."ヽ |  i,        ノ   .\^   i
         .| ヽ./ ヽ、_../   /     .  ヽ、__ノ
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      |::::::        |     /      \ 「と、言うことなので
     . |:::::::::::     |  /  ⌒   ⌒   \    教えてほしいお」
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 /   _ノ  \     麻生の受け売りで歴史を語のはまずいだろ・・・常識的に。
 |    ( ●)(●) 
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  |     ` ⌒´ノ      
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   ヽ     ノ      
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    |    |ヽ、二⌒)、   
「オスカルじゃなくて、ワイマール共和国大統領ヒンデンブルクの息子のオスカール・フォン・ヒンデンブルク陸軍少将だ。当時、ヒンデンブルク大統領は脳卒中の後遺症で一日に活動できる時間が殆どなくて、意思決定が周囲の官房長マイスナーや息子に大きく影響されていた。
フランツ・フォン・パーペン男爵はシュライヒャーの前の首相だ。オスカールと陸軍大学の同窓で、早くから後の国防相グレーナー将軍に眼をかけられて出世をし、“シュライヒャー・マシーン”と呼ばれる人脈・情報網を作り上げて国防省支配を通じて政治に絶大な影響を与えていたクルト・フォン・シュライヒャー将軍に傀儡として無能で無名な右派の政治家だったパーペンは利用されて首相の座についた。しかし、パーペンは自分の属する中央党の首相だったブリューニングを失脚させて首相になったので中央党から除名されたことに加え、シュライヒャーの操り人形であることに満足できなかったパーペンは民族主義的挙国一致内閣を自称して反民主的な階層国家制度を提唱・議会を無視して施政方針を出版したりして議会の大反発を招き、そうでなくとも議会に基盤のなかった内閣なのにさらに議会から支持を得られなくなる墓穴を掘り、選挙でもまとまった支持母体を得られず、終いには大統領の緊急令によって憲法無視の新国会を作るクーデターを試みようとしたが、肝心の国会解散の命令書を持ってくるのを忘れたすきに、共産党に不信任案を提出されて可決されてしまうという間抜けな結末に終わった。
 そこで引っ込めばいいのに、パーペンは自分を首相にして国防相として入閣していたシュライヒャーが、自分を見捨ててシュライヒャー自身が首相となったことに怒り、復権を目指すところに、選挙で議席を初めて失い「ヒトラー神話」に限界が見えた上に国会解散時の共産党への協力で資本家から資金を引き上げられて組織的に崩壊寸前になっていたナチスから財界支持者が近づき、ヒンデンブルクの信頼があったパーペンとヒトラーを会談させてお互いの復権協力に合意した。パーペンのヒトラー擁護演説でナチスへの財界からの寄付が復活し、パーペンはヒトラーを含めた民族主義的統一勢力による政権をヒンデンブルク大統領に打診して好意的感触を得られ、大統領側近のマイスナーもヒトラー首相に向けて動き出した。ヒンデンブルク大統領は反ヒトラーだったが、マイスナーの説得やオスカールと大統領の所領に関する脱税追求の脅し、状況を察したシュライヒャーによるヒンデンブルク排除のクーデターの動きなどによって、ヒンデンブルク大統領はヒトラーの首相任命を決めた。
 たぶん、長門がいっていたのは、こんなことだと思うが。」

  / ̄ ̄ ̄ \  ホジホジ
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    〈__ノ
  ノ   ノ
「で、オスカルはどうしなんだお?」

   / ⌒ヽ     }  |  |              
   /  へ  \   }__/ /           / ̄ ̄\
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       ヽ           _,, -‐ ''"  ノ       ヽ   r'" ̄
         \       , '´        し/.. >>@ | J
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  ヽ  ̄ ̄ ̄/ ヽ ヽ_ノ
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       (__ノ
 「ということは、タロウの歴史認識はまったくの出鱈目だということだね。やはり、漫画ばかり読んでいる大人は、これだから困るな」

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.  |        }     
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   ヽ    ノ  mm  
   /    ̄ ̄ ̄ つノ   
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「そうあわてるな。確かに、ナチスが審議拒否をしたから国民がナチスに政権を一度与えようと考えたから、ナチス政権が誕生したというのは、既に述べたように正しくない。ナチス政権の誕生はシュライヒャーやパーペンの権力闘争の結果生まれて、彼らの意図を裏切って暴走した。ナチスは最後の選挙で相対的第一党を維持したが、得票率で前回選挙の37%から33%に減少し、票を200万・議席を34失ったことから、国民の支持がナチス政権誕生の直接的な原因とするのも無理がある。しかし、そもそも、シュライヒャーという軍人が政権誕生をコントロールできる状況や議会が政権を生み出せない状況、脳卒中の後遺症で殆ど活動ができない大統領が首相を任命していること自体が無茶なことだと思わないか?それを考えないで、麻生の歴史認識について最終的な判断を下すのは早いだろう。」

 続き→やる夫で考える麻生「ナチス」発言 part2
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by sleepless_night | 2008-08-27 01:03 | メディア

差別戒名。


                 *
 『中外日報』昭和54年10月11日
 人権の国際化に悪質な挑戦
 「日本に部落問題は存在せず」町田曹洞宗宗務総長(全日仏理事長)が重大発言
 アメリカのプリンストンにおいて 第三回世界宗教者平和会議で
  世界46カ国から350人の宗教代表者がアメリカ、プリンストンに集い、国際会議、世界宗教者平和会議(略称=WCRP)が、8月29日から10日間の日程で開催されたが、会議半ばの9月5日、最終現実問題部会の席上で報告された“日本の部落問題”に対し、日本代表団の一員である町田宗夫曹洞宗宗務総長・全日本仏教会理事長が、「日本に現実に部落問題はない。百年前まであったが今は全く存在しない。ただ、部落問題、部落解放を理由に騒ごうとしている一部の人たちがあるだけ」と発言、同報告書から「日本の部落問題」の削除を要請した。その後、延々40分にわたり討議が行われ、町田氏の三度にわたる「日本に部落問題は全く存在しない」との執拗で、感情的な発言に、結局、議長採決で同報告書からその項目は削除された。しかし他の日本代表団からも、町田氏の“無責任発言”を重要視し、“日本の宗教者の信頼を失う発言”“外国の指揮者から嘲笑される”として今後、WCRP日本委員会、キリスト教、仏教会など宗教界は町田発言問題を取り上げる模様。

                 *

 戒名の格付け法の手引き書の一つ、『貞観政要格式目』は9世紀半ばの「貞観」を称しているが、15世紀初~中期に東寺(真言宗)の僧侶たちが自宗派の優越性・正当性を訴えるためにつくられたものだと考えられている。
 朝廷を権原としてきた真言密教の意図が反映され、禅宗を“慢心倒破仏心宗”とし、力を持った商人などを“三家ノ者”として強く貶めている。
 江戸時代に『貞観政要格式目』を原本に作られた『真言引導要宗便蒙』では「秘口云 商人ト駄賃と皮剥ト 三所ノ者ト云 難第一トス」とし、民間信仰の担い手として力を発揮した商人や職人などの職能者を罪ある者としている。
 近世に幕府の宗教統制が強まったため、統制に対応するための手引き書として宗派に関係なく『貞観政要格式目』は出回り、それぞれで都合よく利用した。
 もともと中世には河原を生活の場とした多くの職能者の存在形態を意味した「河原者・えた」が、江戸時代の身分制によって一身分とされていた。
 先祖供養を最高徳目と奨励する吉宗の享保期に寺請制が強化され、現在の「格式としての戒名」が成立定着し(お金で買える戒名)、その一環として、過去帳記載方法や戒名の付け方の身分差別がなされるようになり、「えた・非人」には牌格からはずれたものを位戒として定められた上で、寺院ごとの独自性にゆだねたので、特定の文字を用いない場合でも、戒名は身分格式をあらわすものとして機能した。
 したがって、地域・時代によって差別戒名に違いがある(浄土真宗の法名にもある)。
 そのような相対的差別指標ではなく、明確な身分差別の戒名に用いられたのは「革門ト 灵(下が火ではなく大)・革尼ト灵(下が火ではなく大)」や頭字に「連寂」。差別戒名をあらわすのに使われた字としては「革・草」の各種変字や「ト・僕」、インドのアウトカーストを意味する「旃陀羅」や「蓄」、「松・柏(の白が百)・苗(に「まだれ」)・宿・除饉女・紅門・精門」などがある。
 「三家ノ者」は江戸中期においても広く商人や職能者など賎民をさしたが、幕府により「えた身分」とイコールとされ、差別戒名は根拠であるはずの仏教の理屈から離れ・形を借りた身分制度維持に用いられた。
 明治4年に、解放令が出て被差別身分は表向きなくなることになり、差別戒名も激減した。
 しかし以降も、江戸時代の手引書が内容をそのままに・不完全な訂正で復刻・重版され、教団における差別が自覚されず、先祖の差別戒名を変えてもらうのに高額な金銭を要求されたケースなどがある。

昭和54年の「町田発言」は差別戒名の問題、宗教者の差別の歴史への反省の無さを露わにし、大きな非難を集めた。
山口県の禅昌寺に住する町田はその後の『部落解放』での対談で“「体のしんにあるものをかえていくには精神的苦痛はどうしても必要」なことを述べた後、現在の心境をつぎのようにかたっている。
春は新入社員、夏は学生が来られますね。二泊三日くらいの日程で参禅される。(略)多いときには一日に7,8時間くらい法話の時間をもちます。近頃は、曹洞宗の経典の「修証義」第四章に出てくる「貴賎の衆生におきて…」というところへ来ますと、「貴賎の衆生」とは「一切衆生」ということだが、人の尊い卑しいは何できまるか。それは生まれや育ちではない。その人の行いによってきまる。それが仏の教えであるが、わが国でも大きな過ちがあるのは、「同和」問題である。ある地区に生を受けたがゆえに、あるいはその縁故者であるがゆえに差別視されるという、そういう不条理をいつまでも許してはならない。(略)時間の許す限り、この問題を掘り下げるようにしています。”

「町田発言」をきっかけに曹洞宗は自宗の差別戒名を調査し、現在も作業を続けている

             *

 戒名は、その字が表すように、受戒を受けた仏教徒としての名だ。
 しかし、所謂ブッディスト・ネームとしての戒名には、仏教としての根拠がない。
 歴史的に、戒名は中国で生きている間に用いられる別名「字(あざな)」に対する死後の「諱(いみな)」に由来すると言われる。だが、中国では葬送儀礼は儒教が担っていたので、死者に対する名づけである日本の戒名とは異なる。中国で受戒によって仏教徒としての名が用いられていたのが、日本において葬送儀礼が仏教に担われるようになり、死者を「ほとけ」と呼び生者と区別することと重なり、死者に受戒した仏教徒としての名であった戒名を付けるようになった。
もともとは役所の名称・天皇の譲位後の御所を指した「院」が天皇の戒名に、足利将軍以降の歴代将軍に「院殿」がつけられ、やがて寺院建立などに貢献した社会的身分の高い人々にも付けられるようになり、上述したように江戸時代の寺請け制の下で広く死後の身分を示すものとして確立整備された。
このように、日本で死後に付けられている戒名に仏教としての根拠はない。
 そして、本来なら生きている間に仏教徒としての受戒を受けて戒名を得るべきものが、死後に付けるものだと常識的に認識されている。それを仏教団側も認めている。江戸時代の名残によっているのだから、もはや異常が正常になっている。
 
 仏教を信じていない、知らない人々が、死んだというだけで戒名を得る。
 それもタダではない。数十万から数百万、時に一千万を一行の名前の為に支払う。支払うように寺から当然の様に求められ、遺族は不満を言いながらも支払う。
 僧侶は、それは「喜捨」「布施」だと言う。生前から仏教に貢献していれば、死亡時に(不満が出るような)大金を要求することはない。大金は生前の行いの代わりである、嫌なら戒名を付けない・ランクを下げればよいと。
 葬儀の不満で必ずといっていいほど出る戒名を、どうして評判を下げてまで仏教寺院は固守するのか。
 もちろん、建前を言えば「仏教寺院の葬儀を望むのだから、故人や遺族は仏教徒である」から、ということになる。しかし、実態を見れば異なるものがあることは分かる。それは、戒名が一寺院(に所属する僧侶)が付けたものでしかなく、他の仏教寺院では通用しないということから理解される。つまり、A寺院で付けられた戒名はB寺院では通用しない、A寺院からB寺院に何らかの理由で墓地を移す場合にはB寺院(所属の僧侶)で戒名を付け直すことが求められることから、戒名は仏教徒としての名前ではなく寺院の檀家としての名前でしかないことが分かる。墓に限らず、何らかの事情で同じ宗派でも葬儀の導師と墓のある寺の僧侶と異なる場合には、後者の僧侶が戒名を付ける(戒名料を求める)ことになる。要は、戒名とはゴルフ場の会員権のようなものだ。
 その例えで言えば、もし戒名が仏教徒としての名であるというなら、当然寺院が変わっても通用する、ゴルフのプロライセンスのようなものであるはずなのに、そうはなっていない。
 だから、仏教教団・僧侶がどう建前を言おうと、戒名は仏教徒としての名ではない。
 日本の戒名は、歴史的に根拠のないものであるのと同時に、宗教としての理屈すら成立してない。
 
 なぜ、こんな奇妙なものが残存しているのか。
 それは、仏教教団・寺院側にとっては、どのように批判を浴び・不満の源泉となっていようと手放すことが出来ない価値があるからだ。
 戒名の付け方は、宗派ごと・寺院ごとで異なる。だから、基本的には自由な設定ができ、ランクを操作することで寺院は収入をコントロールすることができる。
 戒名は葬儀の一回きりの収入源となるだけではなく、その後の回忌法要などで収入源となり、さらに寺院修理などでも寄付をランクに応じて檀家(遺族)に要求することができる、金蔓になっている。
 檀家側、戒名を支払う側にも価値はある。それは、死後の保険(免罪符)ということや死者への気持ちを形に出来るということと同時に、戒名に明確なランクがあることで、一目で自分たちの地位(や財力)を他者に示すことが出来るという価値だ。

 このような社会的な地位を表し・機能する“戒名は社会を支える宗教的なシンボルの一つなのである。 戒名が社会秩序を維持することに貢献している以上、社会は戒名に対する批判を好まない。戒名を批判することは、それだけにとどまらないかだ。(略)それは、結局のところ日本の社会そのものを批判することにもなっていくのだ。”
 “戒名は、公に定められた制度ではない。その起源もあいまいである。一般には、仏教の教えと結び付けて理解されているが、日本に見られるような形態は、日本だけに限られている。日本以外の社会に戒名は存在しないといってもいいだろう。ところが、その事実は公にされないまま、死者に戒名を付けることはあたりまえだという観念がいき続けている。それでいて、戒名は生者たちに大きな影響力を持っている。戒名は、無言のうちに私たちを動かしているのだ。”

 差別戒名と院殿居士は一続きになっている。
 戒名は全てが「差別戒名」だといっても差し支えない。
 社会で差別を貫徹するためのトドメが戒名だと言える。
 社会と変わることのない、それどころが社会に現れる差別以上に鮮明に社会の序列のあり様を宗教が見せ付けるものだ。
 『核式目』は真言密教が、当時力を付けてきた禅仏教と独自の民間信仰を担う力を持つ職能人たちに対する敵対心を表したが、それは時の統治権力にとってそのままには受け入れらなかったため、権力の意図に沿う形に変形して、えた・ひにん等の被差別民に対する差別の正当性付与と貫徹に寄与した。
 その基本的な姿勢は今も変わっていないのだ。
 「差別戒名」を付けた仏教教団も、それを受け入れている私たちも、この歴史的現実を自ら直視できていない。
 自分たちの所有地にあった差別戒名の刻まれた墓石について“「先代からあると聞いていた。うちのじゃないし、うちには関係ないから(本山には届けなかった)」”と住職が言えてしまう。例え、自分たちが直接関与したものではないとしても、同じ仏教が担った差別の歴史に、どうして“うちには関係ない”のか、どうしてこれほど無自覚・無責任でいられるのか。
 それは分からない。この程度の人間しか今や寺にいないということなのかもしれない。
 だが、だからこそ、都合のいいように理屈を作り出し・曲げて「差別戒名」を金蔓にし続けてきたのだし、続けていられるのだろう。
 その金蔓は私たちの差別したい心に根をはり、蔓を伸ばし続ける。

 ただ今後、この金蔓を伸ばすために必要な太陽(金)や、金蔓を巻きつける棒(子孫)が減少すれば伸ばしようは無くなるだろう。
 しかしその時は、また別の金蔓を仏教教団・寺院は見つけようとするだろう。
 差別したい心という土壌があれば、植え付けることができるのだから。

 差別したい心を見つめることを説いた仏教の名の下で。
 
          



引用・参照)
『宗教と部落差別』中尾俊博著(柏書房)
『差別戒名の歴史』小林大二著(雄山閣BOOKS)
『戒名』島田裕巳著(法蔵館)

 『身分差別社会の真実』斉藤洋一、大石慎三郎著(講談社現代新書)では、えた・ひにん等の被差別民の起源について“すでに中世には被差別民が存在しており、「賎視」が成立していたのだから、それを権力が民衆支配に最大限に利用したと考えるべき”と述べ、権力による創造説や分断説に疑問を呈している。そして“中世の被差別民が、一方で「賎視」されながら、他方で「ケガレ」や「キヨメ」という特殊な職能の保持者として、いわば「畏怖」される存在でもあった”んのが“近世の被差別民に対しては、こうした両様の観念のうち、「畏怖」の念がうすれ、「賎視」の念のみが強められたと考えられ”、“江戸時代中期の享保期ごろから、権力によって差別が強化されたようにみられる”と述べている。
 
 
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by sleepless_night | 2008-08-10 16:32 | 宗教