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Song of the Liberty Bell






岡田外相:全メディアに記者会見を開放 フリーも

岡田克也外相は18日の記者会見で、外務省での記者会見について「原則としてすべてのメディアに開放する」と述べ、記者クラブに所属する報道機関以外にも参加を広げる方針を明らかにした。
 岡田氏によると、開放の対象となるのは「日本新聞協会」「日本民間放送連盟」「日本雑誌協会」「日本インターネット報道協会」「日本外国特派員協会」の各会員と、「「外国記者登録証保持者」。また、これらの媒体に定期的に記事を提供する人に限り、フリーランス記者も認めるとした。ただし会見に出席する記者は事前登録を必要とする。


毎日新聞 09年9月18日 21時15分 須藤孝



                *


実際の運用を見ないと結論は出せないものの、おおむね「公約」実行とみてよい程度だと思う。



岡田克也外務大臣によって、世界のメディアにとっては小さな一歩だが、日本の民主主義にとって大きな飛躍となりうる決定が表明された。

彼の決断を讃える。


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官邸についても、逢坂誠二衆議院議員藤末健三参議院議員が早速働きかけているようなので、経過を見守りたい。







※毎日の記事ではクラブ側の反応が書かれていないのは、なぜだろう。不気味だ。
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by sleepless_night | 2009-09-18 22:00

権力は腐敗する。





 民主党という野党が生まれ、二大政党制による政権交代ある政治を繰り返し訴えて選挙を戦い、十数年かけて、それが実現しました。

 では、どうして二大政党制や政権交代が必要とされ、私たちはどうして政権交代を是としたのか。
 もちろん、多くの理由があげられるでしょう。
 しかし、その理由に必ず含まれたのが、一つの政党がずっと政権を担い続けることで権力が腐敗する(した)という理由でした。
 一つの政党が何十年も政権を持ち続けたことで、行政(官僚)との間に緊張感がなくなり、さらには行政(官僚)に立法(議員)がとりこまれ、官僚支配が横行し、私たちの税金が官僚や元官僚たちによって、国民のためではなく官僚や元官僚のため、官僚にとりこまれた議員(の支持者)のために浪費されてしまっているという理由です。
 だから、私たちは先の参院選と衆院選で、政権を変えることを選択したのです。

 一つの政党が政権を担い続けると腐敗する。
 この事実認識をもって投票したのなら、私たちは今回の官邸記者会問題についても同じ事実認識を持ち、行動しなければ筋が通らないことになりますし、政権交代の選択の意義すらあやうくしてしまうことになります。
 
 確かに、これは政権交代や二大政党制ほど有名でもなく、投票の理由とはならなかったかもしれません。
 
 官邸をはじめ行政機関、企業などの取材がどう行われているのかを知る人や興味を持つ人は多くはないからです。
 しかし、ジャーナリズムやメディアに少しでも関心がある人で記者クラブ問題を知らない人はいないし、もし疑問や関心をもつなら直ぐにネット検索で要点は理解されます。
 とても簡単なことだからです。

 一つの政党が政権を担い続けると腐敗する。
 それと全く同様に、一つの集団のみが権力への取材を独占し続けると腐敗する。


 私たちが政権交代を選択した、この理由と全くパラレルに記者クラブ問題はあるのです。
 一つの集団がずっと取材権を独占してきたことで、取材対象(行政・与党)との間に緊張感がなくなり、さらには情報提供や便宜供与をネタに権力(行政・与党)にとりこまれ、情報の隠ぺいや操作が横行し、私たちの知る権利が国民のためではなく権力(行政・与党)や自分たちに都合のよい情報をばらまき本質的な調査や批評を怠ることの大義名分とされ、権力や税金の使われ方の監視や調査もなされず、権力(行政・与党)の浪費・濫用を放置してきた。
 このような現状を打破する情報公開こそ政権交代の最も基本的な意義であることを理解してきたから、民主党も岡田・小沢・鳩山の歴代代表がずっと党の会見を記者クラブ以外のフリーランスや雑誌記者たちにも開放してきたのです。
 
 
 野党民主党を取材してきたビデオジャーナリストの神保哲夫さんがおっしゃっているように、記者会見の開放は実行するのも理解するのと同じくらい簡単です。
 今まで官邸の会見に出来てた人たちを排除するのではなく、新たな人たちを受け入れるだけなのです。世界の先進国で当たり前にされているように、基準を明確にして、受け入れるだけなのです。
 そして今までの取材の独占は全く理由が成り立たないし、違法ですらある(記者クラブ加盟以外のメディアを排除する権利も行政から無料同然で施設占拠をする権利もないのです)のですから、会見を開放することで記者クラブ側が非難してきたなら、いくらでも反論できます。小学校中学年程度以上の人なら、なぜ開放するのかを聞いて、開放を拒む側とどちらがまともかは理解できます。
 
 一つの集団のみが権力への取材を独占しつづけると腐敗する。
 一つの政党が政権を担い続けたために腐敗したように。


 知らされていなことを知らない、ことに気付くだけで、この腐敗を取り去ることを阻むことはできなくなります。
 
 なのに、この認識を持ち続けてきたはずの民主党が記者会見を記者クラブの手から国民の手へ取り戻せなければ、いったい、いつになったら国民は自分たちの知る権利を取り戻せるのだろう。
 毎日や産経が経営に行き詰まり、身売りするまで待つのだろうか。
 もう、いいかげんこんな馬鹿げたことで騒がなければならないのは止めたい。
 だから、希望をすてずに、民主党に働きかけよう。


 
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by sleepless_night | 2009-09-17 19:49 | メディア

あきらめないよ、みずほ。




“流動層を取り込もとする過程で、「世論と政策の政治」よりは、政党と候補者への「認識を操作する政治」が盛り上がったのである。”
       『代議士のつくられ方』バク・チョルヒー著(文春新書)

                 *

 中選挙区制が自民党の派閥存続を支え政党や政策中心の選挙とならないことなどの批判を受け、1994年の政治改革4法案成立により96年衆院選の衆議院選において小選挙区制が導入された。
 
 しかし、“握手とういう選挙技術は、少なくとも大都市以外、日本では流行しているとは言えない。”と1971年に佐藤文生の衆議院選を調査した時にジェラルド・カーティスが描写し、さらに“神奈川県(第三区)選出の若い衆議院議員、河野洋平に、彼の後援会のことを尋ねた時、彼は、後援会にあまり関心を払わない、自分の選挙区は東京のベッド・タウンとして首都東京へ通勤する人々の住宅地が主体であり、「浮動票」が多すぎるから、と答えた。組織化の努力に値するだけの有権者数を、後援会に勧誘することは不可能だと河野は信じているのだ。”とのインタビューを得た(『代議士の誕生』サイマル出版会)時から40年近い時間が過ぎて小選挙区制が導入され圧倒的多数で政権交代がなされた今。

 選挙はどぶ板が当たり前のこととなり、後援会は一層重要度を増していることを、カーティスの弟子であるバク・チョルヒーが1996年の平沢勝栄の衆院選を調査したことで描き出した。
 カーティスが調査した71年の佐藤は票まとめをする人物らの存在で一度も足を踏み入れない地域・演説する必要もない場所があったが、小さくなった選挙区では対面によって対立候補に支持者を奪われなくする必要が生まれ、取りこぼすことを前提とした地域を持つ贅沢は失われた。
 中選挙区では当選に必要な支持者を集めればいいミニマリスト戦略だったのが、小選挙区では競争相手に勝つために可能な限り多くを集めるマクシマリスト戦略を採らなければならないからだ。

 だから、政党の掲げる政策は小選挙区導入の意図とは逆に似通ったものにならざるを得なかった。
 (幸いなことに現在までは)目立った社会的分裂もイデオロギー的対立も存在しない日本では政党が利用できる流動層を取り込む戦略は、波風を立てずに、いかに信頼できるイメージを有権者間に醸成するかに重点を置かれる。
 
 特に、有力な地方メディアが存在せず、対面よりもマス・メディアからの情報を重視する都市部の有権者を獲得するには、マス・メディアという「認識を操作する」集団・機構との関係を議員となろうとする者は重視せざるを得ない。

 マス・メディアが情報の受け手の「認識を操作する」ことは、マス・メディアが情報のゲートキーパーである、と言い換えられる。
 社会心理学者クルト・レヴィンが家庭食習慣の主婦の決定・影響の研究において提唱したこの概念は、D・M・ホワイトによって新聞のニュース選択へ応用され、それはA・Z・バズによって取材と編集の役割の違いに着目した「二段階行為モデル」へ発展し、さらにP・J・シューメーカーによってより広くニュースの制作に関わる諸力の相互関係を分析する概念へと展開されていった。


                  *


今日、民主党・社民党・国民新党の連立による鳩山内閣が発足し、記者会見が官邸で行われた。
昨日までの自民党・公明党連立政権と同じく、これまでの自民党政権と同じく、記者クラブが主催し、“特例”として、記者クラブのお情けと新政権への顔立てで、数社の外国メディアと雑誌記者を入れて、会見が行われた。
 再三の問いかけと再三の明言は見事に破棄された。 
そして、問いかけられたことも明言されてきたことも、マス・メディアは知らせていない。


 もはや古典的な概念となっているゲートキーパーの研究が恥ずかしくなるほど、古典的な情報統制が今日もまた維持されたわけだ。
 一日二回の、ポーター(お使い段階の人)やリポーター(ストレートニュースの記事を書ける段階の人)たちの愚にもつかない下らない質問(なのかイチャモンなのか懇願なのか雑談なのか分からない会話)に付き合う「ぶら下がり」が1回に減らされることに“首相への取材機会を減らすのは認められない」と、再考を求めている”のに、実績のあるフリーランスの出席を認めないという。
 情報が欲しいのか、欲しくないのか、はっきりしてくれ。
 これじゃあ、そそり立つ巨大なクソが官邸の入り口をふさいでいるも同然だ。
 

 さて、その巨大なそそりたつクソの皆さんが集った今日の会見で鳩山総理はこう述べた。
 “今までのように、国民の皆さんもただ1票を投じればいいんだという発想ではなく、ぜひ政権に様々ものを言っていただきたい。政権の中に参画していただきたい。私たちが皆様方のお気持ちを、いかにしっかりと政策の中に打ち出していけるか否かは、国民の皆さまの参加次第にかかっているとも申し上げていいと思います。”

 なので、さっそく私は声を上げる。
 

 私たちの目の前を塞いでいるゴミをどけてください。
 さもないと、次の参院選では民主党に入れません。


 このメッセージを民主党、その衆議院議員・参議院議員へあらゆる手段で届けよう。




 この民主党の対応について、「すぐにはできない」「仕方がない」といった反応がネットに散見されるが、池田信夫さんが述べているように、記者クラブは国民共有の財産である官邸を不法に占拠している。記者クラブが会見を主催することや会場を利用することが問題なのではない、彼らが独占する権利も占拠する根拠もないのに、している不法集団となっていることが、問題なのだ。
 今日、それを正さなくて、いつできるのだろう。
 もちろん、この不法状態を晒し、正そうとすればマス・メディアは抵抗する。
 しかし、それなら会見を別の場所で開けばいいのだし、海外メディアや記者クラブに加盟していないで排除されている雑誌メディアら地方メディアへ案内を回せばよいのだし、会見は成立する。
 このような事態になれば、国民でも今までいかに異常なのかくらい理解するだろう。
 「自由に来てください」と官邸が言っているに、行かないのはマス・メディアの側なのだから、彼らが出席しないならそう会見で言えばいいのだ。
 もし会見を別の場所でやるのが無理なら、現在の官邸記者クラブ主催でさせても、彼らから相応の会場使用料などを徴収すべきだ。
 これは、石原東京都知事が記者をコントロールする手段にしたものだ。
 「メディアを敵に回すな」とメディアが言ってみたところで、味方になるわけじゃない。自民党の復権とそれを通じた自分たちの権益維持(なにせ、今のマス・メディア体制は自民党がつくったのだし)を目指すのは目に見えている。長年自民党に張り付いてきた人たちがマス・メディア内部での力を失ったわけではないのだから、民主シンパがいいようにしてくれるというのは幻想だ。
 だったら、さっさとやってしまった方がいい。まさか自分たちの権益を奪うことはできないと思っていた相手が、あっさりと権益を奪われた時、政権を失った自民党議員と同様に呆然とするだけだろう。
 
 
 





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参照)
新首相就任会見、雑誌記者の参加認める 朝日、自時… と報じられているが、実際は少し違うらしい。
J‐CAST 首相会見の出席枠拡大 民主党が記者クラブに申し入れ
PJニュース 民主党と記者クラブが「密約」、首相会見出席は徳麗華津限定的にと
ビデオジャーナリスト 神保哲生 なぜ記者会見がオープンでなければならないのか
新聞が書かない民主党の「公約破り」(山口一臣の「だめ編集長日記」)
鳩山政権 神保さん上杉さんそのほか雑誌記者さんへきつくお灸をすえる
Gatekeeping international news:an attitudinal profile of U.S.television journalists.
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by sleepless_night | 2009-09-16 22:53 | メディア