「ほっ」と。キャンペーン

公然と。

 




刑法174:公然とわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

 と定めている。
 この解釈は

 “本罪の実行行為は、公然とわいせつな行為をすることである。公然とは不特定または多数人が認識しうべき状態のこととされる。不特定であれば少数でもよく、多数であれば特定の人の集団でもかまわない。そしてそれらの者がわいせつ行為を実際に認識する必要はなく、認識する可能性があれば足りる。問題はその可能性の程度であり、人が通行する可能性もほとんどない浜辺や早朝の道路・公園等で全裸になる行為は本罪に該当しないと解するべきであろう。”
       『刑法各論講義 3版』前田雅英著(東大出版会)

 というのがオーソドックスなもの。

 
今回の問題は、彼のわいせつな行為(全裸)に公然性があったか否かということだろう。

 場所が六本木という飲食店の多い地域の近くで、当該公園のすぐ横にホテル、近辺に病院と、24時間人が出入りする蓋然性がある施設がある点を考えると公然性はあるとも解釈される。
 一方、当該公園は夜間の立ち入りが制限され、さらに1.4ヘクタールの広さがあり彼が全裸でいた場所によっては人通りの可能性が極めて低いと言え、時間も午前3時と最も人通りが少ないと考えられる時間帯であること、しかも実質的な被害を受けた人間がいない(※)ことを考えれば同条が想定する公然性があるとは言えないとも解釈できる。

ただ後者の場合でも、
 
 軽犯罪法1条14項 公務員の制止をきかずに、人声、楽器、ラジオなどの音を異常に大きく出して静穏を害し近隣に迷惑をかけた者

 に該当するので、彼がまったくの無罪になるわけではないが。



   
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ということに、当分なるのだろう。
 無駄なことを。
 


ばか騒ぎをしている今日、自衛隊が海外で武力行使を行うことになる法案が衆院通過。




※読売 24日06時03分「草なぎクン、なぜ逮捕したの?」警察に女性ファンの抗議殺到
 “同容疑者が全裸になっていた時は、公園にいた人が目撃していた”
 とのことなので、事実なら公然わいせつ罪の要件を満たす。
 逮捕は適当でしょう。
 
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# by sleepless_night | 2009-04-23 20:10 | メディア

哈日

 



 話題に出ているNHKの番組はちらっとだけしか見ていない(台湾の老人が教育勅語を諳んじられると訴える場面だけ)。
 なので、感想を読んだ感想になってしまうが

 ブログ「台湾は日本の生命線」
  証言の「断片」のみ放映―台湾の被取材者が怒る反日番組「NHKスペシャル/シリーズ・JAPANデビュー」を読む限りでは、日本の侵略面に重点を取り上げたものだと感じられる。


他方
 ブログ「コナームタ・セイディーナ」
   「台湾=親日」 では(名指ししていないが「台湾は日本の生命線」のエントリに)対して
 “批判する前提が、「台湾=親日」という幻想にあるとは、まったくもって辟易しますね”と“戦後台湾の対日観・対日感情は、事情に複雑で重層的”であるのを無視している、また番組の内容自体からも親日的雰囲気が抹消されてたわけではないと批判をしている。

 さらに
 ブログ「過ぎ去ろうとしない過去」
  NHKスペシャル『アジアの“一等国”』が伝えようとしたもの  では“コロニアルな視線の獲得こそ日本が「文明国」の仲間入りをする条件であったという事実から、「近代」とは何だったのかという本質的な課題を提示するものであった。(略)台湾は「親日」か「反日」かという議論は、「台湾問題」を「日本問題」としてとらえていないものであり、したがってこの番組の意図を正しく読み取れていない”と指摘している。”


 それぞれのエントリを読めば、下2つの批評は首肯されるものだと思う。

 番組を見ていないので、私自身の番組自体への感想も批評も持ち得ないが、「台湾=親日」という前提ゆえに、台湾に対する日本の支配の及ぼした被害を取り上げることを「反日」と騒ぐのは、ブログ「コナームタ・セイディーナ」の指摘通り複雑で重層的な台湾の被支配の歴史を無視することになるだろう。
 

 ただ、ブログ「台湾は日本の生命線」で“被害者”とされる 柯徳三さんをNHKが台湾同化政策被害の中心人物として取り上げるのは難があったのかもしれない。

  
 柯徳三さんは、当ブログのエントリ「非/国民」で台湾問題で述べるのに取り上げた “公学校に入った時、級の中に内地式に育った人が一人いたが、私はその友達を見て、台湾語を全然知らないということは、どんなに幸福だろうかと思った。台湾語を全然知らないということは、それだけ内地人に近いと考え、ただそれだけのことで、組中の尊敬の的となり、組の大将になることができた。”と嘆き、日本人になろうと必死に勉強して公学校から名門台南一中、そして仙台二高・東大医学部へと進んだ葉盛吉の立場に近く、差別をなくそうとするのではなく、(ひとまず)差別をされないために差別する側へ回ろうとした植民地エリートなのだ。
 そこには台湾の同化教育の精華とされたのに内心では冷めた目を日本に向けていた黄鳳姿のように「平等」を求めるのではなく中華思想を含んだ面従腹背するエリート家庭や日本人だと信じて疑わずに育ち戦後に深刻なアイデンティティの危機を迎え(再び日本の宗教を信仰することで同化して危機を乗り越えた)た王恵美のようなエリート家庭といった帝国日本において「平等」だった存在は見えない。
また、 「反日/日本人」で取り上げた中村輝夫こと李光輝のようにエリートでもなく、ただ同化教育を受け、そのまま戦争に日本人として戦い、そして日本に捨てられて死んでいった被害者でもない。
 
 ブログ「過ぎ去ろうとしない過去」で紹介されているように“植民地支配にたいする評価が、証言の中で豹変する瞬間、その地点に台湾植民地問題の本質”があるというのは重要で素晴らしい着眼だと思うが、「台湾=親日」という前提を持つ人々は気付かないだろうし、台湾の被占領史を知らない人々なら(ブログ「台湾は日本の生命線」が書き起こしているような証言の紹介ならば)「日本は悪いことをしました」という有りがちな感想で終わってしまい、結局、分かる人だけが分かるという番組になってしまったのではないだろうか。
 そして、なにより番組に取り上げられた柯徳三さんは無理な“被害者”の型にはめられるという番組制作の弱点を引き受けさせられてしまったように推測される。
 見る側の問題も当然にあるが、日本における台湾のとらえ方の複雑さを考えれば、作り手は誰に伝えようとするのか、そのための表現のコスト、慎重さと洗練のバランスをいかにとるのかが作り手に問われるのも当然だと思う。
 番組を見ていないので、あくまでも推測であり、感想の感想だが、そう思える。




 
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# by sleepless_night | 2009-04-13 21:38 | メディア

Yes,we can!









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                 あと4年は仕事がなくならないぞ。
                    (後ろにいるのは京本正樹か?)



               




                          *

 豪華な外国客船では、イベントなど接客部門を担当する船長と、実際の航行を指揮する船長(スタッフ・キャプテン)がいるという。
 海運雑学ゼミナール:日本船主協会

 東京・大阪・宮崎と実績のないタレントが県の首長になることが続いているのを見ると、知事も外国客船の船長のように2人作って、片っぽうには「県のセールス」や「県民サービス」を担当してもらって、実務的なものと別枠で知事を選ぶようにしたらよいのではないかと考えられる。
 現在でも、似たような立場として観光大使などが存在するが、これは選挙で選ばれているわけでもないし、「大使」としての露出も少ない。
 「大使」となっているタレントは、「大使」としての仕事によってタレントとしての自分の価値が上昇するというより、タレントとしての自分の知名度などに「大使」の仕事が依存されている。つまり、「大使」はタレントとしてのうまみにつながらず、意欲がわかず、タレントを抱える事務所としても積極的に一線級のタレントを「大使」へとアピールしようという動機を持たない。
 しかし、これが上記の外国船船長のような知事、実務担当知事と「セールス・サービス」担当知事の2人制だったら話は変わる。

 この2人知事制のメリットは大きく3つある。
 まず、今のように賞味期限が切れたタレントが残存している知名度を活かして政治家となることによって、アテンション・ジャンキーとしての自分を満たそうと、政治の重大なポジションをいたずらに占め、何も変わらないなら良い方で、自身の無知を気づこうとしない怠惰から発される腐臭漂う思い込み・思いつきを実現しようとしてしまう現状のような危険を防げるという点がある。
 これは、知事を2人にすることで、実務担当に実績も説得的なビジョンもないタレントを選ぼうとするとき、従来までの「県のセールス」と「親しみ・楽しさ」という言い訳が有権者にも通用しないものとして自覚され、タレントを忌避するようになるからだ。さらに「セールス・サービス」担当知事選挙でマス・メディアのばか騒ぎがなされることで間接的に実務担当知事選挙は落ち着いたトーンで報道がなされ、候補者は今のようなイメージや勢いでの戦いがしにくくなるという効果があるかもしれない。
 つぎに、明確に「県のセールス」「県民サービス」を担当とする知事を選ぶことで、犯罪を行いながら道徳を説くという低レベルの、賞味期限が切れた、タレントは選ばれなくなる点。
 考えても見てほしい、わざわざ「県のセールス」を選ぶというのに、どうして森田健作を選ぼうとする人がいるだろう千葉県出身(※)で彼とキャラクターがかぶりそうな有力候補として(世界の)千葉真一もいるし、原稿を読むのがうまそうなNHKのアナウンサーもいるではないか。セールスでいったらヨネスケの家庭への浸透度に勝る人物はいないだろうし、若い世代の千葉県への注目を集めるなら押切もえが『Ane Can』に千葉県知事の肩書で登場するのだから森田健作が歌うよりもはるかに効果があるだろう。さらに極めつけは、ドラマで総理大臣を演じた木村拓哉が千葉県出身なのだから知事くらいできるだろう。抱かれたい知事No1は間違いなしだ。個人的には真木よう子の渋さに投票したいが、このような知事を選ぶむずかしさは、一歩間違えると現在の観光大使と似たようなポジションへ堕ちてしまう点だろう。そこは、県民のセンスが問われる。
 そしてなにより、立候補するタレントの質が向上する。
 上で千葉真一から木村拓哉などと千葉出身のタレントを挙げていったが、現在の知事や観光大使にこのレベルの人たちが積極的に立候補しようとはしないだろう。既述したように、現在の観光大使はタレントの実績になるというよりも、タレントの実績に「大使」が依存するという状況に感じられ、タレントとしても事務所としても積極的に活動するうまみがなさすぎる。また、現在のような知事では失敗のリスクを考えれば、タレントとして活躍できている時期に立候補する動機がない。
 これが「セールス・サービス」担当知事ともなれば話は別になる。
 選挙戦に立候補するだけで、公選法の規定によって相当程度のメディア露出が保障される。これならたとえ落選しても損はない。「セールス・サービス」担当なので政治的なリスクを負わなくてすむ。
 当選したら、「県のセールス」として全国各地で仕事ができる。どこかにいって何かを売り込む・視察するたびにメディアは追いかけてくれる。マス・メディアとしても数字は取りたいが、政治ネタもしなくてはいけないのでタレント知事に飛びついてそれらしいポーズをとってみるという現状を積極的に肯定してくれるので好意的に取り上げるだろう。
 そのまんま東のように商品のパッケージに自分のイラストを付けたり立て看板も作られるだろう。
 (できたら、こういった場合には通常より安くではあるが利用料を徴収して知事の給与にあてられたら、予算面でも助かるだろうし、有権者も真剣に選ぶだろう。落花生や梨のパッケージに森田健作か押切もえかどちらを選ぶと聞かれたら答えるまでもないだろう)
 各県にも「セールス・サービス」担当知事がいるのだから、気は抜けない。テレビの特番で全国知事会の放送だってあるはずだ。
 議会でも答弁にたって、現在の知事同様に用意されたペーパーを読み、会見にでて予め回収されている質問をもとに作成されたコメントを読むのが、テレビに映され、新聞に掲載される。
 これでも立候補するタレントがいなくて、結局、森田健作におちつくのではないかという疑問も生じるが、たとえ立候補しても彼の当選はないと考えられる。
 なぜなら、木村拓哉が立候補することはないとしても、そこから森田健作へ至るまでに存在する多くのタレントがいて、知事としての露出に魅力を感じる事務所、注目への嗜癖を満足させたいタレントは必ずいるだろうからだ。


 もしかしたら、この知事2人制でも、実務担当知事にタレントが選ばれるかもしれない。
 そのときは、きっとそのタレントが本当に能力があるか、有権者にほんとうに能力がないかだろう。






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(※)ウィキペディア:千葉県 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E8%91%89%E7%9C%8C

石川滋さんの活動日記:きょうも歩く「理想の上司がしっくりこない」 で示された毎年恒例の理想の上司アンケートの結果への違和感。“プレイヤーとして素晴らしくても、自分を管理し、自分に指示を下し、自分を評価する人物がどうあるべきか、そういう観点があまりにもなさすぎる。”というのは確かにそうだと思う。これは新入社員を対象にしたものなので、無理もないかもしれないけれど。
「セールス・サービス」担当知事の選挙はこの点、そういう観点抜きでよいのだから楽だろう。
ちなみに、福島研知事は伊東美咲がいいと思う。




 
 

 
 
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# by sleepless_night | 2009-03-30 20:34 | メディア

OUT OF 眼中。



 以下のように30秒で計11枚の写真をナレーションと共に流す民主党の政党CMをテレビで見て驚きを感じた。
①40~50代の男性の話を水田で聞く小沢代表。
②同じく水田で30代の男性と話す小沢代表。
③作物を手に顔をほころばせる小沢代表。
④公民館のような場所で話す小沢代表。写真に写っている12人の聴衆の中心が3人の白髪の男性の後姿と後頭部が禿げている一人の男性。
⑤事務所のような場所で40~50代のアロハのようなシャツを着ている恰幅のよい男性の話を真剣な面持ちで聞く小沢代表。
⑥同じ場所で話を聞いているような小沢代表。
⑦施設らしき場所で入所者の高齢女性の話しに耳を傾ける小沢代表。女性の後ろに介護士らしき40代の女性。
⑧野外の集会でテントの前に立ち微笑む小沢代表。テントの中に30~40代の女性二人、テントの後ろに50~60代の男性が拍手。
⑨公園での集会で話を聞く小沢代表。写真中央は座って幼児を抱く20代の女性。その隣に20~30代の女性が3人。保育士らしき格好をした30~40代の女性。その背後にカメラなどを担いだ男性のカメラマン多数。
⑩同じ場所で微笑む小沢代表のアップ。
⑪水田で何かを手を振りながら何かを話す小沢代表。

 
 前回のCMも同じように11枚の写真とナレーションで構成されているが、映し出されているのは
①都会の交差点を渡る人々を上から。
②中小の運送会社の小型トラックを洗う50代の男性。
③パン工場で食パンを袋につめている20代の男性。
④オフィスで残業をしている20~30代の男性がカップラーメンを食べている。
⑤病院の待合室で座る20~30代の女性とその子、60~70代の男性二人。背後に受付で女性の看護師と年齢判別不明の女性。
⑥郊外の一戸建て郡。
⑦花屋の20代の女性店員が花を選んでいる。背後に30~40代の女性店員。
⑧都市の路上で携帯をかける20~30代の男性。
⑨小学生向けの学習塾で男の子に声をかけている30代の女性教師。
⑩郊外の住宅街でベランダで子どもをあやす30代の夫婦。
⑪「生活が第一」と言う小沢代表。

 比較してみれば、 
 前回のCMは都市・郊外の20~30代が中心となる対象で、メッセージは「景気・労働・子育て」が中心的だと解釈できる。
 対して今回のCMは地方・郊外の50代以上が中心となる対象で、メッセージは「地方(農業)・年金・子育て」が中心的だと解釈できる。
 なにより特徴的な違いは、前回は中心を20~30代においても(都市か地方かの色が薄い場面で)50代や60代以上の高齢者を出してバランスをとって(とろうとして)いるが、今回は20~30代の都市部で働く人が一人も出ていない。本当に皆無で、そもそも、前回にあった「労働」のメッセージが完全に消えていること。

 これが地方や都市部でも昼間のみに流されているならわかるが、他のバージョンもなく、これだけを都市部で終日流していいのだろうか。
 なぜ流しているのか理解に苦しむ。
 今回CMから消えた層は黙っていても民主党に投票する、あるいは何を言っても民主党に投票しない(どこでもいいから投票してくださいって共産党にあげたということ?)と考えて、眼中にないと言いたいのだろうか。消えた「労働」は民主党政権にとって最重要項目ではないことになったのだろうか。
 前回衆院選の民主党の東京・神奈川での結果や世論調査の結果を踏まえての判断だったのか、非常に疑問だ。
 というより、大丈夫?
 総理を二人辞めさせた法案をあっさり通してしまったけれど、そこまで選挙だけを考えているのに、重要なCMがこれで大丈夫なのだろうか。



 
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# by sleepless_night | 2008-10-23 23:42 | メディア

戦後的な。



“2006年12月に教育基本法が改正される根拠となったのは、GHQ(連合国軍総司令部)の干渉を受けて制定されたために「個人の尊厳」を強調しすぎた結果、個人と国家や伝統との結びつきがあいまいになり、戦後教育の荒廃を招いたという歴史観であった。だが果たして、教育基本法のもとで「個人の尊厳」は強調されてきたのか。問い直されるべきなのは、旧教育基本法の中身よりも、むしろこのような歴史観そのものではなかったか。”

 東久留米市立第七小学校(七小)に1968年に入学した原武史(明治学院大教授・日本政治思想史)さんは、4年から6年にかけて同じ学年で一人の担任によって運営されたクラスを拠点に作られた“国家権力からの自立と、児童を主権者とする民主的な学園の確立を目指したその地域共同体”を「滝山コミューン」と呼ぶ。

 政治の季節が過ぎたといわれる70年代は、原さんが過ごした東京郊外の団地では、画一的な団地に合わせる形で家族が集まり、主にその専業主婦たちが革新的な政治勢力・政治運動の担い手となった。
 七小では、自民党や学校の御用組織だったPTAが団地住人の保護者たちの運動によって親たちの手に戻り、それが学校のクラス運営での革新的な動きを試みる教員を支えた。
 
 原さんが小学生で直面したそれは、日本教職員組合教研第第八次大阪集会で生まれた民間教育研究団体・全国生活指導研究協議会(全生研)が唱えた集団主義的教育「学級集団づくり」だった。
 旧ソ連の教育学者マカレンコの教育法を引いた「学級集団づくり」は、ひとつの“「物理的なちからとしての存在」”である集団が民主集中制を原理として単一の目的に向かい統一的行動をし、非民主的な力に対抗するために、目的自覚的な教師の指導によって集団の担い手としての子どもたちを変えていくこと、そして、そのように発展した集団は自集団のみではなく、絶えず外部を民主的集団へと形成することで反動勢力から憲法や教育基本法に基づく公教育を守ることを目指した。
 「学級づくり」では、クラスが班に分けられ、活動において班の数より一つ少ない係りを用意することで班を消去法で競わせ(一斑ずつ落としていく)、目標点を定めて係りの実行を評価する、集団発展へ向けられた(課外活動のみならず給食や掃除にいたるまでの)恒常的な競争状態をクラスに作り、集団に従わないものを「追求」というつるし上げへと追いやった。
 一人の教師が担任するクラスよって実施された、この教育法が押し付ける「みんな」「なかま」が、やがて、学校の児童委員会を通じて学校全体へと侵食していく様に、原さんは強い違和感を感じながら、中学受験のための塾を避難場所としつつ、集団行動のもたらす「快楽」へ抵抗していた。 

             *
 
 中山成彬前国交・元文科大臣にも、この本は読んでみてもらいたいが、彼の小学校入学以前に完成させられたであろう自我は、日教組であろうとなかろうと教育の権力は暴力へ容易に転化することを理解できないだろう。

             *
  
はてブ 痛いニュース 中山国交相「日本の教育のガンは日教組だと思ってる」
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1178267.html

dj19の日記 中山成彬、飛ばしてるね
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20080926/p1
 “近所のオッさんじゃなんだぜ、大臣なんだぜ!”

元検 弁護士のつぶやき 中山国交相の発言問題
http://www.yabelab.net/blog/2008/09/27-102321.php
 “勉強もしない、経緯も確認しない、根拠事実の調査もしない、センシティブな問題に無神経。それで自分の信念(というか重い込み)だけでぺらぺらと薄っぺらな発言を繰り返されたんじゃたまらんですよ”

アケガタ 中山国交大臣の発言について
http://d.hatena.ne.jp/Tez/20080928/p1
 満蒙開拓団と故郷喪失の沖縄出身者が国策によって開拓した場所を空港建設で取り上げられる反発が闘争だった。成田空港問題への中山の「ゴネ得」発言がいかに国策に翻弄された人々の苦しみに関心がないか。

非国民通信 すくいようがない
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/dddde91f4c6708fb4570f188cdf664e2
 担当外のことを差し置いて自分の好きなことをやる発想。
 安倍と並んで麻生も軽く見られた。

過ぎ去ろうとしない過去 そろそろ中山国交相の失言について語っておくか
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080927/p1
 日教組と学力の因果関係など示せるはずがない。明らかな虚偽で誹謗中傷するのは問題。

Munchener Brucke 中山大臣辞任 何が問題だったのか?
http://d.hatena.ne.jp/kechack/20080927/p1
 “右派に一定の支持がある妄言は、問題にならない場合があるというのが最近に傾向”
 日教組発言への違和感。教育問題への貧困な単因論、所管外、カラ手形。

vanacoralの日記
http://d.hatena.ne.jp/vanacoral/20080928
 中山妄言を支持する「有識者」たち。

ですぺら 戦後教育の垂れ流す害毒について
http://black.ap.teacup.com/despera/339.html
 昭和18年生まれの中山って戦後教育第一世代だよね。

kojitakenの日記 中山成彬の妄言は、争点そらしというより単なるKYだ
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20080928/1222605868
 中山発言は麻生の集団的自衛権発言と合わせて、経済問題から目をそらせる狙いがあるようだが、安部の前例からもそれは失敗するだろう。

伊藤乾の常識の源流探訪 中山前国交相の「情報自爆テロ」?
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080929/171976/
 潜在的ネット右翼の数100万票を引っ張れたならたいしたもの。
 中山自身がテレビで持論を主張できると共に、麻生内閣にもマイナス要因ばかりではないだろう。国民に見られたくない争点を隠せれば勲章モノ。

EU労働法政策雑記帳 日本教職員組合の憲法的基礎
http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-4ed1.html
 日教組の憲法的基礎って28条じゃなかったの?

切込隊長blog 中山成彬国交相が華麗に見せた逆炎上パターン
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2008/10/post-c79c.html
 “日教組批判の一部だけ切り取って中山支持に回ってあおりまくるという現状というのも、何かすさまじい勢いのネットによる衆愚政治の帰着点なのかしら”

               *
 様々に批評がなされているが、次の選挙も彼は勝つ。
 http://www.soumu.go.jp/senkyo/senkyo_s/data/shugiin44/pdf/h17sousenkyo_050911_03_13.pdf

 「中山GJ」などと言ってみた人々は、『滝山コミューン1974』を読んでみてほしい。
 日教組の生み出した一つの教育が、いかに「戦後的」だったのか分かるだろう。



追記)
 次期衆院選に中山前大臣が出馬しないとの報道。
 一連の発言について、麻生総理が“閣僚になられたら、されない発言だ”と述べて、中山前大臣が想定外のバカだったと評価したが、あれだけ「子どもたちのため」だの「火の玉になる」だのぶち上げて“次の選挙は本当に危ないが、政治生命を懸けてでも国民に訴える責任がある”と言っておいて、出馬しないとは、どこまで責任感の無いヘタレなのだろう。(官僚一家だから行革担当はできないと断った時点で十分だが)
 仮に党が出馬に難色を示したのなら、私財をなげうってでも無所属で出馬するのが、自身の発言を引き受ける人間のやることだろうに。
 これで、地盤を引き継ぐのがそのまんま東だったら笑うしかない。
 
 
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# by sleepless_night | 2008-10-03 00:08 | その他