今回は、ストーカーの心理類型についてです。
DSM(『精神疾患の診断・統計マニュアル』)についての解説を挟みましたので、ストーカーの分類について再度挙げておきます。詳しくは以前の記事をご覧下さい。分類を使用するにあたっての重要な情報も含まれておりますので、ご覧になっていない方は是非とも目を通して頂きたく思います。 ストーカーの分類については多くありますが、その中でも行動・関係類型についてはミューレン(※)らの分類から、心理類型については福島章(※1)説を採用します。 行為・関係類型とは、ストーカーと被害者との関係とストーカーの行為を焦点にした分類で、この分類がないと具体的事例への当てはめに不便で、実用的な分類として勝手が悪いものとなると考えられます。 心理類型とは、ストーカーがストーキングという犯罪行為をするに至った心理を焦点に分類するもので、これによってストーカーの理解や治療、ストーカーへの対処が理解できると考えられます。 この二つの類型を組み合わせることで、ストーカー問題を総体的に分析・理解することができると考えます。 後者、心理類型について個々の類型の解説を述べ、その後で、二つの類型を組み合わせを提示する予定です。 さっそく、話を進めます。 福島説では、心理類型を (1)精神病系 (2)パラノイド系 (3)非精神病系 -1)境界性 -2)自己愛性 -3)反社会性 と大きくは3類型、全部で5類型とします。 この一つ一つを解説するということは、必然的に、医療情報を示すことになります。 そして、前回述べましたように、これから示す情報はDSMに大きく頼ります。 参照するDSMは最新のDSM-Ⅳ-TR(『精神疾患の診断・統計マニュアル』第四版新訂版)です。(※2) はじめに、DSMからの極めて重要な引用をします。 “DSM-Ⅳは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神疾患の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要なことは、研修を受けていない人にDSM-Ⅳが機械的に用いられてはならないことである。DSM-Ⅳに取り入れられた核診断基準は指針として用いられるが、それは臨床判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるためのものではない。中略。このマニュアルに含まれる診断基準を有効に適用するためには、各診断基準群に含まれている情報を直接評価できるような面接が必要である。”(序・臨床判断の活用 より) この引用を理解して頂ければ十分だと思いますが、これから提示しますDSMの基準は、ストーカーの分類と、それを通じた理解の為に不可欠だと判断するので引用を示すのであって、それぞれの診断を振りかざして他者を病気呼ばわりするためのものではありません。 重ねて、DSM基準を提示する意味を確認させていただきたいと思います。 以前も述べましたように、精神医学(を含む心理学)は大変に危険なものだと言えると考えます。肉体の病気や障害を素人判断で診断したり治療したりすることの危険は一般的に理解されていると思いますが、心理学はある種の親しみがあるために危険性を看過されているように思います。 心は見えませんし、触れません。ですから、切っても切れませんし、血も出ません。 しかし、その反面で、心を傷つける、普段意識しない部分まで探りを入れると、思わぬ動揺や深刻な痛手を負うことがあると考えられます。 ですから、例えば心理学の一分野である分析心理学の専門家としての資格、分析医(医と付きますが、必ずしも医者ではありません。分析心理学の理論を使った心理療法を行う資格があると言う意味の医です)を取得するには教育分析という、治療者となる人自身が長期の分析を受けなくてはなりません。治療する側は自分の心理を十分に把握しておかないと、患者の心理に巻き込まれて、治療者自身がダメージを受けたり、治療で深刻な間違いを犯す危険があるからです。 では、この様な危険な存在は触れるべきではないのでは?と疑問に思うかもしれません。 当然です。 しかし、これも以前述べましたが、恋愛、結婚などの男女関係(同性愛の場合は同性間) について、性という分野の話をするに当たっては避けることができません。心理学はこの分野に限らず、それが登場した時から、社会思想に多大の影響を与えてきました。そのことからも分かるように、心理学は分析・理解にとって非常に切れ味の良い刀だといえます。切れ味の鋭い刀は、扱いを間違えると相手は勿論、自分までも大きく傷つけます。 ですから、過剰なほどの注意を喚起させていただいて上で、この魅力的だが危険な道具に触れたいと思います。 尚、注などで提示した参照資料に基づいた既述ですが、医療情報ですので、あくまでも参考の範囲に留めてください。 心理類型の(1)精神病系について。(※3) “統合失調症(原文・精神分裂病)などの精神病が発病しており、その症状の一つである恋愛妄想、関係妄想などがストーキングの動機となるケース”(福島) 統合失調症とは、妄想・幻覚を伴い感情・思考の調和やまとまりを維持できなくなる症状の精神疾患で、社会的・職業的機能の著しい低下が伴います。 19世紀後半のドイツの精神科医E・クレペリンが様々な症状を持つ患者達の中に共通して特有の痴呆性を見出したことから、それが一つの病気ではないかと推測し早発性痴呆と呼ぶことを提唱したことに、統合失調症の歴史は始まります。 続いて、スイスの精神科医E・ブロイラーが早発性痴呆と呼ばれる症状の患者達が必ずしも痴呆に至るわけでもないことから名称を精神分裂病と変えます。現在、誤解を招く恐れがあるとして改称されたこの名称は、当時主流だった連想心理学(人の心は観念などの連想機能で構成されると考える理論)の影響で、この精神疾患の原因が心の連想機能が低下し、正常に働かなくなったことだと考え、精神分裂病と呼ぶようになります。 統合失調症は、百人に約一人の割合で起き、ガンと同程度で多くの人に発病する一般的な病気です。原因は、遺伝要因や環境要因が挙げられていますが、単純に示すことができるものはありません。ただ、遺伝要因は一卵性双生児の不一致率が高い(同じ遺伝子を持っているにもかかわらず他の病気よりも、一卵性双生児がどちらも統合失調症にかかる確率が低い)ことが分かっていますので、遺伝するのでは?という心配は意味が無いことが分かっています。 かつては、不治の病のように見做されていたものの、現在は薬などの発達により、50~60%の人が日常生活に不自由のない程度に、さらに20~30%の人が介助者の支援で生活でき、慢性化し常に介助者を必要とする人は15~24%とされています。 統合失調症は優勢な症状によって主に4つの病型に特定されます。 妄想を中心的な症状とする妄想型、効果的なコミュニケーションを損なうほど著しい会話の脱線・滅裂、日常生活に支障をきたす程の著しい行動の混乱・無秩序を中心的な症状とする解体(破瓜)型、過剰な運動性や逆の不動性・拒絶性などを中心的な症状とする緊張型、顕著な症状が無くなった後も持続的に軽度の症状が見られる残遺型、の4つです。 この中で、ストーカーの心理類型と関係すると考えられるのは、妄想型ということになります。 (しつこいようですが、統合失調症を持つ人がストーカーとなる確率が高いのでも、ストーカー予備軍となるわけでもありません。警察統計では、統合失調症を含む精神病を持つストーカーは全ストーカーの内でも0,6%を占めるに過ぎません。) 妄想とは“外的現実に対する間違った推論に基づく間違った核心であり、その矛盾を他のほとんどの人が確信しており、矛盾に対して反論の余地のない明らかな証明や証拠があるにもかかわらず強固に維持される”(DSM)もので、ストーカーとなった場合、他者の仕草を勝手に自分への好意の合図だと確信したり、相手との関係を周囲によって妨害されていると信じたりと、様々な妄想の内容があります。 統合失調症の妄想型は、妄想を持っているものの、認知機能や感情が他病型より比較的保たれているため、恋愛妄想や関係妄想などに基づいてストーキングできてしまうと考えられます。 ただし、比較的保たれている認知機能や感情によって逆に道徳や法律を認識できる可能性も、治療を受けている場合は薬で妄想をコントロールできる可能性もあり、ストーキングをすることもかなり難しいと考えられます(※4)。 ストーカーの心理類型の精神病系は統合失調症だけではもちろんなく、他にも妄想を引き起こす精神病が考えられますが、心理類型の中心を(3)人格障害系と捉えるために代表的な妄想を症状とする統合失調症妄想型に止めます。 (2)パラノイド系について “《妄想》をもっているが、妄想以外の点ではまったく正常者と変わらない能力を保持している”“《パラノイド》には統合失調症の軽症方と見られる《パラノイア》と、特別の正確の人に心理的・環境的なストレスが加わって起こってくる《心因性パラノイド》の二種類がある”(福島) まず、《パラノイア》、つまり、妄想性障害から。 妄想性障害は、統合失調症の妄想のように奇異ではない、実生活で生じうる状況に関連した妄想が少なくとも一ヶ月続き、基本的に、心理社会的機能の著しい低下が無く、妄想を口に出したり、行動に移したりしないと、そうとは気づかない精神疾患です。 妄想の主要な内容に基づいて、色情型、誇大型、嫉妬型、被害型、身体型の主に5つに分類されます。 ストーカーの心理類型と関連するのは、色情型と被害型だと考えられます。 色情型とは、他者が自分を好いていると言う妄想内容を持つ場合で、性的な魅力よりもロマンチックで精神的な関係に関するものが多く見られる。相手として有名人から全くの他人まである。 被害型とは、自分が陰謀や監視、追跡や中傷や毒物混入の対象となっているとの妄想を持っている場合です。 妄想性障害はまれで、人口の0.03%程度が持っていると考えられています。 一見正常に見えること、社会的機能が低下していないことから、妄想性障害を持った人がストーカーとなった場合はかなり厄介だと言えます。 公的機関に相談しても相手が妄想性障害だと気づかれなかったり、逆に訴訟を起こされたりする場合もあり、さらに、心神耗弱(刑法39条2項)として刑が減免される可能性があります。 《心因性パラノイド》の《心因性》とはストレスやショックなどの心理的な影響を原因とするもので、そのような原因によって生じる妄想だと考えられます。(※5) 長さの関係で、今回は(1)(2)で終わり、次回に本番とも言える(3)人格障害へと進みます。 ※)『ストーカーの心理』(サイエンス社)P・E・ミューレン、M・パテ、R・パーセル共著 詫摩武俊監訳 安岡真訳 ※1)『ストーカーの心理学』(PHP新書)福島章著 ※2)『DSM-Ⅳ-TR 精神疾患の診断・統計のマニュアル』(医学書院)高橋三郎 大野裕 染谷俊幸 訳 ※3)『統合失調症』(ちくま新書)森山公夫著 から統合失調症の歴史を 『統合失調症』(講談社)伊藤順一郎監修 から回復率を 参照し、DSMの資料と組み合わせています。 犯罪率は、http://www.npa.go.jp/safetylife/seianki17/taiou.pdfより ※4)社団法人 日本損害保険協会 『予防時報209号・精神分裂病と人格障害』和田秀(川崎幸クリニック医師)著 http://sonpo.or.jp/business/library/public/pdf/yj20914.pdf より、統合失調症を持つ人の刑事事件発生率の低さの原因についてを参照しています。 ※5)心因性パラノイドについては、これ以上の資料が見当たりません。 文字通り心因性で妄想を生じさせている場合をまとめて指していると考えられますが、はっ きりしませんので、以降、パラノイド系と指す場合は妄想性障害を中心に考えます。
by sleepless_night
| 2005-07-23 00:32
| ストーカー関連
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