前回は平井堅さんの『life is・・』に触れて「意味」「目的」の二つの用法について述べましたが、この二つの用法の混用という形があらわになっているのは平原綾香さんの歌う『jupiter』です。この作品の作詞は吉元由美さんという方なので、歌詞について述べる際に平原さんのお名前を出すのは筋違いともいえますが、作品自体が平原綾香さんと切り離せないような認知のされ方をしていると思いますので、間違いともいえないでしょう。
さて、歌詞について話を進めます。「意味」「目的」の混用を示す前に、歌詞の分析をします。 まず、出だしであり、曲の最も印象深い(これは平原さんの声によるものが極めて大きいと感じます)“everyday l listen to my heart ひとりじゃない”とあります。 これが何故、“ひとりじゃない”のか? 歌詞からこの理由となる部分を抜き出してみます。 “深い胸の奥でつながってる” “この宇宙の御胸に抱かれて” が直接的なものです。 さらに、“私を呼んだなら どこへでも行くわ”“ありのままずっと愛されている”“いつまでも歌うわ あなたのために”も間接的な理由と言えるでしょう。つまり、“呼んだなら”と言うことは、コミュニケーション可能な位置に“私”がいることになりますし、“ずっと愛されている”ということは、距離的にそばにいなくても、“ずっと”気にかけてくれている存在がいると解釈できるので心理的には“ひとりじゃない”といえます。これらは“深い胸の奥でつながってる”と同じことを言っていると考えてよいでしょう。距離的にそばにいなくても、気持ちの上で“つながって”“ひとりじゃない”といっていると考えられるからです。 “この宇宙の御胸に抱かれて”というのも“listen to my heart”“命のぬくもり感じて”と合わせて考えると“つながって”と同じことになります。 “listen to my heart”は心音を聞いているいることですし、“命のぬくもり”というのも心臓から送り出される血液の暖かさです。 “宇宙”と一見関係がなさそうですが、そこで「人は地球に生まれ、地球は宇宙に生まれた。したがって、宇宙の営みと人間の営みは究極的に一致している」と言う考え、「自然の秩序と人間の秩序は同じだ」という考えを媒介すれば、心拍や血液という人体と宇宙は関係します。 “果てしないときを超えて輝く星が出会えた奇跡を教えてくれる”という部分からも、“輝く星”という宇宙の仕組み・法則と“出会えた”という人間の営みを一致させようとする考えが読み取れます。<※> つまり、人間は“宇宙”とも“つながって”いると言っていることになります。 以上から、“ひとりじゃない”のは、“呼んだなら どこでも行く”“ずっと愛”してくれるような存在がいるので、心理的に“ひとりじゃない”ことと、“宇宙”と“つながって”いるので理論的に“ひとりじゃない”と言うことを表していると考えられます。 ここまでで、「意味」「目的」の混用の基礎が現れています。 「意味」「目的」について述べてきた文章で繰り返していますが、「意味」「目的」には二つの用法があります。用法①は超自然的・超人間的存在(神さまのような存在)や法則の示す「意味」「目的」です、用法②は人生をコントロールできたり、意図した結果への影響力を持てたときに感じる「意味」「目的」です(例えば、試験に受かる「目的」で勉強して合格したときに、「意味」があったと感じる)。 この二つの用法からすれば、“宇宙”と“つながって”いることは用法①と関係します。 上述したように、“宇宙”と“つながって”いるためには「自然の秩序と人間の秩序は同じだ」というような考えが無くてはいけませんし、これは“輝く星”が“出会えた奇跡を教えてくれる”のですから、『jupiter』はこのような考えを持っているといえます。そして、用法①は法則の示す「意味」「目的」ですから、“宇宙”と“つながって”いるとすれば、そこで使われる「意味」「目的」も宇宙(そら)という自然の法則(現在、人間と自然の間に共通した究極的な法則は見つかっていませんから、ここでの自然とは超自然的と考えていいでしょう)の示すもの、つまり、方法①の「意味」「目的」となります。 そして、この歌詞では正面から「意味」「目的」に触れた部分があります。 “愛を学ぶために 孤独があるなら 意味の無いことなど おこりはしない”です。 この“意味”とは用法①の「意味」であると考えられます。 ところが、“わたしのこの両手に何ができるの 痛みにふれさせて そっと目を閉じて 夢を失うことよりも悲しい事は 自分を信じてあげられないこと”とあります。 これは、明らかに用法②の話です。 つまり、自分という小さな存在ができることは、大きな社会や歴史の観点からは小さく、「意味」の無いことであるように感じます。その無「意味」さは“痛み”を感じさせます。“夢を失うこと”があれば「目的」を失い、“痛み”はなおさらでしょう。そこで、“自分を信じて”と励ましがあります。 この歌詞全体はキー・フレーズである“ひとりじゃない”という部分に表されるように、超自然的・超人間的な次元を表現しようとしています。 “宇宙”と人体の“つながり”という超自然的な話と、“御胸(みむね)”や“ありのままでずっと愛されて”という明らかなキリスト(超人間的存在)のイメージの話をしています。 しかし、同時に“わたしのこの両手でなにができるの”“夢をうしなうことよりも悲しいことは 自分を信じてあげられないこと”という一般の人生の次元、生活の次元での話しがなされています。超自然的・超人間的な話が全体としてある中で、突然に“夢”という人間的・生活的な話が出てきてしまいます。 違った次元の話を同じ歌詞の中、それも全体を無視する形で混ぜています。 ですから、さっと聞くと“意味のないことなど”の部分の“意味”が用法①か②か分からなくなります。 用法①の「意味」のように、人間を超えた存在などが示す「意味」(神様のような存在が、人間の生きる「意味」は~だ、と示す)なのか、用法②のように、私達が生活するなかでやってきたことの成果が感じられたときに言う「意味」なのか、迷い易くできています。 この作品の曲は、ホルストの代表的な作品で、クラシックの定番であるだけに優れたものです。歌手である平原さんの声も独特で一度聞けば忘れない面白みがあります。 しかし、歌詞はいただけません。あまりにも安易にニューエイジ的な概念を使いすぎている上に、それを貫徹もできていません。繰り返しになりますが、“自分を信じてあげられないこと”と“愛を学ぶために”につながりが無さ過ぎます(次元の違う話を入れているのですから当たり前です)。 さらに言うと、“宇宙に抱かれて”“つながって”いるは子宮をイメージさせます。“ひとりじゃない”状態がこれでは、子宮回帰願望と同じです。子宮から出た上で、独立した個人としての孤独感や苦しみとそれを乗り切る希望を歌った平井堅さんの『life is・・』と対称的です。 『jupiter』の印象で、以降の平原さんの音楽を能動的に聴いていませんが、もう少しきちんとした作詞の作品があれば聞かず嫌いを払拭して聞いてみたいです。 <※>このように宇宙や自然の内部にある秩序や法則にひそむもの(現代の科学や医学では分かっていない。西洋的な分析思考ではなく、東洋的な全体思考)こそ、人間に必要であるという考えは1970年代に登場したニューエイジと言われる思想潮流。 耳障りの悪くないことが多いですし、日本人には馴染みのあるようなフレーズが多いのですが、それに完全に入り込む態度は受け付けられないでしょう(これはニューエイジに限らず思想全般についての日本人の態度ですが)。 『jupiter』はこの日本人の思想への無自覚な態度や感覚で受け入れたり拒んだりする傾向をよく表しているとも言えます。
by sleepless_night
| 2005-06-17 20:37
| 宗教
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