前回、「マザコン」について話を進める前提として、コンプレックスという概念を生み出した心理学自体の問題点について軽く触れました。今回はそこでも述べました「マザコン」とマザー・コンプレックスの違いという点から展開したいと思います。
「マザコン」がマザー・コンプレックスの略であることを知っている人は多いでしょう。しかし、マザーをつけない、単なるコンプレックスと聞いたときに正確な意味を答えられる人は多くないはずです。普段、コンプレックスと言うと劣等感と殆ど変わらない意味合いで使われていることが多いように感じる経験からの認識ですが、メディアで使われている状況からもそう言っても間違いではないと思います。 この二つの言葉を一般的に使われている語意で結び付けて考えてみると、おかしなことに気付くでしょう。つまり、コンプレックス=劣等感だとすると、「マザコン」は母親劣等感となってしまい、「マザコン」と言われて思い浮かべる人物の性格とは違ってしまいます。 このおかしさは、「マザコン」とコンプレックスという言葉が訳語ではなく、そのまま日本語化されてしまった過程で、元の意味から離れてしまったことに原因があるのでしょう。特に、「マザコン」と略されてしまったので、コンプレックスと「コン」は同じ言葉だと意識されにくいことも影響していると考えられます。 では、コンプレックスとはどんな意味で使われていたのかと言うと、“感情的な色合いをもった心的内容の混合物”(※)という意味です。英語で「複雑な・入組んだ」という意味の形容詞であることを考えれば、コンプレックスが“混合物”と意味付けられているのは問題なく了解されるでしょう。前回述べた理由(心理学自体の弱み)で細かい話へは触れませんが、“感情的な色合いをもった”という部分について補足します。人間は生きていれば様々な体験をします。そして、体験するということは同時に様々な感情を内心で生じさせています。それらの体験も同時に生じる感情も、新しい体験と感情へと進んで行くことが生きていることである以上、明確に記憶されることは圧倒的な少数となります。それらの中には、体験した時は大きな感情を伴ったものも含まれているはずです。それらは、無意識(意識して思い出そうとしてもできない)の部分でとどまり、その体験の様々な側面が感情によって結び付けられていると考えられているので“感情的な色合いを持った”となります。ただ、いちいち面倒なので“感情的な色合いを持った”は省いて、ただコンプレックスと呼ぶようになったようです。 コンプレックスの厄介な点は、文字通り“感情的な色合いをもった心的内容の混合物”である点と無意識の話である点だと考えられます。 ある体験をすると何種類もの体の動きと感情が生じます。体験は、その時の具体的な環境からも逃れられません(体験するとは、どこかで体験するということ)。ロボットで例えてみますと、ある体の動きと感情の動きをロボットが行うためには、そのための回路が必要になります。新しい動きや感情のためには、新しい回路が加えられていきます。一回の体験をするだけでも、相当な数の回路が必要になります。多くの体験を重ねる中で、大きな衝撃が加わったりして回路を別の回路と遮断する絶縁体の皮膜(カバー)が破れたり、皮膜が不完全な物も出てきます。すると、沢山の回路が接触して絡まっている状態で、ある回路に電流を通そうとしても別の回路にまで電流が流れたり、別の回路にしか通じなくなってしまったりと、本来の意図とは別の動きをしてしまいます。ある強い感情を伴った体験をしたときに回路の不具合が生じたために、一見関係ない別の場合にも、不具合部分が連動して統御がとれない状態がコンプレックスと解釈でき、その不具合自体が厄介だと言えます。 また、不具合がロボットの内部の回路を収納する部分に生じていますし、回路が多すぎてどこの部分かも、不具合が生じていることすらも意識できない可能性もあるのも厄介です。 上述の文章から分かるように、体験と感情を持つ人間でコンプレックスのない人間はいないはずです。コンプレックスが日常生活に支障をきたすほどのものではない限り、あまり気にしていないだけで、多少の影響は受けているはずです。むしろ、コンプレックスを生じさせるような体験と感情が、それぞれの人生を特徴づけているとも解釈できます。 このようにコンプレックスは一般的に認識されている語義とは異なります。 では「マザコン」という一般的に使われている言葉と、もともとのコンプレックスの意味から考えるマザー・コンプレックスはどう違うのかを考えて見ます。 「マザコン」と称される人物の特徴を挙げますと、何でも母親の言うことを聞く・幼児期と同様に母親に世話を焼いてもらっている・母親から離れられない、と言うのが大体のものでしょう。 これは、母子の関係性が幼児期から変化していない状態だと見ることができます。幼児期は、子供は母親に何でも世話を焼いてもらい、その欲求が満たされるのが当然だと考えるとされます。つまり、母親と自分の区別がはっきりしていないとも言えるでしょう。そして、対する母親の側でも、自分の中の幼児像を子供に投影して(幼児は話せないし、自己の考えを持つ段階でもないので、母親自身が思い描いている幼児像を実際の幼児によって邪魔されず、自分の思い描く幼児=実際の幼児、とできる)しまうことが考えられます。 この母子関係は、自分の無い幼児と自分が思い描く幼児を持ちたい母親とで共依存関係を作ることができると考えられます。 少し突っ込みますが、母親が自分の思い描く幼児像を実際の幼児に投影することに満足を覚えると言うことは、母親自身がコンプレックスによる相当程度の影響を受けている可能性があると考えられます。例えば、自分の子供を抱っこすることに強い執着をする母親が、自分が幼い頃に抱っこしてもらえなくてさびしい思いをした場合などが、その可能性があると考えられます。母親自身が、その抱っこへの執着が自分の過去の経験に影響されてのもだと意識している場合には、コンプレックスと取り組み解消へと向かう可能性が出るでしょうが、全く無意識的にどうしても抱っこしたくて止められないという状態の場合は、そのコンプレックスに支配された母子関係を継続してしまう可能性があるでしょうし、この母親のコンプレックスに支配された関係の中で子供が母親と分離できていない状態が「マザコン」と言われる状態になると解されます。(※2)子供自身は自分のコンプレックスを問題にするほど自分を作れていないので、コンプレックスと呼ぶことが適当と考えられません。 一方、マザー・コンプレックスはというと、「マザコン」のような母子一体を作る程度ではないが、母親との関係で生じたコンプレックスが解消されていない状態だと解釈できます。例えば、母親が非常に厳格な人で子供の頃に息苦しさを覚えている子供が、少年から青年期にかけて非行に走ったりする場合、母親に関連して生じたコンプレックスが原因だとも考えられます(母親との関係のなかで生じた息苦しさという感情と、その息苦しさを感じたとき知覚され記憶された様々な物事が無意識の中にあり、息苦しさを感じたり、その記憶されたものから連想される物事に触れたときに、あたかも母親に対して反抗するように、その対象に行動してしまうと考えられます)。 ですから、前回も述べましたように、マザー・コンプレックスがある場合は、母親との関係は難しいものとなるはずです。コンプレックスの例えでロボットを持ち出しましたように、ある強い感情を伴う体験があったときに、絶縁体が破損し周囲の混乱した回線へ電気が流れてしまい、上手くコントロールできないのですから、母親との関係のみならず、そのコンプレックスに触れる物事のある関係にも影響があるはずです。 このように、近年放送されたドラマでの台詞やコンセプトのように、“マザコン=母親を大切に思い愛している人”というのはかなり無理があるものだと思えます。 ここまでで前半を区切って、後半にさらに「マザコン」の背景などへと話を進めます。 (※)『分析心理学』C・G・ユング著/小川捷之訳(みずず書房) (※2)既述しましたように、コンプレックスは誰にでもあると考えられます。また、赤ん坊への投影も、他の成人への投影も避けられないと考えられます(初対面で印象をもつのは仕方がない)。全くの無意識から影響をもろに受けてしまったり、それが日常に大きな問題を引き起こさない限り、そのつど気をつける程度が丁度よいように私は思います。本当に、深刻な場合は専門家へ相談をすることをお勧めします。また、コンプレックスはわざわざ探し出すようなものだとも思えません。例に挙げたのは、本当に例であって、似たようなことがあってもコンプレックスが原因だとも断定できません。 何度も述べたように、心理学からの解釈は参考です。 また、これは宗教についても共通しますが、心を扱うことは危険を伴います。下手に突っ込んで、藪から蛇を出すことにもなりかねません。心理学に関する資格は、最近議論されているように複雑です。巷にもマス・メディアでも、~カウンセラーという肩書きの人がいますが、カウンセラーという資格を認定する団体が沢山ありますし、なんとなくカウンセラーという肩書きになっている人も見られます。難しいのは、認定する団体が玉石混交である上、肩書きがあってもカウンセリングの能力が保障されるとは言えないことでしょう。
by sleepless_night
| 2005-06-26 12:16
| 性
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