一山の本を前にして、どこから語り始めるべきか決めあぐねています。
どの本も、本という体裁を備えている以上、それぞれの著書の一貫性がある論旨が展開されているので、それら全てを纏め上げるのは、当然に無理があります。 出だしは道筋を示してしまうので、下手に出すと触れるべきものに触れられなくなってしまいます。 そんな中、逃避的に『電波男』本田透著(三才ブックス)を読みましたので、そのザットした感想でお茶を濁します(細かい本や用語の説明は本論でしますので、省きます)。 『電波男』は、書き手の持つ才能の鋭さを乱暴に(表出的な力を殺がずに)表現として成立させた優れた作品だと思いますが、論理背景にはとりたてて目新しいものはありません。 1・2章の資本主義を用いた解説のベースは岸田秀や金塚貞文と同じですし、現状認識も『結婚の条件』小倉千加子著(朝日新聞社)でぶちあけたものや山田晶弘などの家族社会者が通常指摘するものと同じです。 この作品の真価は新しく突き抜けた価値観が提示されていることです。 つまり、三次元の世界を見切り(認識により解体し)、二次元の世界で価値を追求することです。 それは読むものの立場によって大きく感想を分かつもの、一般的には単純な退却のように認識されるかもしれないものです。しかし、論理背景がしっかりとしているので説得力があり、暴論とは言わせないだけの力があります(但し、各論的な記述には一貫性を欠く部分が見られます)。 同じような語り口で優れた作品である『もてない男』小谷野敦著(ちくま新書)も新しい価値観を示しており、スマッシュヒットをした作品ですが、その提示された価値観は『電波男』のように新しい地平を展開させるのではなく、現在ある地平を降りてしまっただけ(できないなら諦めろ)で終わらせたために『電波男』程のインパクトに欠けるもの(つまり、『電波男』にまで行き着く前段階の提示に留まった)だと思います。 『電波男』でも槍玉に挙げられている『負け犬の遠吠え』酒井順子著(講談社)とは、言うまでもなく比較になりません。比較すべきではないし、できるほどのレベルに『負け犬の遠吠え』という作品は内容・完成度が達していません(『負け犬の遠吠え』はそもそも、雑誌の連載ですから、一冊の本として掲載紙の読者以外に読ませるだけの質を確保していません。ですから、単品の本としての文脈で読まれるべきでも、比較されるべきでもありません)。 『電波男』はオタクを自認する著者によって書かれていますが、オタクとして教壇に立った岡田斗司夫の思想(現実を見極め、見合ったレヴェルで、欲望を消化する)を突き抜けてしまいました。 これは恋愛における構築主義を現実に突き詰めてしまった思想です。 対極にある、恋愛における本質主義を否定するのではなく、その思想対立を止揚してしまった(構築主義的な社会認識を突き詰めることで、本質主義的な恋愛を受容可能にしている)ものだとも言えるかも知れません。 それが希望の地なのか分かりませんが、一つの大きな「答え」であることは間違いないでしょう。 今までは、ジェンダー論を通した「答え」がオーソドックスなものでしたが、『電波男』はそれに対抗できる新しい「答え」を出してしまったとも言えます。 但し、それにもオーソドックスな「答え」と同様に本質主義的な視点からの疑義は成り立ちます。 そして、それこそが最大とも言える難問です。 ますます、難しくなりました。 追記:酒井順子さんと本田透さんは鏡面のような存在に思えます。どちらも、非常に自己評価が低い(そして、両者ともその自己認識がある)のですが、酒井さんは補償的に他者の視線による承認を過剰に求めると同時に安全策としての自己慰撫的思考を保ち、本田さんは他者の作る社会から十分に痛手を受けたので社会自体を解体し脳内で価値を保存しようとしていると解釈できます。お互いに理解しあえれば理想なのでしょうが、それには、酒井さんが安全策を放棄するか、本田さんが価値を放棄するかしなければならないので、不可能に近いでしょう。現状では、お互いに鏡に向かって「こっちに来いよ」と叫びあっているように見えます。どちらも、実際の他者に向かわせるべき視線が鏡に跳ね返り、自らに向かっている。酒井さんは言うまでもなく、その鏡に映る(反射によって他者化した自分の視線で)自分の姿(~を身につけ・~の価値が分かっている自分)に萌え、本田さんは反射した視線がそのまま頭蓋骨を貫通して脳内に達して萌えている。 それでも両者は基本的には異質な人間ではなく、“負け犬形成に欠かせないもう一つのエッセンス、それが「含羞」です。中略。負け犬からすると価値犬というのは人生のある時点で一回、結婚という目標を達成するために、恥を捨てた人間です。中略。負け犬には、それらの行為がはずかしくてできません。”と“「何か知らんが、生きているからには恋愛しなくてはならない。目の前に異性がいる。全く持って愛情のかけらも感じないが、異性であるからには口説いてセックスしなければならないのだろう」という強迫観念によって発生したとしか思えないYO。中略。俺は夜空に誓った。俺はこんな「恋愛しているふりをするための恋愛はしない」”と言った生真面目な(自分へのこだわり)点や、“一見なんの変哲もない黒のニットは極上のカシミヤで、えりぐりの開き方は、他人の視線を少し惹くものの扇情的過ぎないという絶妙さ。パンツの裾丈は、靴のヒールの高さにぴったりあっていて、おっと時計はフランク・ミューラー(それも本物)だし、パンツもブラジャーも、デートの予定がない時だって上下そろいの色(ピーチ・ジョンではない!)。中略。ジミー・チューの靴を履いた負け犬のセンスのよさにぐっと来るような気の利いた男性は、日本には(そして多分アメリカにも)殆ど存在しないのです。”と“この沢村優羽ちゃんってのは俺の脳内でのピッチャーで、父親がロシア人か何かのハーフで背が170センチくらいあって、手足は小林繁みたく補損だけど、耳がでかくて、デコがかわいくて、かわいんだYO。母子家庭で育って幼い頃に母親も亡くして、以来ずっと学園の寮で一人ぼっちで生きてきた、・・性格は弱気でおどおどしているんだけど、実は大ボケをかますタイプで、意外とシニカルで、とか。”と言った詳細にイメージを追求しようとする点から、気質的には同じだと思えるのです(そのイメージを、酒井さんの場合は自分の外面に投影させ、本田さんは脳内に影像を映している。場所の違いはあっても、行動・姿勢は同じ)。 ただ、繰り返しますが、作品のとしての完成度は、『電波男』がはるかに高いです。『負け犬の遠吠え』が詐欺的なのか、『電波男』が安すぎるのか分かりませんが、その差が30円というのは信じ難いものがあります(おそらく『電波男』が安すぎるのだと思いますが、これが400ページというヴォリュームに見合った2500円~の値段にすれば、作品への読者への姿勢を自ずから正してしまい、単なる重苦しいルサンチマンに催された男の告白だと感じさせてしまうでしょう)。 難点を言えば、本田さんの思想にはまだ「萌え道」となるだけの静謐さ・美しさが感じられません。しかし、それは戦わなくてはならない革命思想ですので仕方のないことです。もし、「道」となるだけの美しさが文書に備わっていれば、古典となるうるものだと感じます。 また、このような作品は著者の人生・生活に、作品としての力が大きく依拠しているので、所謂「アガリ」のようなことをしてしまうと、作品がはしごを外された形で放置されしまう惧れがありますので、今後の展開によっても作品の評価が変化するでしょう。 さらに追記:この本のおかげで、DQN(ドキュン)や毒男や喪男の意味が分かったのですが、「蛇っ」とののしるのはなぜなのかがまだ分かりません。 『電波男』の問題点は、問われるべき(求められている)「愛」の内容や定義についての吟味がなされていないことですね。構築主義的な態度を貫徹しようとするなら、そここそ問題にされなければならないにもかかわらず、流されています。もちろん、そこを論じると本のバランスや趣旨から外れてしまいますのでダメだとは言えませんが、欠如感は否めないです。 酒井さんの提示した「負け犬」は、本田さんの言う恋愛資本主義という構造で敗北をしながらも、その構造を支える価値を放棄できない、むしろ、その価値に殉じているために構造に囚われてしまっていると考えられます。そこを上手く解決できれば、「萌え」の共同戦線を作れるのではないでしょうか。 さらに、本田さんの言う「オタク」は、「負け犬」萌えとはならないのでしょうか。 確かに、妄想の材料としての現実の制約から「妹萌え」を開発したことを考えれば、「負け犬」に萌えることはできないのでしょうが、“萌えの超回復理論”と“弁証法的発展”を組み合わせれば、「負け犬」萌えこそが要請されると考えられます。 「オタク」と「負け犬」の上記した親和性、共通の価値追求の姿勢を考えれば、両者が結びつかない(共同戦線を形成しない)というのはもったいないことだと思います。 日本の社会には深刻な思想の対立構造がないことが、政党政治、政策による政党の峻別を阻んできた一因と考えられますが、「オタク」と「負け犬」が共同戦線を形成できれば、現在の主流から阻害され、新たな社会像を描く集団として機能できるのではないでしょうか。
by sleepless_night
| 2005-10-03 23:26
| 性
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