“孟子がいわれた。「人間なら誰でもあわれみの心はあるものだ。むかしの聖人とも言われる先王はもちろんこの心があったからこそ、しぜんに温かい血の通った政治が行われたのだ。今もしこの哀れみの心で温かい血のかよった政治を行うならば、天下を治めることは珠でも手のひらにのせてころがすように、いともたやすいことだ。では、この哀れみの心はあるものだとどうして分かるのかといえば、その理由はこうだ。たとえば、ヨチヨチ歩く幼子が今にも井戸に落ち込みそうなのを見かければ、誰しも思わず知らずハッとしてかけつけて助けようとする。中略。人間にこの四つ(仁義礼智)の芽生えがあるのはちょうど四本の手足と同じように、生まれながらに備わっているものなのだ。」”
『孟子』小林勝人訳注(岩波文庫) 孟子の性善説を述べた上記引用での幼子を助けるという心が、いわゆる惻隠の心です。 素晴らしいこの心は、政治、治める側の問題の文脈で述べられています。 孟子は、仁を備えた王による治世を説きます。 仁のある王が治める国では、役人、領民がそれを慕い、自ずから大国となると。 孟子は自らの思想を実現する王を求めて、各地を旅しました。 孟子は斉の王に、王所有の狩場が領民に広すぎると不平を言われていることを相談されます。 孟子は、かつてこの王よりも広い狩場を持っていた文王は領民から王の狩場が狭すぎること不平されたことを教えます。 斉の王はその理由を問います。 孟子は答えます。それは、その王が狩場に領民が自由に入ることを許し、草や木を刈り、猟をすることができたからだと。 そもそも、領民のものにすることは提案しない。 なぜなら、一般庶民は精神ではなく、まかせるとどうなるかわからないから。 一般庶民は、肉体を使ってエリートである支配者を養い、支配者たる王が仁の精神をもって肉体を納めるのが理想的な社会だから。 肉体は精神の支配にあって幸福である。 だから、支配者の思いやりで与えられた以上を望んではならない。 王の心に応えて、王の下で臣下領民として生きること以上を望んではならない。 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20060428k0000m040132000c.html 新聞系列局という王の臣下として生きることに幸福を感じたのなら、堀江貴文さんに「惻隠の情」は向けれられたでしょう。 追記) ただし、孟子はこうも述べています。 斉の王が卿(大臣)の職責について尋ねた時“君主に重大な過失があればお諌め申し、いくどど繰り返しても聴き入れられなければ、やむなくその君主を廃して別の一族の中から選んで君主の地位につけます” “国家においては人民が何よりも貴重であり、社稷のカミによって象徴される国土がその次で、君主が一番軽いものだ。中略。それ故に、もし諸侯が無道で、社稷(国)を危うくするのなら、その君を廃してあらためて賢君を選んで立てる。” つまり、仁を備えた賢帝による政治を考えた孟子は、それが実現できない、逆に有害な統治者は統治者としての資格を欠くので、廃さなくてはならないと述べているのです。 この発想を欠いているために、日本では「惻隠の情」が現在の支配体制を維持した上での、支配者(強者)が被支配者(弱者)へ与える哀れみとしか認識されないのでしょう。 武士道について簡単なまとめ⇒とりあえず、武士道 同様の誤解は、愛国心・愛郷心を巡る誤解にも現れているように思えます。 愛国心を本当に国民に持たれてしまうと、最悪の場合、統治者(行政)側は殺されます。 愛郷心(パトリオット)の場合は国家への反逆が正当化されます。 どちらも、統治者の言う事を聞くこととイコールではないのです。
by sleepless_night
| 2006-04-28 00:23
| 藤原正彦関連
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