“私たち日本人がただ単純に「好き」、「もっと食べたい」と思っていたから輸入がどんどん増えてきたのだろうか。前述したように、戦前まで、日本人の食べるエビの量はきわめて限られたものだった。歴史的に「エビ好き」といえるほどエビを食べていたとは思えない。私たちは、ひょっとすると「エビ好き」になるように仕向けられているのかもしれない。”
『エビと日本人』村井吉敬著(岩波新書) (1)エビに憑かれて ① 日本マクドナルドが今年一月から発売をしている「えびフィレオ」に使用されているエビは、ホワイト系のバナメイ。 日本人が口にするエビの多くはクルマエビ科クルマエビ属のエビで、生物学的な分類とは別に色によって、ホワイト系、ブラウン(ブラック)系、ピンク系に分類されている。 スーパーなどで見かけるエビの代表だったブラック・タイガーはその名の通りブラック系。勿論、ホワイトでも、ブラックでも、輸入養殖エビ。 ② 日本でも海外でも、養殖技術が開発されるまで、エビは帆舟や手漕ぎ舟で網を曳いたり、定置網によって漁をしていた。 エンジン付の船が出現することで、網曳きが動力化され、トロール漁によって多量の収獲が可能になった。 トロール漁は、収奪的であることに加え、一緒にかかった魚が捨てられる海洋資源の浪費が指摘されている。 ③ 日本では明治時代から、東南アジアでは十二世紀から稚エビを池で育てる簡単な養殖が行われてきたが、二十世紀に輸出産業として稚エビを養殖池で育てることが始まる。 海外資本の資金と技術がエビ養殖を促進し、冷凍保存・運搬技術の発展と一緒になり、1961年の日本のエビ輸入自由化に応えることになった。養殖地ではエビ・ブームが起こり、稚エビ採取や養殖池所有者などの一部にエビ成金が現れた。 エビ(ブラック・タイガー)の完全養殖技術は1960年台中盤から、繁殖・眼柄処理技術・人工飼料開発などが台湾の廖一久博士(東京大学)によって開発され、エビ革命が起り、1980年台日本のブラック・タイガー輸入が急増し、エビは日本で大衆食化した。 ④ 養殖輸入という現在の日本のエビを支えるのは、日本を含む商社や水産業者の資本力。単価が高いのに扱いやすい「おいしい商品」であるエビ争奪に、自分たちの食を満たす程度の漁で済ませている場所、エビに食料として興味の無い場所、開発が進んでいない地域へ進出し、契約(借金)の下に資金・資材を提供し、加工工場、冷凍施設、運搬経路を押さえ、国内では大量のエビを消費させるために流通・食品加工・外食・スーパーなどの小売業者を通じてエビを家庭に、人々の食生活に浸透させる。 養殖池を作るためにマングローブ林が無くなり、養殖池の土地が塩漬けにされ、エビを作る土地ではエビが食べられなくなる。 アグリ・ビジネスでお馴染みの構造があるというだけの話。 ⑤ そして、バナメイ。 ブラック・タイガーより病気に強く、養殖効率もよく、同じくらいに味も加熱後の色合いもよく、価格が二割ほど安いバナメイに養殖エビの首座が移りつつある。(世界生産はすでにバナメイがトップ) だが、既に大衆食材として認知され、日本のエビ消費には飽和感がある。 (2)かわいい系の正統「エビちゃん」 ① まず、私は『CanCam』をおそらく一度も読んだことがありません。 また、蛯原友里さん、通称エビちゃんに関して書かれた書籍等を読んだこともありません。 この文章を書くにあたって、はてなキーワードの「エビちゃん」を参照しています。 画像については『CanCam』のHPとグーグルの画像検索を見ましたが、主にはマクドナルドの「えびフィレオ」のポスター・CMを参照しています。 よって、以下の文章は蛯原友里さんに関すると言うよりも、マクドナルドの「エビちゃん」という極めて限定されたイメージから受けた私の印象を述べたものと解していただく事が適当だと考え、そのような意図の下で読んでいただくことをお願いします。 尚、蛯原友里さんのファンの方々には不快と採られる表現内容を含むこともご了承願います。 ② 無関係な人と物が無秩序に活動する何の変哲も無い日常に現れた、対称と反復するイメージが作り出す奇跡の瞬間。全てが調和する完璧な構図の美しさ。煌びやかさ・豪華さとは切り離され時に残酷さや悲しみをも含んだ世界の豊かさ。映し出されたのが「瞬間」でしかない愛おしさ。 アンリ・カルティエ=ブレッソンの「決定的瞬間」。 ③ 「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」 眼輪と眉と唇と顎、顔を囲む緩やかにウェーブした髪、手でつくられたハート形、によって曲線の対象と反復を徹底的が作られている。 特に、手のハート型と両顎骨のラインと下唇と鼻と下まぶたと眉やまが作り出す反復性、小鼻から口元にかけてのラインと唇が作り出す対称性。 軽さ軟らかさを感じさせながら、透明感が下品さや軽薄さを抑える髪色。 広い額と顎を引くことで正面を見上げるようになる眼差し。 眉やまの頂上角が髪で微妙に隠され、高すぎない鼻梁と柔らかな鼻尖。 ④ 商業写真としては当然の計算だとしても、「エビちゃん」の完成度には感心するほかありません。 しかし、「エビちゃん」の美しさを作り出している完璧な線・曲線の対象と反復からは、統合感を感じられません。もっと申せば、いらだちとも表現できる不調和を「エビちゃん」から感じられます。 ⑤ (「瞬間」では全く無い。日常とはかけ離れている。消費、浪費の虚しさと貧しさを映し出していることを除いても)カルティエ=ブレッソンの写真が持つ統合性が「エビちゃん」にはない。 それは、線・曲線の対称と反復の完璧さを作り出している身体・表情が表す意味に統合性がないから、むしろ外観が完璧であるが故に意味の統合性のなさを表れているからだと、私は解します。 そして、その統合性の無さ、不調和こそが、かわいい系の正統な後継者として「エビちゃん」を「エビちゃん」たらしめているのだと。 ⑥ 「エビちゃん」の不調和には二つの対立する意味が存在します。 一つは、眼差す主体と眼差される客体。 「エビちゃん」はこちら側に向かってしっかり・揺るぎの無い視線を向けています。つまり、「エビちゃん」は眼差す主体としての存在を示しています。 しかし同時に、顎を引くことでこちら側を見上げている、つまり、「エビちゃん」に対する眼差しの主導権(優越性)をこちら側に渡しているのです。 もう一つは、幼稚さと成熟。 大きな(大きく見せられた)前頭部、大きな黒目、大きな笑顔、そして見上げる(いたずらっぽい)眼差し。 これらは全て幼児性(幼さ・子供らしさ)の特徴です。 しかし同時に、露出した肌と肉体(手のハート形により指示される胸部、所謂「谷間」)は成熟を現します。 眼差す主体と同時に眼差される客体、成熟した大人であると同時に幼稚性を態度で訴えかける、存在の不調和が「エビちゃん」の身体・表情・態度が作り出す完璧さに明確に現れていると解釈されます。 ⑦ では、これのどこに、かわいい系の正統な後継者であるという根拠があるのか。 初婚年齢低く、初潮を迎えると労働と性において大人の扱いを受けていた近世から、労働が男性のものになり、義務教育というモラトリアム期間が生まれた近代になると、子供でもなく大人でもない時代が生まれる。つまり、(身体的には)大人であると同時に(社会的には)子供という、少女時代の誕生です。 「良妻賢母」という教育規範と小説・絵や服飾文化(消費文化)に、少女たちの持て余された思春期のエネルギーが向けられて済まされます(リビドーの昇華)。 その傾向、規範の実践(夫に仕え、健康な子供を生める体を養う)と消費文化が少女たちの場所であることは戦後も続きます。 しかし、60年代からの学生運動を境に徐々に変化が生じます。 革命、反抗というカルチャー、主に学校教育が与えてきた規範の綻びに乗じて、性的身体の解放の試みが現れます(不純異性交遊)。 身体的には大人であること、性的身体を社会的には子供であることで隠蔽してきた(されてきた)ことを止める傾向は70年代には明確になり現代へ至っています。 そこで、「かわいい」という形容詞が、消費文化と商品を身に付ける少女たちが自らを形容する用いられる言葉として覇権を握りました。 「かわいい」と性的身体の自覚とは矛盾するようにも思えます。 だが、「かわいい」と言う形容詞の持つ二つの機能と時代状況が、矛盾をそのままにしながらも利用可能にしたと考えられます。 「かわいい」とは、保護したい欲求を含み引き付けられる弱い存在を形容する言葉。これは、自分の中の子供っぽい無邪気で魅力的な部分を保護するための自己形容として用いることができると共に、そのような性質を含んだ物(やキャラクター)を通じて他者と意思疎通を可能にします。 つまり、「かわいい」とは自分(他者には理解できない自分、踏み込まれたくない自分の領域)を守りながら、他者とも(衝突や対立なしに)繋がることがでる。「かわいい」という言葉によって成熟(性的身体)を包み、内面(自意識や主体意識)を保護し、同時に他者との衝突や対立を無化する。さらに、“私探し”に代表されるような、経済的繁栄がもたらした余裕と戸惑いの部分と消費を謳歌する部分を個人―特に経済(生産)から阻害されてきた女性―に受け入れさせるのに勝手のよい言葉としてもちいられたと解されるのです。 眼差す主体と同時に眼差される客体、成熟した大人であると同時に幼稚性を態度で訴えかける不調和な存在「エビちゃん」こそが、「かわいい」が備えた自己保護機能とコミュニケーション機能の成果であり、正統であると評価できるのです。 (4)「エビちゃん」のいらだち、奈良美智の嘲る眼差し ① 私は「エビちゃん」を見た際、奈良美智さんの絵を思い起こしました。 「エビちゃん」のような計算されつくした線・曲線の対称と反復が奈良さんの描く子供にあると言うわけではなく、不調和さ(心地悪さ)を思ったのです。 “「フェミニズムって、何ですか?」” 内田樹の研究室:エビちゃん的クライシス http://blog.tatsuru.com/archives/001731.php 「かわいい」顔をした子供(過去)が「フェミニズムって、何ですか?」と眼差した社会に生きる私(たち)に問いかける。 勿論、答えを知ってです。 カッコいい系最後の象徴でさえ、男だらけの専門家集団が支配するF1中継でカッコわるい役割を与えられていること。 “そんなこといくら言っても、何も変わりはしないということを彼女たちは実感的に熟知しているのである” ② フェミニズムと呼ばれる運動が歴史的に勝ち得てきた成果を享受していない日本人女性はいません。 フェミニズムによって自覚され、確保されてきた眼差す主体、性的身体を「かわいい」という言葉で温存しながら、見られる欲望・好かれる欲望と消費物で過食嘔吐の快楽から動くことができない。 「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」のまま。 かわいい系こそが現代社会でアクチュアルに想像できる未来において、最も合戦略的な選択だと認識されるからです。 “「男ウケだけじゃなく、会社の上司ウケ、女性の同僚ウケもよい」と彼女たちは口を揃えて言う。中略。「誰からも嫌われないほうが得」という20代女性たちの処世術はこんなファッションの選択にも現れている。” 少子化を救えるか?「バランス美人」経沢社長と「エビちゃんOL」人気の秘密 http://arena.nikkeibp.co.jp/col/20060112/114986/ (5)エビの数だけ幸せに ブラック・タイガーからバナメイへ、ブラック系(日焼け)からホワイト系(美白)へ。 エビの世界と同じく人間の世界も変化しました。 しかし、病気に強く養殖効率が高い、人間社会に適合したバナメイが登場しても、エビ自体の消費がかつてのようにはいかなそうです。 つくり続けるために消費されなくてはならないエビの数だけの幸せ。 つくり続けるための消費から抜け出せないエビと同じように、「見上げる眼差しと訓練された唇の作り出す曲線」の不調和から抜け出すことのできない「エビちゃん」が呼びかける幸せ。 もしかしたら、「エビちゃん」はそんな構図をとっくに理解したうえで、エビと一緒になって、消費のために作り出された波に乗っていっているのかもしれない。 「幸せになろっ」と。 呼びかける自分と呼びかけられる側の両方ともに与えられている「幸せ」を嘲るように。 追記) カッコいい系とかわいい系の対立で、勝利したかわいい系。 しかし、中期的な視点から見れば、かわいい系という戦略は相当に限られた女性たちによる熾烈な消耗戦へと突入するでしょう。 最近耳にする「エロかわいい」というのは、かわいい系よりも「エロ」という性的身体の自覚と主張を表しており、新しい段階へ入る予兆を感じさせます。 主参照) 調査研究『日本のエビ輸入』 http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/r0605in2.pdf 『エビ輸入の歴史』 http://www.kyoto.zaq.ne.jp/dkaba703/soyokaze/ebia.htm 日経商品情報『ファーストフードとエビ市場』 http://www.nikkei.co.jp/rim/shokuhin/shn1new-old/shn1479.htm 読売新聞『養殖エビ“ホワイト系”が急増』 http://www.yomiuri.co.jp/gourmet/news/20050621gr08.htm はてなキーワード:「エビちゃん」 http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%A8%A5%D3%A4%C1%A4%E3%A4%F3 「かわいいコミュニケーション」分析編 『サブカルチャー神話解体』宮台真司・石原英樹・大塚明子著(パルコ出版)より
by sleepless_night
| 2006-06-14 23:56
| 性
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