編集者・安原宏美さんのブログ掲載記事について。 「赤木智弘さん、「強者女性」に「かわいい!」といわれる」 「“30歳からの恋”を邪魔するもの」 同記事が25~35歳のキャリアウーマンを対象にしたファッションモード誌『Numero Tokyo』の掲載用とのことですので、以下も主にその女性層に向けてのものと考えていただくのが適当だと思います。 読者層の地雷原を走る脚気兵士のような脈絡と特有のポジティブさに苦慮が偲ばれる記事にからめて補足や疑問や突っ込みをしたものですが、部分を利用したものなので全体に対して批判や批評するもの・できたものではありません。また、補足や疑問についても最終的なものではなく、考察のスタートに最低限必要な程度です。 なお、安原さんのブログからの引用は緑色に変えた部分です。 * ①働く女は「女」ではなくなる。 “日本の女性たちが、頑張ったご褒美にステキな王子様を待ちのぞむ気持ちは分かります。でも、“舌も目も肥えた30代女性を満足させ、なおかつルックスも好みで、豊漁力もあって家庭も大事にしているる男性”なんて言い出したら、出会いの多い編集の仕事をしている私でさえ、そうそう会ったことがありません。” “フォーマルな組織の持つ規範はいわゆる「男らしさ」という理念とほとんど一致している。情に流されずに目標を追求すること、言い訳しないこと、責任感が強いこと、これらのことは組織人として必要な徳であるだけでなく、男性の理想像でもある。”(※1) 働くとは「男」になることだと言える。 第三次産業が産業の中心となった現在であっても、それが仕事である以上、利益・業績を上げることが従業員には求められる。 働く女性は「男」であることを男性に証明するために過剰同調して「女」を捨てるか、諦めて「女」で売るかすることになり、いずれにせよ男性の評判を落とす。働く女性は、このダブル・バインド状況にどう対処するか、どういった態度で臨むか選択を迫られる。 業務内容が「女」的なもの、看護師や客室乗務員といった「女」の代表的な職場であっても、計られ・具体的な数値を出す責任が求められる。そこで成功を望めば、「男」として「女」を演じる女性という捩れた状況を生きなくてはならない。(※2) このアイデンティティをめぐる混乱は、働く女性に「男」社会に対して殺伐とした感情をもたらし、アクト・アウトとしての浪費(「男」社会に向って、自分たちが男性より力ある「男」だと復讐的に力を誇示しているとも言える)や退行的な「癒し」の消費に向わせる。 一方、「男」である男性にとっては、そんな「男」女は選択から外れる。 「男」が欲しいのは「女」なのだから。 収入という名の“包容力もあって家庭も大事にしてくれる”「男」が欲しいのは「女」であって、“肥えた30代女性を満足”させようなどは考えないだろう。(※3) ②「向上心」は結婚の「上」を向けない。 “「美しくなりた」は向上心のひとつです。つまり、こうした向上心を持つ女性の対象は“美”だけではありません。おしいいレストランの情報、ワイン、エステ、歌舞伎にフラダンス…などなど。” そもそも、レストランやワインや野菜や歌舞伎の知識の蓄積やフラダンス習得、マラソンの「向上心」の言う「上」は、何の「上」に向っているのか疑問。 雑誌やテレビなどのマス・メディア言説が評価する浪費活動能力からすれば確かに「上」かもしれないし、同じ様な知識の蓄積であるオタクやマニアが「向上心」と言われないのもそういうことなのかもしれない。 だが、“結婚相談所の坂本洋子氏によると、男性が女性に望む要素は、4K(かわいげのある、家事がすき、かしこい、軽い)にまとめられ”(※4)としたら、 浪費活動能力は結婚生活に求められる「かしこさ」に反する。 しかし、化粧やメイク技術で“いくつか分からないくらいに若く見え”る40代まで現れているのだから、“結婚とは「カネ」と「カオ」の交換”(※5)とまで言い切るのは無理としても重要な資源である「カオ」の点では結婚可能性に対して「上」に向っているのではないか、と考えられる。 ところが、“いくつか分からないくらい”ではなく、いくつか分かる若い女性がいるという事実を前に、この「上」には直に限界を突きつけられる。 ③結婚は「自分磨き」にならない。 “男性同様に社会に出て、がむしゃらに働いてきた女性の多くが「せっかく面白くなってきた趣味もやめられないし、生活レベルは落とせない」と言います。自分に投資して、磨き上げた彼女らに釣り合う男性は一体どこにいるのでしょう。” 小倉千加子(心理学・聖心女子大非常勤講師)さんは、女性の結婚を“学歴に応じて「生存」→「依存」→「保存」”に分類した。 「保存」とは“結婚によって今の自分が変わること”を否定する中堅以上の大卒女性の結婚を指し、上記引用の女性の“「せっかく…落とせない」”は、これに該当すると考えられる。(※6) 「向上心」をもって「自分磨き」してきた努力に釣り合う相手と結婚する。 ここで重要なのは、もちろん結婚することではなく、“釣り合う”こと、つまり「自分磨き」をしてきた自分に見合う、「磨かれた」自分を「保存」したまま(その一環として)結婚できること。 しかし、それまでの「自分磨き」、レストラン情報・ワインの知識・歌舞伎・フラダンス・ピラティス・野菜ソムリエ・マラソンと違って、結婚生活は一人ではできないので、自分の時間と労力を相手に消費しなければならない部分が不可避にある。 つまり、「自分磨き」は結婚によって「保存」することはできない。 そして、値上がりすることの無い株に投資し続け、手元に株券は「保存」される。 ④「男」はオヤジになるが、女性はオヤジになりきれない。 “私が以前会社で働いたとき、ある同僚の女性が残業しながら「嫁とマッサージチェアが欲しいなー」とふとつぶやきました。みんな「そうだよねー」とか頷いていましたが、でも同時に「やっぱり嫌だ」という空気も漂っていました。” ①で述べたように、働くことに求められる性質は「男」であり、仕事に熱意を持つ女性は「男」とならなくてはならない。 働く「男」となった女性の結婚観が「男」のそれに類似してくるのは当然だといえるが、それでも女性であるという事実から「男」の結婚観と違う点も残る。 山田昌弘(家族社会学・学芸大教授)さんは、“男性にとっては「イベント」、女性にとっては「生まれ変わり」”と男女の結婚観の特質を表す。(※7) ③で述べたような「保存」を求める場合、結婚は男性と同様に「イベント」に位置づけられるようにも思えるが、世間の意識やそれを内面化した自己は結婚が女性を「生まれ変わ」らせる(社会の位置づけを変える、アイデンティティを変える)ことを意識させずにはいられない。 ⑤男を養う「男」への覚悟の逃げ場と慈善化。 “ベターな選択として、「嫁が欲しい」とつぶやいたその言葉どおり「男を養う」という覚悟を持って、恋愛を経て結婚し、長い将来を共に歩み、お互いに成長していくのも一案かもしれないですね。” 「男」への覚悟を勧めてみた後に“女性が出産や育児で助けが欲しいとき、頼もしい男性として活躍しているかもしれません。”と男性が“化け”て女性を「生まれ変わ」らせてくれる希望の逃げ場を作っておく。(※8) そして、本来なら“キョンキョンだから”の部分を“キョンキョンだって”と誘導し。 さらに、“「愛」とは何かを考えると、社会の状況を理解し、必要とあれば他人にも手をさしのべる優しさと行動力ではないでしょうか。”と結婚を慈善化の高みに誘おうとしている。 確かに、恋愛も結婚も規範的な行い(「~べし」を求める行為である点と、社会規範から推奨されるという点で)なので、結婚と慈善は方向としては整合する。 ⑥いい男がいたら、どうだというのか。 “「いい男がいない、いても結婚している」というボヤキは、未婚の30代以上の女性たちが集まって、ご飯でも食べに行けば、誰かが必ず言うセリフ。” ここで言われる「いい男」がいたらどうだと言えるのか疑問。 つまり、未婚の「いい男」が未婚30以上の女性の近くにいたとして、それがその女性にとって何の意味や影響を与え、関係すると考えているのか。 「カネ」がその男性が「いい男」かどうかの一つの要素となるとして、現時点で「いい男」なら、「カネ」という要素は今後も増える可能性が比較的高く、「いい男」はより「いい男」になる可能性がある。 それは、「いい男」は現時点以上に選択可能対象が増える可能性があることを意味する。 その様な「いい男」の存在が、未婚の30代以上の女性にとってどのような意味・影響・関係があると、当の女性は考えているのか。。(※9) (可能性としては、「いい男」は広い選択可能対象の中から相当の確立で自分を選ぶはずだと考えていること、「いい男」の定義に自分の価値を認めることが重要な要件として含まれていること、などもあるが妥当な解釈としては漠然とした結婚願望に充当する具体例があることで高揚感を味わえるということが考えられる。が判然としない。) ⑦「幸せ」な「結婚」と「結婚=幸福」は違う。 “30代にもなれば、若気の至りで突き進むことなく、「この人と結婚して“幸せな生活”を送れるか?」と現実的に考える人多いんでしょう。” 「結婚」と「幸せ」が結びつくと考えている時点で現実的ではない。 離婚率の上昇を挙げるまでも無く、不幸な結婚も幸福な結婚もある。さらに、不幸や幸福も複雑で、ある人・ある時期に不幸な状況を生き抜くことが、後に・ある人にとっては幸福に感じることだってある。漠然と幸不幸を考えても、具体的に幸せを考えても、幸せを把握することはできない。 “けれども奇妙なことに、この現実の世界では、「結婚」を飾るのはいつも同じ、決まりきった一つの記号なのだ。いうまでも無く、それは「幸せ」(あるいは「幸福」)という記号である。”という疑問を考えた加藤秀一(社会学・明治学院大教授)さんはその答えを “結婚後の生活がうまくいくかいかないかと言う水準の幸福とは別に、結婚そのものであるような幸福という観念が存在する”ことだと考える。(※10) また、山田昌弘さんも“もし独身で寂しく不幸だと感じている人がいるとしたら、それは「結婚すれば幸福になるはず」と思い込んでるからであり”、実証的根拠がない私見だが“結婚は、幸福を保証しない。この点が理解されるなら、結婚はもっと、もっと増えるのではないか。結婚難の本当の原因は「結婚=幸福」という思い込みにあるのではないか”と指摘する。 現実的に考える人は、「結婚」にそれほど「幸福」を期待しない。 ⑧本能ならとっくに出産している。 “感動の恋愛談”と“犯罪”が紙一重な状況では、男性が自粛傾向に陥っているのは無理も無いことです。それに、もともと30代女性は「結婚をあせっていると思われたくない」でしょうから、積極的にアプローチしづらい。というわけで、恋に発展しにくいのではないでしょうか。 そして、恋愛の次は「結婚」です。これはさらに大変な状況です。恋愛は本能みたいな部分がありますが、結婚は「制度と生活」にほかなりません。” まず、感動的な恋による結婚の矛盾は当然で、情熱や感動は時間経過で逓減していくし、制度という安定性に本質的にそぐうものではない。 “実際にロマネスクな恋愛いが多くの障害を克服するとしても、たった一つ、どうしても打ち破れない障害がある。それは持続性である。とろころが、結婚は永続するためにもうけられた制度である。”“ロマンスは障害や、つかのまの刺激や、別離を糧として生きる。結婚の方はそれと反対に、日々の親近と習慣によって成り立つ。”とルージュモンが述べた様に。(※11) また、あっせってると思われなくないが積極的になれず感動的な出会いを希望するという態度は、“無私無欲でイノセントな部分を印象付けないと女性のジェンダーは評価されないから、打算はなんとしても隠しておかねばならない”と小倉千加子さんの解釈に加えて、⑦で述べたような「結婚=幸福」の影響も指摘できる。結婚のためにも、幸福のためにもならない(なっていない)態度は、結局「結婚=幸福」という観念が指示する決まりごとの遂行の試みのようなもの。 ⑨間違った心配はしない。 “ストーカーもDV男も困りますが、でも「いい男がいない」と遠吠えする前に” DVは恋人や配偶者がいなければ成立しないし、最も多いストーカーは親子・親友・恋人などがストーキングする拒絶型なので、「いい男がいない」と叫ばなければならないほど遠くに男性がいる時点で、心配する必要はかなり低い。 ⑩必要なのは紀香魂ではない。 趣味が“女磨き。”英語にすると“Self care”なのか。 そして、“not 100% juice”は嫌い。 それが紀香魂。(※12) 30代以上の未婚女性に必要なのは、藤原紀香さんのような誤った(無謀な)ロールモデルではない。 喜びにあふれた音楽だ。 くるりの『ワルツを踊れ Tanz Walzer』を聞き、カラオケでは「ハム食べたい」を目をつぶって想いを込めて歌ってみて欲しい。男性たちは津波前の潮のような勢いで退いて行くだろうが、いままで見えなかった海底の岩が見えるようになるだろう。(※13) 引用・注) (※1)「日常生活とジェンダー」江原由美子著(新潮社『ジェンダーの社会学』収録) (※2)“女性が対人的職業に就くと新しいパターンが展開する。そのパターンとは、女性が受け取る基本的敬意は少ないということである。たとえ、女性がエスコートつきで建物に出入りし、車にはおかかえの運転手がいて、雨上がりのみずたまりから守られているとしても、彼女たちは、女性の低い地位の一つの根本的な帰結からは保護されていない。つまり女性の感情は男性の感情のようには尊重されないのである。こうした地位の効果として、客室乗務員の仕事も、女性と男性とでは内容が異なることになる。” “女性は、家庭で感情管理の訓練を受け、家庭から進出し、感情労働を必要とする実に多くの仕事に就いた。一度彼女らが市場へ進出を果たすと、ある種の社会的論理が作動する。社会全体の分業システムによって、<どのような職についている>女性も、男性より低い地位と小さな権威を割り当てられる。その結果、女性には「感情原則」に対抗する防御の立てが与えられない。” “女性たちの心の奥底にある「私のもの」に対するこだわりは、自分の中の非常に大きな部分を「私のものではない」と放棄せざるを得なかったことを示しているのである。” “「なんでそんなふうににタバコを持つんだい?」とその男は尋ねた。微笑みもせず、相手を見上げもせず、スチュワーデスは再び煙を吐いていった。「もし私にタマがついていたらこの飛行機を操縦しているよ」。女性の制服、女性としての「演技」に包まれた心は男だった、ということである。” 『管理される心』A・R・ホックシールド著 石川准・室伏亜希訳(世界思想社) (※3)引用元は“目も舌も肥えた30代女性”。 (※4)『結婚の社会学』山田昌弘著(丸善ライブラリー) 山田著は十年近く前のものなので、内容が若干古く、国立社会保障・人口問題研究所の「13回 結婚と出産に関する全国調査」では、35歳以下の独身男女の希望するライフコースで、急激に結婚と仕事の両立が上昇し、専業主婦が低下していること、初婚男女の年齢差が縮小・妻年上の増加などの変化を踏まえて読む必要がある。ただ、晩婚・非婚化や男性の職業・年収と結婚の相関性や実際の結婚生活での男女の役割分業の問題は同調査でも変わっていない。また、“男女の魅力の差異は、感情という形で身体に染み付いているだけに、説得などによっては変えることはできない。”という「魅力の性差」の指摘や結婚も恋愛も価値追求行為であるという(別著の)指摘は重要。 (※5)『結婚の条件』小倉千加子著(朝日新聞社) 生存・依存・保存とう図式は、2003年の同書よりだいぶ以前の95年(平成7年)「国民生活選好調度調査 豊かな社会の国民調査」の3章の3「女性にとっての仕事」“女性は家庭にとどまるか、職場にでるかの選択をして、その結果働いている人がかならずしも仕事を収入の手段とは考えていないからであろう”という指摘と一致する。 (※6)小倉著 (※7)山田著 (※8)妊娠出産中に「男」であることは無理なのだから、男性の助けを求めるのは仕方がない。が、“化ける”可能性のある男性を持ち出すのは「生まれ変わり」願望への逃げだろう。もちろん、逃げること自体は悪いことではないし、逃げなくてはならない時だってある。問題なのは、逃げられない場所へ逃げようとしてしまう無理な願望や誤解。 また、“手をさし伸べる”ことを「愛」とするのは、近代以前の用法からすれば妥当。つまり、目下の物・者をかわいがるという意味の「愛」。 (※9)縮小しても平均約2歳の年齢差があり、女性が20~35までが主な結婚年齢層であるのに対し男性は20~40までと広いことや、男性は結婚年齢が上昇するにつれ相手が年下になることを考えると、男性が選択可能対象からより若い女性を選ぶ傾向は否定できない。 (※10)『<恋愛結婚>は何をもたらしたか』加藤秀一著(ちくま新書) (※11)『愛について』ルージュモン著 鈴木健郎・川村克己訳(岩波書店) 騎士道恋愛、宮廷恋愛、情熱恋愛の系譜を引き“カップルでできている国”フランスの恋愛と結婚に関して、棚沢直子・草野いづみ著『フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか』(角川ソフィア文庫)は1950年から“恋愛結婚”が“一つの価値としてフランス全体が共有した20年間”があったが、1970年から“恋愛はしてもそれが結婚「制度」に結びつくことを、もうだれも「自明」とは思わない”と述べている。つまり、恋愛と結婚の共存はルージュモンの引用どおりの結末を示した。ちなみに、ルージュモンは“自由意志によってもたらされる結果は、それが幸福なものであろうとなかろうと、それを受ける入れる義務があることを教えるのが、結婚の本質と現実に一層適用する”ので、理性で決定したら“節度を守る覚悟”を決めろと述べている。 (※12)日本語版 http://www.norikanesque.com/jpn/index.html 英語版 http://www.norikanesque.com/eng/index.html (schovanistsも嫌いだそうですが、何かは不明。) (※13) http://www.jvcmusic.co.jp/quruli/ 聞きながらこのエントリを書いたので。
by sleepless_night
| 2007-07-18 23:32
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