(1)灰になるまで ①障害者からのカミング・アウト。 2004年に出版された河合香織著『セックス・ボランティア』(新潮社)はタイトルや“障害者だってやっぱり、恋愛したい。性欲もある。”との帯の文句からも分かるように、タブー視されていた障害者の性の問題を取り上げた作品として話題になった。 同書は、執筆のきっかけとなった69歳の障害者の介助による自慰行為のビデオから始まり、その登場人物である竹田芳蔵さんの風俗利用などの性生活や考えの話が記されている。 だが、他の取材相手の障害者は20・30代、海外の事例で50代と老年ではない。 また、同書の焦点はあくまで障害に当てられ、年齢に関しては特に当てられていない。 人は死なない限り年をとり、高齢者と呼ばれる65歳を迎える。 個人差はあるが、やがて様々な身体精神機能に衰えが現れ、障害を持つようになる。 このことを考えれば、障害者の性には本来、老化による障害を持った人々の性も含まれて考えられなければならない。 確かに、同書によって河合さんは“障害者の性をタブー視してないもののように扱う現実”“障害者の恋愛を美談として褒め称える風潮”に疑問を呈したが、老年という誰しもが障害を持つ時期の性のタブーに触れられなかった点で、疑問を呈したはずの社会の性に関する先入観や偏見を拭い去れなかったと思える。 ②オッパイのある幸せ “肩と肘が曲げられなかった寝たきりの特養の入所者が、毎日ベッドにくる若い寮母の尻に触ろうとして、必死になって腕を動かしていた。滑稽な光景かもしれない。猥褻行為との見方もできようが、それがいつしかリハビリの役目を果たすことになり、肩も腕も元のように動くようになったという。 また、男性指導員などがベットを巡回すると、女性入所者が指導員の股間を触り、猥談を持ちかけ、嬉々としていることも少なからずある。” “いくつかの施設で、好意を持った入所者同士が月に何度か夜、ベットを行き来したり、夜中に男女でトイレに入り、朝方まで出てこない、といった性交渉の現場が寮母などによって目撃されている。 また、朝出勤すると、前日の夕刻にはきれいに清掃されていたトイレの便座周辺が、自慰によって放出されたと思われる精液で汚れていることも少なくないという。 大半の若い寮母は、始めて入所者同士の性交渉の現場を見たり、自慰の痕跡を見ると困惑する。”(寮母=介護福祉士) 「女」としての価値を確かめるように一回三百円で売春する女性入所者、触って欲しいと清掃作業の男性に金を渡そうとする寝たきりの女性入所者、寝たきりの女性入所者の胸や性器を触りながら自慰するのをやめさせるために女性器を模した自慰用品を与えられた80過ぎの男性入所者、入所者同士のカップルに嫉妬して包丁を振り回して暴れた女性入所者、頑としてリハビリを拒んでいたのに好きな女性入所者ができたとたんに受け入れて歩けるようになり性交を頻繁にして同室者に苦情を言われて施設側にばれた男性入所者。 実際に行動に限らず“職員が「新しい男性が入所されますよ」と告げると、女性入所者たちは入所当日の朝はそわそわして、身だしなみにも気を配る。女性が入所してくる、となれば、男性はそわそわして、髭を剃り、髪に櫛を当てたりする。” 厚生労働省の研究班が全国の老人福祉施設4699へ行った調査では、平均で男性の95.3%、女性の80.9%に性欲があるとの回答結果が出ている。 もちろん、施設入所者だけではない。 熊本悦郎(札幌医科大名誉教授)の調査によると、回数に個人差があるが、60代後半の男性の約5割が月2回以上・女性の5割が月1回以上、70代でも男性の約5割・女性の約3割が月1回以上の性交渉を持っている。 また、中高年専用風俗や特別割引をしている風俗もある。 女性の場合、金銭によって欲求を満たす場がない。切羽詰って利用しているスーパーの男性店員に500万出すから抱いて欲しいと訴えた裕福な女性までいる。これは極端だが、配偶者を喪い恋人を作ったり、自慰で解消したりする女性はいる。相続問題や介護問題になる老年男女の結婚が近年は問題になっている。 ③灰になるまで 若い人の中には、老年の性など特殊な(異常な?)事例だと思っている人もあるかもしれない。実際、こういった話をすると信じない人もいる。 しかし、性交は生殖のためだけにはないことは理解できるだろうし、本能だけでできるわけでもない。 どんな体位をとるか、どんな部位を使うか、いつ・どこでするか、それは時代・文化によって異なる。それ以上に、個人個人でも異なる。 ためしに、親しい同性の友人がどんな性交をしているかを当てられるか考えるといい。 想像くらいは当てずっぽうや、過去の猥談からできるかもしれない。 しかし、その想像が当たっているかは、実際に見てみないと分からないし、見てみたところですべて分かるわけでもない。 それが自分の親や祖父母、その世代にも当てはまる、ということ。 (2)男と女と二つの原理 ①ケアという概念 日本では約二十年前から使われだした「ケア」という語は、現在では様々に使われ日常語として流通している。 特に医療・介護・福祉・教育・倫理などで「ケア」という語、概念は注目されている。 だが、その意味は一律ではなく、使われる場所や人によって異なる。 訳語としてみても「介護」や「看護」といった狭い範囲を指すものから、中間的な「世話」、より広く「配慮」や「気遣い」が当てられ、「ケア」の当事者もそれに伴って広く、倫理思想としては人間全体に関るものと言われる。 「ケア」という概念に関して考察した代表的な一人であるキャロル・ギリガンは「ケア」を男性的な正義の原理と対照的な女性の原理として提唱した。 つまり、契約関係などの確立した個人による言語的な関係に適用される公正といった近代社会(「男」社会)の中心的な原理とは対照的に、共生的で非言語的で包括的な人間関係に働く原理を「女」性的なものとして位置づけ、従来の正義中心(=男性中心)の西洋哲学に対抗する必要なものとして提唱した。 ②必要とされる「えこひいき」 「ケア」が語られる現場はすべてだが、看護・介護の現場を例にしてみると、理解されやすい。 看護はもちろん、介護も契約によってなされる場合が多くある。 その時、契約が求めるのは公正な債務の履行、正義の原理であり、個々の患者や利用者は契約によるサーヴィスを受ける権利を有し、看護・介護従事者はそれをする義務がある。 反すれば、契約(そして正義の観点から)に基づく批判を受け、責任を追及される。 従って、患者や利用者に対しては個人というより、その契約がどうであるかが重要になる。同じ契約ならだれであろうと同じ権利と義務の関係が生まれる。そこに個人の違いはない。 だが、現場でいちいち契約がどうだといったことなど考える余裕もなく、個人個人が必要としてい看護・介護を行おうとする。そして個人個人は異なる存在として認知され・応えられる。その姿勢こそが看護・介護に従事する「ケア」の専門職のアイデンティティだとも言える。 だから、そこには必然的に「えこひいき」が生まれる。個人個人は求める態度・必要とされる感情が大きく異なり、その相手にする看護・介護従事者も個人の感情が触発され、それに影響された態度と行為を行ってしまう。 つまり、契約が守備する範囲外の人間関係が生まれてしまえば、だれにでも同じ様に笑うことはできなくなる。 ここで、正義と「ケア」は、どう相互に関係を調整するかが問題とされ、現場で問われ続けることになる。 ③男と女 クローズな人間関係があり、そこに男と女がいれば、恋愛感情や欲望が生まれる可能性が表れる。 「ケア」の現場である老人福祉施設でも入所者同士だけでなく、入所者から職員への求愛行動があり、その対応に施設側は苦慮している。 求愛行動だけでなく、直接的な行動、猥褻行為を行おうとする入所者もいる。 単に契約関係で規律された場ではない。それでは運営できない・されていない場だからこそ、そのような問題が起きやすい(してもいいと錯覚させるものがある)。 だから、単に犯罪行為や契約違反として処理することができない。それをすれば楽かもしれないが、場の意味付けが変わってしまう。 しかし、紛れもなく契約関係もある。 二つの原理の間で、苦慮する。 (3)性欲に限って ①契約による「ケア」の保護 正義と「ケア」の根本的な対立は措いて、性欲の問題に限って言えば、両者は相補的に使われうると考える。 この場合や(1)で挙げたような問題化した事例なら、「ケア」を守るために契約を使うようにしなければならない。 つまり、介護従事職員と入所者は「ケア」の関係であるがあくまでも契約が前提にあるのだから、契約を持ち出して処理するべきだと考えられる。 この程度の簡単な理屈ですむなら、他の問題でも簡単に処理できるのではないかとも思えるが、そうではない。(2)③で述べたように場の性質を考えると簡単に処理できるものではない。 だが、性欲の問題、性の問題は他と違い、人間関係の秩序を大きく変える・破壊する力を持つ問題なので、人間関係(「ケア」)を守るための要請が他と比較して例外的に高い。 性交渉・類似行為(自慰など)に職員が関れば、その職員と入所者との間には強力な「えこひいき」の通用する関係、血縁関係に比する関係が生まれてしまう。同時に、他の入所者にも行えば、別の強力な「えこひいき」の関係が生まれ、当然二つの「えきひいき」の通用する関係は両立せずに激しく対立する。つまり、施設での「ケア」がなりたたなくなる。 また、介護職員がそれに巻き込まれて精神的肉体的に疲弊すること、介護職員が都合のいい風俗関係者と社会からみなされて福祉に取り組もうとする人がいなくなる危険性はもちろん、これによって施設全体が破壊されうる。 だから契約という前提を明確に持ち出し利用し、施設の機能により切断できるようにしなければならない。これは、施設職員と利用者が双方で合意しているから・愛し合っているから、望んでいるからいいという問題ではない。リハビリになると寛容する部分でもあってはならない。「ケア」のプロとしての地位を契約で守らなくてはならない。 具体的には、介護の契約と風俗関係者との契約で、関る人間を可能な限り分離する。 風俗関係の契約には、その契約に対して別に金銭が発生し、その余裕のない施設利用者も出るが、施設外の社会がそうであるように受け入れてもらうしかない。 ②残されるもの 『セックス・ボランティア』でも問われることになる、権利としての性交・自慰はありうるのだろうか。 体が動かないから自慰ができない、障害で外に出られず性交相手を探すことはできない、金銭的に風俗関係者を利用することもできないし、障害のために思うように働いて稼ぐこともできない。 (1)②で紹介したように男性ならまだ金銭で風俗を利用することもできるが、女性では難しい。 (4)二つのQOLの必要性 ①二つのQOL 障害者の性の問題をQOL(生活の質)の視点から捉える必要はある。 だが、QOLから望ましいから性を積極的にということができるほど、性は単純でも積極的にどうこうできるものでもない。 人間の生に深く関るからこそ性は必要とされ、それが必要なほど簡単にはいかない。 性を重要で必要としている人の相手にとっても重要で必要なものだから、契約があれば簡単にできるわけでも、「ケア」だからと言ってできるわけでもない。 障害者の性をQOLから考えるときに、障害者のQOLを支える人のQOLを同時に考えられなければSOL(生命の尊厳)に反する事態を生む。それを放置すれば、必ずQOLを保つ・向上させようという動機も社会から失われる。尊厳のない人間の生の向上を考えようとする人などいない。 北九州で看護師が70~90代の認知症患者4人の足のつめをはがした事件があったが、この種の虐待は少なからず存在する。 老人福祉施設でも監視カメラを設置したりしているところがあるが、カメラにはプライヴァシーの観点から写さないところもあるし、映らない死角もある。 施設に併設してある病院や外部から来る非常勤の医師がいてチェックしているから安心だと思うかもしれないが、特に病院を持ってる施設内で隠蔽できるし、しやすい。変死しても内部の医師が処理してしまえば警察に知られない。 在宅はもちろん施設についても、最大の利用者や予備軍となるこれからの老年世代が自分たちのQOLだけ考えるか、それを支える人々のQOLまで考えて(政治的に)動くことができるかが、本当に大きな違いを生むだろうし、その結果は自身らが身をもって体験することになるだろう。 ②「ケア」における二つのQOLの重要性 ①で述べたこと障害者のQOLを支える人のQOLという視点は「ケア」において、重要な意味を持つ。 (2)で「ケア」という概念の広さや正義の原理との対象性について述べたが、これに加えて「ケア」には相互性によって形成されるという側面がある。 つまり、「ケア」とは、「ケア」する側とされる側が独立に存在して行為を行い・受けるものではなく、相互の共同作業であるコミュニケーションのプロセスによって生じる現象を指す。個人個人が主体性を持つ間に「ケア」は形成される。だから、一人一人の「ケア」は違うし時に「えこひいき」的な要素を伴う。 したがって、片側だけにQOLを求めても「ケア」が望ましいものとはならない。 「ケア」を受けようとだけ強欲に求めればもとめるほど、「ケア」は手に入らない。 もちろん、有償の看護・介護の場合には契約による義務と権利が発生するので、共同作業に求められる労力に差はある。だが、「ケア」が「ケア」である以上、契約で成立するものではない。 引用・参照) (1)『熟年性革命報告』『熟年恋愛講座』小林照幸著(文春新書) (2)『ケアを問いなおす』広井良典著(ちくま新書) (4)「ケアとしての医療とその倫理」清水哲郎著(『ケアの社会倫理学』有斐閣選書) 「実践知としてのケアの倫理」池川清子(同上) 高齢者虐待について http://careworker.seesaa.net/category/287519-1.html
by sleepless_night
| 2007-07-21 20:22
| 性
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