“問題なのはホモセクシュアルな欲望ではなく、ホモセクシュアリティへの不安なのだ。” 『ホモセクシュアルな欲望』ギィー・オッカンガム著(学陽書房) (1)大惨敗 現職議員として初めて同性愛者であることを公表し、21回参議院議員選挙(比例区)に民主党公認で立候補した尾辻かな子(元大阪府議)さんは、38933票で落選した。 民主比例でトップの相原久美子(自治労役員)議員の50万票、タレント候補の横峰良郎議員の21万票はおろか、当選ラインだった7万票の約半分しか獲得できずに落選した。 ぽっと出の候補としてなら、比例で約4万はどうということもない。 しかし、人口の1~5%いるといわれる同性愛者、100万~500万人を念頭において考えれば、これは大惨敗だったと言える。 セクシュアルマイノリティへの政策を全面に押し出した尾辻さんの訴えはほとんど当事者に影響を与えなかったことになる。 そして、この大惨敗は当事者がセクシュアルマイノリティへの政策を訴えても日本ではほとんど当事者を動かさなかったことを、非当事者たるマジョリティに示したことになる。 だから、これは二重の意味-落選とそのメッセージ-で大惨敗だった。 (2)タマは悪くない 高校時代にインターハイ2位(空手個人組み手)、語学留学経験(韓国)、同志社大卒、28歳で府議。と、経歴を見れば文武両道で、悪印象より好印象を与えることが多いであろう。 同性愛者であることの公表も大阪府議時代なので、府議当選は同性愛者であることを全面にしたものではないと思われる。 また、容姿も普通に(私には)見え、「ブスだから~」や「いかにも変態」といった蔑視偏見の対象として不適格なので、カミングアウトの効果を殺がないと思われる。 確かに、大阪府議は1期であり、実績がハッキリせず、実力に疑問がないといえなくもない。 だが、実績も実力もよく分からない議員も候補者も他にもおり、尾辻さんには候補者としてとりたてて悪い材料がないように思われた。 その反面、当事者であることやセクシュアルマイノリティに関する政策以外に強みがないとも言えるが、100万~500万人を念頭に考えれば十分だとも考えられる。 さらに、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育」を弾劾する安倍晋三の政権下にあることも考えれば、尾辻さんの訴えは反安倍政権の中心を突いていたのだ、反安倍の最適候補だったとも言える。 (3)敗戦の跡 しかし、結果は見ての通り。 大都市を有する都道府県で 尾辻さんの獲得票×100÷投票数→~% 北海道960.651票→約0.03% 札幌市460.863票→約0.04% 宮城県349.360票→約0.03% 仙台市221.114票→約0.04% 新潟県223.682票→約0.017% 新潟市85.396票→約0.02% 千葉県1,192.377票→約0.04% 政令市228.662票→約0.05% 東京都7901.295票→約0.13% 神奈川県2,067.920票→約0.05% 川崎市431.242票→約0.07% 埼玉県1,303.468票→約0.04% さいたま市293.124→約0.05% 静岡県558.748票→約0.03% 静岡市117.601→約0.03% 愛知県1357.400票→約0.02% 名古屋市553.777票→約0.03% 京都府764.711票→約0.06% 政令市494.132票→約0.08% 大阪府7,341.113票→約0.18% 政令市3,708.110票→約0.2% 兵庫県2808.580票→約0.1% 政令市1026.151票→約0.15% 広島県454.001票→約0.03% 広島市192.655票→約0.038% 福岡県1,116.453票→約0.04% 福岡市455.270票→約0.07% 北九州189.605→0.04% その他の都道府県で 岡山県251.505票→約0.026% 岡山市131.142票→約0.04% 愛媛県231.082票→約0.03% 松山市105.816票→約0.04% 高知県147.595票→約0.05% 高知市84.602票→約0.06% 大分県209.478票→約0.03% 大分市65.375票→約0.025% 熊本県257.065票→約0.027% 宮崎県160.638票→約0.029% 宮崎市60.307票→約0.03% 鹿児島県2477.002票→約0.287% 鹿児島市1170.434票→約0.4% 沖縄県295.524票→約0.04% 那覇市89.368票→約0.06% 山口県161.353票→約0.02% 下関市21.7434票→約0.015% 参照:総務省 都道府県選挙管理委員会 見たところ、0.1%を超えているのは東京、大阪、兵庫、そして鹿児島。 ほとんどの都道府県で都市部の方が若干得票率が高い。 安倍首相のお膝元はさすがに低い。 (4)敗戦の反応・解釈 尾辻さんの立候補・落選に関してブログでの反応・解釈は、私見で4つに分類される。 ①怒りと失望と反省 潜在的には積極的な支援者。だが、自分が世間的な問題などから運動に関われなかったことや、自分を含めた当事者の反応の鈍さ・引け腰に怒りと失望と反省を述べるタイプ。 ・Re:桃源郷「尾辻かな子さん、落選」 “正直この結果には怒りというか 失望というか” 自らの選挙活動への距離、セクシャルマイノリティへの社会の無視、当事者意識のないセクシャルマイノリティ。自分自身への怒り。 “もっとたくさんの票が集まってもよかったのでは” “当事者たちが、マイノリティであるにもかかわらず、生きることに対してナアナアになっているんじゃないでしょうか。” ・カミングアウトは出来ない!!「書く」「過程。結果。現実。これから。」「数。」 “投票日に虚しくなったと書いた。何も出来なかったからなのだけれども。クローゼットとはこんなもんだと、諦めの虚しさもある。そして元々バッチ族が嫌いな自分が何か行動を起こすなんて、まして、選挙がらみなんてと、もう一人の自分がブレーキをかけていた自分に対してと。何かしたいと思う自分の矛盾と。 ②日陰で安堵 セクシュアルマイノリティは日陰の存在として利権を持つのだから、マジョリティと同じ土俵に上がれる権利と引き換えに、それを手放すような主張に対して積極的に反対し、落選を喜ぶタイプ。 ・あたしの…「あたしの尾辻かな子な祝杯」 “同じ変態として胸をなでおろしちゃったわ。” “あたしたちには、日陰の身であるからこその哀しみが当然ある。けれど、日の当たらないところに身を置くからこその恩恵に浴しているということもまた事実だ。(中略)この恩恵を放棄しろと言われても困っちゃう、そういうことだわな。” ③マイノリティ内部対立 セクシュアルマイノリティとしての考え・運動方針に関して超えられない対立点があると主張するタイプ。セクシュアルマイノリティとしてのアイデンティティが強いゆえに大同団結には加われない。 ・ひびの主張/テキスト作品「尾辻かな子さんに意見を送っても意味がない?」 “尾辻さんに意見を送っても、無視されるか、利用されるだけなんじゃないか。そんな危惧が頭をかすめたのです。” “私には、性的少数者のギョーカイの内部のおける、同性愛者が持っている典型的なバイセクシュアル嫌悪の現れ(それが言い過ぎなら、バイセクシュアルを不可視化する典型的な言説)に思えます。” ④違和感と物足りなさ 考え・運動方針へ対立までいかなくとも、違和感・不共感がある。 特に、同性愛であることを全面に出すこと、ウリにされることヘ(政治意識が敏感ゆえ)の不満。 同性愛であることの普通さ、普通の権利を訴えたことが、逆に普通(マジョリティ)以上に普通な選挙への姿勢(国政選挙で同性愛だけを問題にするのはおかしい)を導いてしまったタイプ。 ・闇に響くノクターン 弱虫の論理「尾辻かな子さんの落選に思う」 “知名度が少なかったというよりは、同性愛者の多くが彼女の行動を支持しなかったということ” “社会的弱者(性的マイノリティ)の権利を明確に主張し擁護するという彼女の基本的立場に、何かしら強者の論理を見出して違和感を感じてしまった” “私には、社会全体に対して自分が性的マイノリティであることを公言するつもりは全くなく、したがって、社会からの差別は容認せざるを得ないものと思っている。だらから、尾辻さんの主張と私の心情は、そもそも最初からまったくかみあっていないのだ。” “同性愛者に対する社会的な差別をなくすということは、制度の問題として考えるだけではなく、当事者の心情を顧慮しながら少しずつ行っていくべきではないかと私はおもう。事故の権利を主張しないものは、その権利を享受することはできないといった論理は、あまりにも建前論的に過ぎて、少なくとも私はついていけない。” ・新しい生活「残念」 “ゲイの人って、(なぜか)政治的には保守よりの人が多いので、「同性愛者ってだけで投票は出来ない」ということなのかもしれません” ・達tatsu、51の約束 「尾辻かな子 再び」 “ホームページから受ける印象と実際に新宿2丁目で目、耳にする尾辻さんの印象の乖離に、戸惑いが日々大きくなっていくようになっていったんだな。” “尾辻さん、口を開けば『同性愛者は…』で、同性愛の問題しか口にされない印象がある。” “俺が最も関心があることについて真剣に考えているだろう、と思われる人に投票するつもりでいるんだ。それは、今は、同性愛云々、同性愛者の権利云々、ではないんだ。” ・ にしへゆく「玉を磨く」 “プロないしアマチュア(と、いう区別ははっきりしないのだが)の立場で長くゲイ・コミュニティについて発言を続けてきた何人かの論者たちは、可能性と現状の両方を見つめながら、疑問は隠すことなくとても新潮に語っていた。やはりことの大きさを、強く意識しての姿勢だったのだろうと思う。” (5)非在、声無き声 (2)のような大雑把な数字から、なぜ支持を得られなかったかは分からない。 だが、低位安定の支持と都市部の優位から言えば、基盤(起爆)となる場所も組織も固められなかった、選択と集中を踏まえたつながりができなかった、そして幾回かのメディア露出に引っかかったセクシュアルマイノリティ(や関心のある)の人々がパラパラと独自に投票したのだろうと推測される。 つまり、知名度のないタレント候補的な地位で終わった、そのような支持しか得られなかったということは言えると思う。 可能性としては、実は同性愛者は人口の1パーセントもいないということもある。 結果を見るとそうも思いたくなる。 また、そう思いたい人もいるだろうし、この結果はその人々にとって福音となるだろう。 福音をもたらしたのは、福音によって無視され差別される当事者なのだから、それも仕方がないことなのかもしれない。 声に出さなかった、票に出さなかった声は、そうして福音にされる。
by sleepless_night
| 2007-08-05 16:45
| 性
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