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靖国問題 part1

早晩、触れなくてはいけない話題に、早速あたってしました。
 http://nikkeibp.jp/style/biz/topic/tachibana/media/050602_yasukuni3/ 
 立花さんが主な論点は触れています。重なる部分も多いのですが、以下私見を述べます。
 
 第一に、靖国神社は法律上、一宗教法人でしかないということ。
 靖国神社問題について、語る人にはこの事実を忘れていると思われる人が少なくありません。
 靖国神社は一宗教法人ですので、その神社がどのような宗教活動をしようと法律の許容する範囲であれば、自由です。国際・国内政治がどうであろうと、その宗教活動のあり方を決めるのは、基本的に靖国神社という法人の責任者達です。
 立花さんも触れているように、職務中に死亡した自衛隊員が靖国神社に祭られることになった際に、遺族が自身の信仰に反するとして、民事訴訟を起こしたケースもありましたが、神社に依頼した隊友会が自衛隊とは法律上関係なく、かつ、隊員同士は強い関係性をもっていることを考慮して、遺族側の主張は退けられました。また、他にも遺族が知らない間に祭られていたケースが少なからずあります。
 靖国神社はあくまでも法律上は一宗教法人にすぎません。だからこそ、神社が自分達の宗教思想に基づいた行動が認められます。国家がそれに介入すること、口を挟むことは絶対に認められません。

 そして、小泉首相はその一宗教法人へ行くことを、戦没者を悼む際の自己の宗教的態度として選択してるのです。
 これは、第一に小泉首相の信仰の自由に属することです。
 中国・韓国などがこれを非難することは第一に、内政干渉ではなく、小泉純一郎という人物の信仰への干渉です。
 八月になると、毎度繰り返される、バカな質疑応答。
 「私的参拝ですか?公的参拝ですか?」
 この質問をする人間の発想が理解できません。
 この質問をすることは、公的な信仰と私的な信仰が別々にあることを想定しているのです。
 そんなことありますか?
 「私の公的な信仰はカトリックですが。私的には浄土宗です。」と言う様な人間がいるでしょうか?私はあったことがありませんし、言っている意味も分かりません。
 もういい加減、バカな質疑応答をやめて欲しいです。あきれすぎて、耳にするのが苦痛です。質問者はどんな宗教観をもっているのでしょう。質問者には公的と私的という二重の信仰があるんでしょうか。
 
 政教分離をめぐって、目的効果基準を代表として、様々な考え方がまります。
 基準を考える際に、勘違いすべきではないのは、公職にある人物が信仰を持ったり、それに基づく宗教行為をすることは認められている点です。
 (私の知る限り)多くの日本人は、自分の信仰を筋立てて考える機会がなく、宗教的には幼児段階にとどまっています。その状態で、何らかの挫折を味わったり、病気などの困難にあった際に、宗教に触れると、青年期の懐疑を経ていないために、親の言うことを聞く幼児のように無批判に宗教組織や宗教家の言うことを受け入れてしまいます。また、それが信仰だと勘違いしてしまうこともあります。
 政教分離は、元々、政治と教会の分離を意味します。政治組織・権力と宗教組織・権威を分離しなくてはならない、政治組織・権力によって宗教組織・権威が支配されることも、宗教組織・権威が政治組織・権力を支配することも禁止されます。
 ですが、政治家が信仰を持つことも、宗教家が政治家になることも禁止するものではありません。政治家が宗教組織・権威を政治のツールとして利用したり、宗教家が自己の宗教組織・権威を政治のツールに利用しなければよいのです。
 小泉首相が自己の宗教的態度として靖国神社に参拝することは、政教分離の観点からも問題はありません。ただし、過去の反省として、厳密な分離基準を採用し公費の支出は避ける(つまり、小泉首相の参拝が、行政が靖国神社を優越的な立場だと認めているのではないと示す)ことは必要でしょう。それは、あくまでも公費支出の問題で、行く行かないの自由とは別です。
 
 小泉首相は総裁に立候補する際に、靖国神社参拝を口にしていました。
 私たちは、その人物を選択したのです。
 自民党に投票しなかった人たちも、有権者である以上、彼の行動の責任を負います。
 民主主義国家であるのですから、選挙を経た代表の行為の結果を、選挙に参加する権利を与えられた人間が負うことは当然です。
 

続き⇒靖国問題 part2

  
 
by sleepless_night | 2005-06-02 23:05 | 宗教
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